―調査10日目― 後編:バケモノの青子
「神風清明、祓え給え、清め給え!」
「おっと!」
「金剛霊符起動!」
「そうはいきません! 不術結界!」
池田はプロのオカルトである私に一歩も引けを取らなかった。さすが【貴き者】を屠り、力を取り込んだだけはある。
どうやら、胸に下げている逆五芒星のペンダントが力を与えているらしい。
「やるわね。その素敵なペンダント、誰からもらったの?」
「これですか? お呼びした地質学者がくれたんです。あの方は【霊道解放戦線】の参謀で実質的なナンバー2なんです。とても博識な方で、封地の内情も良く知っているんですよ。霊装開発にも注力しているそうで、これはその産物だそうです」
そう言うと池田は禍々しく濁った霊力の弾を手のひらに作った。
「ほら、こんなことも出来るんです。とても素晴らしいでしょ? どうぞ受け取って! 下さい!」
「なっ! シャクコウシャクコウ! キンカツキンシン!」
危難除の呪いを唱え、何とか霊力弾の軌道を逸らした……が。
「さぁ、これでおしまいです!」
見透かしたように池田は私の側面に回り、今度は霊力弾を両手で生成し、私に向けてゼロ距離で放った。
「きゃああああっ!」
さすがに超至近距離での第2波は避けられず、軽く5mは吹っ飛んだ。
「ゥゥッ……。ェェッ…………」
息が……出来ない……。ミゾオチに……ヘビー級の全力ストレートを叩き込まれた気分……。
「ガハッ! ゲボッ! ゲホッ! ゴホッ! ハァ……。ハァ……」
この早さ……。呪術で身体強化まで施してる……。命を縮める気か?
「さすがに立てないようですね」
池田は勝ち誇ったように、ゆっくりと歩いてくる。
「青子さん。名残惜しいですが、これでお別れです」
「嘘つけ……。とても……うれしそうな顔だぞ……」
「いいですね。その恨めしそうに見上げる顔。俺“S”なんで好きな子をいじめたくなるんですよ。そうそう、青子さんみたいな人好きですよ。どうですか? 封地なんか辞めてエレメンタルリバティに転職されては?」
「ゴホッ……。それは良い提案……ありがとう……。だけどお断りするわ。私、あんたの顔は嫌いじゃないけど、性格がどうも……ね。それにお酒が一緒に飲める相手じゃないと……。あんた……まだ未成年だから……」
もうちょっと、もうちょっとで立て直せる……。そうすれば私も身体強化の術を使って……。だから会話を繋いで時間を稼がないと……。
「残念です。僕も貴女みたいなババァ。こちらから願い下げです」
「はっ……! 火遊びはとっとと止めて……おとなしく家に帰んな……。その力は、あんたみたいなガキが、使いこなせるもんじゃないのよ……。あんたも……所詮……ただ騒ぎたいだけの……バカの一人に……過ぎないのよ……」
「何だと!」
池田は激怒し、ひと一人収まるほどの巨大な霊力弾を作り上げた。
「減らず口もそこまでだ! どうせ時間稼ぎのつもりだろうけど、もう終わりだババァ!」
池田は言葉とともにその塊を放ち、私は抵抗する術もなく深い闇の中へ取り込まれていった。
――*――
「…………」
「終わった……のか……。ははっ……やった。やったぞ! 俺が封地を一人倒したんだ!
