―調査10日目― 中編:アホウが叫びたがってるんだ。(鬱陶しい……)
そう。この事件の黒幕は、池田だった。
「ねぇ、なんでこんな騒動を起こしたの?」
「なんでもなにも、僕はこの土地を憂いて、ひいては日本のためを思って行動しただけですが?」
キョトンとした表情で、さも当然のように答える池田。動揺を感じさせない声色とまっすぐな瞳。
そうか、コイツの正体は……。
「あんた……地枯衆ね?」
「本当に封地の方々は地枯衆で呼ぶのが好きですね。現状維持派の貴女方にとっては、その方がなじみ深いんでしょうがね……。そんな古臭い名前、もう使ってませんよ。
今は【霊道解放戦線】と呼んでいるのです。精霊の解放および常世と幽世の境界線を取り除くことによって、すべての人類に混沌をもたらす。まさしく我々の活動内容にふさわしい名です! あぁ、スバらしい……」
両手を大きく広げ、空を仰ぐ池田。その演技めいた振る舞いと自己陶酔に浸っているようなセリフは、私を失望させた。
地枯衆――コイツらは自分たちのことを、エレメンタル……なんとか? と言っているが、実際はただの抗議者団体であると私は認識している。
いや、実力行使も厭わないから、過激な活動家集団(○ELDSや○ーシェパードの様な)と言った方がしっくりくるか……。
正確な規模や活動拠点は不明だが、大学教授や名のある学者、大企業の幹部や有名人も、この団体に所属していると聞いたことがある。
いろいろと噂だけが先行しすぎて、正体は掴み切れていないが、一つだけはっきりしているものがある。
それは、封地にとって地枯衆は天敵であるということだ。
彼らは陰陽のバランスを意図的に崩す。今回の九ツ釜の件のように……。
「もしかして封地を市に紹介したのも、裏で暗躍していたのも……」
「そうです、俺です。一市民として市役所に詳しく電話でお教えしたのですよ。もちろん匿名ですが。
それにもともと、あの蛇塚を九ツ釜に落とす作戦を考えついたのは僕なんですよ。そのために地質学者を呼んだんです。もちろん彼も我々の仲間です。未だに田舎の人は権威のある人の言うことは無条件に従うところがありますからね。
身近にあんなに出来の良い依代はなかなかありませんので掘り出し物でしたよ。
しかし、やはり日光は負の力にとって大敵ですね。途端に力が削がれてしまう。それに地元の漁師たちが祀っていたのもダメですね。菅原道真の如く、祀られると祟りの力が浄化されてしまう。せっかくの人間に対する反発力が弱まってしまいます。だから海底深く、誰からも祀られないようにと計画したんですよ」
「あの穢れの集合体も?」
「そうです。依代が攻撃されたとき発動するように、黒い大蛇もトラップとして地質学者が準備していたんですよ。まさかあそこまで巨大なものになるとは想定外でしたが……」
コイツ、野球部じゃなくて演劇部だったんじゃないのか? と思うほど大げさな身振り手振りで喜怒哀楽を表現しながら私に伝えた。
ただ私は「ぼくのかんがえた、かんぜんはんざい」のような稚拙さと詰めの甘さを感じていた。あんな穢れの集合体に成長すれば、地質学者もきっと手に負えないと思うのだが……。
「人々は、畏怖の対象と時には恐れ、時には敬い付き合ってきたのよ。自然との調和も然り……ね。それを無理やり崩すなんて……」
「何が『自然との調和』ですか。今や日本にそんな面影どこにも無いじゃないですか。我々のような“視える”人々はバカにされ、自然や動物たちは虐げられ、見世物にされ、精霊達は力を無くす。
【霊道解放戦線】は、そんな現状を愁い行動しているのに、それを国家(封地)はいつも邪魔する。環境破壊を食い止めるのは、本来あなた方の役目でしょう!」
「さぁね。私はしがない公務員ですもの。上の命令に従っているだけよ。それに、時代の趨勢までを止めることは出来ないわ」
私は池田の熱い主張を軽く受け流したが、彼の意見は限りなく正しい……が「じゃあ、お前が使っている車や携帯は誰が作り出したのか? なぜ今日明日と衣食住に苦労せずにいられるのか?」と問いただすと、彼はきっと答えに窮するだろう。
人の都合とはそういうものなのだ。便利さには勝てず、今の生活を捨てることは出来ない。
池田(お前)も、私も、それは一緒だ。
「若い……」
思わずこぼれた一言。
「若い? 老いも若いも関係ないでしょう! だけど貴女も同様な境遇のはずなのに、なぜ国家に使役される方を望むんです?」
「さぁ? 自堕落に生きるため、かな?」
「とぼけたことを。まぁいいです。ここで封地を一人始末すれば我々の活動がやりやすくなる!」
「殺すの? 私を……」
