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―調査8日目― 手ニマメ、私ナミダメ

―8日目―


 私は定例となったイカの食材が一品入っている朝食も済ませ、地デジチューナー付きの旧型テレビから聞こえるニュースキャスターの声を聞き流していた。


『大型で非常に強い勢力の台風9号が、間もなく九州地方へと上陸します。暴風雨や高波に十分警戒し、低い土地の浸水、河川の氾濫への警戒が必要です。また、河川や河口付近には絶対に近づかないでください。鹿児島県枕崎市と中継が繋がっています。矢田やださん、現在の状況は?』


『ハイ、こちら鹿児島県枕崎市です。風が非常に強いです! 横殴りの風と雨に煽られて、時折立っていられなくなるほどです。沿岸部では波も高く、河川も増水しており、非常に危険な状態です。

 あっ、そこの人危ないですよ! 聞いてますか!? おーい! あぶないですよー。ダメだな聞こえてない……ちょっと、行ってきます!』


『ちょっ、ちょっと矢田さん!? 中継は?』


『おーいそこの人―、あぶないですよー。ってキャー、看板飛んできた! いったぁーい。キャー! 波が全身に被ったぁ。もぅヤダー』


『矢田さん? 危ないので戻ってきてください。矢田さ……』


『さいあくぅ、ブラからパンツまでビチョビチョ……、あっ! 日帰りだから、今日替えの下着持ってきてなぁい。どうしよう? むぅー。仕方ないけど一日ぐらいノーパンノーブラで。って、あの人居なぁい! ホント、ヤダー』


『矢田さん、その方すでに海岸から離れていきましたよ。そろそろ仕事してくださぁい。聞いてますかぁー』


『えっ、なに? 音聞こえないですよ、ディレクター。もしかして中継終わったのかなぁ? まぁいいや。今日は指宿の温泉に浸かって帰ろっと。ディレクターお腹すきましたぁ。ご飯行きましょう!』


『おい矢田ぁ! まだ終わってない! ……失礼いたしました。このように沿岸部や河川にはくれぐれも近づかないでください。次のニュースです――』



「この矢田やだってリポーター、すごいブリっ子キャラだよなぁ。狙って演じてんのかなぁ? しかし、すごい風と雨ねぇ」


「青子さんも気を付けてくださいね」


「あっ、お茶すみません。でも佐賀までは来ないでしょう?」


「いーえ。今回は珍しく九州北部にも上陸するみたいで、漁師さん達も大慌てでしたよ。青子さんも外出なさらず、ジッとしといた方がいいですよ。いっつもどこか行ってるんですから。嫁入り前の娘が転んで顔に怪我で負うと大変です」


「あはははは……。その(結婚)予定は特にないんですけどね。私、そんなに外出ばかりしているように見えますか」


「えぇ、それはもう“鉄砲玉”のようです。行ったきり戻ってこない。嫁に行くならその方がいいんですけどねぇ」


「ははははっ……、今日はジッとしてます……」


――*――


「だけど、ジッとしてらんなくて出かけるんだなぁ。これが!」


「ひやかしなら帰ってください」


 女将さんの忠告をありがたく無視しつつ、私は市役所に出向いた。


 なし崩しで私の窓口担当となった池田の部署に近づき、周りに気づかれないように彼とアイコンタクトを交わし、階段の隅に隠れるように設置されている休憩室兼自販機コーナーで密談を行った。


「アイコンタクトで呼び出すなんて、まるで“危ないこと”しているみたいだね」


「何がですか。「ツラかせや!」ぐらいの雰囲気しか出てませんでしたよ。オフィスラブじゃあるまいし。ましてやこんな田舎の役場じゃムードも出ませんし……。そう都会の地上二〇階のオフィスで、街灯でキラキラ輝かしい街を見下ろせる打ち合わせスペースで……」


「あれれぇ、饒舌に語りだしちゃって。もしかして、そういう雰囲気に憧れる性質タチかなぁ?」


「だっだっだっ、誰がそんなことに憧れますか!」


「とか言って、意中の人とそうなることを想像したんじゃないの?」


「そんなことありません!」


「怒ること無いじゃん。わたし関係ないし」


「それは……」


「まぁ冗談は置いといて、例の件について調べておいてくれた?」

 

 私は先日、地域活性化プロジェクトに伴う沿岸開発に関する資料を探すように池田に頼んで置いたのだ。理由は簡単。あの禍々しい石を、海に投じた首謀者を見つけ出したかったからだ。


「はい、調べましたよ。だけど、そんな資料はどこにも見つりませんでしたよ」


「ホントにちゃんと調べた?」


「失礼な! やっぱりバカにしてます? ちゃんと峰岸課長にも聞きましたよ。だけど『あまり覚えてないし、資料もどこに保管したかわからない』って言ってました。課長ならあのプロジェクトに関して、何か知ってると思ったのになぁ……」