でも惜しかったなぁ。もう少しあの屈辱にまみれた顔を眺めたかったんだけど。あの女いっつも上から目線で鬱陶しかったんだよ。顔は良いけど絶対上司にしたくないな!」
「だけど、これで我々の悲願に一歩近づいたぞ! 俺もこの功績を称えられ、東京本部に呼んでもらって……」
「これで月9ドラマの様なオフィスラブが出来るよねー。ホント良かったねー」
「そうなんだよ! 変わり映えの無い田舎生活に飽き飽きしてたんだ! 毎日ジジババの愚痴を聞いてばっかでさぁ。やっぱり男なら一度は都会を経験しないと! そして一流企業のOL達と合コン三昧……」
「えー? 田舎暮らしも悪くないと思うんだけどなぁ。それに田舎の子も悪くないよ?」
「田舎の奴らなんて野暮ったくてダメだって。やっぱり都会の洗練された女性の方が……」
「なーんかガッカリ。池田ってしっかりしてて、見どころあると思ったんだけどなぁ」
「そんなの勝手な幻想……って! えっ! なんで!」
「まぁ……ひとえに社会人としての経験の差ってやつ?」
私は、驚く池田をよそに、茅の輪をくぐるように霊力の塊から悠然と抜け出した。
「ああぁ……。そんなっ……。なんで!」
「さぁて。大海を知らない蛙に、社会の荒波の厳しさってものを教えてあげないと……」
蛇に睨まれたカエルのように池田はパニクっている。
「じゃあ……」
「封殺なさい!」
私の周囲に霊気が集まる。それ以外の力も。
「なっ! このぉ!」
と、霊力をマシンガンのように撃ち出す池田。しかし――
「バーリアッ!」
そのすべてが見えない障壁によってポコ、ポコッ。と軽い音を立てて阻まれた。
「なっ、なんで!? それにその力……。髪の色も蒼く……」
池田が驚くのも無理はない。私は今、神域の力を取りこんでいるのだ。
「こっ、このお! これならどうだ!」
池田が再度、巨大な霊力の塊を放つ。
「ちょいちょいちょーいっと!」
トンボの目を回すように、指先でグルグルと霊力弾をいなす。すると弾は見る見る小さくなり、やがて跡形もなく消滅した。
「はい、霊能アクションは終わり。神域をフィールドに選んだ時点であんたの負け、確定!」
私が手を上げると霊気が噴水のように湧きあがる。そしてその力は、私の手の動き一つでオーケストラを操るように自在に動く。
「天の七曜九曜二十八宿を清め、地の神三十六神を清め、家内三寶大荒神を清め、其の身其の體の穢れを、祓い給え清め給え!」
「天地一切清浄祓!」
池田目がけて腕を振り下ろすと、霊気の流れは池田に向かい滝のように襲いかかった。
「あっ! やめっ、わあああぁぁぁっ!」
池田に纏わりついていた瘴気が高圧洗浄機で洗い流されたかのように、きれいサッパリ消滅した。
「あああぁぁぁ……あれっ? 何ともない……。ははっ、なるほど……ハッタリかぁ。驚いて損した。おい、いい気になるなよオバさん!」
「『いい気になるなよ』はこっちのセリフだ。あんた、“力”残ってんの?」
「ふん、何を……僕には【貴き者】を取り込んだ力が。あれ? 力が、力が出ない……? ああぁっ! 俺に宿った力が……力がぁ!」
どうやら気付いたようだ。
「そうだ、逆五芒星のペンダント……あれ? 反応しない……。おい、どうなってんだオイ!」
とペンダントにすがるが、もはや霊装として機能していない。
「おい! どうなってんだ、お……い。あ……れ……?」
人体の霊脈を断ち切ったから、もう霊感すら機能していないだろう。そして――
「生気を根こそぎ奪ったから、強い疲労感で一週間はロクに動けないわよ。それに生気が完全に回復するまで一年は掛かるわ。それまではずっと虚弱体質。普通に生活するのも地獄なほどね……」
まぁ、瘴気だけを取り除くのは無理なんです……私でも。いわゆる放射線治療みたいなもんだから。一年間しっかり反省しろってことだ。ホント大岡越前張りの寛大な処置だよな私。女神みたい。
「あっ……あんた、本当に一体……何者なんだ?」
「うーん? キレイなお姉さん?」
「最後の……最後まで……フザけ……」
言い終える前に意識が消えた池田。
「…………」
「さよなら……。もうこっちの世界に足を突っ込んじゃダメよ……」
深い眠りについた池田の頬を軽く撫で、私は救急車を手配した。




