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―調査11日目― 中編 そして龍は無く

無しでーす。

「青姉さま、逃げて!」


 そこに甲高い声が森に響いた。またも美海が私の言いつけを破り、修羅場に首を突っ込んだのである。


(あぁ、もう……)声が出ない。仕方なく心で大きなため息をついた。


「青姉さまは、私が守ります!」


 身を挺して私を護ろうとする美海の姿に、デジャビュを感じた。


(バカッ! 早く逃げろっての!)言葉を出そうにも、声が出ない……。


「大丈夫です。美海は青姉さまとなら……」


 この子は……本当にバカな子だ。私なんかのために、二度も命を掛けて助けようってんだから。


「み……み……」


「あおっ――」二日酔いのように、重い体で何とか這いつくばって、美海に縋り付いた。「ねぇさ――」


「はむっ!」


「んんんっ!?」


 私は料理を口にするように美海の唇をほおばった。美海は突然の出来事に困惑しているみたいだった。


「はぁ……んはぁ……」


 私は、美海の柔らかくハリのある肌に触れながら、むさぼるように深くねっとりと可愛い唇を堪能した。


「ンン。ンンム!?」


「はぁぁぁっ……」


 あぁ……。気持ちいい……。


「ぷはぁっ! ゴチそうさま!」


 彼女から唇を離した瞬間、有り余るほどの生気が私に流れ込む。そう、美海の生命力を、私の力とさせてもらった。

 美海は陰陽説で言うところの「陽」側に天秤が極端に傾いている人間だ。そのため生力きりょくがとても強い。

 その上、昨日、龍脈の氣で、さらにその生力が倍増されていた。さながら“すっぽんのマムシドリンク煮込み 黒にんにくを添えて”の100倍の滋養効果と即効性はあるだろう。


「あぁ……あぁぁぁっ……」


 へなへなと腰が砕ける美海とは対照的に、私は気力・体力がみなぎってきた。


「これもいただくわよ」


 私は、先ほど榊さんが投げ捨てたガラス瓶を拾いあげた。そして、瓶に残った雫を数滴摂取した。


「おおぉぉっ、きたきたきたきたあぁっ!」


 私は、溢れる生命力を感じながら、あらためて水龍と対峙した。


「さぁ来なさい。ピチピチな若さあふれる私の力、見せてあげる!」


「シャアアアアアアアッ!」


 水龍は咆哮するとともに、巨大なエネルギー弾を発射した。


「水面に輝くは燦爛さんらんきらめく水鏡みかがみ、満ち満ちてこれやこれやと迷い込む!」


 私は、呪文を込めた拳で水面を思いきり叩きつけた。

 すると、はじけ飛んだ水しぶきたちが、鏡のように光り輝き、水龍から放たれたエネルギー弾を四方八方へ霧散させ、徐々に力を削いでいった。

 エネルギー弾は水しぶきにより多少威力は削がれたが、それでも強い威力を保って私に向かってきた。


「護りたまえっ、祓えたまえ!」


 私は霊符を十枚重ね、防御態勢に入った。

 

 そして霊符へと直撃する水砲。

 一枚、二枚――三枚四枚、五、六、七枚と霊符はどんどん突破される。だがエネルギー弾の勢いも少しずつ削がれていく。

 

 あと少し!

 

 八枚――九――枚……。

 

 もうちょっと。もうちょっとだ。

 

 そして最後の一枚! お願い、持ちこたえて!

 

 巨大なエネルギー弾は、シュウウゥぅぅっ。と威力を弱めていき、そして、完全に力が消滅した。

 

 ヨッシ、耐えた!

 

