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―調査5日目― 中編 最強の中二病

前回のあらすじ

 水龍の怒りの原因を探るために、生贄作戦を敢行した青子だったが、見事に失敗。それどころか、さらなる怒りを買う事態となり、水龍の怒りは頂点へと達した。

 水龍の熾烈な攻撃に、青子は絶対絶命のピンチを迎えていた。

「いやああああ! 青姉さまああっ!」


 美海の悲鳴がこだまし、圧倒的な力が私にとどめを刺した――


[まったく、お前はいつも綱渡りなことをする]


 死を覚悟した瞬間、私を襲う力がパタッと止んだ。それと同時にとても暖かい何か。が私を包みこんだ。


「土地との調和を司る封地が荒ぶる神と戦うなど、無策無謀にも程がある」


「あっ、あなた……」


「久しぶりだな、青子」


「さっ、榊さん?」


 そう。昨日「協力出来ない」ときっぱり断わったはずの榊さんが私の目の前にそびえ立っていたのだ。


「幽霊? それとも生霊?」


「何を言っている。お前は霊と人間との区別がつかないほど能力が退化したのか」


「じゃ、じゃあ、ホンモノ?」


「そうだ」そう言うと、榊さんは水龍と対峙した。


「水龍よ。【風水師】の名のもとに、この者の非礼を詫びる。だから矛を納めてくれまいか」


「また虫ケラが増えたか。人の言うことをどうして我が聞かねばならぬ」


「そうか。手荒な真似はしたくなかったが……」


 榊さんは、黒のロングコートに隠し持っていた長い筒状の風呂敷から、かいのような刀身の木刀を取り出した。


「霊木刀よ。我に力を!」


 榊さんの掛け声に呼応するように木刀が青白く光り出した。榊さんの彫りの深い顔が、さらに険しくなる。


「お前も消え失せろ!」


 だが水龍は間髪入れず、口から大量の霊気が入り混じった巨大な水砲を放った。まだこんな力を持っていたのか。


「はぁぁぁっ!」


 しかし榊さんは動じること無く、気合の掛け声とともに一刀両断の剣閃を放った。


「でぇぇぇぇやぁぁぁぁっ!」


 水砲は真っぷたつに別れ、私達を避けるように後方に二つ、ドゴォン! と着弾した。


 同時に辺り一帯を支配していた水龍の霊圧も雲を割くかの如く、きれいさっぱりと分断されていた。


「すっ、すごい」


「なぜだっ。なぜ人間風情がこんな力を」


「さぁな」


 ニヤっとほくそ笑む榊さん。さすが元・国家反逆者。悪役顔が板についている。と感心している間もなく、榊さんが私に指示を出す。


「青子、撤退だ!」


「はっ、はいっ。でも私、ケガして力が入らなくて……。それにあっちの子も助けないと」


 と自分のわき腹をアピールするとともに、美海も指差した。


「ん……」


 榊さんは即座に状況を察すると、傍にいたワタシを左肩で担ぎ、目にも止まらぬ速さで、ずぶ濡れのまま源流に立ちすくんでいた美海を小脇に抱えた。


 そして、天狗の様に高くジャンプしたかと思うと、樹々の枝々を飛びわたり、水龍の力場が影響するエリアから早々に立ち去った。


 ――*――


 あっという間の出来事に私たちは、ポカンとしていた。私は榊さんに抱きかかえられている間、何が起こったのかを頭の中で必死に整理するとともに、榊さんにかける言葉を考えていた。


「さっ、榊さん。私達重くない?」


 我ながら、バカ丸出しでTPOの配慮の無い発言だった。


「軽くはない」


 榊さんも、そこは嘘でも「羽毛のように軽い」と言えばいいのに。


「すみません。私の衣装が重い上に、さらに水を吸っちゃったから余計に」


「どちらかと言えば、青子の方が重い」


「なっ、なんですとっ。乙女に対して何たることを!」


「ふふふっ」


 美海が軽く口を押えて笑った。生命の危機に瀕した状況から逃れられて、緊張が解けたようだ。


 私も怪我の痛みはあったのだが、どうやら榊さんが山林を駆け抜けながら、薬草を高速で採取して私の傷口に当て、さらに霊力を込めて治癒力を高めてくれていたようで、傷はほとんど塞がっていた。この人すごいわ。