「ふーん。峰岸課長って優秀なんだ。くたびれた顔の典型的な中間管理職のおじさんって印象しかなかったんだけど?」


「何を言っているんですか。峰岸課長は【次期市長】ともくされるほど優秀な方ですよ。現市長だって課長のおかげで、何とか市政を保っていられるんですから」 


「へぇ、あの昼行燈ひるあんどんのような人がねぇ。封地の(こういう)仕事をしていると“人は見かけによらない”ってつくづく思うよ」


「ところで一ノ宮さん、仕事の方は順調ですか?」


 池田は私に社交辞令程度に、仕事の進捗を聞いてきた。明らかに興味なさそうであるが、上司への報告のためだろう。


「そっちこそどうなのよ。市長とか県は協力してくれんの?」


 質問に質問で返す悪い大人の私。多分、池田は議論のすり替えに気づかんだろう。


「はい? 何言ってんですか? 一ノ宮さんが独力で解決するんじゃないんですか?」


「えっ? ちょちょちょ、ちょっと待って? えっ、どういうこと?」 


「いや、今回の件は封地の一ノ宮さんが全責任を持って解決するんじゃないんですか? 課長も市長にそう報告していました……」


「ええっ、ちょっと待って! 『もう一度、市長や県にも掛け合ってみる』って峰岸さん言ってたじゃない!」


「はぁ? 課長は僕にそんなこと一言も。せいぜい調査補助の金額として30万円の予算を手配したら、それ以上の予算は使うなと、言ってましたよ」


「なっ!」


言葉が出なかった。


 私は騙されたのである。

 あの「仮面のように張り付いた笑顔」を武器にしている中年親父に。私に対する眼鏡の奥に隠された本当の評価は、言葉や態度とは裏腹に「珍しい資格を持っているだけの小娘」程度にしか思っていなかった。


「あのおっさん……。私を持ち上げるだけ持ち上げて、最後はハメやがった!」


「えっ、“ハメる”って課長といつの間にそんな関係に!」


「違うわよ! なんでそんなところだけ想像力豊かに反応すんのよ! 中坊か!」


「あっ、あぁ。すみません。冗談ですよ冗談。ハハッ」


「バカ言っている場合じゃないわよ。まぁいいわ。この一ノ宮青子をたばかって、タダで済むと思うなよ」


 そっちがそうなら、私も徹底的にやってやる。目には目を。歯には歯をだ!


「池田くん!」


「はい?」


「峰岸課長に会わせて!」


「一週間の休暇中です」


「じゃあ携帯で連絡!」


「海外に行くと言っていたので、繋がりません」


「ぐぬぬっ!」


 くそぅ……こうなることを見越したかのように。


「じゃあ継続調査お願い! 多分あの人は……」


 と池田の肩を抱き、ひそひそ声で話す。


「ちょ、ちょっと……。青子さん顔が近いです」


「こんなこと誰かに聞かれた方が問題よ。調査を続けるけど、彼にとって、人を手玉に取ったり、人の心理状況を見抜くのは手慣れているから……」


「わかった?」


「はひ(い)っ……」


 なぜか全身フラフラになりながら、生気の抜けた返事をする池田であった。頼りない姿に一抹の不安を覚えつつも、原因究明への唯一の突破口である彼に望みを託すしかなかった。


「くれぐれも他言無用ね。お姉さんとの、や・く・そ・く」


――*――


 台風が近づいてきた影響だろうか、風が強くなってきたように感じる。市役所を後にし、強風に乱れる髪を押さえながら漁港沿いを歩いているとあくせく働いている漁師の人たちに遭遇した。

 その中には、あの遊覧船のおっちゃんも居た。


「おいネェちゃん、ちょっと助けてくれや!」


「どうしたのよ?」


「台風に備えて、漁船同士をロープで縛って、岸にしっかり固定してんだよ」


「へぇ……頑張って下さい。じゃっ! また!」


「おーい逃げんなよネェちゃん。『人助けしたい』って顔に書いてあるぜ? おっちゃんにはわかる」


「書いてない。絶対書いてない」


「だから! なっ! 手伝っていこうぜぇ」


 ニタニタした表情のおっちゃんに襟首を掴まれて、無理やり男衆の中に引きずりこまれた。


「やーめーてー。ツーレーサーラーレールー」


 あぁ……女将さんの忠告どおり今日は外出を控えるべきだった。


「ホレ、このロープ引っ張れ!」


 と言われ、綱引き用ロープを一回り小さくした綱を渡された。これなら私でも出来るかなと初めは思ってたんだけど……。


「重い。塩水浸かって重いってこれ。非力な女性にこのロープ引っ張るのなんて無理だって!」


「もっと尻に力入れんだよ!」


「イタッ!」


 と、競走馬のように尻を力いっぱい叩かれた。

 なんで私の周りには、私を“か弱い女性”として扱ってくれる男が少ないんだろう。


「うぅ、ロープで擦りむいて手が痛いよぅ……」


「もっと引っ張れ姉ちゃん! そんなんじゃいつまでたっても終わんねぇぞ!」


「あぁ! 台風なんか来るんじゃなーい!」


――*――


 その後、ヘトヘトになりながら宿に戻った私はすぐ眠りに落ちた。

 うぅ……手マメ痛い……。

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