―調査1日前― あいのかぜと、山 その1
「青姉さま―、ドア開けて下さーい。アナタの可愛い後輩が来ましたよー」
と、私の許可を待たず、いきなり私のヒミツの花園に侵入する奴は一人しかいない。
もちろん、カズ、ではない。
あいつは絶対、ノック代わりの一言二言三言四言五言並べてから、部屋に入る。「伺う」という意味を勘違いしたギルティ野郎だ。
それはさておき……
「あのねぇ、美海。いつも言ってるけど、私も女だから、心の準備とか、
『ちょっとやだー、お部屋散らかってるから待って待ってぇ』とか、
『急な来訪なんて聞いてなぁーい。もぅスッピンの顔なんて見せられないよぉ』とか、ちょっとズボラちゃんな私、かわいい。アピールをしなきゃいけないのよ」
「青姉さまの部屋は、ズボラのレベルを遥かに越えた異次元空間です。そんなことしても焼け石に水です。それにキャラが合ってないですし……」
訪問早々、私をちょくちょくdisってくるこの子。
美空美海は大学四年生の、いわゆるJD(女子大生)だ。
私の高校時代の後輩であり、封地の仕事に対する数少ない理解者の一人。昔、彼女の土地にあった霊的な問題を解決したんだけど、その時からずっと懐かれていて、つまりは腐れ縁。だけどほっとけない妹のような存在。それが美海だった。
そして彼女は、絵に描いた様な超絶お金持ちで、父親は国会議員、母親は大地主の娘で、広大な土地と金と権力を所有している。
その中で育ったせいか、彼女も少々世間ズレしているのだが、気立ても良く愛嬌もあり、守ってあげたくなる小動物的なオーラも備わっており、ある意味彼女にするなら完璧な子で、昔から男性にとても“おモテ”になられていた。
「ホント。なんでこんな貧乏くさいボロアパートに住んでいるのか、さっぱり理解できません。私がもっとずーっと、ふさわしい場所を提供して一緒に住んであげますのに」
「あんた、誕生日プレゼントを渡すようなノリで家を買うって、ホント清々しいほどの金持ちね。前にも言ったと思うけど、家が新しいとか古いとかで、ここに住んでいるわけじゃないからイイの。美海も7月初旬に来ればいいのよ。窓から靡く風の心地よさを知れば、なぜ私がここから離れないのかわかるから」
「はぁ……青姉さま、今のエアコンは、青姉さまの言うような自然の風すら再現するんですよ。だから、その……『極上のすきま風』でしたっけ? その風も再現できますよ。それも7月だけでなく、年がら年中」
「マジでっ!? じゃあ、そのエアコンをこの部屋に導入すれば……ってダメか。きっと、電気の容量足り無くて、ブレーカー落ちちゃうしなぁ」
「うんもぅ。なんで、このアパートから引っ越すという発想が出てこないんですか!」
「はいはい。私のことなんだから、美海がそんなに気にしなくていいんだって」
「青姉さまはこんなボロアパートより、もっとふさわしい場所があるんです!」
「わかったわかった。前向きに検討しておく」
前向きに検討しておくということは、その案は却下だと言う意味である。とても便利で日本的な常套句だ。大人になってから覚えました。
「まぁ、お姉さまがこの場所が良いというなら、無理やりに連れ出すことなんて出来ませんし」
このように美海という子は、私のような人格破綻し……いや【気品さが溢れて、近寄りがたい高尚な者】に対しても、臆することなく、分け隔てなく接してくれる優しい心の持ち主だ。
「まぁ、それでも、こんな女子力皆無な部屋で、ブラジャーとパンツのみで、真昼間から安酒ひっかけてPCを見てても、美海は骨の髄まで愛することが出来ますけどね。むしろ美海としては、その格好はご褒美です」
一つだけ補足……。
コイツ、変態入ってるタイプだった。しかも私狙い……。
「出来れば、そのまま押し倒して、くんずほぐれつ、過激で退廃的なスキンシップを、うへへへぇぇぇ……」
やっべぇ。コイツ、ヨダレ垂らしてる。
「あぁ、もう我慢できない。誘ってますよね、その無防備な格好は! それじゃあ……いっただっきまぁす!」
「ぎぃやああああっ!」
どこぞの3代目大怪盗のように、あっという間の早脱ぎで、私に飛び込む美海であった。
「はぁ、はぁ……。ったくこの子は」
「ンーっん。ンーっんん!」
美海は暴走している状態だったが、所詮ただの小娘。私の腕力で御してやったわ。
