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―調査2日目― 酒の一滴は血の一滴なり

―調査2日目―


「朝からイカですか……」


「えぇ。この場所の名物ですので。お肌ツヤツヤになりますよ」


 旅館の女将が、てきぱきと朝食の配膳をしている横で、私は食べる前から胃が重たくなった。

 いや、イカは好きですよ。

 でもね、朝からイカはのどに詰まるというか、パンチが効いているというか。ほら、磯の香りがするものを朝から食すってあまりしないじゃん?


――*――


 その結果、


「おうえぇ、ぉおぉ、うぇっ、うえええ……」


 船酔いで全部海に戻した……。うん……まぁいいんだ……これが“循環”ってやつだから……。


 今日は空一面、灰色の絵の具を延ばしたような曇り空で、雲の位置が高く雨は降りそうにないが、太陽が顔を出すことも無いだろう。

 

 時刻は現在9時30分。

 

 私は朝食後に本格的な調査を行うため、朝9時頃から昨日と同じ船に乗り込んだ。今回も乗船客は私ただ一人だったこともあり、船長がいろいろと喋ってきたため、仕方なく相手をしていたが、会話が途切れたほんの2~3分で一気に船酔いが回って来た。

 

 海の様子も昨日とは打って変わって高波の連発だった。

 小さな船のため遊園地のジェットコースターのようなアップダウンの激しい揺れだったことも原因の一つだった。

 

 今も、船酔いと大きな揺れのせいで、私は立つことすらままならず、甲板で生後直後の小鹿のように足をガタガタさせながら、船縁を必死に掴んでいるだけで精いっぱいだ。


「ねぇちゃん、大丈夫かい?」


「あの……。お水あります?」


「これでも飲みな、おっちゃんの飲みかけだけど」


「……うぅぇ、おぉええええっ、うぅぇえええっ……」


「水飲んでからのほうが吐きっぷりがひどくねえか!? おっちゃんとの間接キスが嫌だったか? ショックだなぁ……」


 確かにペットボトルから、かすかにタバコの匂いがして、それも相まってさらに気持ち悪くなったことは事実だが、それを伝える余裕もなく、完全にノックアウトだった。


「何で……こんなに、揺れるのぉ……」


「たまーにあるんだけどさぁ、荒天でも強風でもねぇのに高波が発生するんだよ」


「あぁ、そうらろね(そうなのね)……」


 気持ち悪さのせいで、頭も舌も回んなくなってきた。

 吐しゃ物に含まれていた胃酸のせいで、口全体も酸っぱくて最悪な気分だ。


ずみまぜんが(すみませんが)もうみなどへ(もう港へ)もどっでぐだざい(戻ってください)


「何だよあと少しで着くのに。か弱いところもあるじゃねぇか、ガハハハッ」


 私が弱っている姿を見て、なぜか勝ち誇った顔をしている船長。とても屈辱的だったが港へ引き返してもらった。


 その後、午前中はずっとダウンした。


 教訓【船に乗る前に、イカを食べるのは危険】


――*――


 朝のリバースによる影響か、正午を過ぎても胃がムカムカし、昼食を食べたいと思わなかった。

 

 今日はもう船に乗りたくなかったので、港近くの小さな神社に参拝しに参った。

 地元の異変を知るには、その土地に居る神と対話することからって、よく瀬戸さんが言ってたな。

 直接神様に事情を聞ければ仕事も捗る。ちなみに私は、神や霊などの人外を見ることも少しなら触れることも出来る特異体質だ。

 父も母も封地のような神職に就いていたため、こんな変な体質になったんだろう。

 他にも原因はあるが……。

 

 ちなみに、神や霊と対話出来ることが“封地”になるための必須条件でもある。


――*――


 神社の名前は『愛護あいご神社』と書かれていた。高さ5mにも満たない鳥居を抜け、境内へと続く50段ぐらいの階段を昇る。

 階段を上がる途中、開口部が一つの赤いリュックに、一升瓶の酒を入れたため、背中が少し重たかった。

 階段を登りきると、2体の狛犬が出迎え、縦横それぞれ10mほどの小さな土地に、幅と高さがそれぞれ約3mずつの、こじんまりとした社が佇んでいる。

 無人のためか、手水場ちょうずばに水は流れておらず所々苔むしており、境内はひっそりとしていた。

 それにしても、階段を昇っている時にも感じたんだけど、神社全体の空気が悪い……。

 

 まとわりつくようなジメジメとした気配……。


「おーい、誰か―。居るんだろー、でてこぉーい」


 神社独特の張り詰めた空気の中、私の声がむなしく響く。


「…………」


 2・3分ぐらい経過しただろうか。

 しばし沈黙を保った後、“カサカサ”と、境内の草むらをかき分ける音が聞こえた。

 

 神域の関係者か? 


