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―調査5日目― 前編 偽りの花嫁

今回の調査のトピックス

・青子の春が遠いこと

・初心者でもできる形代人形の作り方

・水龍のちょっとしたあれこれ

「橋本さん、これ頼めますか」


「えぇ。しかし、こんなもの何に使うんですか?」


「ふふふっ、ついに私にも春が来たんですよ!」


 朝一番、私は秘密兵器の用意を橋本さんに依頼した。


 ――*――


「はーるよ、こい。はーやく来い」


 橋本さんにはああ言ったものの、私の恋愛情勢は、長く冷たい厳寒期の真っ最中だ。そもそも会う男の絶対数が少なく、春の兆しすら見せやしない。


「美海、準備出来たぁ?」


 私達は水龍の出現地点から500m手前の場所に来ていた。私はぼーっとしているだけだったが、美海は木と木の間にブルーシートのカーテンを作り、そこに隠れてお召し替えをしていた。少し準備に手間取っていたのか「まだです」と返事した。


「ごめんね。手伝えなくて」


「仕方ないです。普通の人は着る機会が少ないですから。はいっ。終わりました」


「おぉー。キレイー」


 準備と言うのは美海に白無垢しろむくを着てもらうことであった。純白の着物に袖を通し、顔をおしろいで薄く化粧した姿は、まごうことなき花嫁そのものであった。


「うぅっ。こんなに立派に育って、お姉さんうれしい」


長襦袢ながじゅばんの上に巫女用の白衣を重ねて、少し大きめの帯を巻いたうえに、打掛うちかけを羽織っただけですので、本当の白無垢ではないんですけど。髪型も時代劇でよく見る文金高島田ぶんきんたかしまだじゃなくて、後ろで結ってかんざしで束ねただけですし」


「充分よ。見た目、ほぼ花嫁」


「あの、こんな衣装でいったい何をするんですか?」


「嫁入りに決まってるじゃない。水龍への」


「嫁入り……」


 つまり私は、現代ではナンセンス(ただの殺人ほう助)な生贄を水龍に捧げるのだ。もちろん本当に生贄の儀式をするわけではない。

 言わば疑似餌ぎじえである。水龍が餌に反応して何か事情が分かればと期待していた。


「私、ものすごく危険じゃないですか。青姉さまの命は懸けてほしくないとは言いましたが、だからと言って、私の命をBETしろとは言ってませんよ」


「大丈夫よ。美海は遠くで見ているだけでいいから」


「ホントですかぁ?」


 不信そうに見つめる美海だった。


「その目は私を信じてないなぁ。私もプロよ。信じなさい。あっ、そうだそうだ」


 私は美海の額に軽く口づけをした。


「なっ、なっ、なぁー!」驚き、みるみると白い肌が紅潮していく美海。「何するんですかぁ!」


 ほほほっ。お子ちゃまには、少し刺激が強かったかしら。


「おまじないよ。私の霊力をあなたに込めた。多少の危難・災難は除けてくれるわ」


「青姉さま。ンーンッ」


 と、私に唇を寄せて、キスをせがむ美海であった。


「調子に乗らないの。そう言うのは本当に大切な人のために取っておきなさい」


「はぁーい。私は問題ないのに……」


「それとこれ」


 私は、手のひらサイズの人型にかたどられた紙を美海に手渡した。


「何ですか、これ?」


形代人形かたしろにんぎょうって言って、美海の代わりを務めてくれるの。まず手に持って、自分の姿をイメージしながら、ぎゅーっと力を込めて」


「こっ、こうですか」形代人形を胸に当て、目を閉じて念じる美海だった。


「そうそう。そしたら手を開けて」


 私は、美海の手の平のうえで、しわくちゃになった形代人形を伸ばして器のように中央をくぼませた後、一グラム十万円もする精霊石の白い粉を、くぼみの中に一摘み入れ、お神酒を一〇cc注ぎ、美海の手を私の手で包み込み、美海に指示した。


「そして、このお神酒に美海が口づける。口を付けるだけで、別に飲まなくていいわよ」


 美海のべにが白いお神酒に少し溶ける。本当に結婚式を執り行っているような気分で、雅楽器の音が奏でられてきそうだ。


 しばらくすると、形代人形から煙が立ちのぼり、もうもうとあたりを包ん

だ。そして、美海を生き映した人形が目の前に出現した。


「すごい。私そっくり!」


「成功ね。プロの陰陽師はここまで準備しなくても、形代人形に念を込めるだけで良いんだけどね。私はその域に達して無いから、初心者でも出来る方法を実践したけど、出費が高いからそう易々と使えないのよ。まぁ経費として処理するから、いいか」


「えっ、今回って経費で落ちるんですか?」


「あっ、忘れてた!」


 私、今『休暇中』って扱いだった。


「だっ、大丈夫ですか、青姉さま。何なら私がお支払い――」


「うぅん、いいのこれぐらい。可愛い後輩の頼みだもん……」


 精いっぱいの強がりだった。


 ――*――


 その後、美海本人にはその場で待機を命じ、私は美海そっくりの形代人形の手を取り、慎重にエスコートしながら水龍の元へと向かった。源流の手前に台座のような岩の足場があり、私はそこで高らかに声を上げた。


