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―調査3日目― ヤンデレと嫉妬の炎

今回の調査のトピックス

・美海のあこがれ

・安珍清姫伝説

・青子の女子力…たったの5か…喪女め…

・青子とカズの関係性

 朝9時。私は今後の方針について悩んでいた。今回の事件の主犯はあの水龍で間違いがなさそうだ。しかし、怒り狂った自然の神を相手にするのは危険だ。何より、倒したところで龍脈が回復するとも思えない。むしろ逆効果だろう。


「水龍がなぜ、怒り狂っているかの原因究明と、怒りを鎮める方法。あと、龍脈を復活させる方法も考えないと」


 あぁっ、一つひとつの問題が超難関なのに、それが三つも同時なんて。これは封地でも特A級の事案だ。休暇中にこんな案件の解決なんて本当、割に合わない。


 あれやこれやと考えていると美海が、こんなことを言い出した。


「青姉さま、『安珍・清姫伝説』って知ってます?」


「えっ、『ちん○んキモイね?』あんた男のチン○ン、見たことあんの?」


「なっなっなっ、なに言ってるんですかー!」


 普段使わない脳細胞をフル活用していたため、つい、おハレンチな言葉が出てしまった。それにしても、美海も顔を真っ赤にして怒るんだから。お嬢様育ちは下ネタ耐性が低くて、ウブくてチョロいものだ。


「冗談よ。安珍・清姫伝説って、たしか、安珍というイケメン坊主に恋したエロ姫様が、ストーカーに昇格して、果ては鐘ごと焼き殺すって言う、現代のヤンデレなんて目じゃない、元祖重い女伝説よね」


「青姉さまにかかれば、歴史ある悲恋話も、なぜか低俗なゴシップ記事のように感じるのはなぜでしょうか……」


「なによ。私が下衆だって言ってるように聞こえるわね。でっ、それがなに?」


「なんと、この竜神温泉の近くに、道成寺というお寺がありまして、何と安珍・清姫伝説そのものの舞台なんですよ。ねっ、だから行きましょう?」


「えぇー。メンドイ」


「良いじゃないですか。ここらで気分転換もしないと。それに以前、両親と歌舞伎で、この演目を拝見した時に、清姫の熱すぎる情念に興味を惹かれて、それ以来、ずっと聖地巡礼をしたいって思っていたんです」


「へぇ、清姫に共感シンパシーを感じるのか。なんか嫌だな、変態っぽくて」


「誰が変態ですか!」


「まぁ、いいや。じゃあ行こうか。ちなみに近いってことは、徒歩? もしかしてレンタサイクル?」


「車、でぇす!」


「あぁ、そうか。橋本さんが車で連れて行ってくれるのか」


「私の運転、どぅえす!」


「あーそうかそうか……。全力で拒否する! お前一人で逝ってこい!」


「さぁ、行きますよ。往復3時間のドライブですねー。支度しなくっちゃ」


「ヤダヤダヤダッ。ぜったい、ぜーったい行かない!」


「はいはい、駄々こねてないで行きますよー。やぁん、青姉さまとのドライブデート、超楽しみー」


「いっそ殺せー! 殺してくれえぇ!」


 ――*――


「……」


「んはぁ! 山道を飛ばして走るのって、スカッとしますよね。車来なく

て、ガラガラだから、自分だけの道みたい」


「……」


「それに窓開けて走ると、気持ちよくって空気もおいしくて、サイコー!」


「……」


「ですよね! 青姉さま!」


「……うっぷ」


 へへっ。車中で胃酸がすでに、のど元までせり上がってきてたんだぜぇ。なぜか手も震えてるぜぇ。


「あっ、着きましたぁ、青姉さま」


 車から降りた途端、私の口から汚物が決壊したダムのように流れ出た。


「うぅ……。私、乗り物、強い方なのに……」


 この旅に来て2回目のリバースに、私はすっかり意気消沈していた。


「あんたねぇ……カーブ直前で急ブレーキ掛けながらスライドするの本当に止めて。あと、車一台しか通れない道で、博打みたいに無茶苦茶スピード挙げるの止めなさいって。なんでこんなガラガラな道で、軽く100回ほど地獄を見なければいけないの⁉」


