―調査10日目― 前編 大地の雫
*注意*
調査10日目のサブタイトルは間違いではありません。調査8日目と9日目は、地味な土木作業しかやってないので書くことが無いだけです。
前回までのあらすじ
青子達一行は山奥深くで発見したかんざしと逆鱗を手に入れるため、龍脈の道筋を作ろうとしていた。
そこで、龍脈のプロたる風水士の榊指導のもと、よくわからない土木工事を続けていた。
私たちは、次の日もその次の日も作業を続け、あっという間に二日が経過した。
心身ともにクタクタになりながらも私が作業を続けられたのは、仕事後のビールが格別の味わいだったからに他ならない。ビバッ! ビアー!
美海も普段はお酒を飲まないが、私がビールを勧めたところ、仕事終わりの一杯の特別な味わいが気に入ったようで(よし、酒好きがまた増えたな)と私は内心、ほくそ笑んでいた。
榊さんは――あれで下戸なんだよな。日本酒大瓶をカッ食らうような体しているわりに、ラム酒がちょこっと入ったケーキを食べるだけで、ノックダウンするんだもん。酒の席でも、ひたすらにお茶と水を飲んでいた印象がある。
――*――
そして話は冒頭のルナティックまで戻るのであった。
「ぷるほほうぇええへへへへーはははははっ。もうね、やってらんないのね」
「ちょっと、青姉さま。発狂しても普段と大してテンション変わらないんだから、しっかりしてください。でも、そんな壊れたお姉さまも、す・て・き! キャッ!」
「黙って手を動かせ、青子」
〈ガシャッ〉
「あっ……」
「青子、やり直し」
「んぎゃああああ! 私の2時間32分と15秒がぁぁぁ!」
わが魂の叫びがコダマした。
龍神温泉に調査に出かけて、はや10日目。この土地が枯れるまで、あと2日。私達はいまだ山中で土いじりを行っていた。
「あぁ、二時間半も掛けたのに」
私は、自分が壊してしまった石塔という名の石ころを積んだだけの塔を再度積み直しながらぼやいた。
「早く積み直せ」
「そうですー。青姉さま待ちですよー」
2人に急かされて、出来るだけ平らな石をバランスを取りながら積み直していく。こういう神経を使う作業は苦手だ。
「あー、青姉さま、もうちょっと、のぺーっとした石を使った方が。ねぇ榊さん」
「そうだ。それと青子、4つ目の石がその上の石に比べて小さいぞ。バランスが崩れる」
こいつらぁ。言いたい放題言いやがって。
美海もすっかり榊さんと打ち解けたようだった。金持ち喧嘩せず。ではないが、榊さんに漂う気品の様なモノを美海は感じ取ったのだろう。
【風水士】は血筋が大いに関係するので、榊さんもアレはあれで、高貴な出自で、いわゆる“ボンボン”なのだ。
二人の、あーでもない。こーでもない。と言う指示に辟易しながらも、私は30分掛けて石を積み直した。そしてついに作品が完成した。
私達はこの3日間、山のミニチュアを制作していたのだ。
3日前から悪戦苦闘して採取してきた玉砂利が水の流れを表現し、榊さんが当初、適当に掘っていた土は、富士山のように、すそ野が広い綺麗な三角形を描き、美海が葉っぱや草木や木の枝を使い青々とした山肌を表現していた。さながら枯山水にも似た趣を感じる。
ところどころ意味不明なパーツが配置されて、前衛アートのようにも見えなくもないが……つくづく龍脈とはよくわからない。
「すごぉーい! 大作!」
美海が感嘆の声を上げる。私も榊さんもその作品の出来栄えに、達成感と充実感を覚えていた。
しかし、これは完成ではなく準備が整っただけなのだと、作り終えて私はやっと気づいた。
「そうか、類感呪術を使うのね。だけど、ここまで大掛かりにする必要あった?」
「俺は呪術系はかじった程度で不得手だからな。これぐらいの大きさでないと効果が薄い。相手は自然そのもののエネルギーだから念には念を入れたのだ」
「類感呪術ってなんです?」
何も知らない美海が、言葉の意味を聞いてきた。
「類感呪術とは、形として近しい2つの物体の内、片方の物体が何らかの変化を受けると、もう一つの物体も影響を受けると言う、いわば呪術の基礎だ」
「丑の刻参りも類感呪術の一つね」
「あれは感染呪術だろう。例としては、てるてる坊主の方が正しいと思うのだが」
「そうかな? あんまり変わらないと思うけど。厭魅・厭勝系ってカテゴリー分けが難しいのよね」
「あのぉ。お二人とも、議論の途中で申し訳ないのですが」美海が会話を遮る。「結局、それとこの『ミニ山』とどういう関係があるのでしょうか」
