―調査9日目― 後編:嵐のヒーロー
私たちの船団は、まだ光を照射し続けていた。
「海面の奴らはほとんど居なくなったぞ。まだ続けるのかネェちゃん? 沖に出てもう一時間は経つぞ。こんな嵐の中、船の姿勢保つだけで精一杯なのに、まだ続けるのかい!?」
私は返答に困った。
海面上の黒虚精霊はあらかた居なくなったが、海中を見るとまだワンサカと存在していた。光によって減らした黒虚精霊の数と、黒虚精霊が増殖するスピードがほぼ拮抗していたのだ。やはり発生源たる依代の岩盤に光が当たらないと、増殖は止められないのか……。
「もう少し……もう少しだけ粘って!」
そうは言ってみるものの、黒虚精霊達の厚い層に阻まれて、依代の岩盤に光が届かない。このままではジリ貧だ。
「おい、やべぇぞ! なんか九ツ釜が変だ!」
「なに? どうしたの!」
漁師達が目を向けた方向に私も視線を向けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「こっ、これは……」
依代の岩盤を中心に、九ツ釜の洞穴一つひとつが黒いラインで繋がったかのように、黒虚精霊たちが集まってきたのだ。
「あぁ……。なんてこと……」
もともと九ツ釜のそれぞれの洞穴には黒虚精霊が存在していた。しかし台風によって、木の根っこのように黒虚精霊同士のパスが繋がってしまったのだ。これでは黒虚精霊が無限に供給される!
私は船縁にもたれかかりへたり込んでしまった。
どうりで状況が好転しないわけだ……。奴らは、自分たちの仲間が減った補填として、別の箇所から同胞を取り込んでいたのだ。
「万事休す……」
私は絶望の淵に立たされていた。
――*――
「あーおーこーさーん!」
光明が見えず思考も停止しかけていたところ、池田の声が嵐の中、かすかに聞こえた。
こちらに一隻の船が近づいてくる。船の輪郭がハッキリ見えてくると、一本の細長い棒のようなものをクレーンで積みこんでいたことも分かった。
あいつ、しっかりお使い出来てるじゃん。
「こっちよ!」
「持ってきましたよ竜骨! 『俺もこの町を守るために行動したんだ』って、あなたに文句言ってやりたい一心で必死に皆さんの協力を得ましたよ!」
「そう、ありがとう……」
「浮かない顔ですね?」
「そうなの……。今、危機的状況ってやつなの……」
「なるほど……。それで解決策は?」
「現在、鋭意検討中」
「そうですか……。で、この竜骨はどうすればいいですか? 船工場の社長から聞きましたが、いわくつきなモノらしいじゃないですか。これ。もしかして、この海に沈めて墓標でも立てるつもりだったんですか?」
墓標? まぁ、すべて終わった後、鎮魂の念仏でも唱えようかな。とは思っていたが……。
うん?
そうか!
墓標と言う発想か!
「池田君! ナイスアイデア! あなたホント天才! お礼に今度二人で飲みに行きましょう! ボディタッチも一回までなら許す!」
「えっ――! ほっ、ホントに……?」
「急に黙らない! 中坊か! それより、その竜骨を私が指示するところまで持ってきてほしいの!」
「あっ、あぁ……。はい! わかりました!」
私の船を岩の中心へ移動させ、そこに竜骨を載せた船を誘導した。
「ここよっ! ここにそれを入れてちょうだい!」
「えぇっ! ホントに!? 冗談のつもりだったんだけど……。それ海洋投棄じゃないですか!」
「必要なことなの!」
「それでもダメですよ!」
「船はいつも、どこに居る?」
「えっ、海ですが」
「そうよっ。船のパーツである竜骨を海に入れるのは捨てることじゃない。あるべき場所に戻すだけよ! それに、この骨がやがてこの町を守る骨格になるなら、誰も文句は言わない!」
「オイオイ嬢ちゃん、無茶苦茶や……」
池田とともに乗船していた船工場の社長も少し呆れ気味に、私の言葉に反論した。
「そうですよ。やっぱり無茶ですよ!」
「わかってるけど、お願い! そういった法律の縛りとかやっちゃいけないこととか手続きが必要なことは重々承知している! でも、それに縛られて本当に大事なものを無くしちゃダメなの! 絶対ダメなの! だから!」
「青子さん……」
「嬢ちゃん……」
「おめぇら腹括れよ。女にここまで深々と頭下げられて、俺たちが何もしないなんて……。俺は嫌だぜ。やらねぇなら代わってくれ」
「……やるよ。嬢ちゃんの頼みだからね」
「社長さん……僕も手伝います! ここまで来てとんぼ返りじゃあ、それこそ無駄骨ですよ!」
「ありがとう……」
二人の協力を得て、竜骨の投入準備に取り掛かった。
――*――
「それじゃあ、お願い!」
「よし来た!」
竜骨の片側先端だけをロープで結び、クレーンで竜骨をゆっくりと海へ沈めた。
「おおぉっ!」
「みんな竜骨と反対側に向かって! バランス保って!」
反動で船が傾き皆の声が上がる。私は【人間カウンターウェイト】でバランスを取りつつ、注意深く竜骨を観察していた。
「ミチッ! ミチッ!」とワイヤーが苦しそうな音を出しながら、全長10mほどの鉄棒は、ゆっくりと水底に滑りこむように沈んでいく。
私は、竜骨が海面から3mほど顔を出した状態になった時、停止を指示した。
「その状態を維持して!」
海から突き出たアンテナのような竜骨に、私は手を触れ目を閉じた。
肺に残っている空気を吐き出し、また口から空気を大量に吸い込む。
そして!
