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―調査9日目― 前編:嵐のスガオ

―9日目―

「うわぁ、すごい風!」


 昨日のニュース通り、台風が佐賀県に到来したようだ。

窓を開けると刺すような雨粒に顔を打たれ、冷たさと痛みでスッカリ目が覚めた。


「外出はやめたほうが良いかな、さすがに……」


「えぇ、そうですね。ほら起きてください」


 女将さんがズカズカと私の部屋に入り込んできた。

 最初の2・3日はノックしてくれたのに、私のあまりな部屋の散らかしっぷりに呆れたのか、もしくは私の扱いに慣れたものと思われる。きっと私を客と見ていないに違いない。


「朝食の用意が済みましたので、食堂に来て下さい。あと毎日言ってますけど、部屋の鍵を掛けてくださいね。何が起こるかわからない世の中ですので。それと……下着、見えてますよ。もっと恥じらいを持ってください」


「はい……用心します……」


 うぅっ……。このように内外に敵が多いのだ……。


 ――*――


「やったぁ。今日はイカじゃない! しかも目玉焼き! 女将さん! ケチャップ!」


「えっ? あぁ、はい……。ところで青子さん、目玉焼きにケチャップ。掛けるんですか?」


「何か問題でも?」


「……いえ、あまり掛けすぎないように」


「はぁーい」


 世の中には、目玉焼きにソースや醤油を掛ける人が大半のようだ。中には塩だけの人や、タバスコやジャムを掛ける強者まで居るらしいが信じられん。

 目玉焼きにはケチャップ! これぞ正義の味!

 目玉焼きで思い出したが、知り合いの姉妹で、片やソース、片や醤油、と好みが違うため、「目玉焼きに何を掛けるか?」で家庭崩壊するほどの喧嘩に発展する。と、姉妹の兄貴がボヤいていたな……。

 ケチャップにすれば万事収まるのに、嘆かわしい限りだ。



「ごちそうさまでした!」


「はい。お粗末さまでした。コーヒーかお茶は、いかがですか?」


「じゃあコーヒー下さい。それにしてもまだ通過しないんですね、台風」


「そうなんです。九州に上陸した途端、速度が停滞したらしくって……。

 昼に佐賀県に上陸して夕方には台風も通過して雨も止むと言っていますので、外出はくれぐれもお止めくださいね。昨日はあたしの忠告を守らず“酷い目”に遭って帰ってきたみたいですし」


「はい……すみません……」




 女将さんにくぎを刺されて、しょぼんと部屋に戻ると、置き忘れていた携帯電話の着信ランプがチカチカ点灯していることに気が付いた。

 

「げっ、瀬戸さん……」


 おおぅ。よりによって……。しかも3回も……。

 何の用だろうと、恐る恐る電話を掛け直した。


『はい、瀬戸です』


「よかったぁ。カズが先に出てきて……」


『なんだ青子かよ。どうしたんだよお前。仕事中は基本的に【なしのつぶて】だろ』


「そっちから電話したのよ」


『あぁ、ばぁちゃんが掛けたのか……。ちょっと待ってろ、呼ぶから』


「いや、いいです! 呼ばないで……下さい……」


『じゃあ、なんで掛け直したんだよ?』


「掛け直さないと殺されるのよぉ……。社会的にぃ……」


『じゃあ、呼ばないといけないだろ』


「そんなことわかってるわよぉ……。カズぅ、あんた私の代わりに用件聞いといて……。ついでに叱られておいて……」


『はぁ? 何言ってんだ?』


「私にもわからない。ただただ憂鬱なのよぉ。あぁ、ヤダヤダ」


『支離滅裂だなお前。大丈夫か?』


「あぁ、もう! そうよ、それもこれもカズのせいじゃない! あんなジョーカーしか入ってないババ抜きをやらせやがって。これは罰ゲームか!」


『逆切れすんじゃねぇよ! お前の部屋を毎回掃除させられる俺の方が、よっぽど罰ゲームだ!』


「……」


「……うるせー……」


『お前うるせーって言ったな!? オーイ、ばぁちゃーん、青子から電話ぁー』


「あっ、この卑怯者! それでも男か!」


『あのなぁ。そもそも、お前が一週間経ってもばぁちゃんに連絡の一つ寄こさないから心配したんだろーが。お前んところに台風直撃して――あっ、ばぁちゃん。うん、そう。青子。あいつ電話変わるの嫌がってるみたいだけど?』


(げぇ、あいつ何言ってんの!?)


