―調査11日目― 前編 そして龍は鳴く
○今回の調査のトピックス
水龍との決戦 以上!
水龍のポイントまで、残り200メートル。清流たゆたう川べりを私と榊さんは歩き続ける。ゴツゴツした岩の感触が靴底に伝わり、足の裏が少し痛い。
透き通るような新鮮な空気。そして刺す様な静けさ。水龍が鎮座する場所は、森の中でも、とりわけ沈静な状態を保っていた。川の中央にある磐座の様な立派な一枚岩が、証言台のように思えた。
「まるで、空気が硬直しているみたい」
窒素や酸素、炭素やリンなどの大気を構成するすべての要素が何らかの制御化に置かれているような不自然さを感じる。
「来るぞ!」
榊さんが叫ぶと同時に、しぶきを上げながら川が二つに裂け始めた。
水龍のウロコが、川の裂け目から徐々に顔を出し、蛇のように長い体をくねらせながら、姿を現した。
「イギャアあああああっ!」
水龍が咆哮を上げ、私達をにらみつけ「シャああああっ!」とその大きな胴体ごと私達に突進してきた。
「チッ! もう話すことも無いっての?」
「違う! 怒りに呑まれ、もう正気を保てないんだ!」
よく見ると瞳が真っ赤に充血していて、榊さんの言うことが正解だと、私も気づいた。
「青子!」
「わかってる!」
私は、手に持った赤いリュックから霊符を大量に取り出し、それを空中に放つ。霊符はホーミングレーザーのように四方から水龍を襲った。
「ドォオオオン」と、派手に爆風が舞ったが、こんなものでくたばるぐらいなら苦労はしない。
すかさず榊さんが爆風の中心部に飛び込んだ。
「でぇぇええい!」
鬼の金棒ほどに大きな木刀で爆風すら薙ぎ払う一閃を放った。だが、
「シャアアアアッ」と、鉛のように重い一撃を平然と受けきる水龍だった。
「なっ……」
「ちぃっ……すでに痛みすら感じないか」
水龍の大きな尾ビレが、榊さん目がけて飛ぶ。
「うぐっ!」
木刀を盾にしたが、それでも水龍の尾撃の威力は強く、榊さんは軽く十メートルは横に吹っ飛び、岩に強く衝撃した。
「榊さんッ!」
思わず声が出た。常人なら即死、私でもアバラ数本持って行かれるほどの衝撃であろう。
「だっ、大丈夫だ……それより、かんざしを!」
榊さんに言われ、私は急ぎリュックからかんざしを取り出し、水龍に見せびらかす。
「ホラっ、これ。貴方の探していたものよ!」
「フシャアアアッ」
水龍はかんざしなど目にも暮れず、榊さんがめり込んだ岩場を暴虐の限り、執拗かつ徹底的に破壊しだした。
「榊さあああぁん! ダメっ、死んじゃう!」
私は、水龍の注目をこちらに向けさせるため、霊符を次々と水龍に直撃させた。だが水龍は意にも返さず、周辺の草木や岩場など、ところかまわず破壊していった。
「ヤロォ!」私は必殺の祝詞を詠い始めた。「かけましくも畏み畏みもうす……」
「イギャアアアッ!」
しかし、岩場を破壊し終えたのか、霊圧の変化に反応したのか、水龍はすぐさま標的を私に変え、突進してきた。
「がはぁッ!」
突進を除けようとしたが、回避しきれず轢かれてしまった。その衝撃の強さに、私も数メートル吹っ飛ばされた。
「ゥゥ……」
声が出なかった。口の中が切れたのか、苦い血の味がする。わき腹が熱い。どうやら前回戦った時の傷口が開いたみたいだ。
「くそっ……」
そして、水龍は私を完全に滅するため「シャアアアアっ」と声を上げながら、霊力が入り混じった水砲の発射体勢に入った。水龍の大きな体をすっぽり覆う水砲のその巨大さに、私は茫然とした。
