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―調査6日目― 前編 永劫の鬼ごっこ

今回の調査のトピックス

・水龍の影響力

・清姫の叶わぬ逢瀬

「龍脈? 生贄の娘? そっ、そげなこと知らん」


「知らぬ。わからぬ。かんざしのことなぞ。もう来るでない」


「水龍様の怒りの原因? さぁ? それより、わしと良いことせんか?」


 私達は、朝から近隣の神社仏閣、パワースポットと呼ばれるものを巡り【貴き者(とうときモノ)】たちに聞き込みをするも、これといった成果は無かった。

 それも当然だ、これと同じことを私は初期調査の段階でやっていたのだから。


「ほらぁ。私だってちゃんと仕事してんだから、そんなことリサーチ済みだよ」


「ふむ……」


 榊さんはしばらく思案していた。


「なぜ近隣の【貴き者(とうときモノ)】たちが統括者たる水龍の事情を知らないのだ。青子、そのことについて考えたのか?」


「えっ、いや、その……」確かに榊さんの言う通りだ。


「わっ、私も考えたんだけど……ごめんなさい、考えてませんでした……」


「まぁいい」


 榊さんは呆れ気味に私を許してくれた。そのスキに私は、精いっぱい思案

を巡らせた。


「もしかするとあの水龍、流域の神様たちにも強い影響力を持ってて、無理やり黙らせてるのかも?」


「ありえるな。ここの水龍の力は相当強いからな、神ですら影響下に置けるかもしれん」

 

 ふぅー。何とか面目躍如。


「ではお前たちは、誰に生贄の少女の情報を聞き出したのだ」


「それは――」


「道成寺の清姫様です」


 美海が、うれしそうに答えた。そう言えばマブダチになったんだっけ。


「そうか。あの寺は、日高川に関する逸話があるうえ、近隣にも強い影響力を持つ仏閣だからな。なるほど、水龍の影響を受けにくいうえ、日高川の事情にも明るいということか」


 榊さんは、美海の胸元をまじまじと見つめながら、独りでブツブツとささ

やいていた。


「榊さん、今度は美海の胸にくぎ付けなの? このむっつりス……」


「よし、道成寺に行こう」


「えっ?」


「やったぁ!」


 おぉ……神よ。我を救いたまえ。


 その後は、お約束なんだが、美海の運転する車に肉体と魂を遠心分離させられるように、右に左に揺さぶられ山を下ること約2時間。私達は和歌山県の東部に位置する道成寺に再び足を踏み入れた。


「うぼぉええええっ……オロロロロ……」


 うぅ……もうやだ。おうち帰りたい。


「……ウッ!」


 榊さんもきっとそう思っているに違いない。さすがの榊さんも、表情こそ変えなかったものの、顔色は真っ青だった。


「はぁー。快走快走」


 このアマぁ。いけしゃあしゃあとほざきやがって。


 美海の運転は、例えれば、F1レーサーが一分一秒でも時間を縮めようとするシビアさと、初心者が持つ極度の慎重さを併せ持ったドライビングであった。つまりは三半規管を過剰に刺激する運転と言えばよい。


「すっ、すまない。長時間運転をさせて。帰りは俺が運転しよう……」


「いえ。大丈夫ですよっ。ワタシ運転大好きですから」


 キラッキラの笑顔を向ける美海に、榊さんも「そっ、そうか」とたじろぐしかなかった。


「それじゃあ……境内に入りましょうか……」


 私は榊さんを援護する気力もなく、ヨロヨロと境内に向かうのであった。


 境内は相も変わらず観光客でにぎわっていた。救いと言えば、敷地が広いため、人が一つどころに密集することは無いと言うことである。


「人混みで溢れかえっていたら、また吐くところだった」


「何か言いました? 青姉さま」


 美海はとてもハツラツとしていた。それもそうだろう。またあの蛇姫に会えるのだから。美海はなぜかあの蛇姫を気に入っているのだった。


 私はあんな高飛車な女は嫌いだ。アホな同期を思い出す。


「清姫様。例の品もってきましたよー」


「なんじゃ。我の名を呼ぶ輩は」


 人も居ない境内のはずれで美海が大声で話すと、アイドルがスモークを焚いてファンの期待を最高潮に満たしてから現れるかのように、蛇姫こと清姫が、煙の中から勿体ぶって現れた。


「おぉ美海ではないか」


「清姫様会いたかったー」


 と、二人は手と手を握り合い、キャッキャと浮かれ合う。


「ちぃーす。おつかれでーす。二日ぶりでーす」


 そんな二人とは対照的に、私は、テンションが低かった。


「なんじゃ【地鎮司とこしずめ】も居たのか。相変わらず冴えない顔しておるのぅ。もう少し【貴き者(とうときモノ)】に出会えた喜びを体現

してみよ」


「わー。ちょーうれしー」


「これだから。【地鎮司とこしずめ】の品格も地に落ちたと言われるのだえ?」


 ほんと、この蛇姫は腹立つわぁ。


「ところで、そちらの殿方は……」


「お初にお目にかかります清姫様。私は【風水師】の榊峰鷹と申すものです。格調高き御姿を、手前どものために顕現していただき、身に余る光栄、幸甚に存じます」


 と、胸に手を当ててエレガントに会釈する榊さん。


「うむ。さすが【風水師】ともあり礼節を携えておる。それになかなかの男ぶり。気に入った。情夫にしても良いぞ」


(青姉さま、情夫って?)


