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―出発2日前― 地を封じる者(女)と家事スキルが高い幼馴染(男)

―2日前―

「あーおーこー。一ノ宮青子(いちのみやあおこ)ぉー。居るんだろー」


 昼下がりの午後14時。

 私が住むアパートの部屋の前で、ドンドンとドアを叩く音とともに、よく知った男の野太い声がする。


「また飯も食わず、ランニングと短パン姿でグー○ルマップばっかり見て、ニヤニヤしてんだろ。その趣味ストーカーみたいで気持ち悪いからやめろって」


 私の崇高なる楽しみを、犯罪まがいの行為だと吹聴しやがって……。


「聞いてんのか? お前のことだから、どうせ『食事はちゃんと取ってるよ! 米で出来た栄養水!』とか言って、空になった一升瓶を誇らしげに見せるのはわかってんだからな」


 私は右手に持ちかけた一升瓶をそっと離した。


「あと言っとくけど、『スルメ』は海の幸とは言わないぞ。『カルパス』は保存のきく肉料理ではない。『野菜チップス』を食べて栄養バランスにも気を使っている私、女子力高―い。とか、ふざけた発言も全部却下だからな」


 くっそぅ。私が言おうとしたこと、全部読まれている……。

 これだから、子供の頃から続く腐れ縁っていうのは嫌なんだ。

 誰かに聞かれていたらどうすんだ、ホント……。


 世間に対する私の認識は、まるで自然が授けた神秘のごとく【山奥深くに佇む清楚で清らかな乙女】のイメージなのに、コイツによって【飲んだくれ干物女】に仕立て上げられている。


(違いますよ、世間の皆さん。私はもっと……何というか……しっかりしているんです)と、心の中で必死に反論する私。


「おい、もう勝手に入るぞっ……って、なんだこれはっ!? 足の踏み場も無いほど汚ねぇじゃねぇか!」


 私が住んでいるアパートは木造建築の古い賃貸で、風呂・トイレこそ部屋ごとにあるが、リビングやダイニングなどの細かい仕切りなどは無く、台所と八畳一間の畳部屋があるのみ。

 だから、洗濯物や出し忘れたゴミや空き缶が、少し部屋を圧迫しているだけなである。それなのに大げさな奴だ。


「ブラジャーも干しっぱなしにすんな! 乾いたパンツは床に置かず、ちゃんと仕舞っとけ!」


「イヤン。エッチぃ」


「『エッチぃ』じゃねぇよ。お前22歳だろ? 年頃の女が異性に下着見られたら、もっと恥じらい持てっての!」


「へーい。へい」


 梅雨の季節は部屋干しが多いから畳むのが面倒で、つい干したままになったり床に散乱していることが“ちょびっと”増えただけなのに失礼な奴だ。


「台所も空の一升瓶とビールの空缶ばっかじぇねぇか。ちゃんと食事取ってんのか?」


「あぁもう、うるさいなぁ。食事はちゃんと取ってるよ。ほら、液体状のパ……」


「それはビールだろ」


「いやいや、君は勘違いしているようだが、古代ドイツではこれを指して『飲めるパン』と言って……」


「だからビールだろソレ。しかもお前のは発泡酒どころか、第3のビールだから、原材料が麦ですらないだろうが」


「……」


「……」


「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」


「ごまかすな!」


 旗色が悪くなったため話を逸らそうとしたところ、容赦ない手刀を脳天に食らってしまった。


 その後『話の前にまずは掃除だ!』と言われ、しぶしぶ(私の部屋の)掃除に付き合わされることになった。


「しっかし、あんたも暇よねぇ、カズ。人ん家の掃除までしちゃってさ。彼女作りなさいよ。人生楽しいわよぉ。あっ、結婚式は呼んでよ。あんたの恥ずかしい過去、洗いざらい新婦さんに言ってあげるから」