 そうだ、そんなことに感心している場合ではない。


「美海、ゴメン。あんなにカッコつけたこと言っておいて、実際はあんたどころか自分すらも守れなくて」


「そうですっ。あんなに簡単に自分の命を差し出して。それで残された人たちはどれだけ悲しむのか」


「俺は先ほど来たばかりで事態が把握できんが」榊さんは、樹々を疾走中、顔色一つ変えず淡々と言い放つ。「青子が全面的に悪い」


「なんでよっ」


「お前は常に周りに迷惑をかけるトラブルメーカーだからだ」榊さんは私の心をえぐり出した上、さらに一言加えた。「そしてその自覚が全く無い」


 えぐったハートを人目に晒すこと無いじゃんか。


「しっ、仕方なかったのよ。もうほぼ手詰まりの状態だったし、少しでも状況を進展させるには、あの方法しか思い浮かばなかったのよ」


「だからと言って、命まで掛けないで!」


「いやアレは不可抗力で」


 と私が言い訳しても、美海は聞く耳も持たず、顔を覆ってえんえんと泣き出した。美海のすすり泣く声は、榊さんにも私にも痛いほど聞こえていた。


「良いのか。彼女は」


「うん。命のやり取りをした後だもん。こうなるのが普通の反応。落ち着くまで待ちましょう」


 私は美海に話しかけるのを止め、榊さんとの会話に専念することにした。今日は、この人の唐突な出現に何よりも驚いた。


「榊さん、来てくれて本当にありがたいんだけど、どうして来れたの? そもそも昨日電話したときは鹿児島って言ってたじゃん。二人の護衛とも言ってたし」


「電話の後、編美と結美が『青子が俺を頼るときは、本当に難しい事案だから、すぐに手伝いに行ってやれ』と言われてな」


「編美ちゃん。結美ちゃん」


 二人の優しさが心に染みる。ごめんね。良い性格してる。とか思って。もちろん私は良い意味でそういう言葉を使ったんだよ。ホントだよ?


「だが、二人の護衛が居なくなると、今度は二人がとても危険だ」


「でも、あの二人なら――」


「いや、危険だっ!」


 力強く言い放つ榊さん。

 ちなみに断っておくが、編美・結美コンビも非常に強い。本当は護衛無しでも大抵の任務は遂行できる相当な実力者である。

 榊さんが二人に対して激甘なのだ。ハニートーストなのだ。


「だから、彼女たちの兄に護衛を頼んだ」


 話を続ける榊さんだったが、ちょっと待て?


「もしかして、香坂悠さんに頼んだの? あの日本最強の陰陽師に?」


「そうだが」


「京都から、わざわざ?」


「そうだが?」


 香坂悠さんは、日本の頂点に立つ陰陽師である。阿倍清明あべのせいめいの再来や蘆屋道満あしやどうまんの生まれ変わりなどと持て囃され、いずれ六波羅探題の“北方”を拝命することが確実な、当代屈指の実力者である。

 それを。この御仁はっ。合コンの代打でも頼むかのように、さらっとまぁ。

 香坂さんは日の平均睡眠時間が2時間しかないほど、超多忙であると編美・結美から聞いたことがある。まさしく粉骨砕身・東奔西走の忙しさであり、実の妹とはいえ、彼女たちの護衛が出来るほど暇ではないはずだが。


「ちなみにどうやって説得して代わってもらったの?」


「『お前は、仕事と、可愛い妹たちと、どちらを取るのだ』と伝えた」


「鬼かあんたは!」


「だが、あいつは『喜んで護衛に向かいます』と泣きながら言っていたぞ」


「えっ、なんで。悠さんって、もしかしてシスコン?」


「シスコンには違いないが、途中、結美・編美が電話でコテンパンに兄を言い負かしてたからな。それが原因だろう」


 きっと血涙モノの決断だったんだろう。ごめん悠さん。さらに睡眠時間は削られるけど、そのおかげで榊さんが来てくれて、私は生き残れた。

 だけど悠さんが過労死するとなると――結局は誰かが死ぬ運命は代えられなかったか……。


「あいつには、それぐらいがちょうど良い。二年間もサボってたんだからな」


「サボり? 悠さんって、なんていうかちょっと軟派でチャラいところあるし、しかも女癖悪そうだし。ところでその空白期間は、何してたの? もしかしてフリーターとか」


「はいじん」


「俳人? 俳句を詠って全国を行脚してたの? それはまた風流な」


「そうではなく、廃人。人として使い物にならなかったのだ」


「えっ……」


 なんか闇が深そうで閉口した。これ以上は藪蛇やぶへびだ。私は話題の矛先を変えた。


「その間、榊さんは何してたの?」


「日本転覆のため、各地で暗躍していた」


 私は不意打ちな返答に、吹き出しそうになった。この真面目でカタブツな男から「日本転覆」だの「暗躍」だの、まるでスパイ映画のような単語が出てくると思いもしていなかったからだ。


 顔面を覆い、すすり泣いていた美海も、さっきのフレーズに反応したのか、小刻みに震えているようだ。どうやら笑いを堪えているらしい。


「榊さん。中二病過ぎるよ、それ。ねぇ美海?」


 美海は顔を隠しながら、ノンノンと左右に首を振った。いや、絶対笑っているはずだ。


「何が可笑しいのだ? すべて本当のことなのだが」


 榊さんだけが、笑いのツボを掴めていなかった。

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