「えぇ? 私の運転、そんなに危険でしたかぁ?」


「『生きてるって素晴らしい!』って思うぐらいにはね……」



「道成寺は大宝元年(701年)文武天皇によって創建されたW県最古の寺院で、本堂は国の重要文化財に指定されるほどの歴史ある場所である……と」


 観光マップを読みながら、寺院の石畳を登ると、朱塗りの立派な仁王門が私達を迎えた。


「青姉さまぁ、早く早く。境内はとっても広いですよぉ!」


 美海は長い石段をヒョイヒョイっと登りきり、すでに仁王門の手前に辿りつき、私を待ち構えていた。


 門の前でピョンピョンとはしゃぎながら、私を手招きする姿に思わず(犬か。お前は)と考えるも「ハイハイ」と呆れながら、彼女の声に返事した。


「ホントだ。なかなか壮観な寺院ね」


 門をくぐるとそこは異世界だった。というお決まりのキャッチコピーとまではいかないが、さすがY県最古の寺と称するだけあり、一巡りするだけでバテテしまいそうな巨大な境内。


 建物も豪華で、坊主1000人は収容できそうな立派な伽藍はあるわ、三重塔はあるわ、宝物殿はあるわ、護摩堂はあるわ。ただただ、その建造物たちに「ほぉー」とバカみたいに感嘆の声を上げた。


「青姉様、顔、かお。女を捨てたような表情でしたよ」


「あっ、ごめんごめん。大きな構造物を見ると圧倒されるよね。ホラ見てよ、あの梁。どうやって持ち上げたんだろう? 柱もそうだよね、どうやって建植したんだか。昔の人達はクレーンもショベルも無いのに、よくこんなバカでかいモノを作れたもんだよ」


「なんで建築方法への感想が真っ先に来るんですか。ホント、女子力皆無の残念女子ですね。普通の女子は、歴史感漂う空気に触れて、風光明媚な景色に感動して、パワースポットに囲まれて、元気貰えそー。とか言いますけど」


「うっ」痛いところを突かれた。


 私はプライベートでは、どうもそういう観点でモノを見ることが出来ない。これは無意識的に私が仕事を避けていることに他ならない。自分の時間まで仕事のことを考えたくないんだな。うんうん。


 それが結果的に私の女子力を下げる原因だと認める気はないが。


 境内の観覧もそこそこに、宝物殿で安珍・清姫伝説の資料が展示されていると聞きつけた美海が、嫌がる私を連れ、高価な(ワンカップ○関が2つも買えるほどの)入場料を支払うハメになった。


『安珍は旅の途中、熊野国造真砂の庄司の娘・清姫に熱烈に言い寄られ、ついに結婚の約束をしてしまいます。しかし、修行中の身である安珍は、清姫に内緒で修行の旅に出てしまいます。安珍に裏切られ、恋しさ余って憎さ100倍の清姫は、鬼のような形相で安珍を追いかけます。命の危険を感じた安珍は、道明寺にある大鐘に隠れその場をやり過ごそうとしましたが、清姫はヘビの化物となり、安珍が隠れた大鐘に巻き付き、大鐘ごと炎に包み安珍を焼き殺してしまいます。その後清姫も入水自殺し、安珍の後を追うのでした』


 宝物殿の音声ガイドを流し聞きしていたが、何だ、この救いのない話は。


「ほんと、スクールデ○ズ並のデッドエンドで、もうドン引きですわ……」


「うぅっ、うぅっ……。清姫様……かわいそう……」


「えっ⁉」


 私がスルメよりも乾いた感想しか思い浮かばなかったことに対し、美海はヒアルロン酸の様な潤いのある大粒の涙を流していた。


「美海、この物語のどこに、あなたの乙女心を刺激するようなドラマチックな展開があったわけ?」


「うぅっ……えっ? あっ、あぁ。青姉さまにはわかりませんか? 清姫の身を焦がすような情念が。きっと最後は自分すら抑えることが出来ないほどの愛憎の炎に包まれてしまったんですよ。彼女はとても純粋だったんです……」


 私には清姫がただの鬼女としか映らないんだけど。美海と私の目で、成分の違う水晶体が入っているのか? キラキラ光る万華鏡の様なモノが美海の目に標準実装されているのか?