「お前こそ彼氏作れよ。それなら、こんな汚部屋も少しはマシになるだろうよ」


 カズこと【岡崎一馬(おかざきかずま)】は小学生の頃からの腐れ縁おさななじみだ。

 そして、優秀な家政婦アーティストだ。 こんな腐海の森を、砂漠のオアシスのように清々しい空間に変えてくれる。

 短所を挙げるとすれば、立ち上がると、吊り下げ式の灯具にガンガン当たるような背高に似合わず、ネズミのようにちょこまか動くため、少し鬱陶しいところと、私に対する小言が多いことだが、芸術に犠牲はつきものだ。甘んじて耐え忍ぼう。


「ホント、どこにお婿に出しても恥ずかしくないみたいで感心、感心! だけど、私に構ってばっかりいると婚期逃がしちゃうわよ?」


「出来れば俺も、成人を過ぎた干物女の世話なんかしたくないんだけどさ、ばぁちゃんが『様子を見に行け』って、五月蠅くてよ」


「うっ、瀬戸さんが……。私に対して、何か言ってなかった?」


「あっ?」


 <ゴン!>


「痛ってー!」


 【瀬戸(せと)さん】は、私の師匠、兼、仕事の上司である。

 今、私の声に反応し振り向いたため、灯具に頭をぶつけて悶絶しているカズの祖母でもある。このアパートの大家でもある。外見は、目鼻立ちはキリッとしていて『凛とした』という表現がピッタリな老女性だ。


 若かりし頃は、それはそれはモテたらしいが、気が強く、バリバリのキャリアウーマンで、若くから数々の功績を打ち立てており、とてつもない権力を持っていたそうだ。

 そのため、そんじょそこらの男では歯が立たず、彼女のお眼鏡に適わなければ、隣に歩くことすら出来なかったとか。


 お察しの通り、弟子の私に対しても容赦がなく、私の将来を慮って厳しくしているのだろうが、その愛の在り方が極端で、アメ1に対して、ムチ99の割合である。


「痛ってぇ。えっと、何? ばぁちゃんがお前に対して? そうだな……『あのバカ娘をあんな風に育てたのは自分の責任だから、自分の目が黒いうちは根性叩き直してやる』だとさ」


 ぐぅっ、心につき刺さる! 口ぶりからすでに、私が仕事サボっていることがばれてる。


「あのぅ、他には何も言ってないよね?」


「『あんなぐうたら女は、そろそろ本当に嫁の貰い手が無くなって、みじめな中年期を過ごして、だれにも看取られず孤独死するだろうけど、それはそれで自業自得だから、自分が死んだあとは、路頭に迷うことになってもほっとけ』……だってよ」


