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―調査2日目― 年の差と龍の幻影

今回の調査のトピックス

・龍脈の復活方法

・美海の天然さ

・美海の青子に対する(一部倒錯した)想い。

・青子の若い子に対する嫉妬とお局への恐怖。

 早朝、太陽が顔を出し始めた静かな時間に、私は温泉郷の横に流れる日高川について、調査を兼ねて散策に向かった。


 水の流れは轟々と激しく、泥や砂粒を全て押し流すかのような速度と水しぶきに私は、龍仙狭の異名を持つ日高川の力強さを感じていた。


 竜神温泉は「弘法は筆を選ばず」で有名な弘法大使が夢で、灘陀龍王のお告げを聞いて、開場したとされる温泉郷である。つまり龍と縁が深い場所と言うことである。


 龍や竜と名のつく場所は、暴れ川が多い。九頭竜川しかり、天竜川しかり。世危険な場所を表す地名と言うものがあるのだが、その代表的なものが「龍」や「竜」なのだ。


 この日高川は「龍」仙狭とも呼ばれている。そう呼ばれるからには、この川も暴れ川である。私は昨日、川の躍動感に感動しなかった。その理由が少しでも分かれば、と思い、こうやって川岸に近づいたのだが……。


「やっぱりなんも感じない……」


 封地には、ある種の超感覚が備わっている。それは大したことじゃなくて、長く自然に触れている人間にはわかる感覚なのだが、その自然に活力がみなぎっているかどうかが分かるのだ。


 よく、山林を管理するベテランの木こりが「森に活力が無い」とか、一流の農家が「土に力が無い」などのセリフをドラマやドキュメンタリーで聞いたことは無いだろうか?


 彼らの言っていることは紛れもない真実だ。山や川の精霊たちが豊富に棲息しているとその場所も活気に満ちてくる。陰と陽のバランスを合わせるために、群生している木々やその土地が、力をどんどん付けていくためである。


 この川は、急流で生き生きと水を運んでいるように見えるが、ただ単に万有引力の法則に従い、上流から下流に水が流れているだけだ。そこに霊的なエネルギーは全く発生していない。


 このような場合、原因は「精霊の異常」か「龍脈の枯渇」かが考えられる。


 精霊の異常は、前回の九ツ釜での黒虚精霊の人為的な大量増加のように、ある固有の精霊が発生しやすくなるように仕掛け、意図的にバランスを崩して異常が起きる。しかし、今回のように活力自体が無い場合であることと、龍と名の付く地名から考えると「龍脈の枯渇」を疑ったほうが良い。


 龍脈とは、簡単に言えば、“気”の流れだ。


 気は生きとし生けるものに必要なエネルギーの根源である。体力とは違う生きる者に必要な力。体力が十分でも気力が萎えていれば人は動くこともままならない。


「龍脈の復活かぁ。また面倒なことにぶち当たっちゃったなぁ」


 龍脈の復活は大仕事である。


 どのくらい大仕事かと言うと、今や封地より絶滅危惧種の【風水師】を連れてきて、神官と巫女含めて約50名にて神楽舞を執り行い、約1か月かけて【風水師】が祈祷と巡礼を行うとともに、精霊石と龍脈にごく近い場所で採取した土を練り混ぜ、細かい砂状に乾燥させたものを龍脈があった場所に撒く。


