―調査初日― 玉肌・艶肌・かゆみ肌
「んー。やっと着きましたねー」
「……うっぷ!」
はい、私は吐きました……。
グー○ルマップで事前に場所を確認したんだけど、山間に位置するH市は、車でS賀県から約4時間かかり、道中、山間のスカイラインを約2時間ほど走行することになる。
スカイラインは山間を縫って走るルートだから、嫌な予感がするなー怖いなー。って思っていたんですよ!
そしたら案の定、美海の運転技術が炸裂したわけですよ。
ワインディングや山道など、カーブに次ぐカーブの連続で、もう私の体と脳は、右へ左へと流れて、昼に食べた野菜炒め定食が、そのまま出てきそうでしたよ。
本当に気持ち悪くて悪くて、よく車の中で吐かなかったな。と自分を褒めてやりたいところですよ。
「あー最悪……。それで、竜神温泉はどれ?」
「あるじゃないですか? ここにある建物そのほとんどに温泉が引かれてますよ。10軒中7軒ぐらいが、旅館か温泉施設なんですけど?」
「えぇー! この場所ほとんど温泉施設!?」
そう、約200mの直線道路のみで構成されている温泉街には歓楽街や、遊興施設は皆無。土産物屋が1件あるだけで、後は、温泉旅館と公衆浴場と民家のみ。
遊びの無い質実剛健な【秘境の温泉郷】であった。
さぞ生活するのにも不便だろうと思っていたが、コンビニどころか商店すらないとは……。
この土地の人達は日々どうやって生活をしているのだろう?
「ほんと、すごいところぐるっと見回しても山だらけ」
辺りは自然の音色が流れている。喧騒とも静寂とも違った自然界の音のみで構成された雑音。しかしこの雑音はとても心地よく、そして空気も普段吸っているものと全然違う。呼吸するごとに身体の毒素が出ていくようだった。
しかし、平日だからだろうか、人が居ない。
地元の人は仕方ないとして、宿泊客とも会わないのは不思議だ。
「じゃあ、早速、宿を案内してよ。こっちはもう車酔いで、着いて早々もう限界なの」
「はい。青姉さま」
そう言って、彼女が案内した宿は、江戸時代の宿場を彷彿させる2階建ての旅館であった。
昔ながらのガラガラと音を立てる引戸を開けると、綺麗に活けられた花々と木材の良い香りが鼻孔をくすぐり、江戸時代へとタイムスリップした気分になった。
「うっわ、ノスタルジー」
旅館の感想としてなかなか使わない表現だが、これが一番しっくりくる。
ケヤキで出来た廊下や柱は、飴色のツヤが出ている。手入れが行き届いている証拠だ。落ち着いて静かな雰囲気で、子供宿泊禁止な理由もわかる。この良さはある程度年齢を重ねないとわからない。
「料金高そう……」
「青姉さま。何でもお金に換算しようとするのは、情緒も減ったくれも無くなるのでやめてください」
美海はこういうところが、潔いというか“粋”だよなー。それに比べて物事の価値をお金でしか測れない私って……。
「すみませーん。本日からお世話になります、美空と言いまーす。誰かいませんかー」
「はいはい。お客様。お待たせして申し訳ありません」
呼ばれて来た女性は、見た目60歳以上で、着物をぴっちり着こなし、立ち居振る舞いも優美な、まさしく【老舗旅館の女将】といった出で立ちで、この旅館にぴったりだった。
「遠路はるばるようお越しくださいました。女将の橋本と申します。ささっ、お部屋の方へご案内いたします」
言われるがまま部屋に向かう途中、旅館の横に流れる川(確か日鷹川だっけ?)にチラッと視線を移す。清流という表現がふさわしいほど水が綺麗だったが、不思議と私はその光景に心躍らなかった。
ギシィ、と歴史を感じさせる軋み音がする廊下を抜けると、私達の拠点となる部屋に着いた。
「桔梗の間……。そう言えば、なんで旅館って花の名前を部屋に付けるんですか?」