 だが最後の護符もボロボロの有り様で、水砲が消えると同時に、ホロホロと崩れ去った。まさに紙一重。


「バカなっ! たかが人の身で、我が一撃を受けきったというのか!」


 水龍もこの攻撃で霊力をほとんど使いきったらしく、動作が緩慢になっていた。


「さぁ、決着よ!」


 私はかんざしを手に持った。すると(水龍を助けてあげて――)とかんざしから聞こえた気がした。私は「そうね」と頷き、全速力で突貫した。


「オン・タタガト・ドハムパヤ・ソワカ」


 真言を唱え、水龍の頭上目がけて飛び掛かる。


「くぅらえええええ!」


「ギャアアアアアッ!」


 水龍の眉間にかんざしを突き刺す。

 水龍は私を必死に振りほどこうと必死に暴れた。だが、


「オン・アミリティ・ウン・ハッタ!」


 と力強く真言を唱えると、水龍は徐々に力を失い、「あっ、ああぁぁっ……」と、水龍の声も徐々に小さくなっていった。

 そして水龍から湯気の様な蒸気が立ちはじめ、見る見るうちにその巨大な姿を覆い隠した。


「マントラマントラ!」


 うん、今度こそ水龍は大人しくなっただろう。


――*――


 私は、美海の容態を確かめに向かった。


「あっ、青姉さま」


 しおしおに干からびた美海だが、何とか意識はあるようだ。


「ご、ごめん。限界ギリギリまで生力を吸い取っちゃったから」


「いっ、いえ、それはいいんです。けど」


「けど?」


「“ピチピチ”って、いつの時代なんだか……」


「ごふっ!」


 私は死人に鞭を打つように、ミゾオチにボディブローをかました。


「さて、美海も深い眠りについたことだし――」


「大丈夫か! 青子」


 榊さんが木々の間から現れた。あの人も無事だったか。


「あぁ、大丈夫――!」


 あんた、服がボロボロで、胸板があらわになってるよ!


「本当に大丈夫か!?」と、心配そうに榊さんが私の体に触れた。


 その時――


「あっ、あああぁっ!」


 急に全身に電流が走り、火照りだした。

 しまった! 私、水龍を倒すために龍氣を飲んだんだ。龍氣は経口摂取すると強烈な催淫効果を発揮する。そして榊峰鷹は“男”だった。


「ちょっと顔が赤いぞ。まだ調子が悪いのか」


「きっ、気にしないで」


 うぅ、お腹の底がジンジンとするぅ。

 のぉぉぉっ……催淫効果ってこんなに効くのぉ。


「本当に平気か?」


 榊さんが私に近づいていく。


「ダメ。それ以上、近づかないで」


「何を言っている! どんどん顔が赤くなっているぞ! もしかして水龍に何かされたのか!?」


「違う……けどっ、後生だから……来ないでっ」


 今まで気づかなかったけど、この【風水士】ハンパ無くエロイ。

 スタントマンや消防士などの死と隣り合わせの世界で生きる男性からは、常人以上のフェロモンが発せられるって聞いたことがあるが、たぶんそれと同じで男臭がエグい。

 榊さんて、死線と隣り合わせの仕事ばかりだから当然だ。くぅ、この女泣かせめぇ。


「お前、もしかして……」


 榊さんも私の表情と仕草を見て察したのか「すまん」と一言発し、それ以上私に近づかなかった。

 私は、発情期の中坊のように体の火照りを鎮めるため、ただ黙って川辺に三角座りをして遠くを見つめていた。


「ケケケっ。色ボケが。雌の本能に翻弄されよって」


 すると、小生意気な少女の声が、突然耳に入ってきた。

 声がする方、ちょうど水龍にとどめを刺し、蒸気が立ち上っていた方を向くと、水色の着物を纏い、髪をかんざしでまとめ、碧色みどりいろの首飾りを身に着けた10歳ほどの小女が忽然と現れていた。


「あんた……、もしかして水龍?」


「いかにも」


 これまでの大きな体躯とは似ても似つかぬ姿と落ち着きぶりに、本当に今まで暴虐の限りを尽くしていた水龍か? と疑いたくなるが、彼女の神々しい雰囲気、そして気配の本質が水龍そのものであった。