「これが“女子力53万”かぁ」


 またもや、圧倒的な女子力の差に打ちひしがれる私であった。


 ――*――


 美海が“お花を摘みに”行ったため、ベンチに座り、道成寺の境内をよくよく見渡した。すると“この境内にあるべきものがないこと”に気付く。そう、あの安珍清姫伝説で登場した大鐘が無いのだ。


「なんか、がっかりだな。あの大鐘は無いのか。本当に焼き尽くされたにせよ、レプリカを作り直せば良い名物になったのに」


「いやいや、そこのキレイなお姉さん。そうもいかないんだって。あの蛇姫、怨念ハンパなくスゲェんだから」


 と、私の肩をポンと叩いて、顔を近づけ馴れ馴れしく話しかけてきた坊主。


「誰アンタ?」


「あぁっ、オレ【安珍】っ言うんだ。よろしくぅ!」


 あろうことか、自分のことを安珍と言い放ちやがった。


「安珍って、あの?」


「そう、超絶イケメン坊主って言われてる、その安珍でぇーす。どう? ビックリした?」


 まぁ、ビックリはするわな。あの有名な安珍が、こんなチャラそうなやつだったとは。


「青姉さま、お待たせしました」


「おっ、そっちのゆるフワパーマの子もかぁわうぃーねぇー」


「青姉さま、なんですかこの方?」


「自分のことを安珍とか言ってる残念な人」


「あぁー……」


「なになになにその反応。ていうか信じてないっしょ二人とも? じゃあ証拠見せてやんよ。ホラ?」


 と言って、その坊主はおもむろに恥部をさらけ出した。もとい袈裟をたくし上げた。


「きゃあああ! 変態ぃ!」


「白昼堂々、何やってんの! って、あんた下半身が……」


 そう、下半身が半透明で、後方の景色が映りこんでいたのである。


「何となく感じてはいたけど、あんたって幽霊?」


「そっ、正解でぇーす」


「美海、あんたにも視える?」


 美海は耳を真っ赤にして、顔を背けている。


「うぉい、いつまで目隠ししてんの! オボコぶるんじゃありません。ホラっ、その隠している指をほどきなさい」


「あっ、何を青姉さま。初夜でもないのに男の方の下半身を凝視するなんて……」


 なに平安貴族みたいなこと言ってんだ、この子は。


「あっ! そんなご無体な……って、あなた人間じゃないんですね。じゃあ……って。キャー! ふんどし―!」


「おもしろいねその子。かなり初々しいじゃなーい。今どき珍しいねー。それにオレのこと視えてるし、驚かないしー。もしかしておたくら業界オカルト関係の人?」


「えぇっ? あぁ、そうです。こちらの一ノ宮青子さんは封地を生業としています」


 美海が、恥ずかしがりながら私を紹介した。


 私は職業柄こういう奴らは見慣れているが、美海もこういう霊的なものによく遭遇してきたせいか、珍しがりこそすれ、驚いたりはしない。見かけに反して肝っ玉が据わっているのだ。そうじゃなきゃ私なんかと一緒に居られない……。


「へぇー、キミ青子ちゃんって言うんだぁ。いーぃ名前じゃあん。しかも【地鎮司とこしずめ】してんの? めぇーずらしー」


 何だろう。名前を褒められるのはうれしいが、このチャラさのせいで、イラだちの方が勝るんだが。


「ところで、なんでこの寺にレプリカの大鐘を安置することが出来ないの?」


「そりゃぁ、あの蛇姫が怨念使って大鐘に悪さをするからさ。昔、同じようなこと考えた奴が大鐘を作ったんだけどね、その大鐘が完成した途端、戦は起きるわ、疫病は流行るわ、米の不作で飢饉になるわ。で、酷かったんだよねぇ。それ全部あの蛇姫の怨念のせい」