『青子! 何だいあんたって子は! あたしが電話してから、どれだけ経ったと思ってんだい!』


「いや、一時間ちょっとですが……」


『口答えすんじゃない! 師匠からの電話はすぐに取る! 鉄則だよ!』


「スミマセンデシタ。それで用件は何ですか?」


『用件……。そっ、そう、そんなの決まってるだろ。仕事だよ。仕事はどうなっているんだい?』


『ばぁちゃん、本当は青子のこと心配してただけだろ?』


『うっ、うるさいよっ!』


 受話器越しに、瀬戸さんとカズの掛け合いが聞こえる。どうやら大した用じゃないな、これは。


『で、そっち(仕事)はどうなんだい?』

「それじゃあ簡潔に報告します――九つ釜の異変は、どうやら沿岸に原因がありそうだったため海底調査をしたところ、長さ20m×横5m×高さ2mほどの黒虚精霊が依代にしそうな巨大な1枚岩を発見しました。

 場所は、九つ釜の沖合約100mで海底10mに設置されていました。この岩自体が穢れの元みたいです。ただ場所が最大の障害で、どうやって浄化・破壊をするかまだ検討中ですが……。

 現在も黒虚精霊は増加中で、一刻も争う状況です。あと3か月ほどで黒虚精霊の被害は町全体に広がり土地の陰陽が反転する。と言うのが私の所見です」


『それは早く手を打たないとねぇ。行政は何してんだい?』


「市にも協力を仰ぎましたが、反応はかんばしくありません」


『そうかい、それじゃあ私からもちょっと掛け合うかね』

 あれっ? 瀬戸さんが優しい。天変地異の前触れか? いつもこんなに優しいと私は楽なのに……。


『――って青子! 今なんて言った!?』

と、急に語気を強め私に迫った。(心の中で)ホメると、すぐこれだ。


『“黒虚精霊”と言ったかい!?』


「はい。ミミズが大量にウネウネしているみたいでグロテスクです。瀬戸さんもいかがです?」


『バカなこと言ってんじゃないよ! 九州そっちは、昨日・今日と台風が上陸しているだろ』


「そうですよ。おかげで漁師の手伝いさせられて、散々だったんですから」


『何、悠長なこと言ってんだい! アンタの苦労はいつも自業自得だからいいんだよ! そんな話がしたいんじゃないよ、このバカタレ!』

 

 なんて上司だ。こんなにも【働き者】の私を罵るなんて。一日3時間ぐらいは働いてるんだぞ!

 それにしても瀬戸さん怒ってる? 頭に血が上るような発言したっけ……。まぁ、瀬戸さんに師事してからというもの。叱られるようなことしかしていない自覚はある! と堂々と言えるが。

 だが、それでも国家権力という理不尽には断固抗う必要がある!


「瀬戸さん、そうやって理不尽に怒って、前途有望な若者を潰しちゃだめですよ? 老人はそうやって、すぐ権威を振りかざすんだからぁ」


『あぁもう、この馬鹿弟子! 昔教えたはずだよ! 台風は“奴”が大量繁殖する唯一の例外だ。って!』


「あっ……」


そうだった……。

 

 黒虚精霊は、現れては消滅して、消滅しては現れ。を繰り返す虚無な存在。増殖し続けることは今回のように依代に集まるなどの特殊なこと以外、ほぼあり得ないが、台風は自然条件で唯一の例外だった。

 天候不順により日の光が弱くなっている時に、強い風が吹くことによって波が荒れ、沈殿した泥が透明な水と混ざり合うかのように、海全体に薄く広く染まっていくことによって海全体が黒くなる。

 海面上に現れた黒虚精霊が日傘となって日光を遮り、海底の黒虚精霊を活性化させ、自己増殖する。増殖した黒虚精霊は海面上に浮上し、また、それが日除けになり海底の黒虚精霊を活性化……という悪循環となり加速度的に増加してしまう。

 だけど普通は台風一過による晴天に照らされるおかげで、ほぼ消滅するのだが……。

 

 今回のように、現世にまで影響を及ぼす力を持つにまで至った黒虚精霊の群れだと、近隣一帯の海を覆い尽くしてしまう。そうなるとアウトだ! 依代の岩を壊しても、もう手遅れだ。

 

『どうやら、忘れていたみたいだね。青子、戻ってきたら覚悟しておきな』


「イヤ、ワスレテ、ナンカ、イナイ、デスヨ……」


『ホントかい? 正直に言ってみな!』


「どどどっ、どうしましょー瀬戸さん!? 完全に頭から抜けてたー!」


『やっぱりかい! いつまでたっても青二才なんだから……。いつまでもあんたの面倒を見ていられるほど、あたしも若くないんだよ! しっかりしな!」


 なんだかんだで、結局怒られる始末だ。いや、今回は私が悪いが……。


『話は戻るけど、何とか黒虚精霊の発生源を叩くことは出来ないのかい? 