 それで何とか一筋の小さな道筋が復活すれば上出来かな? といった具合だ。


 それに何より、龍脈の横幅は、せいぜい2~30㎝の小さな光の筋だ。まず、この龍脈自体を探すのに非常に苦労する。


「これはたとえ正規の依頼であっても引き受けたくないなぁ……」


 私の『仕事サボりたい病』が再発した。


――*――


「くきゅるるー、すすぴぴー、こぉぉぉー!」


 新手の呼吸法か? と思わせるほど特殊な寝息を立てる美海。旅館に帰って来たものの、美海はごらんのとおり爆睡中だ。


 この子は私より寝相が悪く、なぜか自分から布団に簀巻きにされている状態で眠っていた。


「美海……起きなさいって、朝食出来たって」


「うーん、青姉さまー……私のバージンを上げますから……青姉さまのア○ルバージンとSM初体験は私がぁ……」


「なんちゅー夢を見とんじゃい!」私の高貴な足を彼女の顔面にめり込ませた。


「あぁ……良いですぅ、ご主人様ぁ……って、あえっ? 夢ぇ?」


 鼻血を出しているにもかかわらず、現状を全く捉えていない美海だったが、どうやら目を覚ましたようだ。



「今日は、日高川の源流を探しにトレッキングするから。覚悟はいい?」

「はいっ! お姉さまとピクニックに行けるだなんて、とても楽しみです!」


 朝食の際に、今日の計画を告げた、まではいいのだが……。


 コイツ、妙に楽しんでいるな……。大丈夫だろうか? 絶対息が上がって、「もう歩けなーい」とか言って根を上げる未来が見えるのだが。


 ここらで、お嬢様育ちの、か弱い女子大生と、社会の荒波を必死に泳ぎ続けてきた私との体力の差を見せつけてやるチャンスだ。


――*――


「どばはぁ……どぅへえぇ……、うえ……まっ、まって……もう歩けな……い」


「えぇっ? もう根をあげたんですか、青姉さま? 歩きはじめて、まだ30分も経ってませんよぉ?」


 肩どころか、全身で息をしているのは私の方だった。対照的に、早く次に

行きたくて、うずうずして、その場で足踏みをする美海。


「あっ……、あんた……、お嬢様育ちなんだから、山登りなんてキツイこと未経験じゃないの?」


「えっ、そうですか? こんなのちょっと道がクネクネしているだけのハイキングのようなものじゃないですか?」


 ぐぬぬぬぬっ……。なんて涼しい顔でほざくんだコイツは!


 もうちょっと先輩を立てる配慮は無いのか? 私は人生の先輩として一つ忠告しておかなければならない。


「美海……あんた先輩を立てないと、就職した途端『底意地の悪いお局様』の格好の餌食になってしまうんだぞ。私のようにな!」


「青姉さま。今、瀬戸さんのことをイメージしながらしゃべってますよね?」


「うん……」


 きついんだ……。ホント……。


 ――*――


 それからさらに30分。


 険しい山道を歩き、流れの激しい小川を飛び越え、たまに後輩との体力の差を感じながらも、やっと日高川の源流に着いた私たちだった。源流は水の流れも、道中の小川に比べれば格段に緩やかで、川幅も狭かった。

 

 この小さな流れが、少しずつ勢力を拡げ、やがて大河と呼ばれるのだから、自然とは、かくも恐ろしい。


 山奥深いため、空気も濃い。確か、フィサンチットという成分が濃いんだっけ? 空気に緑の味を感じる気がする。


「着いたぁ……。つっ、疲れた……」


「そうですね。私もちょっと疲れました……」


 と言いつつも、岩に座り込んで、へたっている私に比べて、美海は座りもせずに、手に腰を当ててながら、軽く背伸びをする程度であった。


「くっ、若さが憎い……」いかん。つい嫉妬が。


「はい? なんですか? それよりも青姉さま、ほら、一緒にピース! ピース!」


 と言いながら、私の肩を抱き、スマホで自撮りをする美海。美海の肌が頬に当たるのだが、なんか、プニプニとすんごく柔らかい。


「これが若さかぁ。はぁ……」今度は深いため息が出た。


「何です、さっきから。それにしても青姉さま、お肌、少しガサガサしてま

すよ」


「たぶん、温泉の美肌効果のせいかと……」


「もう、そんな嫌味を言ってぇ。それを解決するのが私たちの役目でしょ!」


「はいはい、それじゃあ調査を始めますか」


 そう、今まさに、「どっこいしょ」と立ち上がった時だった。


『誰ぞ……我が神域を侵すものは……』


「えっ⁉」


 スピーカーのウーハーから発したような、腹の中に「ズシン」と響く声だった。


「青姉さま? この声……」


「美海も聞こえた?」


「えぇ、だけど、こんな場所に人が居るとは思えないんですが」


 と言うことは……。


『ほぅ、人間風情か……』


 声の主は、ヒトならざる者……【貴き者(とうときモノ)】が発したも

のであろう。威厳のある重い声だ。


「すみません。私は……」


 自己紹介をしようと、声を出した瞬間だった。


『去ね!』


 強い怒気と憎悪のこもった声とともに、川が急激に氾濫し、暴流となり、私達に襲い掛かった。


「はっ? はあああっ⁉」


「きゃああああ!」


 鉄砲水どころの騒ぎではない。ダムが決壊したような水量が私達に襲い掛かってきた!


