強烈なる刺激
ビッグ・ステージに眩しいほどの照明が照らされーーー馬の嘶きが響き渡った
何事かとーーークラブ中の客達がステージを見ると、其処にはブラウン・ヘアーにサングラスを掛けた細身のアーティスト
「The highest show time today♪」
その声が響いた瞬間、轟音と共にダンス・ミュージックが流れ出した。今年ミリオン・セラーを出した彼の代表曲<Unspoilt>
数十人のダンサー兼ホスト達がステージ上に出現し、一流のディスコ・ダンスを繰り広げる
歓声が上がりーーークラブ内は最高潮の盛り上がりに包まれた
「皆様ーーー!今宵は数ある名店の中この<Yamato−nadeshiko>をお選びの上での御来店誠に誠にありがとうごさいますーーー!」
数十人のホスト達の中から一際背の高い男が客に向かって声を張り上げたーーーその人物にスポットが当たる
「わたくし、当クラブ・オーナーのツマラナーイヤツで御座いますーーー!名乗るほどの者ではございませーーーん!」
その男は何とも奇妙な格好をしていた。本来ならば高級スーツに身を固めるべきであろうその筋肉質の体は、黒いタンクトップに黒いネクタイだけを絡ませ、土建業の男性のような緩んだズボンに、スポーツ刈りのような黒い髪ーーー何故か目の周囲にはモザイクのように照明が当たっていた
「劇団四屋トップ女優様・華火様!素敵なお芝居を拝見させて頂いております!大変難しい役どころとは存じますが、全ての役がお立ちになられて個性的でございます!この国の演劇界を背負って立つ美しき女優に盛大なる拍手を!」
パッと華火のテーブルに照明があたり、周囲の客達は一斉に拍手を送る。華火は仕事上慣れているのか、苦笑しながら手を振った
「可憐なる資産家令嬢・弥子様!貴女様の動物愛護精神は、世俗に塗れたわたくしのような者にも何とも微笑ましく、薄汚れた心にもじんわりと温かく染み渡る崇高なる御心!キレイゴトだけでは済まぬそのご活動!陰ながらご声援申し上げます!」
弥子のテーブルに照明があたる。驚き恥ずかしがった弥子は隣に座る翔の背中に隠れた
「大ベストセラー作家・劉丁一先生!そのご作品全てに共通する、貴女様の豊富なる語彙!秀逸なる構成力!確実な説得力を持たせるストーリー展開!出版業界の救世主への賞賛を捧げさせて頂きます!」
劉ーーー貴子は既に帰っていたが、オーナーは構わず拍手と喝采を送る
「ダイ・レコーズ斎社長!現在貴事務所一押しのアイドル・ユニット「Winking」は素晴らしい美少女二人のユニット!ウエット&クールな美少女二人の徹底的な美しさを前面に押し出した企画力!既にわたくし私設ファンクラブを作って応援させて頂いておりまーーーーす!音楽業界を正しい方向へと導く女傑、斎社長に尊敬の拍手をーーー!」
「この国最高の頭脳!この素晴らしき世界を静謐なる論文で美しく照らし続ける!伊勢政治教授にも盛大なる拍手をーーー!」
音楽が一層の高鳴りを持って響き渡る。彼にとっては客がいようがいまいが全く構わないようであった
「そーーーして!我が盟友!ネオ池袋「Poke−danz」総支配人、キャンサー・G様!本日はご開店誠にオメデトウ御座いますーーーー!さあ!盛り上がって行きましょうーーー!!」
G−−−豪のテーブルには、彼自身は未だバー・カウンターであったが女性達がいた。彼女達は勿論心得ている。照明があたった瞬間全員が立ち上がりステージに乗って踊り、唄う。何とも妖艶で派手なステージに、クラブ内は最高潮の盛り上がりだった。アーティストの達者なラップ韻のMCに合わせて殆どの客が立ち上がり音楽に合わせ踊り始めた
「すっげえな今日のオーナーは・・・どうしちまったんだ?カンペキにスノウ・パウダーキちゃってんじゃねえの?」
踊る女性達に囲まれながら翔に話しかける黒男。翔はこのような雰囲気が苦手な弥子をレストルームに行かせ、適当にダンスを合わせながら近づいてきた黒男に視線を向けた
「オーナーらしくないよ・・・あんなハシャギ方はね・・・いつもはもの凄く陰気でステージなんかに上がらないのにーーー何か、あるね」
「ーーーそうだなァ。どしちゃったのオマエ等のオーナー?もうボケてきちゃったの?クスリと酒のヤり過ぎでアタマラリパッパ〜?」
いつの間にか二人の背後に豪が居た。カウンター・バーから戻って来たのだろう
「ええ、なんかヘンですねーーー何かこの後にありますね恐らくーーー」
翔の予感は当たった
「それではそれではーーー!この年末週末最高の夜に、素敵なお客様方々に素敵なプレゼントをさせて頂きます!」
轟音を齎していた音楽が瞬時に止まりパッとダンサー達が散ったーーーステージ上にはオーナーと、その隣にたった一人
「本日初顔見世!」
全ての客達がそのーーー黒一色のスーツに非常に華奢な身を固め、照明に照らされる漆黒の黒髪を持つ人物を見た。俯いている
「<月弥>で御座います!」
オーナーのその言葉と共に、その黒髪の人物は俯いていた顔を上げた
ーーー不自然な程の透き通る白い肌、一本一本植え込まれたような細い黒髪、濡れたように光る紅い唇、それよりも紅い血のような瞳
よく造り込まれた人形のような、異世界から来たとしか思えないーーー
氷のような無表情のーーー美少年だった
「来週末初勤務で御座います!ご贔屓の程、ご指名の程、どうぞどうぞ重ねて宜しくお願い致しまーーーーす!それではこの後もお楽しみくださーーーい!」
オーナーの退出の礼と共に轟音が大きく弾け、ダンサー達が一斉にステージ中央に集まる。オーナーと黒髪の美少年はその渦に巻き込まれて一瞬で見えなくなった
「ーーーオイ・・・何だ一体ありゃア・・・?」
騒々しいほどのダンス・ミュージックが溢れるホールから三人の男は少々身をずらし、比較的静かなレストルーム前へと無言で移動した後ーーー黒男が口を開いた。少々の震える声で
「−−−き、聞いてない、よ・・・僕は。君もだろ黒男?何だあの子・・・?」
翔の声も少々上ずっていた。感情的な黒男はともかく、翔は笑顔の中に常に冷静さを保っている男だ。その声が震えているのだ
余りにも、ステージ上の紅い瞳が鮮烈だった
人形のような凍った無表情に彩られた、真紅の血の如き紅い瞳に貫かれたかのように
彼等はーーー衝撃を受けたのだ。今まで体験したことの無い程の
戦慄
「ーーーどういうことだ・・・あんのヤロー・・・」
硬直したような二人のホストを一瞥し、豪は呟く。豪の心中は彼等とは全く違う。豪が疑問にーーー形容し難い怒りのような感情の源はーーー
あの黒い美少年が、NO,1と余りにも瓜二つなこと
「ーーーStimulation is added with stability・・・安定に刺激を加えようってのかよ・・・?」
突然の異世界から来た美少年の視線に確実に煽られたホールの客達は、夜が空けることを忘れてしまったかのように踊り、呑みーーーただその本能に操られるまま体を動かしていた