―調査10日目― 後編 眠れる獣が目覚めるとき
○前回のあらすじ
かんざしと逆鱗と龍脈を手に入れるために、ミニチュアの山を作り、呪術で、龍脈を溶かし、かんざしと逆鱗を引き抜いた青子達一行。
その際、手にこぼれた龍脈を、美海が誤って舐めてしまった……。
「やってしまいましたよ、この娘は……」
「そうだな。ちょっとまずいな……」
「なっ、何です。もしかして毒だったとか……」
「いや、毒ではないが……龍氣はつまりエネルギーの塊。そして今、絞り出した一滴はその中でも、非常に濃く凝縮された一滴……」
「そう、つまりね。とても強い滋養剤にもなるのと、もう一つ言うと――」
「うッ……。ううぅぅ……」
突然、獣の様な唸り声をあげ、急にうずくまる美海だった。
「遅かったな」
「逃げたほうが良いんじゃないの榊さん? 龍氣って経口摂取すると強力な催淫効果もあるんでしょ。周囲の異性を見境なく襲っちゃうんじゃなかったっけ?」
「ちょっと違うぞ。正確には、『異性』ではなく『性的興奮を覚える相手』を襲うんだ」
「えっ?」
私はその言葉に硬直した。性的興奮を覚える相手と言うことは――つまり。
「あぁ、青ねぇ……」
時すでに遅し。美海は、飢えた獣のような目付きで私をロックオンした。
「ミミさん? わたし、おんな。あなたとおなじ、じょせい。コドモデキナイ。アンダスタン?」
「うぉおお……おねえさまあぁっ!」
「んぎゃああああぁっ!」
イノシシも蹴散らすほどの猪突猛進ぶりで、私目がけて、特に下半身に狙いを定めて突進してきた。
「どぅわああああっ。あんた正気に戻れぇー」
「おねえさまああっ。抱かせろおおぉぉ。ペロペロさせろぉぉぉ!」
私の腰を抱きつき離そうとしない美海。あまりの速さと力強さに私は振りほどけず、倒れ込んでしまい、成す術が無かった。きっと吉田沙保○のタックルを受けた選手は、こんな状況だったに違いない。
「美海! やめっ、やめなさい!」
「そんなこと言ってェ! おねえさまもホントはええんやろおお!」
美海は完全に目がイッてた。私の忠告も聞き入れず、私のズボンを脱がしにかかってきた。私は両手で必死に抵抗するも、あまりの力強さに剥ぎ取られそうだった。
「ちょっ、榊さーん。どうにかして!」
「睦言に水を差すのは野暮だ」
「これは情事じゃない。異常時なの。早く助けて! ンギャー!」
「そうか。いつものじゃれ合いのようだから、放っておこうかと」
「はやく!」
やれやれと、榊さんは美海に一瞬で近づき手刀一閃を首筋に当てた。
すると美海は麻酔銃で撃たれたイノシシのように、グッタリと脱力したのであった。
「はぁはぁ……助かったぁ」
私は間一髪で貞操の危機を脱した。
「早く助けてよ榊さん。でもありがとう。だけど、その手刀で“トン”ってする技。本当は気絶しない。って、ネットで見たことあるんだけど?」
「ほぅ、良く知ってるな。その通りだ。だから俺は霊力を込めて、強制的に脳震とうを起こしている。これは力加減が難しくてな。下手すると全身麻痺を起こす危険もあるから真似するなよ」
しれっと危険なことを……。さすが榊さん、頭のネジが一本どころか十本は抜けている。
「さて、帰りましょうか」
「そうだな」と、美海を小脇に抱える榊さん。
「だけど、これどうする? 立派な作品だったのに……」
三日かけて作ったミニチュアの箱庭に私は愛着を持ち始めていた。自分で言うのもなんだが、なかなか良い出来だったんだ。まぁそのほとんどが榊さんのおかげなんだけど。
「名残惜しいか?」
「まぁ、そうね」
苦労して作ったモノがたったこの儀式のためだけに使われ、後は自然に還
るのみと言うのが儚く、まるで人生のようだと感慨にふけった。
美術・工作の才能がない私にとって、名残惜しさはひとしおだった。
「めずらしく感傷的だな。大丈夫だ。あとで結美と編美に来てもらい、結界の祓えをしてもらう。その時の祭壇としてこれを使う」
「あぁ、後で美人妻二人と温泉旅行も兼ねて、トレッキングするわけね」
「……」
榊さんが黙りこんだ。図星だったか。何にせよ他の使い道があると知って私は安堵した。
宿に帰った私たちは、未だ眠れる獅子状態の美海を自室に寝かしつけ、榊さんとお茶を飲みながら、疲れを癒していた。
すると「うぱぁっ!」と奇怪な声を発しながら、美海が起き上がった。
「あっ、危なかったぁ」
何が危なかったのか。私はそのことを問いただしたいが、相手は寝起きだから、グッと我慢するのが乙女のたしなみというものだ。
どうせロクでもないことだし。
「夢見る少女が大人の階段を登るところでした。心がフワフワと気持ちよくなったかと思えば、今度は熱く血がたぎって仕方なかったのですから。ですが、何とか抑え込めました」
彼女の発言に、私は多大な疑問符が出現せざるを得なかったが、特に疑問だったのが、彼女は受難を無難に受け流したと思っているらしい。そこが怒りのポイントだ。
「そうね。危なかったんだよね。私の大切な純潔が」
「何を怒っているんですか? そういえば、とっても体が軽い。あっ、イタタタッ。首痛い。記憶もなんか混乱してるし……。いったい何があったのですか」
「疲れて気を失ったのよ。ねっ、榊さん」
「儀式で興奮して一時的に混乱したんだ。暗示の一種だからな儀式というのは。慣れない者は、暗示にかかって記憶が曖昧になることもある。気にするな」
「そうですか……」
釈然としない様子だったが、榊さんも同調してくれたため、美海はしぶしぶ納得した様子だった。
こうやって真実は葬られるのである。あーこわいこわい。
「ところで、逆鱗とかんざしをまだちゃんと見てないので、私にもお見せいただけますか?」
「良いわよ」
美海に逆鱗とかんざしを渡すと、美海は大事にそうにじっくりと二つを眺めた。
「逆鱗って、深い緑色してて綺麗ですね。そして、かんざしも――」
美海はかんざしを眺めると、固まったかのように動きを止めた。
「美海?」
体を揺さぶっても、反応しない。
「ねぇ、美海!」
「あっ、青姉さま、どうされたのです? そんな大声出して」
「『どうされたの』じゃないわよ。それはこっちの台詞。どうしたの? かんざしを見た瞬間、固まっちゃって」
「いえ、相当古そうなのに、綺麗に手入れされているなぁ。と思って」
見惚れてたってわけか。まぁ、たしかにきれいな光沢を放っているけど。
「このかんざしは錫製かしらね。そう言えば、かんざしって、その昔は魔を祓うって言われてたのよ。棒のような針に呪力が宿るって信じられてて――あっ、もしかして、一瞬硬直したのって、アンタの邪気も払われたからじゃない?」
「あー、ひどーい。単純に見入ってただけです」
美海は少し膨れた顔で、逆鱗を榊さんに。かんざしを私に返却した。
「さて、龍氣も手に入れ、逆鱗もかんざしも手に入れた。これで準備は済んだ。明日、水龍と決着をつけるぞ」
「おー! リベンジマッチだ!」