「さぁ? 『お金の花が咲きますように』ってことじゃない?」
「んもう! 本当にデリカシーが無いんだから!」
膨れる美海の顔が可笑しくて、つい笑ってしまった。
「こちらです」と橋本さんが案内した部屋は、6畳間の和室がふすまを挟んで縦に2室あり、一室は畳の間、もう一室は大きなテーブルが中央に配置され、テレビが床の間に配備されている間だった。
その奥には、小さなテーブルを挟んで2つの木椅子があり、外の景色を眺められるようになっていた。
「夕食は18時からです。温泉はいつでも入浴可能ですが……。体質やお肌に合わない場合もありますので、その点はご注意を。それではごゆっくり――」
上品にお辞儀をしながらふすまを閉じた橋本さんであった。
橋本さんが出て行ったことを確認してから、私は荷物を放り出し、椅子に座った。
「はぁ……疲れた。美海、もうちょっと車の運転上手くなってよ」
「そんなこと言われましても……。私、車に乗るとどうしても衝動が抑えられないと言うか、すごく興奮するんです。私はどこへでも行けるんだって錯覚しちゃって……」
「美海……」
美海の実家はとても裕福で、彼女はその一人娘。
生活に苦労はしなかっただろうが、かわりに相当な箱入り娘として育てられてきた。だから束縛も強く、彼女自身その縛りから逃れたいと思うこともあるのだろう。
それが反動となり、あのような運転に……と同情しそうになりかけたが、いやそれとこれとは違う。
コイツの荒々しい運転は素の性格が出ているだけだ。
「青姉さま。一服したら、早速こんよ――じゃなかった、調査しに温泉に入りましょうよ!」
美海に促され、私は温泉を堪能することにした。
狭い階段を抜け露天風呂がある扉の前に脱衣所があるので、私は、衣服を脱ぎ、バスタオルを体に巻いて、湯船に浸かると墨のように広がってしまう黒い髪もたくし上げ、入浴準備が完了した。
「お姉さま……」美海は、その間、私をじっと見ていた。
「何て素敵な肌。まともにスキンケアもしていないうえ、いつもズボラな生活なのに、なぜこれほどスベスベなの?」
声のトーンがどんどん下がり、どもるように声を出す美海。
「はあぁ……。うなじもきれい……」
「ちょ!? 美海、鼻息荒い! お風呂入るだけなのになに興奮してんの!」
「そっ、そんなこと言っても……」さらに息が上がる美海。
「もっ、もう! 辛抱たまらーん!」
一直線に襲い掛かってきたド変態の美海。しかし、私もこの展開をちょっとだけ予想していたため、闘牛士のようにヒラリと変わし、脱衣場に置いてあった木製の風呂桶を、彼女の顔面にお見舞いした。
「うぅ。きゅうぅぅぅ……」
風呂桶に顔面をクリティカルヒットしてしまい、失神する美海。
やはりコイツと混浴なんて危なすぎる……。つくづく私の考えが浅はかだった。
身の危険を感じた私は、こんなこともあろうかと持ってきた秘密道具(登山用ロープ)を彼女の体にグルグル巻きにした後、一人、露天風呂に向かった。
――*――
「わあぁぁ、きれいキレーイ!」
露天風呂は、入浴する前から私を楽しませた。
普段は、キャッキャッとはしゃぐキャラではないが、目の前に広がる絶景に、否応なくテンションが上がってしまった。
絶景と言っても、観光名所としての整えられた絶景ではなく、日常の風景を切り取った姿だけなのだが、こちらは人に見せることを主眼に置いていないため、その分、生の自然の良さがある。
横に流れる日鷹川を眼下に備え、緑あふれるキャンパスに澄んだ空気。「チチチチッ」と鳴く鳥の声。そして、ヒノキ製の露天風呂。これも良い香り。
「あぁっ……。あわただしい現代社会から脱却して一服の清涼を求めるため、大人たちはこの場へ思う気、癒しを得るのね……」