「……」


「それにしても、お前また髪伸びてるな。ショートカットにするなり、少しは短くしろ。掃除機のヘッドに絡みついて掃除が進まねぇんだよ」


「……」


「おい、聞いてんのか?」


「うぅっ、うぇぇぇん……」


「ばぁちゃんの毒舌を真に受けて、マジ泣きすんなよ」


 ―3時間後―


「はぁ、やっと終わったぞ」


「おかえり。マイクリーンルーム!」


「反省しろ」


「あイタっ」


 頭を小突かれてしまった。しかし、その程度の衝撃で、私の脳内に革命を起こそうなんて、とても、とても。

 この清い空間も2日と耐えられずに腐海の森へと返るのは、自然の摂理として逆らえないのだ。ウンウン。


「でっ、用件は? まさか、うら若く美人な私の世話がしたくて、甲斐甲斐しく来た。なんてキモイこと言わないよね」


「くたばれ、バカ女! 仕事の依頼だよ」


 まぁ、コイツが来る理由なんて、そんな所だろうな。


「でっ、場所は?」


「佐賀県のK市」


「佐賀県!? ヤダ、遠い、メ・ン・ド・イ! 似たような名前の県に住んでいるけど、佐賀県(キミ)と私は巡り合ってはならない運命だ!」


「場所の名前だけ聞いて拒否きょひんなよ。ていうか働け、国家公務員」


「国家の犬にも、拒否権を発動する権利がある。犬畜生にも自由を!」


 労働者の権利を主張したが、カズは呆れたように私を見ていた。


「えぇと、『佐賀県で有数の観光スポットであるK市は、約3年前から観光客が減少しつつあり、廃業に追い込まれる商店や旅館が相次いでいる。この事態に至った原因として、かねてより観光名所であった九つ釜が、従来の景観を損ねていることが推定される。よって、その原因を調査および解決し、K市の地域活性化に尽力するよう命じる』だってよ」


「私の言葉を無視して、淡々としゃべるな。国家の犬は無視されると死ぬんだぞ。私は傷ついたので餌をくれ。そうだな、日本酒でいいわよ。ワンカップでも可!」


 カズは、私をすごく憐れむように、黙って静観していた。いたたまれない気分に陥った私は、自分の発言を少し後悔した。話題、変えよう。


「なんか、廃れゆく限界集落の将来を憂うような依頼ね」


「そうだな。『村の過疎化に歯止めをかけてほしい』と、同レベルだな」


「で、それは【封地ふうち】の仕事と、どう関係するのよ?」


 【封地ふうち】とは、現代に即した表現をすると、“自然保護活動家”と言うのが一番近いが、山や川などの保全や森林生態系の保護、環境に優しい風力発電の推進などの“エコ活動家”とは違う。

 その仕事が陰陽論で言う“陽”の部分なら、【封地】は“陰”の部分に該当する。

 【封地】とは、精霊の調査や調整。土地の陰陽を左右する重要な精気の流れである〝龍脈〟の管理・保全。穢れから土地領域を守る結界の修繕・維持などの常人には理解しがたい、いわゆる“オカルト”と呼ばれる分野で活躍する仕事である。


 なんと、こんな胡散臭い仕事が公務員として認知されているから、日本の精霊信仰ここに極まれりである。


 歴史を辿れば、飛鳥時代から続く由緒ある仕事で、陰陽師が当初管轄していたが、明治時代に西洋文化の波に押され、一時は消滅した。


 しかし「何百年と続いてきた仕事だし。やはり必要ではないか?」と復帰主義的発想をする国、日本。

 大正時代――具体的には関東大震災後に復活し、現在は“特種”国家公務員【封地】と名を変え現存している。


 “特種”と銘打つだけあって採用条件も厳しく、私も血のにじむような努力をした。


 この仕事もご多聞に洩れず、高齢化の波が迫っており、あと3年もすれば、全国で50人しか居ない【封地】の資格者のうち、1/3がごっそり居なくなり、若手の私に回ってくる仕事も増加傾向だ。