「へぇ、じゃあその蛇姫様って、まだここに居るんだ」


「うっ、それ聞いちゃう? 【地鎮師(とこしずめ)】のサーガ―(性質)的

にやっぱり気になっちゃう?」


 なんだろうコイツ。ウザ鬱陶しい。


「でっ、どうなの?」


「居るっちゃいるけど、居ないっちゃいないねー。あっ、それ言うとオレもか―っ!」


 やべ。殴りたい。


「青姉さま、コイツ祓ってくれません? 安珍のイメージを汚す害虫ゴミです」


「オイオイ。私も心の底からそうしたいと思っているけど、すっごく、我慢してるの。なぜなら、このお寺と歴史に敬意を払っているから……」


「青姉さま。そんなに手をワナワナと震わせて……。でっ、どうなんです? そこの安珍モドキ以下のそっくりさん。清姫様はいらっしゃいますの?」


「二人とも毒舌だねぇ。キレイな花には棘がある的な?」


 安珍は私達の顔を指差しながら、やたらと囃子立てる。


「アイツもそうなんだよ。未だに恨みつらみだけ残して……」


 その後、ブツブツと安珍は何か言っていたが、あまり聞きとれなかった。


『あんちぃん……。うぬは、またしてもおなごとイチャイチャ、イチャイチャと睦まじく……』


「あっ、ヤバ! じゃ、ウブなナデシコちゃんと、気が強そうなスイセンのお姉さん、まったねぇー」


 と、“自称”安珍は姿を消した。


「何だったんです、あの方」


「あのヤロウ、美海が撫子ナデシコで、私が水仙スイセンだとほざきやがった。どっちも全然違うっての!」


「えっ、どういうことです?」


「花言葉」


「あぁ、私がナデシコ確か花言葉は――『大胆』『純愛』『貞節』でしたね。あらピッタリ。そして青姉さまがスイセンで、花言葉は『うぬぼれ』『自己愛』――あらこっちもピッタリ!」