これを回避する手段が思い浮かばない……。同じ相手に二度も膝を着くなんて……完敗だ。水龍に支配されたこの空間では、自然の力も取り込むことが出来ない。
今度こそ絶体絶命――
「よくやった青子」
落ち着いていて渋みのあるバリトンボイス。音域に起伏が無く単調で――だけど安心する声が聞こえた。
「懐、取ったぞ!」
「あっ、がっ……」
榊さんは、水龍の美しい鱗の中で一つだけ地肌が見える喉元の部分に、皿の様に巨大な逆鱗を押し付けていた。
「オン・バサラ・キリキリ・ハッタ、オン・バサラ・ウンケン・ソワカ……。暴龍よ、あるべき姿に戻れ!」
真言とともに、榊さんは、瓶に入った薬品を水龍に振りかけ、投げ捨てた。
瓶の中身は、昨日採取した龍氣と精霊石を混合して出来た薬だった。
薬は虹のように輝き、氣がアルミチャフのように大気に長く留まり続けていた。
「ピギャアアアッ、イギャアアアアッ!」
水龍はのたうち回り、その大きな体をくねらせ、暴れていたが、やがて動きを止めた。
「やったの!?」
「あぁ、これで正気を取り戻すはずだ」
榊さんの言葉に私は安堵し、警戒態勢を解いた。
「後はかんざしを奴に渡して事情を聞いて終わりだ」
「はぁ、疲れた。霊符もいっぱい使ったし、私の体力も限界で寝たいわ」
「では、永遠に眠れ」
不意打ちだった――。
「ギャあああアアアッ!」
槍のように鋭い水弾が私のわき腹を貫通した。
「青子!」
「お前も去ね!」
と、間髪入れず強い勢いの水砲が榊さんを襲った。榊さんはとっさに木刀を盾にしたが、それでも水砲は榊さんごと木々をなぎ倒しながら、遥か遠方へと追いやった。
「ぐっ、榊……さん」
臓腑を焼かれたように体の底から激痛が次から次へと湧き出す。腹の中から黒い熱いモノが込み上げてきて、胃から食道から体を溶かすような強い酸性の液体が満ちて、逆流してくる。
「感謝するぞ。人間よ。この逆鱗は、我の理性を保つものでな。おかげで、お前たち人間をいかに残虐に嬲り殺せぬものかと思案できる」
「ああぁっ……」
私は、あまりの痛みに、その場で這い回り、転げ回ることしか出来なかった。たとえ銃でわき腹を撃たれても、ここまでの激痛が体中を支配することは無いだろう。
「さぞ痛かろう、それは呪いだ。お前の中のヒトと人ならざる部分を乖離する『モノ別れ』の忌詞を含んでいる……」
水龍の声が遠く聞こえるが、そんなことどうだっていいほど痛みに意識が支配されていた。
「ただの人間であれば痛くもかゆくもない呪いだが、お前の場合、効果はてき面だったな。身体がバラバラに引き裂かれるような苦しみだろう」
この体が内側から分解しそうな感覚はそういうこと……ね。私は必死に自分の肉体と魂を分離させないように、そして痛みで意識を失わないように歯を食いしばって耐えていた。
「それでは、再び貴様に見舞ってやろう」
「ウゥ……」
すでに私は戦える状態ではなかった。
「我とやり合って、よくここまで耐えた。だが所詮はヒトの皮を被った存在。それが貴様らの限界だ」
人が痛みに必死で耐えているのに、ベラベラウルサいんだよ……。もうすでに勝ちを確信しているのか……そうだろうな。傲慢で不遜で醜悪な表情を浮かべ、私を見下ろしているのだから。
「すでに死に体ではあるが、本物の亡骸にしてやろう。喜べ」
水龍は直径5メートルは超えようかとする巨大なエネルギー弾の発射体勢に入った。
エネルギー弾は、禍々しく黒いオーラと青く光るエネルギー体とが混ざり合い、体に当たれば、確実に死が待つ強い力を感じさせるものであった。
「終わりだ――」