「やばい! 美海ぃィィ!」


「いやあああっ! 青姉さまああああああ!」


 完全に大水に飲み込まれてしまった美海。私は、自分も死ぬかもしれないと思う間もなく、身体が勝手に彼女に向かって飛び込んでいた。


――*――


 水が奔流して前方の視界が全く見えない。自分が前に進んでいるのか後ろに進んでいるのか、彼女に向かっているのかわからない。だけど必死にもがく。もがき続ける。


 (彼女を助けなきゃ)その一心だった。自分はどうなっても良い。どうせ一度は死んだような身だ。こんな命でも救えるものがあれば、こんな命を差し出して救えるのなら。


 そう思った時だった。前方のダークブルーの濁流から、肌色の美海の手が見えた。小さくて綺麗な手と細い指。土砂で水が濁っていなくて本当に良かった。必死に前へと進む。彼女を捕まえようと、もがく。


 もうとっくに息が上がっているはずなのに、意識は途切れなかった。もしかして私はすでに死んでいるのかもしれない。もしくは、私の命が最後の力を出して切って奇跡を起こしているのか……。


 美海の手を捉えた。絶対離さない。たとえ死んでも、たとえ死んでいたとしても、彼女を助ける!


(お・ね・ぇ・さ・ま?)


 美海の声が聞こえたような気がした。私に手を掴まれて、意識を取り戻したようだ。


(美海、大丈夫⁉)


(あぁっ、青姉さま! 青姉さまは、やっぱり私だけのお姉さま!)


(こんな時に何言ってんの! ホラ、さっさと脱出するよ)


(でっ、でも。全く、光がありません。どこが水面なのか……)


(そんなモノ、身体が浮遊する方向に進めばいいのよ!)


(そっ、そうなんでしょうが、私、浮かないんです。お肉付いちゃったのかなぁ?)


(あんたはムカつくほど均整の取れた体形よ。それに太ったなら浮くでしょっ。もう、こうやって浮くの! こうやって――)


 全く浮かない。水に浮かない人って確かに居るけど、それは体操選手やマラソンランナーのような、極限まで脂肪を絞り切ったプロアスリートだけだ。


 私は残念ながら、日頃の自堕落が祟り、少なくとも肝臓には脂肪がたまっているはずだ。


 いや……。


 いやいやいや? ちょっと待て。


 息……続きすぎじゃね? 軽く3分は続いている。私達、素潜りの名人じゃないんだから、とっくに限界を超えてるはずなんだけど。というか、なんで美海とも意志疎通出来てるの?

 

 あっ、これって……。


「オン・マリシエイ・ソワカ!」


 思うところがあり、私はこんな状況にもかかわらず、息を吐き出し、手印を交え真言を唱えた。これで、きっと……。


 真言の効果はすぐに現れた。これまで深くて暗い青色の水流に、一つ、二つ、三つ……と、光の筋が差し込みだした。


(やっぱりね)


(なっ、なにが起こったんですか? お姉さま?)


(あぁ、もう少しでわかるわよ。あと一押し)

 

 すぅっと、息を吸い込み、さらに、お腹から力を込めるように真言を唱えた。


「オン・サンザン・ザンサク・ソワカ!」


 すると、ガラスが割れるように、私たちを取りまいていた濁流の光景が割れ、私たちが本来生存している世界が姿を見せた。


「ふぅっ。もう普通に呼吸しても大丈夫よ、美海」


「あっ、あれ? ホントだ。なにがどうなったんですか? お姉さま?」


「幻覚。よ」


「幻覚? よく、妖怪やタヌキやキツネが、人を惑わすって言う?」


「そうね。だけど再現性が段違いよ。もしこのまま気を失ってしまえば、本当に死ぬところだったわ」


「そんな、大げさじゃないですか?」


「本当に死ぬのよ。これぐらい強い幻覚だと。それに美海、「プアメードの血」っていう逸話を知ってる?」


「いえ、存じません」


「昔、プアメードという名の死刑囚を使って、非道な実験をしたのよ。『人間はどれだけの血を抜くと死ぬか』っていう実験ね。医学の発展のため、なんて適当な理由付けて。

 医師たちはプアメードに目隠しをして、ベッドに縛り付けて『人はどれだけ血を流せば死ぬのだろう』って議論をしだすの。

 そして『人は体内の血液の3割を抜けば死ぬ』と結論を出して、早速実証しようと、プアメードの手首をメスで切って、血をポタポタと流させる。プアメードに対して『今、お前の体から1割の血液が流れた』と、ドンドンと恐怖を与えていく。

