彼は自称旅の魔法使い
荒れた田舎道を一台の乗用車が進んでいく。
草木が無造作に生え、道が酷く侵食されている様がこの道の人通りが絶えて久しいことを表していた。
運転しているのはくわえタバコの一人の青年。
服装は田舎には合わない当代の若者のもの、髪は茶色に染められていた。
そして異様な点として首から下げている数珠が誰の目にもつくだろう。
はた目に目的不明の若者は、道の先に現れた一つの廃屋の前で車を停めた。
タバコを灰皿に片付けると外に出て大きく伸びをする。
長らく運転を続けていたのかポキポキと音が鳴る。
若者は助手席のポーチを取ると扉のない廃屋へ入る。
大した大きさでもない建物、正面から陽光が射し込み全てを赤く照らしていた。
反対から出ると先には一本の線路と、夕日の沈む海が広がっていた。
潮騒が響く。
風が吹く度に未だ青いススキ野がざわめく。
その光景を暫し楽しむと何かを探し周囲を見回す。
ようやく見つけた彼は椅子に座り目を閉じ数珠を持つと経を唱え出した。
長々と
詰まることなく
夕日の中で彼は粛々と唱えた
「ねえ、こんなとこで何をしてるの?」
丁度経を唱え終えたとき彼に声をかけてきた。
彼が目を開けると目の前には十代後半の少女が立っていた。
服装は夏の終わりには少し肌寒そうだが日中の暑さにはちょうど良さそうなものであった。
「いい景色に出会えて感謝の読経」
「何それ?」
答えを聞いた少女はクスクスと笑う。
「君は何してるんだ?」
「何って……電車が来るのを待ってるの」
青年が良く見ると足元にはキャリーバッグが一つあった。
「へぇ、実家にでも行くの?」
「ふふ、彼氏のとこ」
少女の返答に青年は残念そうに顔をおおった。
「はぁぁ……」
「残念でしたっ」
青年に対し優しくもいたずらっ子みたいな微笑みをみせた。
「それであなた……あ、名前は何て言うの?私は」
「寺田時雄。時雄でいい」
「もう。私はさち。島野さち」
「ひどい名前だ」
「おじいちゃんがつけてくれたんだって。一回で覚えられるようにって」
本当にひどい理由だったと時雄は苦笑いを浮かべながら評した。
「それで、時雄はなんでこんなとこに来たの?」
「ん、仕事っていうかそんな感じの」
若干言葉を濁しつつ頬をかいた。
「お坊さんじゃないよね?」
「そりゃね。経は子供ん頃にじいさんの真似して覚えた」
顎に指をやりながらう~んとさちは考え込む。
「ん~寺生まれ?」
「ちっげーよ。そりゃ苗字と名前に寺は入ってるけど」
「え?……あ、ほんとだ」
そう言うと二人はくくくとそろって笑った。
「電車来ないだろ」
「そうね。あの時からずっと来ないよ」
「でもずっと待ってんのか?」
「歩いて離れることはできないし、電車に乗って行くしかないから」
さちの返答を聞いた時雄は黙りそのまま潮騒のみがしばらく響き続けた。
「そんじゃまぁ。はい手紙」
時雄はポーチから一通の手紙を取り出した。
飾り気のない封筒に書かれているのは二つの名前。
「え?」
「これが今回ここに来た理由。君がここにいると聞いたからな」
さちは目を白黒させながらおずおずとその手紙を受け取る。
「……郵便屋さん?」
「スマホも使えなくなった世の中だからこそのお仕事だ。でも郵便屋じゃねーよ」
さちはその手紙の差出人の名前を見て顔をほころばせた。
そして大切な宝物を得たかのように抱き留める。
「忘れて、なかったんだ」
「まあな。あの人絶対に忘れられないって顔してたし」
さちは涙をこぼしながらも満面の笑みを浮かべていた。
そしてその表情をただ静かに優しく時雄は見つめる。
「残念ですけど時雄の彼女にはなれませんよ」
「実は依頼受けた時から知ってるよ」
「彼氏持ちの人にアピールするのはどうなのかな?」
「さちが忘れてる可能性も微粒子レベルで」
「存在してません」
そう言うと封筒から取り出した手紙をさちは静かに読みだした。
すぐに笑顔を深めた
そして表情を曇らせる
また笑みに戻ると