「何がピッタリなのよ! しかもスイセンって毒があるのよ。わたしゃ、毒女か!」


「まぁ、否定はしませんが……」


「なにぃ⁉ このぉっ!」


 と、コブラツイストを美海に仕掛けた。


「イタッ、イタイ! ホント痛いって青姉さま。ちょっ、キマッてるキマってる! 何か美海のシックスセンスが目覚める。センシティブな快楽に目覚めそう!」


「ホントに、あんたって子は!」


『あれぇ? おんしら、おなご同士で睦み合う趣向があるのかえ? それではわらわの心配も杞憂であったかのぅ』


 どこからともなく声がする。雅な言葉でまったりとした口調。


「誰? もうやめてよ。あのへんな坊主みたいな奴は……」


『ほんに無礼なやつじゃ。【地鎮司(とこしずめ)】も地に落ちたものよのぅ』


「言わせておけば。じゃあ、アンタも姿を現しなさいよ」


『はぁ。本来はこのような輩に姿を見せるのは本意ではないがのう』


 と声が聞こえるとともに、私の目の前に一陣の風が吹いたかと思うと、あでやかな着物を身にまとった切れ長の瞳が印象的な、ちょっとヒスってそうな美人が現れた。


「青姉さま。もしかして、この人って」


 美海が私に耳打ちする。この子も気づいたか。


「そう、清姫。あの蛇姫様でしょうね」


 しかし妙だ。清姫って確か……。


「ほれっ、これで満足かえ。しかし、お主、なんじゃその胸板。はじめ男かと思ったぞえ。赤子が不憫じゃのう」


「だっ、だっ、だっ、誰が“乳も出ない乳なし“だ!」


「だから青姉さま、そんなこと言ってません。でもぉ……ぷふっ」


「なぁに、笑ってるのかなぁ?」


 私はコブラツイストから卍固めへ移行した。


「痛たたたっ、ギブッ、ギブです!」


「いつまで戯れておるのじゃ。出て来いと言ったのはそち達であろう。ほんに雅な者を待たすなど、役人と女中の分際で言語道断じゃ」


「はいはい。わかりました。早速ヒスってんなぁ。さすがヤンデレ姫」


 美海への制裁を解き、私は清姫と対峙した。


「青姉さま、そんな初対面の方に失礼な……」


「へーきへーき。どうせ意味わかんないよ。それにこの姫も十分失礼だって」


「そち達、わらわをヒステリックやらヤンデレやら言うに事欠きおってぇ」


 あっ、ヤバ。単語の意味知ってたみたい。なんかうっすら瘴気が漂ってきた。


「ほら青姉さま謝って! どうもすみません。こちらの田舎者がご無礼を」


 ペコペコと謝り、無理やり私の頭も下げさせる美海。


「わかればよい。【地鎮司(とこしずめ)】と違い、そっちの女中はなかなか見どころがあるようじゃのぅ」


「何よ美海。清姫の肩持っちゃって」


「それはそうです。憧れの清姫様にこうやって会えたんですよ。美海、感激ぃ!」


「やっぱり変態には変態の心がわかるのか」


「何か申したか?」


「いえっ……」


「ところで清姫様。私どうしても聞きたいことがあるのです」


「なんじゃ? まぁ、一つぐらいなら質問を許そう」


「なぜ、あんなに愛した安珍様を殺されたのですか?」


「……」


「あんた、それ地雷(ダメな質問)だって」


「よい。許す。わらわはな、安珍が仏道修行の身で、煩悩を消すために、わらわを遠ざけていたことも良く知っていたのじゃ。そんなことぐらい……わらわも知っておった。じゃが、わらわはあの者に恋い焦がれて、身も張り裂けそうなほど、あの者を愛してしまい、別れることが必然だと頭でわかっておっても、心が――魂が、理解できんかった。もう一度会いたい。一目だけでも顔が見たい。それだけだったんじゃ。それが果たせれば、わらわもきっぱり諦めたであろう。じゃが、安珍は頑なにわらわを見ようとせなんだ。それが悔しくて悲しくて、こんなにも人を狂わせておいて、対面するどころか逃げ出すあの者に、しまいには恨みすら抱くようになっておった」


「清姫様、かわいそう……」


 うーん。よくわからん。


 あれかな? 宴もたけなわで飲み物のラストオーダーもとっくに終わってて、だけど、最後の〆に日本酒がどうしても飲みたくなって、空になったとっくりを未練がましくオチョコに傾けるような気持ちかな?


「青姉さま、またロクでもないこと考えているでしょ」


「なぜバレたしっ⁉」


「手と顔の動き。大方お酒のこと考えてたんでしょうけど」


「てへっ!」


「話を続けるぞ。今思うと、それはあやつなりの配慮だったんじゃな。合えばきっと、わらわはもう一刻だけ、もう一刻だけと思うじゃろうし、別れるとき、さらに悲しくなり、果ては自害するかもしれない……そう考えたんじゃろう」


「うぅっ、思っていた通りだった。お互いがお互いを想っていたのに……」


「だけど、恨みの感情に己を飲みこまれて、修羅に身を落としたんでしょ?」


「青姉さま、失礼です!」


「ふん。お主に何が分かる。己が身を焼くほど誰かを愛したことがお主にはあるのか?」


「うっ……」


「どうやら無いようじゃの。そちらの女中はどうじゃ?」


「わたしはあります……。愛しくて愛しくてどうしようもないのに、どうすることも出来なくて死にたくなるほど苦悩したこと……」


 それって、もしかしてカズのこと? だから、あんなことを言ったのか? あの事務的な対応は自分の心を押し殺していたから? でもなんで?


「美海、あんた……」


「そうか。やはりそなたとは気が合いにけり。そっちのポンコツ地鎮司とは大違い」


「わっ、私だってあるわよ! あぁ【獺祭】が欲しくて仕方ない! 【森伊蔵】が喉から手が出るほど欲しい! 【山崎の十八年】にとても恋い焦がれている!」


「そなたは、そのようなことをのたまわりて、悲しくならぬなりや?」


「なっ、何よ。急に平安言葉で」


「青姉さま。幻滅です……」


「なによ、なによぉ。二人して恋バナに花咲かせてさぁ! えぇどうせ私はロクな恋をしたことが無い喪女ですよー。何か文句あるか!」


「かの者は無視して話を続けようかえ?」


「はいっ!」


 その後、私は蚊帳の外で楽しそうに話し込む二人だった。私は会話に割り込めず、ぽつんと居るだけであった。


「安珍は女性に免疫が無くてのぅ。わらわがあの者に裸で迫ったときなぞ、慌てふためいて触れも出来なんだ。しかし、わらわの肢体からは目が離せずにおったようじゃがのう」


「まぁ清姫様、大胆! でもよろしいのですか? 生娘であることは貴族の娘として――」


「よいのじゃ。わらわの身も心も、あやつに捧げると覚悟を決めておったからのぅ。もはや、誰の男にもわが肌を触らせる気はなかったのじゃ」


「きゃー! いじらしくて素敵!」


 二人は時間を忘れて、恋バナに花を咲かせていたが、私はその間、死んだ瞳で木偶の様に立ち尽くしていただけだった。そろそろ帰りたい……。


「あのぅ。お取込み中のところすみませんが」


「なんじゃ?」


「そろそろ、おいとましたいのですが」


「もうそんな時間かえ? 時の流れは早いのぅ。まるで清流の如しであるのぅ」


「あっ、そういえば清姫様!」


「何じゃ美海。申してみよ」


 もう名前で呼ばれている。えぇい、ヤツの「愛され力」は化け物か?