 と思ったが、2つ、3つ、4つ……と、どんどん数が増えていったため明らかにおかしいと感じた。

 これは……。


「ちっ、コイツらか!」


 草むらから、黒い(もや)で覆われたヘビの様な物体が20~30匹ほど地面をうねりながら現れた。俗に言う“穢れ”である。

 穢れは、大小や形状は様々だが、この世ならざる異様な雰囲気を纏い、輪郭がボヤけていることが共通の特徴であるため、すぐにわかった。


 穢れ達は、ターゲットを補足したかのように、私へと一斉に襲い掛かってきた。


「あぁー、もう! 確かにあんたらにとっては、私はおいしそうに見えるんでしょうけどね!」


 赤いリュックから、急ぎ、御札を数枚取り出す。


「罪穢れ有らむをば、祓えたまえ、清めたまえ!」


 神道の祓え言葉を唱え、念を札に込める。

 

 すると御札は私の手元を離れ、黒の集団を目がけて、ミサイルのような直線状の軌道を描き標的へと命中した。

 直撃を受けた穢れは、化学反応を起こしたように御札と混じりあいながら、光の粒子となり空に霧消した。

 先ほどの攻撃から逃れた黒い物体群は、同族が消えたことにひるむ様子もなく向かってくる。


「もう一発!」


 間髪入れず私も迎撃し、穢れの数を減らしていく。


「清めたまえ、幸はえたまえ!」


 私に飛びかかって突撃してくる奴らを、舞うようにすべて紙一重でかわし、ストックしていた札を大量に両手で構え、再度、祓え言葉を唱和し上空に放った。

 空に舞った札は、さらに上空へと舞い上がり、標的目がけて一斉に降り注いだ。


 大量の札の雨からは逃れる術もなく、穢れ達はすべて消滅したようだった。


「ふぅ……こんなもんかな」


 私は一息つくと同時に、神社が持つべき「神域侵さるべからず」のプライドが全く感じられない体たらくぶりに、怒りを覚えた。

 “キッ”とやしろの方角を向き、


「あんたら仕事サボってんじゃないわよ! こんな穢れだらけの土地にして、神域まで侵されて。それでも恥ずかしくないの!」


 煽り気味に言ってみたが、神社は静寂を保ったままだった。


「それにこんな場所まで私を派遣させるなぁ! ワタシの自堕落ライフを返せぇ! 瀬戸さんのバカヤロー! カズのアホー! あとずっと養ってくれる彼氏が出来ますようにー! 先月買った宝くじで3億円当たりますようにー! 」

 

 つい仕事の愚痴と悪口と願望も叫んでしまった。まぁ神社だし。

 

 しかし、私の言葉も何事も無かったかのように静けさに呑み込まれ、時間だけが過ぎて行った。


……くっそう、やりたくはなかったが最後の手段だ。


「私の命の水よ。我が恨みつらみを晴らすため、この社の神を顕現させたまえ!」


 と地元で醸造された日本酒(純米大吟醸)の一升瓶を賽銭箱の上に置く。


 要は“供物を捧げて祈れば”いいだけだが、召喚の掛け声を唱えたのは雰囲気を出すためである。まぁ儀礼的なものである。

 

 ほら日本って、儀礼とか儀式とかそういう形式的なものが好きな国だから。


――*――


 携帯電話で時間を確認すると10分も経っていた。一升瓶を置いてからしばらく待ったが何も反応が無い。

 

 私は目の前の供物を飲みたいという欲望を抑え、一生瓶を監視し続けていたが、あまりの退屈さに飽き、大きなあくびをした瞬間だった。


 酒瓶が無くなっていた。


「ぷっはぁ、これは甘口の酒じゃな。飲んだ後、口に残る感じがするのぉ。出来ればワシは辛口の酒が好みなんじゃが。でも久しぶりの日本酒。しかも大吟醸じゃ。贅沢はいかん」