 だから今回のように近畿地方在住の私に、九州や四国からの仕事が舞い込んでくる。


 【封地】の歴史はさておき、仕事内容を把握するため【封地】と【地域活性化】との因果関係について質問したのだが、


「さぁな、俺はただのメッセンジャーだからな。詳しい中身なんて知らん」


 ぶっきらぼうな回答を返すカズであった。


「あんた【元・封地】の祖母と一緒に暮らしてるんだから、詳細まで伝えるように心掛けてよ」


「アパートから近所なんだから、ばぁちゃん(上司)に直接聞けよ」


「そうなんだけどさぁ」


「それに、ばぁちゃんとお前がやっている仕事は、一般的に――少なくとも俺にとっては、ちんぷんかんぷんな世界の話なんだよ。素人の俺が話すのは無責任だろ」


「もうっ、察してよ。瀬戸さんに会いたくないんだって私は!」


「そんなこと知らん!」


 チッ、コイツはいつもこうなんだよ。他人の気持ちに無頓着と言うか、人に執着しないんだよな。

 ある意味、自分の責任が果たせる範囲の中で生きようと誠実なのか、それとも単に器が小さいだけなのか。


 常に冷めた態度を崩さずに居るから、私にはそれがたまらなく、もどかしくなることがある。

 まぁ、カズに対する苛立ちは今に始まったことでは無いので、半ばあきらめている。

 そして気になることがもう一点あった。


「ちなみにどうして、そんな依頼が私に?」


「ばぁちゃんに『この中から一枚選びな』って言われたから、ばぁちゃんの持っていた5つの書類の中から、一つ抜き出したら、たまたまそれだったんだよ」


「あんのババァ! わたしの仕事をババ抜き感覚で選びやがってぇ!!」


 ――*――


 しぶしぶ……。いや、断固拒否したかったが、仕事の詳細を聞きに瀬戸さんの邸宅に伺った。

 家事手伝いの苅安賀さん(50歳女性)に、瀬戸さん(ボス)の待つ6畳間の和室に案内された。

 床の間を背に、正座で私を迎える瀬戸さんは、私の「失礼します」の声に「来たかい。こっちへお座り」と、素っ気なく返した。


 私のハートは入口時点で、破裂寸前なほど鼓動が鳴り響いていたが、さらに追い打ちをかけるように、もう一人の自分が(行っては駄目だ青子! そっちは黄泉路への片道切符だから行ってはならない!)と必死に訴えている。

 ここまで来て帰るなんて選択が出来たら苦労しないよぉ……。


 あぁ怖い怖い怖い怖い……。


 まな板のコイ蛇に睨まれたカエル鷹の前のスズメ猫の前のネズミ……次々と出てくるネガティブことわざが頭を駆け巡る。

 逃げ出したい気持ちを抑え、伏し目がちに彼女の体面に座し、ゆっくりと顔を上げた。


「青子。まずは、お前のここ一週間の活動が聞きたいね」


 開口一番、彼女は、私の勤務態度について尋ねるのだった。


 私は師匠に嘘をつくわけにもいかず、正直に告白した(ゲロッた)


「――でっ、ここ一週間仕事もせず、家でダラダラと”ねっとさーふぃん”をしていたと……」


「はい」


「――でっ、一週間、食事もろくろく摂らずに朝から酒ばかり飲んでいたと……」


「はい」


「――でっ、足の踏み場も無い汚部屋と化したあんたの部屋を、仕事を伝えに来ただけの一馬に掃除してもらったと……」


「……はい」


「……」


 椿油でツヤめく整った白髪頭を小さく振りながら、こめかみを指で抑える仕草が、妙な緊張感を醸し出す。一挙手一投足が殺気となって私に襲い掛かり、針のむしろ状態であった。

「頭痛ですか? 鎮痛剤なら私の家にありますけど、使います?」


「あんたの将来が心配で、頭を痛めてるんだよ!!」


 部屋全体、いや、家全体が揺れるような怒気が含まれた声が響き渡った。


「ったく! あんたが2年前に成人を迎えて修行期間も終えて、これで私の役割も終わったかと思ったら、今度は『裁量労働制の公務員最強!』とか言って、ろくに働こうともしない!」


 働いてますよ、少しは……。


「それに“ぱそこん”はやめろと言ったはずだよ。忘れもしない! 昔、研究か資料作成でもしているんだろうかと思って、部屋の様子を見に行けば、電気もつけずに足の踏み場もない部屋の片隅で、グー○ルマップ(ぱそこん画面の地図)ばっかり見て、終始ニヤニヤしっぱなしで、気持ち悪いったらありゃしなかったよ!」


 あぁ、1年前のあれか。私のあまりの自堕落っぷりに、瀬戸さんが阿鼻叫喚して卒倒した。ってだけだったんだが、未だに忘れられない衝撃事件だったか。


「そもそも【封地】とはね、由緒正しい家柄の中でも、特に才能が優れた一握りの人間にしか就くことが出来ない選ばれた仕事で、天皇様御自ら『何モノニモ代エガタキ、崇高ナル職業』と仰ってくださった、唯一無二の名誉職であり、世のため・人のため・天皇様のために、粉骨砕身の精神で昼夜を問わず尽くすのが当然であって、あたしが若かった頃には……」


