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―調査6日目― 後編 うしろの正面だーれ。

○前回のあらすじ

 水龍の怒りの原因とかんざしの情報を聞き出すため、道成寺に赴いた青子達。そこで清姫と再会し、清姫に「水龍の謎を聞きたくば、安珍に合わせろ」とわがままなお願いをされた青子達。

 そのため、安珍を探し出す青子達であった。

 蛇姫の依頼を受け、境内を隈なく捜査する私達。


 私と美海、そして榊さんは境内を探し回った。本堂、宝仏殿、奥の院から、閻魔えんま堂まで。さすがに日本より狭いとはいえ、犬小屋より何千倍も広い。

 だがそれでも、この閉じられた空間の中で、何百年とすれ違いを続けられるものだろうか? 

 そしてなぜ千年近くもすれ違ったままなのか? 安珍が清姫と会わない理由は?


 私は、歩みを止めた。


「たぶん境内を探し回ったところで、二人揃っては見つからないと思う」


「青子にしては意味深な発言だな」


「あのクソ坊主のこと、よく知らないけど、女を泣かすような奴じゃないと思う」


「では、どうするのだ?」


「そうねぇ……。安珍さまぁー。ここに居る美海って子が、安珍様に性の手ほどきを受けたいって!」


「そっ、そんなこと言ってません!」


「えへぇー、そうなのぉ―。良いよ、しちゃうよ性の手ほどき。手だけでなく全身使ってぇー」


 と、空から声が響き渡ったかと思うと、目の前に顔はかっこいいが表情はだらしない安珍僧正が顕現した。


「あれっ? あれれ? 誰かと思えば、この前の撫子ちゃんと水仙ちゃんじゃなーい。俺のこと忘れられなかったの?」


「貴方は安珍ではありません。モドキです」


「まーったく、俺の言うことを信じないんだからぁ。でっ、何よナニナニ? 今日は何しに来たの?」


「清姫が、アンタに逢いたいって言ってるんだけど?」


「そうです! モドキとはいえ、何で一三〇〇年も会わないんですか。清姫様がかわいそうでしょ!」


「なんだ。そのことか……」


 チャラチャラした態度から、急に真面目な顔になる安珍。


「キミら、あの逸話のこと知ってるよね。安珍清姫伝説」


「えぇ」


「当然です」


「それじゃあ聞くけど、清姫って今でも成仏していないと思う?」


「何言ってるんですか、この偽坊主! 清姫様なら、この境内に居らっしゃるじゃないですか!」


「そうか……」安珍は渋い顔をしながら、己のツルツル頭を撫でていた。


「そっちのゴツイ人はどう思う?」


 と唐突に榊さんに話を振った。


「俺は清姫という者はあまり知らんが、【貴き者(とうときモノ)】の強い波動は感じられなかった」


「へぇっ。あんた鋭いね」


「勿体ぶらずに仰ってください!」


「おっ? 怒った顔もなかなか良いねぇー。じゃあ、水仙ちゃんは知ってるよね。清姫の死後について」


「えぇ。たしか死後、安珍様とお二人で道成寺に現れ、念仏により転生したと……。あれ?」

 

 あからさまな矛盾に私は、ハッとした。


「そっ。つまり、すでに成仏したわけ」


「じゃあ、あなた達は……」


「まぁ、後は君たちで答えを見つけてよ」


 そう言うと、安珍は姿を消した。 


「先ほどの安珍モドキの話って、どういう意味ですか。青姉様」


「さぁね。ただ、美海の“モドキ”という言葉は、意外と的を得ているかもね」


「どういうことですか?」


 私は、情報を整理しながら推測を述べた。


「二人はきっと、人々の願いから作られた幻想たちなのよ。この道成寺には安珍・清姫の魂がきっと漂っていて、今も二人で命がけの追いかけっこに興じている。と皆が想いを馳せたことによる幻想」


「それでは、あの清姫様の想いも偽物……」


「もし偽物でも、何千年も追いかけっこを演じていれば、それはもう本物と遜色ないわ。彼女の想いは本物の清姫よりも、ずっと強いモノよ」


「『二人は絶対に逢瀬を重ねられない』という大衆の密かな期待も、引き継いでいる。ということか」


「さすが榊さん。私もその通りだと思うわ。だから二人はこのままでは絶対会うことは出来ない。そして、あのクソ坊主は、きっとそのことに気付いている」


「私は二人が巡り合えない運命なんて祈ってないです!」


 美海は強く反論した。


「でもね美海。貴女は、安珍清姫伝説は二人のすれ違いによる悲恋に惹かれたのよね。その物悲しさや儚さを愛している。ということは、裏を返せば二人が結ばれない・出会えないことに価値を置いているってことじゃないの?」