そのまま一滴の涙を流し
くすくすと笑う
そして目を見開くと
頬を膨らませ
溜息をつき
そして最後にまた涙と微笑みをもって読み終えた
そしてそのころには夕日も水平線へと隠れだしていた。
「百面相だな」
「人の顔をじろじろ見るのはマナー違反ですよ」
文句を言いつつもさちの表情は優しかった。
「それでどうする?」
「ここで待つ必要もなくなりましたし、離れてもいいんですけど」
そう言いつつさちは時雄へと視線を向けた。
「あいにく俺が受け取ったお代は手紙の運搬だけだ」
「そこはどうにもならないんですか」
「残念だが。俺の車は一人旅用なんだ」
「こんな美少女に向かってひどいですよ」
そして再び二人は笑いあった。
「まあ、実は往復を請けたまわっててね」
そう言うと時雄はポーチからさちに渡したものと同じ封筒と便箋、そしてペンを取り出した。
「えっと……」
「わかるだろ? いろいろさちの思いを書いてけばいい。さちからの手紙だということは俺がちゃんと知らせるから」
「今真実味が失せた気がします」
「おいおい、俺は経を唱えられる僧侶だぜ。信じてくれよ」
「さっきお坊さんじゃないって言ったじゃないですか」
「忘れた」
「適当ですね」
そう言いながらも二人の間には険悪さは無く微笑だけだ。
「もう日が沈む。書くなら早く」
「内容は決まってます。ささっとやります」
海の向こうではすでに日が七割がた沈んでいた。
「ま、これからはなんか適当にいい感じで面白げにがんばりな」
「なんかすっごくふわっとしてますね。でも……感謝してますよ」
心の底から、さちは感謝の言葉を言った。
そして沈黙。
「……頬にお礼のキスとかあらへんの?」
「しませんしなんで似非関西弁なんですか?」
「じょーだんじょーだん」
そう言う間に日が沈みきろうとする。
「あ、もう日の入りですね」
「そうだな。それじゃ。またいつかどこか」
「え? ああ。そうですね。それでは、またいつか」
日が沈みきると少し空気が変わる。
廃駅のホームには静寂だけが残る。
そこにいるのは時雄一人だけ。
そして座っている椅子の近くにあるのは古ぼけたキャリーバッグの残骸。
そして封が閉じられさちと言う差出人と男性の宛先が書かれた封筒だけであった。時雄はそれを拾うと一つため息をつきながら廃駅から離れ車に乗り込む。
フロントから紺碧の空を眺めそこに散らばる星々を眺めつつさちとの会話に思いを馳せた。
やがて夕日の影は跡形もなく消えて完全な夜へと変わる。
夕食はパンと缶コーヒーだけで済ませ、しばらくするとそのまま時雄は眠りについた。
数年前世界に大災害が起きた。
地殻変動から始まる大異変。
空想上の怪物の出現。
幻想の種族の出現。
魔法の発現。
世界の常識と勢力図は大きく塗り替わり、数多くの命が失われた。
寺田時雄も例にもれず親族知人を何人か失い、魔法の力を得た。
死者の声が聞こえた。
死者の未練が聞こえた。
死者の思いを知れた。
死者を還すことができるようになった。
『死とは人生の終わりではない。生涯の完成である』
時雄の祖父がどっかの誰かの言葉だと言いつつ語った言葉であった。
それを時雄は漠然と覚えていた。
そしてそれは、大災害で多くの人が突然、理不尽に人生を終わらせられた経験からある考えに至らせた。
蛇足だと言われるかもしれないけど、少しはましな形な完成の手伝いをしよう、と。
多くの人が満足のいかない結末であったことは間違いない。
時雄はその未練の残る人生の終わりにちょっと手を加える。
少しでも救いになるようにと。
時雄は自称『旅の魔法使い』であるが他称は違う……
生者と死者の未練を希少なその能力で解いて行く。
皆は彼のことを『旅の僧侶』と皆は呼んでいた。
「俺は俺のできるやりたいことをやってるだけだ。僧侶何て立派な人間じゃねー」
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