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―調査7日目― 前編 素人でも出来る龍脈復活講座(死ぬ気でやれば……)

今回の調査のトピックス

・龍脈とは何ぞや

・青子の仕事へのとりかかり方

・お金は大事だ

――調査7日目――

 私達は榊さんを講師に迎え、龍脈探索の準備に勤しんでいた。

 具体的な準備の内容と言えば……しっかりと朝食を取っていただけ。理由はもちろん、これからの重労働に備えて。である。

 私は清掃の行き届いた板の間の食堂で、屋久杉のテーブル上にずらりと並べられた山菜が中心の滋味深くて塩気が効いた料理にまんまと乗せられて、今日もご飯をお代わりしていた。


「ちゃんと食べておけ。今日は大変になるぞ」


 背筋をピンと立てたまま、ご飯を口に入れる榊さん。この人は食事をとっている時も堅苦しい。食事中は黙っていろ。とでも言いたげな雰囲気だ。

 彼自身はそんな事思っていないだろうが、雰囲気が物語っている。


「質問なのですが。今、龍脈って水龍様が消費しているのに、他の場所にも有るんですか?」


 食事中のマナーなのか、美海は左手を口に当て私と榊さんに質問した。


「水龍が抑えている龍脈はいわば人体で言う大動脈。だが人体にも、大動脈以外の血管があるように、末端の龍脈は、まだその機能を失っていない可能性が高い。血液と違い龍脈の流れは遅いからな。本来は日高川ここではなく、龍脈が豊富にある他の土地で採取するのが手っ取り早いのだが……」

 

 榊さんは口ごもり、少々言いづらそうに続けた。


「俺は重罪人で要監視対象者だからな。有名な龍脈に立ち入るには手続きが必要だ」


「あぁ、龍脈を悪用しないように。が理由だよね」


 榊さんは龍脈に関するありとあらゆることに精通している。それが【風水士】たる由縁なのだ。この特性こそが、日本でこの職業の成り手が極端に少ない一番の理由だ。


 私に言わせれば「玄関に黄色の置物を置くと運気がアップする」とか「トイレに赤色のマットはダメだ」とか言うのが、風水の仕事だと思われると鼻で笑ってしまうし、それは占い師やインテリアコーディネーターと大して差が無い。


 本物の【風水士】は、ごく当たり前のように龍脈を観察出来て、龍脈の流れをあるべき姿に整え、時には龍脈の力を借りて、国家危機の解決に当たる。

 真の使い手である榊さんのように、風水は、国を揺るがす力が備わっているのだ。


「今は監察官が不在だ。あいつらの許可が無い限り立ち入れん」

 

 榊さんは食後のお茶を飲みながら、淡々と語った。


「そして、俺の能力は【微睡まどろみかせ】による制約を受け、危機に瀕した人を救う以外、普段の二〇%しか力が出せん……」


「あっちゃー。そうだった。六波羅探題の手錠かぁ」


 表社会には刑事罰の様な表向き用の罰があるように、霊能社会にはそれ用の罰が当然用意されている。


 榊さんが国を揺るがす大事件を犯したのに、死刑を免れたのは、これまでの功績に対する温情か、もしくは彼を殺すより生かしておいた方が利用価値がある。と上層部が判断したのだろう。六波羅探題のことだから、絶対に後者だけど。

 そして【微睡まどろみかせ】はいわば首輪である。


「それで、その末端の龍脈ってどこにあるのよ」


「龍脈の探索に必要なのは、知力と体力と何より重要なのは時の運だ」


 榊さんは食事を済ませ、立ち上がろうと足手に当て立ち上がった。


「さて、それじゃあ探索に行くぞ、青子」


「ちょちょちょ。えっ、なに。もしかして、当てずっぽうで探すってこと?」


「そうだな」


「そりゃあ専門家や学者って呼ばれる人たちもね、大概は地道な調査から始めるものだけど、近隣の山々を探すのって相当大変なんですけど。一週間のタイムリミット越しちゃいそうなんですけど」


「お前は思考も行動も短絡的だ。地道に調査していけば、いずれ大きな成果を掴むことが出来る。忍耐を磨く良い修行だ」


 榊さんの実直な仕事ぶりは正直私には苦手なのだ。どうも楽することを第一主義的に考える私の仕事のスタンスとは対立しがちだ。


 榊さんは一からコツコツコツコツ……と、それはもう、うんざりするような作業や調査を地道にこなすことが出来る超マメ人間。だから日本を震撼させるような大きなことが出来た。


 一方、私は場当たり的な対処は得意だけど、その後のことまで考えて動いていない。と客観的に分析している。即自的な対応はきっと私の方が得意だが、几帳面な榊さんはそれが気に食わないだろう。


 うーん。これはどっちのタイプが良い悪いじゃなくて、どちらがその時の状況に適しているかで判断すべきなんだけど、ただ基本的にお偉いさん方は、私のようなタイプを欲する傾向がある。なぜなら、すぐに結果が出るからだ。


 だけど、世の中の偉大な事業や、世紀の大発明や発見を成し遂げた人は間違いなく後者が多い。私は大人物にはなれない。


「まぁまぁ、お二人とも」美海がなだめる。「せめて方向や大まかな場所だけでもわかれば楽になるのですが。この際、占いでも何でもいいので」


「占いか……。そうね。美海良いこと言った」

 