「そっ、そうかも、しれません」


「素直でよろしい。美海のそういうところ好きよ。話を戻して、私の話が正しいと仮定して、どうすれば二人が出会えるかを考えようか」


「人々が『二人が出会えますように』と願えば会えるかも。ですか?」


「おっ、それ正解。なかなか筋が良いね。ただこれには難点があるよね」


「“人々”ってところですね……」


 そう、さっきも話した通り、人々の大半は二人の逢瀬を願っていない。むしろ会ってしまってはいけない。とさえ感じているだろう。

 

 そのため、その人々の願いを打破しなければいけないことになる。


「どうやって人々の願いを超えるか」

 

 方法はあるにはあるんだが。

 あと、私の仮説が正しければ、きっと――。


「【検治けんち】がいれば、この土地に留まる人々の願いを完全浄化出来るんだがな」


 そう――私たち封地も所属する特種国家公務員の職種の一つ【検治けんち】は、こういう限定された土地の浄化や浄霊のエキスパートだから、この土地に溢れる願いといった類いも浄化出来るんだけど。だけど綾奈ちゃんは子育て中だし、明義は刀借の仕事で八雲ちゃんにしごかれているだろうしなぁ。


「お前と俺とでなら、何とか出来るかもな」


 榊さんが、鋭い眼光を私に向けた。やだぁ、この人ちょっとコワイ。


「俺が境内の力場をコントロールして、お前の方に力を向ける。そして、お前の特殊能力で、この土地の力を集める。それなら検治でないお前でも、一時的に浄化に近い作用になるだろう」


「榊さんって、たまにすごいことをサラッと言うよね。力場をコントロール? そんなこと人間には普通出来ないんですよ。特種国家公務員達プロでも無理」


「そうか」驚いた様子の榊さん。「普通は出来ないのか……だが、そう言うならばお前も大概だ。お互い様だな」


 ニヒルな笑みを向ける榊さん。ヤダッ。この人イケメン。


「まぁいい。『安珍・清姫が会えないことを望む力』を俺とお前とで打ち消した後、純粋に二人が出会えるようにと強く願えば、二人の逢瀬は叶うのではないか?」

 

「純粋に二人が会えることを願う人。って私は無理よ。二人とも、とっとと成仏しろ。ってしか願えないもん」


「俺も無理だ。二人への愛着や思い入れが無い」


「となると、私が――」


「適任だな」


「だね」


 これは美海じゃないと無理だろう。

 美海の純粋さ――魂の清らかさと呼んだほうが良いか――が、あればこそ、私達のようなビックリ人間達とも付き合えるし、【貴き者(とうときモノ)】達の存在を信じ、見つけることが出来る。


 私に対するセクハラは、不純の塊なんだけどね。


「じゃあ、やりますか!」


 境内の中央に私と榊さんが並んで立った。二人息を整え、目を閉じる。


「オン・バザラ・タラマ・キリク!」

 

 私が真言を唱えると、境内に漂う力場が一瞬私に傾いた。だがすぐに霧のように離散しそうになったその時――


「人身――受け難し――いますでに受く。仏法聞き難し――いますでに聞く」


 榊さんがゆっくりと念仏を唱えだした。低音で力強さを感じる声にウットリ聞き惚れたのだが、私は手を合わせ、自分のことに集中する。


般若はんにゃ波羅はら蜜多みった心経しんぎょうー」


 榊さんの念仏で、徐々に境内の力場が私のもとへと集まってきた。


 でも、さすが榊さん。その土地に合ったコントロール法だから次々と力が集まってくる。見えない力をコントロールする方法というのは結局、精神力や霊力を使って行うのだから、言葉というか言霊は本来不要なはず。