「逆鱗を奪われ、憤怒にまみれた姿を晒していたが、我が静寂と沈静を取り戻した状態が、この姿だ」


 傲慢な物言いは変わらないものの、敵意は全く感じられない。


「あの姿はとても疲れて正直困っていたのだ。正気に戻してくれて感謝するぞ」


「ノリノリで私を殺そうとしていたクセに」


「お前は、とてつもなく苛立っている時に、蚊にブンブンと周囲を飛ばれると、いつも以上に腹立たしいだろ。それと一緒だ」


「人を害虫と同じカテゴリーに分類するなっての」


「我から見れば、お前たち人間も害虫となんら変わりない。いや、邪な思考が働く分、人間の方が性質たちが悪い」


「あっそ。いろんな奴に何度も言われて聞き飽きたわ。ソレ」


「繰り返し言わぬとわからぬとは、愚かな」


 精霊の慇懃無礼な態度は今に始まったことでは無いが、つくづく腹が立つ言い回しをする。私も次第に腹が立ってきた。


「あんた川の神なのに、何あっさりと自分を失ってるのさ。それで本当に龍なの?」


「お前、また殺されたいのか?」


「あんたに殺された覚えは一度も無いんだけど?」


 私と水龍の間を殺気が漂う。


「おい、どうしたんだ青子! その子は?」


 一触即発な雰囲気の私と水龍の間に割って入った榊さんだったが、その逞しい腕が、私の体にモロに触れてしまった。


「ちょっ、さかっ……待って、まださわらな――」


「おっ! スマン……」


 もう遅かった。

 龍氣の催淫効果により、雄(それも極上の)に触れられ、心臓が、ドッドッドッドッと恐ろしいほど早く動き出し、呼吸が苦しくなってきた。

 頭はボーッと白け、体が焼けるように熱くなり、意識が朦朧とした。


「うぅっ……」


 私はその場で俯き、呼吸と動悸が収まるまで必死に耐えるしかなかった。


「ケケケケッ、コヤツ女としての喜びに悶えておるぞ。お主、床の相手をしてやらんか」


「本当にすまない、青子」


「いやぁ、愉快愉快」


 年端のいかないエロガキに茶化された気分で、とても屈辱的だった。


「くぅぅ。覚えとけぇっ」


 精一杯の悪態をつくものの、この状態では、負け犬の遠吠えだ。


「さて、こうやって正気を取り戻してくれたお主たちに、一応礼をせぬとな」


 そう話すと水龍の少女は、川の中央にある岩場に飛び移り、舞踊を始めた。


 着物をゆらゆらとたなびかせ、滑らかにしなる体と時折美しくピンと張る指先が何とも流麗で、見る者すべてを虜にするような踊りだった。

 彼女の舞に、日高川の自然そのものが魅了されたかのように、舞の動きに合わせ、風はそよぎ、鳥は歌い、樹々はざわめいた。


「この踊りって、いったい?」


 やっと龍氣の催淫効果が抜けてきたみたいなので、私は榊さんにすこしだけ近づき、この踊りについて聞いてみた。


龍舞りゅうまいだ。中国ではウーロンとも呼ばれているな。雑技団が龍のハリボテを使って、アクロバティックな演舞をするだろ。アレの元となった舞だとも言われている」


「へぇー。でも人間がやる“演舞”と全然違う。こっちの方は一人なのに、何倍も優美で華麗で洗練されてるわ」


「人が神を真似るには限界がある。本物の龍舞と比べられると、雑技団もこくだろう」


 私と榊さんはしばしの間、少女の踊りを堪能した。


 しばらくして、少女が静かに舞を終えた。


「ふぅ。こんなものか」


 すると、日高川の特性が徐々に変化していったのであった。


「陰の気がだんだん濃くなってきたな」


 榊さんの言う通り、日高川の陰陽が陽側に傾いた状態から、濃い陰の気を含んだ状態へと遷移しているように思えた。


「これぐらい陰の気を含めば、この川に負けじと、すぐに木々や山々も活性化するだろうて」


「感謝します。人の身で龍脈を復活させようとすると、大掛かりな儀式とそれに人員と金銭、何より時間が必要になりますので」


「これはもともと我の仕事だ。それに礼だと言ったであろう」


「そうだそうだ。私を半殺しにしたんだから、これぐらいは当然だ」


「ふん。あのまま殺しておけばよかった。だが仕方ない、我も正常を取り戻したのだ。【貴き者(とうときモノ)】として衝動に任せた殺生は慎まんとな」


 そう言いながら、身に着けている首飾りを見つめる水龍の少女。


「その手に持ってる碧色みどりいろの首飾りって、もしかして逆鱗?」


「あぁ、そうだ。我の身体の一部だが、この姿の概念上では、このような形となる。これは我の理性と冷静さを保つものだ」


「じゃあ、かんざしはあまり意味が無かったのか」


「これは我の想い出の品だ。ある意味、逆鱗より重要なものだ。我が憎しみで人を殺さぬための戒めであり契約だ」


 少女は、そう言ってかんざしを慈しむ様に触れるのであった。


「それを渡したのって、たしか生贄の子だっけ?」


「あぁ、そうだ」


「その話、聞いていい?」


「我にとっては苦い記憶なので、話したくはないのだが……」


 水龍の少女は話すことを躊躇していたが、かんざしが木漏れ日に照らされ、キラッと光った。


「我を正気に戻した礼だ。特別に聞かせてやる」


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