 出た。瀬戸さんの熱っ苦しい説教が始まってしまった。


 これが出ると一時間は止まらない。いつも火種を提供している私が言うのもなんだが、この時間は、我が人生における苦行トップ3に入る。


 話の内容がワンパターンなのも要因の一つだが、最大の原因は別にあった。


 例えば……


【ケース1】

 瀬戸さんの説教に、

「はぁ、はいはい。」と、うわの空で相づちを打つと、

「あんた、ちゃんと聞いてんのかい! そもそもあたしが若かった頃には――」と、同じ話のループが確定する。


【ケース2】

 それじゃあ、嵐が過ぎるまで口をつぐみ

「…………」と、沈黙を守っていても、、

「あんた、寝てたんじゃないだろうね! そもそもあたしが若かった頃には――」と、ハードモードでリスタートとなる。


【ケース3】

 適当にうなずいても、黙って聞いててもダメ。それならばと、「でも、瀬戸さん。もう封地の仕事自体、時代に合わないんじゃ――」と、反論なんてしようものなら、

「師匠に口答えするんじゃない! そもそもあたしが若かった頃には――」と、新規ルート追加による2週目が強制的にスタートされる。


 油断すると抜け出せない説教地獄! これこそ、私がこの時間を最も苦手とする理由である。



 このループを回避するための対策として、


「頷くタイミングを決して間違えてはいけない」


「瀬戸さんの武勇伝に入った時には、身を乗り出し“興味津々だ”とアピールする」


「『私はちゃんと聞いてますよ』の意味で、話の合間合間に『すみません』か『反省しています』を加える」


 そして最後に、最も大切なことがある。


「青子、何か言うことは?」


 来た……。この言葉が出たら必ず、


「瀬戸さんの含蓄(がんちく)あるお言葉を賜り(たまわ)、体たらくな自分が恥ずかしい限りです。今後は封地の仕事に一生懸命精進して参ります。名前の通り、右も左もわからぬ“青”二才ではございますが、今後もご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願い致します」


 と一言一句間違えず言う。


 そうしないと『反省が足りない!』と、説教地獄Ver2.0が始まる。


 例えるなら、大作RPGにありがちな「あれっ? いままでプロローグだったの? えぇー! 本編ここから?」と、クリアまでのプレイ時間が未知数の、遥か遥か遠い道のりを歩まねばならない。


 幸い、今回は一言一句間違えず言えたため、お怒りが収まったようである。


「わかればよろしい。はぁ、やれやれ、いつまでも手間のかかる子だよ」


「そう言う割に、ばぁちゃんもいっつも楽しそうに説教してんじゃねぇか」


 頃合いを見計らって、カズが和室に顔を覗かせた。顔がやけにニヤついている。一部始終聞いてやがったな、コイツ。


「コホン、黙りな一馬。それより青子に依頼の件は伝えたんだろうね」


「場所と指示書の文面だけ伝えた」


「そうかい、ご苦労だったね」


 瀬戸さんのねぎらいの言葉を聞くと、カズは「メッセンジャーの役割は終わった」と自分の部屋に戻って行った。


「じゃあ青子。早速準備して、明日にでも出発しな!」


「ちょ、ちょっと待ってよ瀬戸さん。私は行くとも何とも――」


「行・き・な!」


「……はい」


 あまりの圧力に屈してしまった。


(これは、今流行りのパワハラなんじゃ?)と疑問に思ったが、私の生殺与奪権を彼女が握っている時点でやるだけ無謀だと自己完結した。


「行きますが、もう少し情報を教えていただかないと、仕事に支障をきたしそうなんですが――書面の内容だけで『全容を把握しろ』というのは。そもそも『アレ』にメッセンジャー役をさせるのはどうかと思いますよ。あんな性格だし」