それでも危なかったので、ついでに布団で簀巻きにしたのに、まだビービーうるさかったので、目隠しと口の拘束具を追加でセットした。これで完璧だ。
美海が私を(性的に)狙っていたことは覚えていたが、油断すると獣のようにすぐ襲ってくるクセをすっかり失念していた。
「んでっ、今日は何しに来たの。大方また何かのトラブルに巻き込まれたんでしょうけど……」
「んんんーん、んンンっ!」
獲れたてのエビのように、ピチピチ跳ねながら、何かを訴えているようだ。しかしさっぱりわからない……。仕方が無いので口の拘束具だけは外した。
「ぷはぁっ。なんでっ、なんで外すんです!? これから私はどうされるのか。と妄想しただけで、アドレナリン全開で『バッチこーい』だったのにぃ!」
アホだ。真性のアホがおる。
「話が進まないからでしょ! 私も暇じゃないのよ。グー○ルマップを見たり、北陸の日本酒試飲会に出かけたり、全力で自堕落を演じたり」
「仕事しろー国家公務員。税金の無駄遣いしてんじゃねー。です」
「はいはい。お小言はあの“ノッポの男”から、毎日さんざん聞かさてるからもういいです。それで相談内容を教えてちょうだい。どうせコッチ側(封地)に関係すること。でしょ?」
「むぅ。まぁ、そうなんですけど……」
美海の持ってくる案件は、決まって封地がらみだった。
彼女は昔から、不可思議と遭遇しやすいタイプだった。
人間には、第六感が鋭敏な人間や、霊に憑かれやすい体質の人、向こう側との繋がりが強い人が居るが、彼女も同類で、それは美海が良い意味でも悪い意味でも自分に素直であるからだと、私は勝手に推測しているが。
「そうなんです。私が民俗学を専攻していることを青姉さまは御存じですよね? 実は私、W県H市にある、有名な美肌温泉に関するレポートを書こうと思っていたんです。ところが――」
美海の説明はこうだった。
H市に湧き出る竜神温泉はトロリとした泉質が特徴で、そのぬめり成分が美肌効果となっているため、旅行もかねて以前入浴したところ、むしろ水がザラザラっと砂利が入ったような感覚で、入浴後も肌が痛くなり、美肌に全く効果が無く、逆に肌を痛める結果になってしまったという結果になったらしい。
関係者に話を聞くと、どうやら近隣一帯の旅館でも同様の状態らしく、旅館の住民もホトホト困っていたとのことだ。
泉質および成分調査では、異変が起きる前と何も変化がなく、原因について見当がつかず困っているらしい。
「というわけで、青姉さまの出番です」
「ちょおっと待った! なぜそこで私の出番になる?」
「そんなこと決まってます。土地のことで、お困りのことあれば自然保護のエキスパートたる“封地”がズバッと解決し、人と自然を守る。これこそ、国に奉仕する青姉さまの至福の喜びではありませんか!」
「うん、至福の喜びでは無いが、封地絡みの可能性が高いことはわかる。では、なぜそのことについて、あんたが首を突っ込んで、私に個人的に頼んでんのかなぁ? お姉さん、その点について詳しく聞きたいなぁ?」
「えっ! そっ、それは私が……たまたま封地の仕事を知っていたからであって、現地の方たちと封地との橋渡し役は私しか居ないと思って……そう! 他意は無いんです。ボランティア精神です!」
なーんかあやしい。
舌先三寸で私を丸め込もうとしているが、これには裏がある。まぁ、美海のことだから中身も可愛いもんだと思うが。
「美海、正直に言ってみ? 何を貰った?」
布団で簀巻きにした美海に腰かけ、体重をゆっくり掛けジワジワとプレッシャーを与えていく。
「ぐえっ、ひ、人聞きの悪いこと言わないでくださりますです。美海は神に誓ってそんなモノは貰ってませんです」
「ふーん。そうなんだあー」
「ぶっ、ぶふぅっ。美海の上で……跳ねないでっ……下さいっ……」
「えーっ、聞えな―い」
布団に腰かけながら、さらに小刻みにジャンプするが、美海は頑なに口を割ろうとしない。
「うっぷ。中身っ、出ちゃう……」
珍しく暴露っちゃわないなー。いつもはこの辺でギブアップするのに。
「ねぇ、教えてよぉー。ねぇって?」
私は畳みかけるように、布団の上でピョンピョンと跳ねたのだが――
「あっ、ちょっと気持ちよくなってきた……」
……これ以上はやめておこう。




