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―エピローグ― これが私の生きる道 

―11日目―


「青子さん、ちょっと起きてください! もう十一時ですよ!」


「うぇっ、もう朝ぁ?」


 まだ眠っていたかったが女将さんの声で目が覚めてしまった。


「若い人がいつまで寝ているんですか。ほらほら、部屋の掃除をするんで、準備が出来たら部屋を空けてください。もうチェックアウトの時間は過ぎてるんですよ!」


「うぅー……」


 昨日はあの後、救急の対応と警察の対応とで大変だった。


 私は飲まずにはやってられず、オッちゃん達とまた酒盛りに繰り出し、盛大に騒ぎまくったのであった。


「マダム……水を一杯……」


「はいはい、わかりました。持ってきますんで、それまでに浴衣を着直しておいてください。また中身パンツが見えていますよ」

「はぃ……」


――*――


 これで真に封地としての役目は終わった。

 私は峰岸さんからの連絡を受け、市役所に出向くことにした。峰岸さんは一週間の休暇だと池田は言っていたが、実際は自宅で貝のように籠っていたらしい。

 久々に会う峰岸さんは、くたびれた顔からやつれた顔にクラスチェンジしていたが、なぜか晴れやかな表情だった。


【―辛津市 海洋レジャー産業振興に関する経済効果検討資料―】


「この資料、私に見せていいんですか?」


「えぇ、構いません……。私の悪事の全てがこれに記載されています……」

 

 私は総数30ページにも満たない資料をペラペラめくった。

 新規産業開発後の就業増加率から経済効果までが列記されており、資料に関する議事録が事細かに記録されていた。


「……呆れた……」


「はい……全くもってその通りです……」


「しっかし、なかなかやるわね峰岸さん。人の良さそうな顔して。この詐欺師ペテンし!」


「そうですね……」


 私の冗談にも反応出来ないほど落ち込む峰岸さんだった。


 資料には、ダイビングスポットとしての経済効果なんて、ほとんど無いどころか悪いことだらけという検討結果が出ていた。新規客の見込みなんて微々たるうえに、維持費ばかりがかさむ。

 得をするのは工事業者ぐらいで、典型的な税金の無駄使いだった。


「なぜこんなことを強行したんですか?」


「何を言っても言い訳になりますが、結局、この市は今のままじゃ、人口の流出に歯止めはかけられないんです……」


「在任期間中に手柄を立てたかった市長の独断じゃないの?」


「ははっ。まぁそれも……。しかし、この市は交通の便も悪いし、商店は閉まる一方で発展の見込みも無いでしょうし、漁業も後継者不足が叫ばれているけど、受け皿が居ない。幸運なことに、九ツ釜という観光資産がありますので一定の観光客は見込めるけど、それでも市の税収は徐々に下降線を描くでしょう……」


「……」


「そう言えば私、一ノ宮さんにいろいろと隠し事をしていましたね。脅されていたとはいえ、申し訳ありません。また部下(池田)があなたに危害を加えたようで……。何と申していいかわからないほどご迷惑をおかけしました。部下の不始末は上司の不始末です。大変申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる峰岸さん。責任感の強い人だ。こうやって様々な人に頭を下げて生きてきたのだろう。


「私の処遇についても覚悟は出来ています。それほどのことをしたのですから」


「えぇっと。あのぅ私、峰岸さんの処遇とかこの市の未来なんてどうでもいいです」


「はい!?」


「私は自分が派遣された経緯が分かってスッキリしたし、封地の仕事の範疇はんちゅうじゃないところまで首突っ込みませんよ」


「そんなことでいいのですか!?」


「何で怒るんですか。いやぁ、ぶっちゃけ私、政治の話とか嫌いなんですよ。県政とか正直どうでもいいと思っているわけで。社会不適合者だからこんなヘンテコリンな仕事選んだわけで。事件も解決して、禍根かこんも断てて、私は満足満足!」


 峰岸さんは私の返事に少々失望したようだ。どうやら私が世直しのために市の不正を暴くものだと思っていたらしい。


「貴女は正義に基づいて行動しているものだと思っていましたよ……」


「私の仕事は、マイナスになったこの土地のバランスをゼロにする。ただそれだけです。それにこれからが本当に大変なんですから。町興しなり新規産業の開発なり頑張ってください。まぁ、ゼロにするだけでもすごいことなのは否定しませんけど」