「あぁ、それはだな――」
「私達が作った山を、私たちが今滞在している山の一部として見立てて、かんざしと逆鱗で塞がれている龍脈の『氣』を流しだすのよ」
私は榊さんの話を遮り、得意げに美海に話したが、榊さんは自分の分野に関する説明を横取りされたため、少し不服そうだった。
「あっ、ごめん。榊さんの十八番だったね」
「いや、いい。これから詠唱を始めるから、二人ともちょっと下がっていろ」
榊さんが、小さな山の一部分を、指でゆっくりなぞりながら術式を発動する。
「地塊にたゆたいし、命脈たる徒然たる氣よ。木々隆盛させ、草花旺盛足らしめ、鳥獣活力みなぎらせ、生死の円環、廻り周りたまえ!」
榊さんの指が止まったと同時に、断層に突き刺さったかんざしの部分から、地をうねる振動が発生した。
「青子、かんざしを抜くと同時にこの瓶に龍氣を詰めろ。一瞬だけ非常に濃い龍氣が溢れる瞬間がチャンスだ。ぬかるなよ!」
と、榊さんは私に向かって小瓶を放り投げた。
「えっ、えっ、どのタイミング?」
「かんざしが抜けたときに、輝く青と金色の水の様なモノが湧き出るはずだ。それをすくいとれ! いいか、数秒勝負だぞ!」
「かんざしを抜きながらやるの? でっ、でも私、龍脈ってぼやぁっとしか見えないんだけど」
「私がやります!」
美海が名乗りを上げた。
「きっと私、龍氣が見えるはずです。水龍様が纏っていた水の中に、榊さんの言うような青と金色のキラキラした物質が混ざっていたこと、覚えています」
「そうか。頼んだぞ!」
美海は私と交代して断崖に近づき、今までになく真剣な表情で、地鳴りなんて物ともせず、じーっとかんざしを凝視する。
「そろそろだ! 青子、かんざしを抜く準備は出来たか?」
「うん準備オッケー。美海は?」
「大丈夫です」
いつになく真剣な表情で答える美海の瞳は、動揺や恐怖などは微塵も感じられない。
人の生きざまは有事の際にこそ、真価を発揮する。
彼女の土壇場でのクソ度胸も、社交場と言う社会の主戦場を経て培った実戦と、皆の期待を背負って人前に立つことを繰り返してきた経験の賜物だろう。
死線には程遠いが、一瞬のスキが命取りの、食うか食われるかの世界に身を置いてきたことに違いはない。
いよいよ、山全体が地響きを上げ地面から伝わる振動が強くなった。
「今だっ、青子!」
「このおっ!」
私は榊さんの合図を受け、力いっぱいかんざしを引っ張った。
「ふんぬっ。ぬぬぬぬぬっ!」
かっ、固い……。そこで私はさらに気合を入れて、かんざしを引っ張った。
「ウッ……グゥゥウッ……」
ちょっとずつちょっとずつ、めり込んだ岩から引っこ抜いている感触が伝わる。小さな注射器でドロドロの油を吸い出すような、ねっとりとした抵抗感。
「みみぃ……。ど……うなのぉ」
「しっ。話しかけないで!」
「くっそぉぉ。こんのやろぉぉ」と全体重を後ろにかけ、引っ張る。
「あっ!」美海が叫ぶ。「出た出た! トロォーっと濃いのが出てきました!」
「ぶふっ!」
私は渾身の力を絞り出し、かんざしを引っこ抜いた。それと同時に美海の『生々しい』表現に全身が脱力してしまい、全体重が後方に集中し、私は盛大にすっ転んでしまった。
「だっ、大丈夫ですか。青姉さま」
地響きは徐々に止み、静寂が周囲に取り戻っていく。
「あたたたっ。何とか……。そっちこそ龍氣は採取できた?」
「バッチリです」
エッヘンと、そこそこ豊満な胸を突き出す美海に、ちょっと嫉妬を覚えつつも、目的が達成出来た安堵感に私は胸をなでおろした。
「青子!」榊さんが私の名を呼んだ。「かんざしは大丈夫か!」
「オイッ。開口一番それか。まず心配するものがあるだろ!」
私は転んだ自分を指差し、か弱い女性アピールをしたのだが。
「あぁ、そうだった。逆鱗も大丈夫か? お前の尻に潰されてないだろうな」
「違う。私だ、私を気遣え。そこのムッツリ風水使い」
「ふふふっ」
美海が手を口に添え、お上品に微笑んでいた。
「あっ、そうだ。龍氣お渡ししますね」
美海は龍氣が入った小瓶を榊さんに手渡した。
「あぁ。助かる」
「美海、龍氣が手に少しこぼれているわよ。さっき、すくいとるときに付いたんでしょ」
とハンカチを差し出そうとした瞬間――
「あっ、ホントだ」
と、美海が龍氣をペロッと舐めた。
「あーっ!」
「あっ……」
私と榊さんは美海の動作に思わず声を上げてしまった。これはヤバイ――




