追いかけっこ
仕事に追われる日々
明後日には大事な仕事のプレゼンが待っている。
だがまだ終わらない。
朝な夕な時間の感覚は奪われ
体力的にも精神的にも限界が見えてきた。
目が霞む。
重い瞼をこすり視点を整えた。
そして目の前にあるモニターの光に視線を向ける。
パレードの行列が見えた
正確には真っ白な窓枠の遥か向こう側に
そこに広がる真っ白な廊下、あるいは部屋、もしかしたら外なのかもしれない
とにかくその真っ白なまばゆい空間で行列は愉快にラッパや太鼓を鳴らし、リズムを取りながら進んでいく
先頭を仕切るのは幼い少女
楽器に合わせてズンチャ、ズンチャと相槌をうつ
なんて可愛らしく愉快なパレードだ
私も混ぜてくれ
窓枠の手前にいた私は、右手を枠の外に伸ばした
すると、一斉に行列に並んでいる異形なモノ達がこちらに振り向く
ニタリと笑う少女
そして私の目が覚める。
私は夢をみていたのか。
先に見えるは、目に突き刺さるまばゆい光を放つモニター。
いつの間に寝たのか。
しかし、あのリズムが耳から離れない。
いつの間にか私もズンチャと口ずさみながら仕事を仕上げる。
それからしばらく、精神的に追い詰められた時に同じ夢を見るようになった。
行列はあいからわず楽しげに過ぎてゆく
愉快だ楽しい
しばらく月日が流れ、少女が少しずつ私に近づいていることに気づく。
そしてまた月日が流れ、ついに彼女が私の元にたどり着いた。
――今日はさよならを言いに来たわ
さよなら?
――この世界が夢だってわかっていると思って話すけど、現実の世界の私はいまベットの上で息を引き取ろうとしているの
死んでしまったら、もう夢も見れないから貴方ともさよならよ
その話に愕然とした。
何故なら現実世界が精神的苦痛な日々で有っても、夢の中で彼女に会える楽しみがあったからだ。
彼女がいるからこそ苦痛な現実世界に耐えられていた。
その楽しみが彼女の死をもって終わってしまう。
それからしばらくして、彼女の夢を見ることはなくなった。
また同じ日々が繰り返される。
朝な夕な働き続け
居もしない夢の中の住人達を忘れてく。
毎日毎日仕事に追われて潰されて。
終電に乗る日、乗り過ごす日。
始発に乗る意味をなくしてまた会社に泊まり込む。
朝な夕な時間の概念を忘れてく。
毎日毎日パソコンに蟻の羅列並べてく
繰り返される同じ日々
止まることはない止まる意味を知らない。
それでも離れない彼女の足踏み
朝な夕な時間を忘れても彼女のことは忘れられない
それでも迫り来る仕事の山
書類に目を通し
文字が躍って列をなす
私の脳髄を端から端へとあの笑い声が撫で回す
ギラギラ光るモニターを睨み続け文字を打つ。
筋肉と骨の間をあの足音が這いずり回る
できた仕事を提出してもまた次の仕事が待っている。
暗闇に溶けこむビル群に目をやる窓の向こう側
あの窓枠の向こう側。
白い窓枠の向こう側
白い空間に私は入ることができなかった
いまなお生きる意味があるのだろうか。
私は彼女に会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい
私は彼女に会いたいのだ
想像の中の夢の中の空想の中の存在しない彼女に
あるいは存在したのか、存在できなかったのか
存在しているのか存在していたのか存在しなかったのか
彼女の言う現実は私の現実かあるいは夢なのか
しかし彼女の行列は確かに夢であったのならば私と同じ夢なのか
ならば彼女は確かに存在してたのか
調べる方法はない
調べる手段もない
そんな余裕はない
私は彼女の存在しえない夢と現実と架空の世界たちに幻滅し、軽蔑し、そして――――
あの窓枠の向こう側へと越えたのだった
私も彼女同様列をなして彼女に会いに行く
足取りは軽く、宙に舞うような気分だ
しかし事実はそんな甘い物ではなかった
私は妄想にふける青年となる。
しかしまた彼女を夢の中に夢見る日を得た。
今度の彼女はシワだらけの老婆であったが構わない。
私は私の意思を彼女に伝える。
――私は君と同じ時代に行きたい君に会いたい
それはきっと無理なことね
私たちはちょうど窓枠を軸に互いに行き来しているみたい
互いが一緒になる日はきっと来ない
――可能性はゼロでは無いのであろう
また私はすぐに死んでしまう
――きっと迎えにいくよ
そして私は学校の屋上から
青空に浮かぶ窓の向こうへと羽ばたいた
しかし、次の私も彼女に会うことはできなかった。
互いに同い年か少し違うぐらい。
また彼女は笑いながら列をなす
私はそこに交わることは無いのか
――また迎えに来てくれる?
ニヤリと笑う彼女の顔
いつでも行こう
そして私たちの奇妙な追いかけっこが始まる
ここでもない、あっちでもない
交わることの無いこっちと向こうそれでも会おうと
口を合わせて言い揃える
いまでも私の脳髄に足音が這いずり回り彼女の元へとせがませる
無理に合わせようとすると離れるような気がした
自然に合わせようと少しずつうまくずらしてく
それから何年何十、何百年
千に万か億兆京那由他不可思議無量大数の年がきた
彼女は美しい若い女性
私は時間の少ない老人
やっとこの日が来たかと私は静かに瞼を下ろした
――生まれたばかりの赤子を抱いて私は静かに瞼を下ろした
いまだに私は彼女の腕どころか髪の先もつかめてはいない。
また私と彼女は同い年ぐらいの子供になった。
まだ繰り返すのだろう。
この窓越しの追いかけっこを。
いつまでも、いつまでも。
――それでもなお懲りずに私は繰り返すのだ
また迎えに来てくれる?
時間を越えて世界を越えて偽りを越えて