「ふふっ、おかしな人です。貴女を見ていると不思議な気持ちになる。大なり小なり己をごまかして生きていくことが普通のこの社会で、貴女は自由と義務を両立した真の自分本位で働いている。憧れますよ……。その若さで“なすべきこと”を自覚している貴女に」


「オホメいただき、ありがとうございます。と・こ・ろで、この資料のコピーって貰えます? あっ、大丈夫ですよ。峰岸さんの進退に関わるようなことには使いませんので」


 私はコピーを貰い市役所から立ち去ろうとしたとき、峰岸さんに呼び止められた。


「青子さん。一ついいですか?」


「はい?」


「あなたはどうして、この市のために命まで掛けたんですか?」


「……」


「それが【公務員】でしょ?」


――*――


 峰岸さんとの会合を経て、次は愛護神社へと足を向けた。理由は――


「ミノリ様も元通りになったわね」


「まぁのぉ。我々は神使じゃからお社様が滅せられなければ、こうやってまた復活できるのじゃ」


 池田を倒した後、神社のお社様が顕現し「ミノリちゃんを復活できる」と告げていたので確かめに来たのだ。


「ここも空気が変わったね。やっぱりあれよね? 神もひれ伏す美貌の私が来たから」


「帰れ! あほたれ!」


「えぇー。ちょっとしたジョークでしょうが。どうせ、黒虚精霊が居なくなって、この土地が陽転に向かってきたんでしょ。『これが本来の姿だ』なんて言うと、ミノリ様が調子乗りそうだから言いたくなかったのよぉ」


「何じゃと! ふん、まぁ正解じゃ。どうじゃ、この神社は! 神聖で厳かな空気が漂っているじゃろー、何? よいよい皆まで言うな。これもひとえにミノリ様とお社様のおかげじゃと言いたい気持ちはよくわかるぞ。みなまで言うな」


 一人得意げに語り、腕組みをしながらウンウンと首を振る動作がやけに貫禄あるんだよなぁ。なんだかんだ言って昔から存在する【貴き者(とうときモノ)】なんだと実感する。


「で、今日は何用じゃ? お社様はわしを復活させたため、今休まれておる。わしが聞こう」


「ご存知のとおり、封地の仕事をやり終えたんで、ご報告と挨拶に上がりました」


「そうか。まぁ、人間ながら良くやった。正直、わしはこの土地が穢れることについて、あきらめておったからのぅ。これも定めかと思ったわい」


「神様とかって、そういうところ達観してるよね」


「生きとし生けるものは皆滅ぶ。わしらも皆の想念が作り出した希望という念にすぎん。皆の想いで存在する限り、やはり滅びの枠からは逃れられぬ。この土地とともに存在し、この土地とともに滅ぶ。それが土地神としての性質さがじゃ。佐賀だけに」


「つまんなっ!」


「そこっ! 聞こえとるぞ。わしもちょっと『寒いな』と思ったんじゃ。追い打ちをかけるな」


「いずれにせよ今回は、私のおかげで生き延びれたわけだ。感謝してくれてもいいよっ!」


「すぐ天狗になりおる。天狗の神使にまで言われるようじゃから、彼氏もおらんのじゃ」


「うっ、うるさいっ!」


「そうじゃな。お礼代わりとは言わんが、老婆心ながら人生のあどばいすをしてやる。お主は、ちと死に急いでおるように見えて少々痛々しい。どれだけ自堕落を演じてもわかる。

 その特異体質じゃと幼いころから艱難辛苦かんなんしんく波乱万丈はらんばんじょうの連続だったであろう。お主には、神や精霊の存在が至極当然にわかっても、はたから見ればただの異端でしかなく、排除の対象にもなりやすい。

 それでも歳を重ね、物事の分別がつくようになって、特異なものから目を逸らすことも無視することも出来たのに、なぜよりにもよって【地鎮司(とこしずめ)】を選んだのじゃ?