「水龍様、おわしますでしょうか!」


『また貴様か! すぐに去ね。さもなくば……』


 またもや声が全方向からこだまして聞こてくる。すでに一触即発の雰囲気だった。


「本日は、水龍様に献上したいものがございます。それは」


 私の声に応じて、美海の形代人形は、しとやかに俯きながら私の横に立った。


「彼女でございます」私は声高に宣言し、さらに話しを続ける。「ある筋から伺いました。昔、村人が生贄に若い娘を差し出した途端、水龍様の怒りが収まった。と」


『……』


「つまり、水龍様は、その昔、生贄の娘に恋をしたのではないでしょうか?」


『我が、人間の娘に恋……だと?』


「その娘に似ているかどうかはわかりませんが、若い女性をご用意しました。お気に召せば幸いでございます」


 私達の間にしばしの沈黙の時間が、源流とともに流れる。


「我は……」水龍の声に呼応するように、空気が振動する。


「我は、雌だああああぁぁぁぁっ!」


 と怒号を挙げて、水龍は源流から現れた。その身に水を纏いながら、大木の様な胴体をくねらせ、立派な角と長いひげを蓄えた姿は、まさに神話の龍だった。


「お前は、二度ならず三度までも我が領域に踏み込んだ。それだけでは飽き足らず、我が心まで侮辱するとは!」


 水龍が叫ぶと、周囲から水の渦柱が何本も隆々と立ち上がった。


「潰せ!」


 渦柱が私へと一斉に襲い掛かってきた。


「ちぃ!」


 私は急ぎ結界を張った。


「ぐぅぅぅ。すごいプレッシャー」


 私は、形代人形に結界を張り損ねてしまったため、渦柱の一部が人形に直撃してしまい、形代人形は元の紙の姿に戻ってしまった。


「そのようなハリボテ、我が気づかぬと思ったか。今度ばかりは許さぬぞ。その罪、万死に値する!」


 とてつもない力。気を抜くと一気に押し潰されてしまう。


「青姉さま!」


 遠くで見守っていたはずの美海が、私の危機を察知したのか駆け付けてきた。


「バカッ、なんで出てきた!」


「それが本物か。我を怒らせたのだ。本当に贄になってもらおうか!」


 美海にも渦柱が襲い掛かる。


「きゃああああっ!」


 渦柱は美海に命中したが、私のまじないの効果で無事だった。


「美海ぃ!」私は美海のもとへ駆けつけ、結界を張った。


「大丈夫、心配しないで。私の命に代えても、あなたは絶対守るから!」


「そんなのダメですぅ。二人とも助からないとぉ」


 美海は今にも泣きだしそうだった。


「あっ、青姉さま……、血が……」


 どうやら、美海を助けるために自分の結界を解いたときに、水龍の渦柱が私の左わき腹をえぐったようだ。内臓にまでは届いていないが、血が大量に服ににじみ出ている。私もじんわりと熱いモノがシャツ越しに広がっていく感覚を認識していた。


 美海はその状況に青ざめていたようだが、私は冷静に状況を分析していた。水龍の力と周辺の環境情報。そして私の負傷と足手まといの美海を守って戦う、この状況……。

 これは確実に私か美海かのどちらかが、ただでは済まない。最悪死ぬ。昨日、美海に泣きながら懇願されていた「命を大切にしてほしい」という願いは、どうやら早々に棄却せねばなるまい。


「美海……あんたすぐに逃げなさい」


「そんなっ!」


「私は出来るだけ水龍を抑える。その間に!」


「美海は絶対に嫌です! 私も一緒に!」


「わがまま言わないっ。二人共仲良く心中なんて、ただの無駄死によ。あなたは生きて、人生を全うしなさい!」


「聞けません!」


「バカッ……最後ぐらい、先輩を立てろ」


 血が減って、意識がもうろうとしてきた。


「ゴチャゴチャと、やかましい!」


「ぐぅっ。はぁっ!」


 さらに渦柱の力が増した。私の結界もほころび始めてきた。


「もう、持たないわよ……。早く、逃げ……ろ……」


「青姉さま、青姉さまぁ!」泣き叫ぶ美海。「やめてください。もうやめて水龍様!」


「お前たちは我の大切な思い出を踏みにじり侮辱した。許さない!」


「私の命を差し上げますから」そう言って私の前に立ち、体を張る美海。「この人だけは助けて!」


 白い衣装に泥が跳ねて、キレイな打掛うちかけが台無しだったが、彼女の気丈な顔とかんざしが煌めき、とても凛々しく見えた。


「かっ、かんざ……し?」


 一瞬、水龍の動きが止まった? そのスキに私は無理やり美海を遠くに突き飛ばした。


「青姉さまああぁぁっ!」


「逃げな……さい……」


「おのれぇ人間。またもや我の心をかき乱すとは! くたばれぇ!」


「がああああっ! ああううぅぅっ!」


 さらに渦柱の力を強める水龍、すでに結界は紙切れ寸前だった。


「今度こそ永久に去ね!」


「いやああああ! 青姉さまああっ!」

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