「もし殺したとして、この事件が我々の仕業だとバレると、ただの狂信者集団として世間に認知されてしまいます。それは危険すぎます。だから貴女を“神隠し”します」
「『肉体ごと幽世に幽閉する』ってワケ? で表向きには行方不明だと……」
「そうです。幽世でじっくりと見物してください。我々が世の中を変えていくサマを。
常世や幽世という概念も消え、真の自由な生と死を得られますよ。そして世界の変革が終われば貴女もいずれ戻れますよ。まぁ、でもその時は、貴女もヒトという身体や定義に縛られないでしょうが」
「ホントーに世迷言を言うのスキよね、アンタら。ホントに私を隠せると思ってんの? キミが一回経験すればいいよ神隠し。人生変わるよ?」
「やれやれ、自分が危機に瀕している自覚あります? 僕は神の使いを屠った人間ですよ? どこから出てくるんですかね、その上から目線と自信は」
「いや、私、神隠し経験者だし。“経験者は語る”んだよ。これ、港で言ってなかったっけ?」
「貴女こそ世迷言を。神隠しは一度遭ったが最後、常世に抜け出すなんて絶対に出来ないんですよ!」
「はぁ、わかった。じゃあ一個質問なんだけど、世界を変えてあんた自身は救われんの?」
「無論です!」
即答で断言か……。あぁそうだ、コイツら本当に上位から末端までバカの集まりなんだ。世界を変革すれば自分も変われると本気で信じている。
ほとんどのメンバーは、ただ騒ぐだけの有象無象のお祭り集団なんだけど、中にはこうやって計画的に実行に移す奴がいるから厄介なんだよなぁ。
今回はどうやら行動に移せてしまう“当たり”を引いてしまったらしい。
「私、峰岸さんが黒幕だと考えていたわ。出世欲に目がくらんだとか言う理由で」
「えぇ、自分もあの人を黒幕にしたかったのですが……」
池田は悪びれる様子もなく、ニタニタとした表情で語りだした。
「あの課長、青子さんが市長を怒らせてから、すぐに市長を説き伏せて緊急的に予算を確保するため行動を始めたんですよ。僕は焦りました。もしかすると計画がパァーになるのではないかと。だからこう言ったんですよ。『あのプロジェクトは市長の命令で課長が責任者として進めたんですよね? 実はプロジェクトの書類、見ちゃったんです。無茶苦茶な計画だったんですね。あれが明るみになれば……』って。
だから強制的に一週間のお休みを取っていただきましたよ。最近お疲れ気味でしたからね。まぁ僕のせいなんですが。だから海外にでも行って羽を伸ばしたらどうですか? と提案したんですよ」
自分がいかに用意周到かを自慢するようにベラベラとまぁ。劇場型犯罪者タイプだな。
「しかし、僕の計画を派手にぶち壊しただけでなく、あそこまで盛り上げて、住民に【封地】の重要性を演出するなんて。アカデミー賞級の映画監督になれますよ」
「盛り上げた? 演出? 何言ってるのかよくわからないけど……。キミ、この土地のこと好きなんでしょ。あの定食屋もあんたの大切な思い出なんでしょ? 涙ぐんで語ってたじゃん」
「好きですよ。だけど同じぐらい嫌いなものが、ここにあるんです。それは――」
「それは?」
「イカです。ニュルっとした独特の食感にあの生臭さ……もう嫌で嫌で。あの定食屋は、唯一イカを出さないんで重宝してたんです。
大将が偏屈な人で“名物”は出さないって主義らしいんですよ。それで鮮魚ばっかりに執着するから、黒虚精霊に侵された活きの悪い魚しか出せなくなって寝込むんですよ」
「へっ? “名物”を出さないから重宝? さっきから、なに言ってんの?」
「えっ? あれだけのこと解決したんだから、てっきり最初から知ってたもんだと……。貴女、イカ刺しは食べたんでしょうけど、それは――それ“だけ”は美味しかったしょ?」
「えぇ、朝から晩までイカ三昧だったけど……。あっ! そうか! イカソーメンとかイカの活造りばっかり出ていた理由って!」
イカ漁船用のライトーー
これによってイカは黒虚精霊から浄化されたのか! 何も難しい調査をせずともイカは問題も回答も持っていたのね。
私の苦労っていったい……。
「もしかしてその顔は、本当に台風が来た時にあの計画を思いついたんですか!? それに竜骨を使って機転を利かせたのも……。はぁ……」
池田は、ガクッとうな垂れ、意気消沈したようであった。わたし、何も言ってないんだけど。
「やれやれ、僕の壮大な計画が、貴女のように行き当たりばったりの人に破られるなんて……。封地が盛大に失敗する姿を見るためだけに、命掛けで竜骨を持ってきたと言うのに……」
池田は“ギロッ”と私を睨んだ。
「話は終わりです。さぁ黄泉路への橋渡しをしますので、どうぞお通りください。帰りの道はありませんが!」