 外からも内からも、自分が異端であることを思い知るこの職を。わしには、進んで傷口に塩を塗っているように見えて理解に苦しむ……」


「結構苦労しているように見える? わかる人にはわかるんだなぁ。やっぱり。確かに子供のころから、ずっと他の人と違うことは思い知らされてきたわ。たくさん傷ついて裏切られて……死にたいと思うことも何度もあった。でも、いつからか開き直れるようになったの。


『これが自分だ』って。


貴き者や精霊(あなた達)】の、声を・形を・存在を“無い”と否定することが、私にはどうしても出来なかった。

 これからも辛いこと苦しいことがあると思う。だけど――だから、私はこの仕事を選んだ。誰が何と言っても、私にはこれが“天職”だって胸を張って言える!」


「それはイバラの道じゃぞ?」


「そんなに悪いことばかりじゃないわよ。この仕事をやってて、日本は本当に美しいってつくづく思うの。それを維持したり甦らすことが出来るこの仕事は何物にも代えがたい誇りや達成感があるし、その後に飲むお酒は格別の味よ。ミノリ様のような可愛い子にも会えて、おしゃべりも出来るし」


「お主よりも数百歳も年上のモノを捕まえて可愛いとは。お主に言われると気味が悪いのう。じゃあ、お主、後悔はしておらんのじゃな?」


「どの道を選んでも後悔はあるわよ。だけどこの道を選ばなかったら、私は何よりも後悔する。そう思って決断した道よ。間違いじゃ無いわ」


 私に対する人生問答の終わりを告げるように、軽やかに風が舞った。


「あと、さっき自堕落を演じているってミノリ様言ってたけど、私のぐうたらは演じてなんかいないわよ? 引きこもり大好き! お酒大好き! インターネット大好き!」


「なぬっ、まぁよい。お主の“在り方”に少しケチをつけたが許せ。所詮、戯れじゃ」


「まっ、大目に見てあげましょう」


「その尊大な態度。お主、わしを敬っておらんな。罰が当たるぞ」


「まぁ、かわいい。撫で撫でしたい」


「何じゃ、バカにしよって。あともう一つ。これは頼みごとなんじゃが……」


「なに? この後まだ寄るところがあるから手短にね」


「そのっ……。ここは、見ての通りなかなか人が来ぬちっぽけな神社なのでな……。お主みたいに視えるやつも本当に減ってしもうて、最近の話し相手はもっぱらこの狛犬どもとお社様ぐらいなもんでな。慣れてるとは言え、やはりちと寂しい……」


「……」


「じゃからの……」


 隠しごとがある子供のように、手をモジモジさせながら、私の顔と自分の手を交互に見つめて、何か言いたそうだが、なかなか口に出さないミノリ様。私は彼女と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。