 依代の岩を破壊して住処を無くすか。

 岩に強い光を浴びせて黒虚精霊を徹底的に消滅させるか。

 選択肢は2つしかないよ!』


「うぅっ、考えてみます」


『イカばっかり食べてないで、早く行動しな!』


活を入れられて、ガチャンと電話を切られた。


それにしても、瀬戸さんもひどい言い草だ。私だってイカばかり食べてたわけでは――イカ? イカ……イカ……あっ!


「そうよ! イカよ! どうして思いつかなかったの今まで!」


――*――


 私は早速、漁業組合に出向き、受付で担当者を待っていたところ、いつもの黒光りセクハラおっちゃん船長が、なぜか漁業組合の応接用のソファーにふんぞり返って坐っていた。おっちゃんも私に気付いたようだった。


「おっ、ネェちゃんじゃねぇか! どうしたんだ? こんなところ来て」


「ほんと、どこにでも居るわね……」


「ここっちは、オレの庭みたいなもんだからよ! まぁ、座れや。話聞くからよ!」


「うん。そうしたいんだけど、すぐにやらなくちゃいけないことがあるの」


「ほぉー。なんだ? オッチャンに言ってみな? なぁに遠慮するな。ここの奴らは俺の言うことなら何でも聞くからよ! それに、オレとネェちゃんの仲じゃねぇか」


 セクハラ加害者と被害者の仲か? と心の中でツッコんだものの、そんなやり取りをしている暇はない。私は単刀直入に用件を述べた。


「『イカ漁船を大量に貸してくれないか?』だって!?」


「その通りよ。お願い!」


「ダメだ! 台風が直撃するのにその頼みは聞けねぇ。たとえネェちゃんの頼みでも、それは出来ねぇ」


「そこを何とか!」


「……」


「頼みを聞いてくれたら、何でもするから!」


「……」


「肉体労働や頭脳労働から宴会芸まで。何でもするから! 過度なスキンシップもまぁ……許す! だから!」

 

「ネェちゃん……」


「いや、でも触るだけだからね? それ以上は……」


「……なんで、そこまでする?」


「えっ……」


「この土地は、ネェちゃんにとって馴染み深い場所なのか?」


「いえっ? 今回が初めてだけど?」


「じゃあ、たとえ仕事でも、身を投げ打つ(そこまでする)必要はないだろう。ネェちゃんの仕事は、自尊心プライドを売ってでも完遂しなければいけないモノなんか?」


「“自尊心プライド”なんて売れるなら、いくらでも売ってあげる!」


「……」


 私の真剣さが伝わったのか、おっちゃんの顔がいぶかしげな表情から、呆れたような表情に変わった。


「ほんと“アホ”だなネェちゃん。嫌いじゃないけどな! さすが俺の女だ! よしっ、わかった。ネェちゃんの言うことを信じよう。オイッ、今出られる漁師をかき集めるだけ、かき集めろっ!」


「だからおっちゃんの女じゃないって!」


――――


 こうして総勢20隻ほどの即席船団が結成された。

 港に集まった漁師達の姿は、船の明りによってまるで後光が射しているようだった。


 出港前、私は彼らに、現在この町が陥っている状況そして今後起きる最悪の結末を伝えると、半信半疑ながらも、この町で起きた過去の事実と照合すると納得するしかない。といった様子であった。

 ただし、この嵐の中に出港するなんて馬鹿げていると胃う人、私を信じない者も居た。それは当然だ。しかし、そのせいで一時足並みが揃わなくなりそうだった。

 しかし、おっちゃんの「俺は一人でも行く。女にここまでやらせて黙ってちゃあ男が廃る」と言い切る迫力に気圧けおされ、最終的には全員が協力してくれた。

 おっちゃんって、実は漁業組合の会長で、昔は伝説の漁師とまで言われたほどの人らしいのだ。その割には、ただのスケベ親父にしか見えないんだけど。


――*――

 

 朝10時。午前中だと言うのに、まるで夜のように空は黒く、風は強くなる一方で、雨も勢いを増していた。本格的に台風が来たらしい。

 私達も、いざ船出の時であった。


「協力ありがとう。こんな小娘のために、みんなの命預けてくれて……」


「ネェちゃん、それは違うな。これはネェちゃんのためじゃねぇよ」


「えっ?」


「これは俺たち漁師の弔い合戦だ。

 泣く泣く漁業を辞めた奴。

 開発事業に乗せられて全財産を失った奴。

 そして無念を抱えながら死ぬことしか出来なかった奴。

 そいつらすべてのだ。本当にこれで悪い流れに決着ケリがつくんだな!」


「つけるわ絶対! だから私を信じて!」


「よし分かった! お前ら、行くぞー!」


《おぉっー‼》


 勇者たちの雄たけびとともに、船団が嵐を割いて出航した。

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