早速、温泉に入ることにした。
「あぁ……、きもちいーい…………か?」
あんまり心地良くない。
「この泉質、美海の言った通り……。砂粒のようにざらざらしてて……水もちょっと匂うぞ。それも硫黄臭や金気臭の類いじゃなくて、腐った魚の様な臭い……」
さらに5分ほど浸かると、私の体にも異変が生じてきた。
「いたっ! いたたたたっ! なに!? 体中、痛い! かゆい!」
皮膚が漆によって被れていくような感覚に耐えられず、私は、そそくさと温泉を出て、シャワーで温泉成分を洗い流し、脱衣所に出たが、
「なにこれっ! 全然収まらないんですけど!」
痒さが全く引かない。体全身が、ヒリヒリと痛む! とても耐えれない! 痛い痛い痛い、痒い痒い痒い! 私は脱衣所で一人悶絶していた。バスタオルを取って、全身掻きむしった。
温泉から出てかゆみと格闘すること10分、やっとかゆみは収まったが、おかげで、私の肌は赤く腫れ、ボロボロになってしまった。
ほんと痛いよぅ……。
「美海、起きろぉ……。部屋に戻るよぉ……」
私はようやくアレルギーのような反応が収まったので、浴衣を着た後、彼女を起こすことにした。
「うへへぇー……青姉さま、小っちゃいけどおっぱいもキレイ……ペロペロチュッチュしたい……」
「何の夢見てんだ!」
軽く頭を叩いたところ、美海はようやく目を覚ました。
「アはっ! 私はいったい……」
「さぁ、部屋に戻るよ、美海! いろいろと調べることがある!」
「お姉さま……。なんか全身真っ赤ですよ?」
「えぇ、温泉が肌に合わなくてね……かゆくて仕方なかったのよ」
部屋に戻った私達は、旅館に備え付けてあったお茶菓子を食べながら、女将の橋本さんに事情を聞いた。
「そうですね……あれは3か月ぐらい前でしょうか――
お客様の一人が、突然『温泉に浸かっていたら、全身腫れあがった』と大変お怒りになられまして……。そこで急きょ、旅館の営業を1週間ストップして、専門業者に泉質やら、設備やらを調査していただいたんですが、全く異常なしで……。
誠に勝手ですが、その方の体質に合わなかったんだということで、営業を再開させていただきました。
しかし、その後も同様の事態が……それも我々の旅館だけでなく、他の旅館や公衆浴場までにも広がり、同様の苦情を仰るお客様が相次ぐ始末でして、それで、このようにだんだんとお客様が減ってしまい……」
人通りが少なく活気が無かったのは、この所為だったのか……。
「このままでは廃業せざるを得ません。この温泉郷も私の代で終わりかと思うと……。先代やご先祖様に申し訳なくて……」
着物の袖で涙をぬぐう橋本さん。
「青姉さま。言った通りでしょ? 一刻も早く手を打たなければ、ここの人達が全員路頭に迷います。何より、歴史ある日本3大美人の湯が私達の世代で潰えるなんて、そんな悲しい最期は見たくないです」
「そうね。私にどれだけのことが出来るかは知らないけど――」
私は改めて決意した。
「【特種国家公務員・封地】の名に懸けて、この温泉、本当の美人の湯に復活させてやろうじゃないの!」
私は、スッとたち上がり堂々と宣言した。「決まった!」と思った私は、ここで〈パチパチパチ〉と拍手の音が聞こえると思っていたんだが……。
「むふー……。はぁはぁ……。おっ、お姉さまぁ!」
予想していたクラップ音と違い、美海の荒々しい鼻息が聞こえてきた。
「あのっ……お客様……浴衣……はだけてますよ」
橋本さんの言葉に、私は、下に目線を移すと、立ち上がったときに裾を引っ張ったのか。浴衣の帯がはだけ、足先から胸元まで顕わになっていた。
「ぎょわあああああ!」
咄嗟に胸元だけは隠したが、パンツとその他丸見えだった。
うぅ……。もうお嫁に行けない。
予定なんか無いが……。