(妾の反対)


(まぁ!)


「清姫様、あまりそういうことは感心しません。貴女には安珍と言う心に決めた方がいるではないですか」


「ほんに美海は潔癖だのう。冗談じゃ冗談。それで今日は何の用じゃ」


「日高川の水龍様についてなんだけど」


「なんじゃ、まだ解決しておらぬのか」


 清姫は「しばし待て」と言うと、その場で目を閉じしばらく動かなくなった。


「あい分かった。そこの【地鎮司とこしずめ】よ。お前はほんに愚かな奴じゃ」


「なななっ⁉ なんでいきなりそんなこと言うのよ」


 と反論するも、清姫は気にせず語り続ける。


「大体、龍のような高位の存在に対して、素人に毛が生えた程度の式神でたばかろうとすること自体、仕事を舐めておる。美海も美海であるぞ。この阿呆をかばいよってからに。コヤツの自業自得であるから、放っておけばよかったのじゃ。そこの【風水師】が居なければ、今頃二人とも幽世行きだぞえ」

 

 くぅ、神様ネットワークを使って、事の顛末てんまつを同期したなぁ。


「あんたらにかかれば筒抜けね。じゃあ、私達の聞きたいことはわかるわよね」


「いや、分からん」


「なんでよっ」


「お前たち勘違いしておらぬかえ。神は万能の願望者ではないぞえ。どれだけ思っていたところで、お主たちの脳から言語として相手に伝えねばわからぬ。おぬしたちの思考はある程度読めるが、相手に伝えると言う点においては言葉以上の伝達手段は無いのだぞ」


 彼女の言うことは、一々ごもっともで反論できない。それに上から目線が鼻につく。安珍もこういうところに辟易したんじゃないのか。


「つまりは、お願いするなら神でも誰でも、ちゃんと面と向かって言え。ということじゃ」


「初めからそう言いなさいよ」


「お前も突っかかるな。俺から話そう」


 と榊さんは私を制し、清姫に質問を行った。


「我々は、日高川の水龍の件でお聞きしたいのだ。なぜ水龍のようなものが自然の円環たる龍脈を止めたのか。そして戦闘中、かんざしを見て動揺したことについてもそうだ。周辺の【貴き者(とうときモノ)】に聞き出そうにも、彼らは知らぬ存ぜぬと言い張るばかり。このまま手をこまねいていては、いずれ……」


「そうかえ。盛者必衰とはいえ、仕方ないのう……」


「淡泊な反応ね。まるで他人事」清姫の達観とも無関心とも取れる返事に、私はつい減らず口を叩いてしまった。


「いやのぅ。わらわはあの土地が枯れても構わぬと思っておるのじゃ。そもそも、そちら人間たちの小競り合いで起きたことになぜ我々が手を貸さねばならぬ」


 あぁ……【貴き者(とうときモノ)】と呼ばれる希薄な存在ゆえの生への執着の無さか……。本当に人間ヒトゴトだと思っているんだ。


「あなた達はそれでいいかもしれないけど、私は困るのよ」


「ふん。【地鎮司とこしずめ】の矜持かえ?」


「そんな大層なものと違うわよ。土地が枯れたことが上司の耳にでも知れたら、大目玉食らうし、万が一にも土地枯れでも起こすと、その復旧班として駆り出され長期間拘束されるかもしれない。私は、いつ野垂れ死んでもいいと思っているけど、生きている間は全力で自堕落に生きたいの。そのためにも無駄な労力は使いたくない。だからよ」


「超自己中です青姉さま。皆さま、ここにジャ○アンが居ます」


「青子らしくて、嘆かわしい」


 榊さんは顔に手を当て、ヤレヤレと首を振っていたが、どう思われようとも構わない。私は私の自堕落生活を守るためなら、何と言われようともヤル女。


「浅はかなればこそ図々しく、短慮であればこそ高慢無知なことも出来るというものか……」


「それで教えてくれるの? くれないの?」


「わかった。教えてやろうぞ。美海も居ることじゃしな。だが条件がある」


「条件とは、なんですか清姫様」


「安珍を我が前に連れてきてほしい。奴はわらわが居ない時に限って、顕現するのじゃ。そして、わらわが現世に顕現するときはすぐに消えてしまう」

「へぇー。嫌われてんじゃないの?」


「あぁっ⁉」蛇姫にキッと睨まれ、私はそそくさと榊さんの陰に隠れた。


「ちなみに清姫様は、いつから安珍様にお会いになっておられないのですか?」


「そうじゃのう。わらわが滅したのが奈良時代じゃから、かれこれ一三〇〇年前ってとこかのぅ」


「一三〇〇年⁉」


「そんなにも長い間、二人は逢瀬を交わしてないのですか?」


 そっちの方がミステリーだ。何百年も会えない? 広いとはいえ、この箱庭の中で? 一三〇〇年もあれば、会いたくなくても会うのが普通だ。


「これまで一度も追いかけたことは無いの?」


「それはわらわに対する侮辱かえ?」


 そうだった。生前、清姫は安珍に対してドン引くほどのストーカー振りで、最後は焼き殺したんだっけ。そんな人に対して野暮な質問をしたな。


「あやつは現世の時も、死んだ後も、わらわとはどうしても会いたくないらしい。あぁ、口惜しい」


 死してもなお二人の逢瀬は叶わない。と悲嘆に暮れ、唇を強く噛み締める清姫だった。

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