 最後『今、お前の体から3割の血液が流れた』と宣告する。するとどうなったと思う?」


「うーん、プアメードは血を欲して、バンパイア化した?」


「なんでそうなる⁉ あんた私の話聞いてた? 死んだ。のよ! 血が足りなくなって!」


「あっ、大喜利じゃなかったんだ」


「おバカ! まぁ、いいわ。だけど、プアメードから血は一滴も流れていなかった。実は水滴の音をプアメードに聞かせていただけなの」


「えっ、じゃあこの実験って、どういうことだったのですか?」


「本来の実験目的は『人は恐怖だけで死ぬか?』というテーマだったの。そして、それは成功した。つまり、人はイメージだけで死ぬことが出来るということが証明されたってワケ」


「あぁ、なるほど。だから、あの幻覚でも死ぬ可能性があった……と」


「そう、人って簡単に死ぬから。あんたもボヤボヤしていると、後ろからバッサリよ!」


「何ですか、その通り魔的な死に方」


「さっ、話も済んだところで、あのイカれる神をどうにかしないとね……」

そう。幻覚が解けても、充満した殺気は解けていなかった。


『ほぅ、ただの人間なら狂気で果てる我が幻覚を打ち破るとはな。そこの薄い胸板の娘は、“普通”では無いということか』


「だっ、誰が『魚が捌けそうなほどの、まな板のような胸』だ!」


「青姉さま、誰もそんなこと言ってません」


『うるさいやつらだ! 去ね!』


 と声がすると、源流から、水の渦が3つほど湧き上がり、私達に襲い掛かった。


「はいはい、どうせ、また幻覚……」


「きゃあー。青姉さまー。美海こっわーい」


 と、急に私に抱き着く美海だった。


「あっ、バカ! あぶな!」


 足場が苔むして滑りやすかったためか、私達はバランスを崩して、盛大にすっ転んでしまった。直後、岩石が<ドガン!>と盛大に割れる音とともに、私達が立っていた岩場が粉々に砕け去っていた。


「あっ……青姉さま……」


「えっ……ええ……」


 私に抱き着きながら、ガタガタ震えだす美海。私もちょっとチビった。いや、ビビった。


 この渦流は、まぎれもなく本物の水塊だった。


「美海、逃げるわよ!」


「はっ、はい! 敵前逃亡ですね!」


「言い方! 戦略的撤退と言って!」


 私達は、水龍の猛攻を躱しながら、来た道を必死に引き返すのであった。


――*――


 その後、命からがらに下山し、宿に戻った私たちは、今日の出来事をじっくり検証した。


「青姉さま、今日の声の主って誰なんですか?」


「きっと、日高川の龍神ね」


「龍神? 龍の神様なんですか?」


「そう、西洋の火を吐くドラゴンというより、中国の山奥に佇むイメージの龍と言った方が合ってるわね。龍の胴体を川に例えることって、全国的に見ても良くあるのよ」


「それで【特種国家公務員・封地】の一ノ宮先生。専門的な知見から、この

状況をどう考えます?」


 美海が、インタビュアーのように、私に意見を求める。


「うむ。よく聞きたまえ美海くん。私の見解はこうだ。竜神温泉と日高川は、龍脈を通して霊的に繋がっている。龍脈とは、自然界の流れそのものであり、龍脈の影響が強い土地ほど、人も自然も繁栄しやすい。今回、竜神温泉の水質の変化は、龍脈の枯渇によるものに他ならないと思っている」


「ほうほう、なるほど。それと日高川の龍神様と、どう関係が?」


「良い質問だ、美海くん。龍神は龍脈の管理人、つまり胴元。龍脈を流すも流さないも龍神次第ってことなの」


「それじゃあ、ご機嫌を損ねちゃうと――」


「龍脈の恩恵は得られない。ってわけ。でも龍神が怒るなんてこと、そう滅多に無いし。そもそも龍神は龍脈の元栓を閉めて、人間達に意地悪しようという考えすら持たないと思うわよ。周囲の自然も枯れちゃって、自分たちの首も絞めちゃうようなもんだもん」


「えっ、でも今日はすごく殺気満々で、私たちを『ッてやるぜ!」という勢いだったんですけど』


「そうなんだよ、美海くん。私もそれが不可解で困っているんだよ」


「では、真相は未だわからず。と」


「残念ながら、そうなる」


「一ノ宮先生。事件解決の糸口すら見えない、へっぽこで、税金ドロボウで、私生活もダメダメな己に対して、一言!」


「うむ。自堕落は我が人生。誰が何と言おうと、これを止める気はありません。引きこもり生活最高!……って、何言わせんじゃい!」

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