「青姉さまと私は竜神温泉での異変を調査しているんです。そして原因を調べたところ、日高川の源流におわす水龍様に、何らかの問題があるのではないかと思ったんです。清姫様は何か知ってませんか?」


「あぁ、あやつか……。あやつは昔、荒神として、有名だったんじゃが、ある日、村の者どもが生贄に若い娘を差し出したんじゃ。それ以来、あやつはパタリと悪さを止めたのじゃが?」


「でも今、猛り狂ってますよ?」


「フム。変じゃのぅ。わらわは何かあったのかまでは知らぬぞ? もしかして生贄の効力が消えたのかのぅ?」


「もしそうだとして、人身御供なんて、現代じゃ、時代錯誤どころか、ただの殺人よ」


「わらわもそう思うのじゃが……いずれにせよ、あやつが暴れる原因を探るのが先なのではないかえ?」


「そうね。ありがとっ」


「ありがとうございます」


「よい。ところで美海、今度持ってきてくれるのじゃな」


「はいっ! 承知しております。美顔ローラーに保水パックですね、清姫様」


「うむ。たのんだぞよ」


(あんた霊魂なのに、まだ肌を気にするんかい!)とツッコむとまた女子力皆無と言われそうなため、そっと心の中に仕舞いこんだ。


「あっ。そういえばあの安珍モドキ? が言ってたんだけど、この寺って大鐘が無いんだって?」


「大鐘……」


 周囲がまた瘴気で満ち満ちてきた。しかも清姫の周囲からすさまじい熱気を感じる。


「大鐘ェ! おのれぇ、あんちぃん。大鐘か……大鐘の中におるのかぁ! どこじゃ大鐘、どこじゃ!」


「えぇっ、こっちが地雷⁉」


「青姉さま、なんてことを!」


「ヤッ、ヤバイ。逃げるわよ美海」


「清姫様このまま放置ですか⁉」


「三十六計、逃げるに如かず。よ!」


「今度は本当に、ただの逃亡なんですね!」


 私達は清姫の嫉妬の炎が飛び火しないように、すぐにその場を去った。


「大丈夫なんですか、青姉さま」


「へーきへーき。たぶん……」


 ――*――


 道成寺の拝観を終えた私たちは、近くのレストランで昼食を食べ終え、食後のティータイムとしけ込んでいた。


「でっ、お目当てのものは見ることが出来た?」


「えぇ、もうバッチリ。青姉さま、お付き合いくださり、ありがとうございました」


「そう。美海姫様のご機嫌も麗しくなったようで、何より」


「あー、なんですかその言い方。私を子供扱いしてぇ」


 ぷくぅっと頬を膨らます美海。こういうところ、あざとくて可愛いよなぁ。彼女の喜怒哀楽がハッキリしているところは、私にとっては救いである。癒しと言った方が正しいか。


「まぁまぁ。お目当てのものも見れて、御機嫌麗しいんでしょ? あーあっ。私もご機嫌麗しくならないかなぁ」


「青姉さまはどんなことで機嫌が良くなるんですか?」


「そりゃあ、美味しいお酒に出会うこととか、宝くじが当たるとか、今回の件が簡単に片付いて、また元の自堕落生活に戻れることとか――」


「……好きな人と結婚して、子供を授かる……とか?」


「まぁ、それも女の幸せの一つに定義されるよね。私としては、そういう偏った価値観を押し付けられるのは好きじゃないけど。あぁ、もちろん結婚したくないってわけじゃないよ?」