 私は急ぎ部屋に戻りある品をカバンから取り出し、食堂に舞い戻った。


「じゃじゃーん。風水羅盤ふうすいろーぱん!」


「ふうすいろーぱん?」


「九星気学か。まぁ気休め程度にはちょうど良い……」


「なんちゃって【風水士】の青子です。それでは当たるも八卦当たらぬも八卦……各々方、心して聞かれよ」


 私は方位磁石をさらに豪華に装飾した大きなコンパスのような羅盤をへその位置に当て、じーっと方位を見つめた。


「出た。この場所から北の方角」


「北、ですか」


「やはり、源流側の方向」


 私が占いで出した結果は、護摩壇山と呼ばれる日高川の源流の方角を指していた。つまりは水龍が陣取って龍脈をせき止めている流域でもあるのだが。


「これってどういうことなの?」


「日高川の源流に沿った龍脈を大動脈と例えると、毛細血管のように分岐している龍脈があるのだろう」


「まぁ占いなんだから、一度行ってから考えればいいか」


「行き当たりばったりな奴だ」


 ――*――


 渓流沿いの道なき道を進み、森に分け入り時に草をかき分け、時に脇道に避け、時に無理やり乗り越え進むこと三〇分。

 ひーひー息継ぎをする私と違い、榊さんと美海はどんどん山奥深く進んでいく。榊さんの化物じみた身体能力はこの際置いといても、美海はなぜ私より体力があるのか。たかが私と2歳違うだけなのにぃ。


「美海ぃ。なんでそんなに身軽なのぉ。あんたたち二人について行くので、精いっぱいなんですけどぉ」


「えっ、そんなことないと思うんですけど……。榊さんはどう思われます?」


「コイツの不摂生と不養生の賜物だ」


 私はこうやって、いつでも誰かれの非難を浴びる運命なのか。


「ところで榊さん、龍脈の気配はどう?」


 私は露骨に話を切り替えた。


「いや、まだなにも感じない」

 

 榊さんは目を細め、辺りをぐるっと見回し答えた。

 

 高い木々たちに日光を遮られ、樹木のざわめきと鳥のさえずりが周囲から聞こえる。

 道筋や方向感覚もわからないほど、山の深淵まで入り込んだ私達だが、それでも道中、龍脈の“り”の字すら見つけられなかった。


「そんなものだ。油田を堀り当てるような確率だからな」


 榊さんの力は本物だが、それでも龍脈を探り当てるのは至難を極めるのか。


「榊さん、何か手伝えることある?」


「精霊石を振りまいてくれ。精霊たちの反応が見たい」


「えっ、やだ」


「なぜだ?」


「もったいないから」


 一グラム十万円もする白い粉(決して怪しくないよ)を振りまくのは気が引ける。何より今回の件は経費で落とせる気がしないのだ。


「……」


 ツカツカと榊さんは私に近づき、両頬を軽く撫でた。


「なっ、なに?」


「頼む。青子」


「えっ!?」


 私の頬に触れたまま顔を近づける榊さん。これって――。


「青子……」


 えっ、ダメっ。まだ心の準備が……。


「って、イダダダダ!」


 甘いムードになったかと思ったら、榊さんは顔だけは真剣な表情で、私の両頬をつねり出した。


「痛いイタイいたい!」


「この通りだ」

 

 さらに力を増して私のほっぺを引っ張る榊さん。


「アダダダダッ! 伸びないから! ちぎれるから!」


「頼み足りないか……」


「わっ、わぁった。ふはう(つかう)、ふはうはは(つかうから)」


「そうか」


 この人、真面目な顔してボケるから、よくわからん。


「真摯に頼んだ甲斐がある」


「それは頼む態度じゃ無いから! ったく。それじゃあ行くわよ」


 赤く腫れた頬をさすりながら、私は赤いリュックサックから精霊石の粉を取り出し、大気に振りまくと、すぐに風に舞い、文字通り雲散霧消した。


「あああぁぁっ……私の諭吉、樋口、野口がぁ……」


 経費で落ちろ経費で落ちろ経費で落ちろ。と熱心に祈り、事態を見守っていた。私の邪な願いに反応したのか、精霊石が周囲の精霊達を可視化させ、空気が淡く色をつけ始めた。


「ほぅ、さすがだな。龍脈が途切れたにもかかわらず、精霊達が良く見える」


「そうね。自然の力を示す緑碧りょくへき精霊が多いことは予想してたけど、黒虚精霊もちょっと多いかな。まぁ誤差の範囲だけど」


「それだけじゃない。黒虚こっこ精霊の集まる場所を見ろ……」


 榊さんが指差す方向を見ると、一つだけ精霊の流れが発生していた。黒虚精霊、別名【穢れ】とも呼ばれているトラブルメーカーな精霊が、私達の立っている地点より、さらに山奥へ向けてフワフワ宙を漂いながら、ゆーっくりと流れていた。


「なに。あれ?」


「さぁな」


「行ってみましょう。青姉さま、榊さん」


 美海の合図で、私と榊さんは黒虚精霊が流れる方向を追跡した。

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