 突然、社の右側の方角から女性の、しかも子供の声がした。

 幼い声の割に渋いセリフを吐くため、私はそのギャップに耳を疑った。


 声のする方へ目線を動かすと、おかっぱ髪で童顔のパッチリとした目が特徴的な小学生くらいの女の子が立っていた。

 背中には翼が生えているため人外の存在であることは明白だった。


 彼女は、一升瓶を軽々と持ち、美味しそうにラッパ飲みし「ぷはぁ」と酒瓶から口を離した。

 そして私に近づきながら語りかけてきた。


「それにしても『アホー』とか『宝くじが―』とかワーワー五月蠅(うるさ)いもんで、驚いて目が覚めてしもうたが、あれ全部本気じゃったろ? よこしまな願いも入っとったから、叶う望みは薄いが、この酒に免じて聞くだけは聞いてやる。だから感謝してせいぜい励めよ人間」


 どうやら、この神社で先ほど起きた事を知らないらしい。

 無防備に私の周りをうろちょろし、あろうことか私の願望をよこしまだと片付けた。


「そりゃどうも。しかし、やっと現れたわね」


 私が小生意気そうな子供に、言葉を返すと、


「えっ!! おっ……おぬし、わしの声が聞こえるのか!?」


 大きな瞳をパチクリさせて、すっごく驚いた様子である。それもそうだ、彼女の姿は「カタギの人間」には見えないからである。


「バッチリ聞こえてるわよ。その年寄り染みた話し方は威厳を出すためなの? それとも天然? 外見はお菊人形の様なロリっ子のくせに、じじい言葉なんて、キュンキュンするじゃない! かわいいっ!」


「うげっ! 急に不穏な雰囲気に変わったぞ、おぬし。わし、ちょっと寒い気がするんじゃが」


 少し警戒されてしまった。きっと”萌え”という思念に耐性が無いのだろう。


 この子は神様ではなく、その眷属(けんぞく)である神使だ。言葉の端々からもそれが読み取れ、神々しさも無く、言動にも威厳が無かったため確実だろう。


「それにしても驚いた。このご時世に【貴き存在(とうときモノ)】の姿が見えるヒトなぞ、もう絶滅したかと思っとったわ」


「あなたの言う通り、昔に比べてほとんど居ないわよ。わたしが特殊ってだけよ」


「いや、大したもんじゃぞ。|我々が見えるというのは。まぁ世俗では生き辛いがのぅ……」


「奇異な目で見られるのは確かね。もう慣れたけど。そうだ、あの“穢れ”達は何なの? おかげで私も危ない目に遭ったのよ。神域なんだから、あれぐらい近づけないようにしなさいよ」


「あぁ? 最近よく現れるのぅ……。ほっとけ、あんなものはその辺に群がる雑草と一緒じゃ。倒しても倒しても出てくるし、あの程度なら、憑かれても道端でずっころぶぐらいの小さな不幸が1度降りかかるぐらいで仕舞いじゃし、それに……」


「何よ?」


「……それすらも払えんほどに我らの力が弱体化しとるんじゃ。いや、町全体が……じゃがな」


「はぁ?」


「わからんか? お主も【九ツ釜】を見たじゃろうが。あれは間違いなく、絶景の類いじゃが、お主は率直にどう思った?」


「そうねぇ『綺麗だなぁー』ぐらい?」


「それが証拠じゃ。ヒトは、あのような雄大な自然を見れば、感動と、もう一つ“恐怖”と言うべき感情が渦巻くもので、それは自然に対する生物としての畏敬の念が湧くからじゃ。自然そのものを神として崇め奉ってきた日本人独自の感覚じゃな。……しかしお主の素っ気ない返答。これはどう見てもおかしいじゃろ」


「そうね。あの場が何らかの理由で、穢れているからだと思うけど。じゃあ、その原因は?」


「それは自分で調査せい」


「えぇー、高いお酒献上したのに、情報これだけ?」


「陰陽と精霊の管理は、昔から人間の仕事じゃろ」


「ちぇっ、ケチー」


「それにヒトであろうと【貴き存在(とうときモノ)】であろうと、初めて誰かと会うときは、手土産は当然じゃろ。酒はわしの初見料も込みじゃ。“地鎮司とこしずめ”よ」

 

 また古い言葉を……。


 地鎮司とこしずめとは、封地の昔の名称で、第2次世界大戦で日本が敗北し、日本国憲法が制定される前の呼び方である。


「なぁんだ、私の正体に気付いたのか。その呼び方はもう古くて、今は“封地”と言うのよ。ちびっこ神使さん」


「そうか。人の世はほんとに移ろいやすいのう……」

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