 軽くコーヒーに口づける。たまに飲むこの苦さも、落ち着いた場所でまったり味わうと悪いもんじゃない。


「青姉さまは結婚のご予定はありませんの?」


「へっ、誰と?」


「岡崎先輩と」


 ぶ―っと黒い液体を吐き出してしまった。


「カズと? なんで?」


「『なんで』って、それは、岡崎先輩は、青姉さまと小学生からの幼馴染で、瀬戸さんの孫で、成人後もずっと彼女を作らず、甲斐甲斐しく青姉さまの面倒を見ているじゃないですか。だから――」


 そう言って美海はレモンティーを口づける。カップを両手に持って紅茶を冷まそうとフー、フー、と息を吹きかける姿がとても愛くるしく、宣材に使えそうなほど絵になる。


 しかし、考えたことも無かったなぁ。ていうか私とカズが結婚? ありえん。常世と幽世が交わるぐらいありえん。だけど、カズがこの年齢になるまで彼女の一人も作らなかったのは確かに謎だ。


「あいつ、きっと私に興味ないと思うよ。だって、前も廊下ですれ違った時に見たでしょう。アイツの私に対する素っ気ない態度。それに比べて美海に対してはどうよ? 慣れない先輩風吹かしてたじゃん。もう笑っちゃうわよ」


「えぇ。だから青姉さまにだけは、岡崎先輩は特別扱いするのかな? と思ったんです」


「ハァ? なんじゃそりゃ?」


 美海の話では、次の通りだった。


 ――むかぁし、むかし、岡崎一馬という男がおって、その者は高等学校3年生の時分は、通称【カズ先輩】と呼ばれていたそうな。


 カズ先輩は、見目麗しく、女性に対しても花を愛でるかのように優しく、どのような容姿の者でも、決して無碍むげに扱うことは無かったそうな。


 そのためか、学園内の女子おなごに大層モテたそうじゃ。カズ先輩の元には、恋文・電子恋文・矢文に伝書鳩文・稀にモールス信号文が毎日毎日、途切れなく届いていたそうな。


 しかし、カズ先輩は誰とも付き合わず、ふりぃな状態を貫いていた様子じゃった。ある日、告白を断られた女性生徒が「意中のおなごでも居るかいの?」と、質問を投げかけたところ「好きではないが、自分がどげんか面倒を見ないといけん奴がおる」と語ったそうじゃ。

 後にわかったことじゃが、カズ先輩は、一人だけ、雑草のように邪険に扱う女子おなごがおって、それが【一ノ宮青子】なる粗暴な女じゃったそうな。


 めでたし。めでたし――


「なにそれ? 私も蝶よ花よと愛でられて、お姫様気分にしてくれる【カズ先輩】が良い。あのバカカズじゃなくて!」


「そのバカカズが【カズ先輩】なんです。あっ、バカって言っちゃった。だから岡崎先輩は青姉さまと出来ている。って、もっぱらの噂だったんですから」


「本人が一切知らないんですけど!」


「はぁ、ホント鈍感……」


「でも、カズが恋愛しない理由って、私が原因じゃないと思うわよ。カズって、責任感が人一倍強いからさ。自分の責任が及ばないことに対して、どうしても消極的になっちゃうのよ、あのヘタレ。今の話を聞いてて思ったけど、あいつのことだから、馬鹿みたいに丁寧な字で、すごく律儀にラブレターの返信も書いてたんでしょ。あて先不明のラブレターに対しても、ちゃんと差出人を見つけてさ? 対面で告白されても、相手を傷つけないように、何度も何度も謝ってた姿が思い浮かぶわぁ。アイツは、自分の中で片付いていない何か重要な問題を棚上げしたまま、誰かと真剣に付き合うなんて相手に対しても失礼だ。なんて考えてるんじゃないのかな? だから、その問題が解決するまでは、恋愛なんておこがましいとか思ってんじゃない? ほんとメンドクサイ奴よねー」


「重要な問題って?」


「知らないわよ。だけど、身体的なものでは無くて、心の問題なんじゃないの? あぁ見えてナイーブだし」


「岡崎先輩のこと、よく知っているんですね……」


 ボソッとつぶやいた後、美海は黙り込んでしまった。


 そして帰りの車中でも、美海は私との会話はほとんどなく、運転に集中していた。


 美海が運転に集中していた。という時点で、すでに察しがつくかとは思うが、またもや私は旅館に着くなり、げろげろげろっぴとなった。

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