「掃除やってもらっておきながら『アレ』とは何て言い草だい。まぁ『アレ』が自分の領分以上のことを語らないのは、一種の防衛行為なのさ。許してやりな」


 瀬戸さんもカズのこと「アレ」って言ってるじゃん。


「しかたない、それじゃあ内容を補足するかね。佐賀県に九つ釜という観光名所があってだね。

 船でしか全貌を拝めないんだが、洞穴が連なるように九つあり、それだけでも綺麗なんだが、マグマが冷え固まった柱状節理(ちゅうじょうせつり)の岩壁も見事で、木琴が積み重なったような形をしているんで、自由奔放な自然の姿に、一種の“規則正しさ”が生まれて実に味わい深いんだよ。それらがすべて、天然に出来たから驚きさね」

 瀬戸さんは、記憶にある九つ釜の絶景を思い出したかのように、目を閉じて「あぁ、そうだった」と自分に納得しながら話を続けた。

「また、船で洞穴の奥に入れるんだが、奥は光が通らず薄暗いんだが洞穴の入口付近は海が碧色に映るんだよ。それがたまらなく綺麗でねぇ。沖縄の“美ら海(ちゅらうみ)”の如く、海が透き通って見えて感動したもんさね」


 ところが、その絶景に異変が生じていると瀬戸さんは重々しく語った。


 異変を裏付けるかのように観光客も減り、漁業も不漁が続き観光資産を軸に潤っていた町も活気を失いつつあるとのこと。

 その原因が全く不明で、環境や気候の変化によるものではなく、市や観光・漁業関係者達も打つ手が無い状態のため、“封地”の出番と相成ったというのが、今回の経緯だった。


 ――*――


 瀬戸さんの説明を聞き終えると、すっかり日も暮れていた。旅の準備もあるので、アパートに帰り荷物をまとめていたが、私は憂鬱だった。


「うーん。たしかに環境の変化を、風水・精霊学・五行・占星術など多角的な観点で原因を突き止め対処する『封地』向けの仕事ではあるんだけど。やっぱり場所が遠いなぁ。それに面倒そうな案件だし」


 カズに浄化してもらったこの部屋も、私の心を反映するように旅支度で服が散乱し、早くも足の踏み場がなくなったし。やはり自然の摂理には逆らえなかったか。


「どうも厄介なのが関わってそうなんだよな。今回の件」


 私の心は、これから降りかかるであろう災難に、早くも挫けそうになり、自分を慰めるためにPCを起動し、グー○ルマップのストリートビューを閲覧した。



 ――私が瀬戸さんとカズに縄で縛られて、拉致のごとく車に押し込められ、駅で列車に放り込まれた(出発した)のは、それから2日後のことであった――


 カズめ、こっそり様子を見に来た挙句、瀬戸さんに告げ口までしやがって。


 ワタシハ、ワルクナイ。


 ――*――


 ――ということで半ば強制的にこの地に降り立ち、九つ釜の現状確認も終え初日の調査を終了し、私は漁港近くの旅館にチェックインし夕食も終え、今は部屋でまったりしている。

 この町の率直な感想は、一言で言えば“ひなびた観光地”だ。これと言った観光地は九つ釜以外に少ない。朝市が有名らしいが、若者が一日この場所で遊ぶには正直、刺激が足りない。昼はともかく、夜はただ波の音が聞こえるだけだ。釣り人には絶好の場所なんだろうけど。


「あぁ、ネットしたい。退屈だ」


 インターネットに毒された現代っ子である私は、つまらない番組しか流れていないテレビを早々に興味を無くし、やることも無く退屈を持て余していた。


「そろそろガラケーからスマホにしようかな。でもネットのためだけに契約もなぁ。維持費高そうだし。それに友達少ないし、メールも電話も、ここ1か月使用して無いしなぁ」


 布団に寝っ転がり、うだうだ言っているうちに長旅の疲れもあったせいか、いつの間にか眠っていた。

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