「此の九つの釜の地内のよきところを祓い清め、
神籬立て招ぎ奉り坐せ奉る産土の大神、
大地主大神等の大前に恐み恐みも白さく、
此度、封地賜る一ノ宮青子、
此の所に清く麗しく、
今日の行く日の足る日の豊栄昇に、地鎮奉らむとす。
我、封地を始め、関係ふ人等大前に参集はり侍りて、
平らけく安らけく聞し召して、
沖つ波、辺つ波に雨風、立つ波の騒ぎ荒れることなく、
諸々に不意き過ち・罪・穢有らしめ給はず
夜の守り・日の守りに守り幸へ給へと恐み恐みも申し上げる!」
と、一気に地鎮の祝詞を読み上げた。
2~3分の後、棒は強く熱を帯びはじめ、水しぶきを呼び起こし、私の髪を勢いよく風が逆立て、青白く周囲を照らした。
「なっ、何したんだ、ねぇちゃん!」
「祝詞を竜骨に直接送り込んだの。それより警戒して! 竜骨を伝って祝詞が海中に届いたわよ。きっと岩にも届いたはず。そうすれば黒虚精霊は一気に数を減らす。奴らによって波の影響を受けなかったこの一帯に一気に波が流れこみ、大渦が発生する。舵を取られたら一環のおしまいよ!」
私の言葉通り、竜骨を中心に渦が徐々に広がりだした。
「みんな、退避ぃぃ!」
蜘蛛の子を散らすように、一斉に海域から離れる漁船達。
何とか全員、渦に巻き込まれずに済んだと一息つきたかった――が、
「うわぁぁぁっ!」
突然、漁師達の悲鳴が上がった。
何事かとその方向を見ると、
「なっ、巨大な……ヘビ?」
突如、渦の中心にとぐろを巻いた全長20mはあろうかというほどの半透明の巨大なヘビが現れた。
しかし、注意深く目を凝らして観察すると、それは無数の黒虚精霊がうろこのように重なりあったいわば“穢れの集合体”であった。
「あの岩って蛇塚だった。つまり、これが最後の悪あがきってやつか!」
黒虚精霊の形状は、元となった生物の想念がバイアスされやすい。
「みんな逃げてー! あの蛇に捕まると、海に引きずり込まれるわよ!」
黒い蛇は、最初は冬眠から目覚めたかのようにノロノロと動いていたが、漁船を見つけると獲物を見定めたかのように、俊敏に動き出した。
「わぁあああ! たっ、助けてくれぇ!」
「くっ、天の絃、地の絃もって制す。精霊よ! 汝が汝たるべきを想起したまえ!」
――ガッッ! と金縛りにあったかのように、黒い蛇は動きを止めた。しかし、私の負荷も相当なもので、体中の力が吸い取られていった。
(何とか、何とかしないと……。大局を動かす一手を……)
私は頭をフル回転させ考えた。が、この穢れを抑えることに意識が持っていかれるだけで精いっぱいだ。それこそ、こんな時にウナギを食べれば精が付くのに!
(しかし、ウナギ最近食べてないなぁ。子供の頃、電気ウナギが全然電気を出さないことに不満たらたらだったなぁ)
不思議なもので、人間はこういう切羽詰まったときほど、関係ないことをのんきに思い出す。一種の現実逃避だ。
イヤ、いかん! 現状打破の方法を……。あれっ? 電気ウナギ?
電気。ビリビリ。雷。避雷針……。
そうか、雷っ! 光の象徴である雷を使えば!
『当てる力を一度だけ授けましょう』
宝当神社の野上様!
あの時の約束、果たしてもらうわよ。
「来たれ! 雷光招来!」
私は号令をかけると空がゴロゴロと鳴りだし、雲と雲の隙間から雷がくすぶるように光り出した。
「海を荒らす穢れを祓へ給え!」
ドガァッ! ドガァ! バァァン!
すさまじい豪音!
同時にまばゆいばかりの光が黒い蛇を直撃した!
海面を雷光がツリーネットワークのように広がる。
黒い蛇は光を帯び、のたうち回っていたが、やがて黒焦げになった姿を晒し風化した壁のように、ボロボロと崩れ出し光の粒子となっていく。
海面全体が光の粒子で溢れ、一つ・二つ・とゆっくり空に向かい、やがて粒子はその量を徐々に増やしていき空に戻る。
「きれい……」
魂が天に帰っていくようだと、私は思った。漁師達はこの光景に少しばかりの声を漏らすだけであった。
雨はいつの間にか止み、風もその勢いを弱めていた。波はまだ高かったが、嵐の時のように船が転覆しそうなほど揺れはしなかった。
「終わった……」
海中を確認すると岩も破壊されていた。あの雷は黒い蛇と竜骨に直撃し、依代の岩盤をも粉々にしたようだ。
――*――
帰路は、淡々としたものであった。極度な緊張と集中による疲労のせいか、皆黙りこんでいた。あのおっちゃんでさえも言葉を発さなかったぐらいだ。
ただ、私が船から下りるとき、ボソッとこう言った。
「あんがとな……。一ノ宮青子さん」