「何ですか、ミノリ様。【地鎮司(とこしずめ)】の私に出来ることがあれば、可能な限り承りましょう」


「遊びに……」


「ん? 声が小さくて、よく聞こえない?」


「今度は調査ではなく遊びに来い! 必ず来るんじゃ! 今度は正式にわが社のお社様も紹介してやるから必ず来い!」


「ッ……」


「なっ、なんじゃ。もしかしてわしの頼みが聞けんのか」


「ミノリ様……耳元で大声出さないで。鼓膜破れるかと思った」


「すっ、すまん。ついっ」


 顔を真っ赤にして、うつむくミノリ様。ずいぶんと勇気を振り絞ったようだ。


「まぁ、神使からの頼み事ですから、私も神と人間の橋渡し役として出来る限りお答えしましょう」


「そうか。それはよかった……。あっ、手土産は辛口の純米大吟醸を頼むぞ! ここは地域柄、焼酎ばかりで日本酒がなかなか飲めんのじゃ。わしは辛口の酒に目が無くてのぅ」


「もう酒のリクエストをするんかい。まぁ覚えておくわよ。焼酎もおいしいのに」


――*――


「絶対会いにこいよー。約束じゃぞー!」


 ミノリ様は名残惜しそうに階段から私が見えなくなるまで手を振り声をかけ続けた。


――*――


「おっ、ネェちゃん! 来たねぇ!」


 オッちゃん船長が、相も変わらずイカ丸と呼ばれる珍妙なデザインの遊覧船に乗り込む私を喜んで迎え入れた。


「空いてる?」


「まぁ平日だからガラガラだよ。それよか聞いてくれよ! ちょぉっとばかし、客足が伸びた気がすんだよ」


「そんな一日二日で変わらないって」


「いや、ホントホント!」


「ふーん。まぁおっちゃんがそう言うなら」


 やがて船が動き出した。

 空は快晴、波は穏やか。妙な静けさは無く、胸がソワソワするような胸騒ぎも感じず、水と風と太陽がそれぞれ主張しすぎず謙遜しすぎない絶妙のバランス。

頬に当たる潮風がそっと優しく包んでくれる。海とはこうあるべきだと実感する。


「着いたぜネェちゃん。見てくれ、これが九ツ釜だ!」


「あっ、あぁぁ……!」


 私は言葉が出なかった。

 自然の神秘と雄大さ、それに心の底に芽吹く自然への畏敬。精霊達が偏ることなく満ち足りていることがよくわかる。


 岩場にぶつかる波が、お互いにせめぎ合い、祭り太鼓のように荒々しい。太陽光が海と波しぶきによって乱反射し照らされた岩肌たちが、この場所は、おいそれと近づける場所ではないと主張しているようだ。


「言葉にならないって顔だな」


「ウン! ウン!」


――*――


「わあぁぁ!」


 オッちゃんが洞穴の中まで船を進めてくれた。暗さも音の反響も水の透明さも。すべてがクリアになっており、これまでとは全然違った。

 私は海面を覗き込むと。うん。きれいな碧色。


「綺麗な顔が映っているかい?」


「うーん。見惚れるわねー」


「なぁに言ってんだ」


 と楽しそうに笑うオッちゃん。おっちゃんの金歯がキラッと輝いていた。


「しかし、たった2日でここまで変わるんだなぁ!」


「それほど九ツ釜の地力が強いってこと。九ツ釜のおかげで穢れの進行が遅かったんだからね。これからもっと回復して、以前のような絶景に甦るわ」


「へぇ、そいつは楽しみだな!」


 九ツ釜の遊覧を終え、私達は港へ戻るため船を走らせている中、オッちゃんがボソッと私に問いかけた。


「ネェちゃん。これで何度目だ……」


「さぁ? 何度も何度も乗ったからね。もう回数なんか覚えてないわよ。それに」


「それに?」



「これが最後の乗船だから……」



「そう……か」


「ありがとね……」


「何がだ?」


「何度も私に付き合ってくれて。そして、私を信じてくれて」


「バカやろぉ。そんな、今生の別れみたいに……」


 オッちゃんはぷいっと横を向く。


「あれっ? もしかして泣いてる?」


「うっ、うるせい! ネェちゃんもとっとと田舎帰って、彼氏に欲求不満を解消してもらいな!」


「言ったな、このセクハラ船長!」


「なんだ! やるってのか?」


「……」


「……」


『ははっ!』


「私達、最初から最後までこんな感じだったわね」


「違いねぇ。その気の強さ。本当に死んだかかぁそっくりだ」


「えっ、オッちゃん寡夫かふだったの?」


「そうだよ。二十年前に亡くして以来、一人やもめ。かかぁにみさおを立ててるわけじゃないんだけど、なんか忘れらんなくてな……」


「じゃあ、私に協力したのって奥さんに似てたから?」


「まぁ、それだけじゃないけどな。それにうちのかかぁの方がもっと美人だった!」


「くっ、死者を引き合いに出すとは卑怯な……。安易に否定出来ないじゃない!」


「ネェちゃんは、俺が人間として惚れた相手なんだよ。だから協力したんだ」


「人間? 女性じゃなく?」


「そっ、人間。もしくはおとこ!」


「だぁれが男じゃあ!」


――*――


 港に着き、刻一刻と別れの時が近づいてきた。

 

 私は、船から降りようとした、その時――


「最後までご乗船いただき、まことにありがとうございました。住民一同を代表して、厚く御礼申し上げます」


 オッちゃんが深々と頭を下げた。


 そして――


「なぁっ! みんな!」


 振り向くと、町の人々が私の見送りに来てくれた。宿の女将さん、峰岸さんに市役所の方々、船工場の社長に漁師の人達。


「青子さん、またのご利用お待ちしております」

「一ノ宮さん。本当に、本当に、ありがとう!」

「おおきに嬢ちゃん。達者でな!」

「また宴会やろうや!」

「姉さんの飲みっぷりに惚れたぜ!」


「みんなっ……」


――*――


 暖かな土地と温かい人達。

 透き通る海と澄み渡った空。

 精霊の活気に満ち溢れた絶景。


 いつの間にか気に入ってしまったこの町に後ろ髪引かれつつ、私は家路に向かい歩き出した。



 【クリアレポート(封地完了報告書)】 「佐賀県 九ツ釜」 一ノ宮青子 〆

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