 だけど榊さんは、神社なら祝詞、お寺ならお経、精霊達になら演舞や踊り。などと場所毎で形式を変えて、一番最適な方法を選択することで自分の力を最大限に発揮している。

 さすが風水士だ。プロってさり気無さ過ぎて、すごいところが分かりにくいのよね。


「願――わくば――この功徳をもって――あまねく一切に及ぼし――我らと衆生と皆共に仏道を成ぜん」


 榊さんが念仏を唱え終わると、一斉に私へと力が向かう。


「オン・バザラ・タラマ・キリクッ!」


 私は、また同じ真言を唱える。すると集った力が発光現象となり、全身を眩く包む。


「じゃあ美海。二人が出会えるように祈って」


「はっ。ハイ」美海は目を閉じて、つぶやいた。


「安珍様。清姫様。二人が今生で悲しい別れを経験し、死後すらも会えないなんて悲しすぎます。どうか、この永遠のすれ違いが無くなり、二人の逢瀬が叶いますように」


 ――だが、いつまでたっても、二人は顕現しなかった。しかし、この周囲に安珍と清姫の気配は漂うのだ。私と榊さんと美海だけでは足りなかったか。

 いや、違う。土地の力場ではない力が、まだ残っていた。


「境内のみなさーん! 今日はー、イベントがありまーす!」


 みんなに注目されるように大声を上げた。


「今回はー、あの伝説のー、安珍様と清姫様に会おう。というイベントでーす。これはみんなが想いを一つにするとー、私を介してー、二人に出会うことが出来まーす」


『なになに? 何のイベント?』


『安珍と清姫に会おう。だって!』


『えー。そんなこと出来るのー?』


『おい、あの人、光ってない?』


『あれだよ、プロジェクションマッピングとかホログラムとか、お寺もそういう集客に乗り出したんだろ? あの人も下から照明当てさせて、光ってるだけだって』


 境内の人々がどよめきだした。あともう一押しだ。


「お手伝いしてくれた方は、女性の方は全員、ここのシブーいイケメンにフリーハグをしてもらえまーす。男性の方は、フリーハグは難しいんだけど、こっちの可愛い女の子に、手を握ってもらって感謝の言葉をもらえまーす。ご希望であれば、蔑んでもらえまーす」


『きゃあああああー』


『うぉおおおおっ!』


 老若男女揃って、一気に歓声が上がった。


「青子……」


「青姉さま……」


 二人の冷たい視線が私に突き刺さる。


――*――


「それじゃあ皆さん準備は良いですかー?」


「「はーい!」」


 大衆みんなには私達を囲って円陣を組んでもらった。総勢100名、直径約30mほどの大きな円となった。


「じゃあ行きますよー! せーの!」


 と掛け声をかけると、みんな合唱を始めた。


「「かぁごめ、かごめー。かごの中の鳥はー、いーつーいーつ、出ーやーる。夜明けの晩に、鶴と亀が滑ったー。後ろの正面だーれ?」」


「清姫様!」


 と美海が言うと、清姫が円陣の真中にまず現れた。


「美海、そんなにわらわのことを」


 清姫は袖で涙をぬぐっていた。


「はーい。清姫様が現れましたー。みんな拍手ー!」


『おぉーすげー』


『あれ本物? どういう技術だよー』


『ありがたや。ありがたや』


『えぇー。わたしぼんやりとしか見えないよー?』 


『わしも見えんが、なんだか童心に帰ったようで懐かしいのう』


「見える人には見える。見えない人には見えないでーす。だけどー、目の前に清姫様は、確実にいまーす。それじゃあ次行きましょー。せーのっ!」


「「坊さん坊さん、どこ行くの? わたしは田んぼへ稲刈りにー、わたしも一緒に連れしゃんせー。お前が来ると邪魔になる。このかんかん坊主、糞坊主。うしろの正面だーれ?」」


「安珍様!」


 美海が答えると、次は安珍が顕現した。安珍はいつもの雰囲気ではなく、不服そうな神妙そうな顔をしていた。


「水仙ちゃんと撫子ちゃん、さすがだね。そっちの兄さんもすごいよ……。まさか千年を超える因果を突破しちゃうなんてさ。しかも、こんな無茶苦茶な方法で」


「安珍っ!」


「清姫……」


 歓喜の声を上げ、安珍に抱き着く清姫。

 対照的に複雑な表情を浮かべ、清姫をそっと包み込む安珍だった。


「会いとうて会いとうて。この日をどれだけ待ちわびたか……」


「あぁ、拙僧もそうだ。清姫殿。そなたを想わぬ時は無かった」


「それでは、なぜだぞえ!? そなたを待ちわびて幾星霜。永劫にも近い時を待ったのに、なぜわらわを迎えに来てくれなんだ!?」


「それは……」


「あんたを想ってのことよ。清姫」


 そう、それこそ安珍が逢瀬を拒んだ理由。


「どういうことじゃ? 【地鎮司(とこしずめ)】」


「あんた、今、最高に幸せでしょう?」


「愚問であろう! この日、この時のためだけに、わらわは、わらわは――」


 そう言って、清姫は何かに気付いた。


「気づいたのね。安珍は――」


「そこからは拙僧が語ろう。【地鎮司(とこしずめ)】殿」


 安珍は、清姫の美しい髪を撫でながら、静かに語りだした。


「【地鎮司(とこしずめ)】殿の仰る通り、拙僧と清姫殿は、人々の願望から創出されたまやかし。自己の存在も魂でさえも“うろん”な存在。そんな我々をこの世へ繋いでいるのは、二人が逢瀬を重ねられないという因果そのもの。そのため我らが出会えば……」


 そう……消滅する。

 安珍もきっと、清姫のことをずっと想っていた。だからこそ会えなかった。会うわけにはいかなかった。


「ッ! 清姫様!」


 美海が驚愕した表情で泣き出した。清姫の体が消えかかっていたのだ。そして安珍の体も……。


「そうか……わらわの因果がついえるので、わらわも消えるのか……」


「清姫殿、すまなかった。そなたを消したくなくて、どうしても会うわけにはいかなかった」


「いえっ。貴方様がわらわのことを1300年も想い続けてくれて、わらわを滅さないように会わずにいてくれた。その想いを知るだけで、こんなにも幸せで満ち足りている。わらわは日本一の果報者です」


「そう申してくれるだけで、拙僧も救われるというものだ。ハハッ、皮肉だな。衆生を救うべきは拙僧の役目なのだが」


 二人が、ゆっくりと景色に溶けていく。


「ごめんね。もしかすると、こうなるかも。と思ってたんだけど」


「良い。許すぞえ【地鎮司(とこしずめ)】よ。言ったであろう『盛者必衰は仕方のないことである』と。今回はわらわの番だっただけ。それにわらわは満足だぞよ」


「ううぅっ……清姫様ぁ。これは良かったことなの? 私たちが悪かったの? 自分たちがこんなことをしなければぁ」


「美海よ。そなたの願い、確かに届いていたぞよ。とても慈悲に溢れ、純粋な心であった。最後にそなたのような者に出会えてわらわは幸せであった。美顔ローラーと保水パックが無駄になってすまぬのう」


「そんなのいいんですうぅっ。安珍様も“モドキ”とか言って、ごめんなさいぃっ……」


「いや、拙僧も悪かった。演技とはいえ、そなたの安珍像を壊すような真似をしてしまって」


「すまないがお二人。最後に教えてくれ。水龍が激怒した理由とかんざしとの関係性を」


「水龍は最近、何者かに逆鱗を奪われた。それからだぞえ、龍脈が枯渇しだしたのは」


「拙僧が思うに、かんざしに関しては、くだんの生贄の女子おなごが、いつもかんざしを身に着けていたと記憶している。だが、ある時期から水龍がかんざしを身に着けていた。水龍は『形見だ』と申していたと記憶している」


「お二人とも、ご助言感謝する。良き来世を」


 二人はニコッと笑った。


「それでは美海よ。わらわは良い男をゲットしたぞえ。次はそなたの番である。そなたの器量と心根の清らかさなら、どのような男であっても落ちぬ者は居らぬ。わらわのお墨付きだぞえ。励むが良い! さらばだぞえ」


「きよひめさまぁぁぁ……」


「【地鎮司とこしずめ】よ。そちにも一応感謝するぞえ。わらわから言えることは、そちのためにも、そちの子のためにも豊胸手術をおススメするぞえ。まぁ無駄かもしれぬがのう」


「ぬなっ!」


「じゃあねー。撫子ちゃんと水仙ちゃーん。もし来世で会えたら、今度はお茶しよーねー。それ以上の××(ちょめちょめ)もおけまる水産だよー」


「あぁんちぃぃん。そなたは、わらわという者がありながら――」


 話の途中で、二人はフッと虚空へと消えていった。


「逝ったな……」


「そうね……」


「うぅっ……」


 美海は泣き崩れていた。


「さぁ、立って美海。協力してくれたみんなにお礼しなきゃ」


「青姉さまは、毎回毎回こんな辛い想いをしているんですか? 自分たちがあの人達の消滅を早めたかもしれない罪悪感、仲の良かった人と別れる悲しみを」


「そうね。私、こういうこと山ほど経験したし、これでよかったのかな? って思うことも何回もある。これからも別れていくばかりの人生だとも思っている。だけどね、あの二人、満足した顔で消えていった。それは覚えておいてほしいの」


「どういうことです?」


「美海が、これから選択して行動していった結果、ああいう顔が拝めれば、その選択は正解だったんだ。って思ってほしいの。それを指針に生きていってほしいな」


「青姉さまあああー。わああああん!」


 美海は私に抱き着き、それからは、ずっと離れなかった。


「それじゃあ、みんなに「ありがとう」をしに行こう」

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