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失恋

「劉先生!こんばんは!お久しぶりです!」

幾つかの席を回り、トークをし、笑いーーー光は暴と共に劉ーーー貴子の席に座り嬉しそうに挨拶をした

「光・・・元気そうね」

貴子はその笑顔を見詰め、微笑む。暴もまた笑顔を浮かべる。貴子の席にはヘルプはいない。厚いカーテンに覆われた静かな空間

「あ、あの・・「胡蝶蘭」最高でした!特にあの主人公が子供の頃から見守って来た少女を想っての独白がーーー」

かなり疲れている筈であるが、光は興奮したように貴子に作品の感想を述べていた

「そう・・・?あそこは実験的に挿入したのよ。孤独な戦いを続ける主人公の心情を表現する為にね・・・」

「今までの劉先生の作品とちょっと違ってて、かっこいい主人公がもっとかっこよく見えました!無敵の用心棒にも弱い所があったんだなあって・・・でもそれが彼をもっと強くしてるんだなって・・・つい泪が滲んじゃってーーー」

「コラ、ホストが酒も作らずトークばっかしてんじゃねえよ」

暴が話し捲る光の頭を軽くこづいて酒を作る。先程までのワインは既に空いており、今テーブル上にあるのはバーボンのロックグラスだった

「いいのよ・・・作品の感想を生で読者に聞けるなんて作家冥利に尽きるわ。それに疲れてるでしょ?私の席位ゆっくりしなさい・・・作らなくていいわーーー何も」

それは酒の事なのか、それともーーー

「体調は平気なの?毎月大変ね・・・仕方の無い事だけれど」

慌てたように酒を作っていた光の肩が僅かに跳ねたが、そのまま笑顔で酒を差し出した

「光ーーーお前サイン欲しいって言ってなかったか?」

暴は貴子の新作をテーブルの上に置く。それは先程ボーイに書店で買ってこさせた物だった

「あ・・・買って来てくれたの?私次の公休に買おうと思ってたんだ!だって買っちゃうとつい読んじゃうから。この間もそれで怒られちゃったしね」

嬉しそうにそのハードカバーの分厚い本を手に取る

「サイン位構わないわ・・・ハイ、これでいいかしら?」

「ありがとうございます!嬉しいです!」

貴子は手際良く光の手にあるその本にサインをした

「ーーー嬉しい?じゃあそのお礼と言っては何だけど、私のお願いを聞いてくれるかしら・・・?」

光は驚いた。貴子が、常に全ての物事に無関心でクールな雰囲気を持っていた貴子が「お願い」などという事を言い出すのは初めてだったのだ

「貴方、どうして彼ーーー暴にそんなに執着されてるの?」

暴のサングラスの下の蒼い瞳が少々細められる

「親戚や兄弟ってワケじゃないわね。全く似てないもの・・・まさか親子じゃないでしょう・・・?」

貴子の眼鏡の奥の瞳が細められる

「暴とは長い付き合いだけど、彼が今まで他人に執着したのなんて見たこと無かったわ。それは貴方だけに向けられる。貴方の話題を出すと、彼の完璧な鎧が剥がれるーーー一体何故なの?」

「貴子」

低い、深い声がそう鋭く発せられた

「お前らしくねえじゃねえかーーー他人に無関心なのはお前も同じだろ?」

「あら、私は作家よ・・・人間観察のプロよ。他人に無関心なんて心外だわ・・・一度疑問に思ったことは徹底的に追求しなければ気が済まないのが作家というものよーーー私はそれで今の地位を築いた」

暴の鋭い視線にも全く臆する事無く貴子は微笑むーーー引き下がらない、という強い意志

「−−−こいつは、俺と同じ施設にいたガキだよ」

困惑と驚愕の瞳を暴に向ける光だったが、それを穏やかに見詰めて話を続ける

「ただーーーそんだけだ。こいつはろくでもねえ施設ン中で上等過ぎた。分かるだろこいつの雰囲気っつーかさ・・・ガキの時分からそれはあった・・・目立ちすぎたんだ。歳も離れてるし、見ちゃいられなくて何度も助けた。その時からずっと守って来たーーーガキの時の感情ってのは結構ずっと残るモンだろ・・・そんだけだぜ・・・」

貴子はバーボンを啜り、暴をまた強く見詰めるーーーそんな説明では全く納得出来ない、と

「・・・私は弱かったから・・・いつも守ってくれました。先に中学を卒業して施設を出た後もずっと・・・大人になってもずっと会いに来てくれて・・・血は繋がってないけれど優しい、優しい兄です」

光は俯きーーー兄、という言葉にサングラスの中の瞳が変化したことに気付かずにーーー言葉を足した

「でもーーー私が中学を卒業する年に私を引き取りたいって、養子縁組をしたいっていう方が現れました。とても優しそうな人でーーーもう施設も出なきゃいけないし、とても親切な方で進学もさせてくれるって・・・私もっと勉強したかったし・・・園長先生も賛成して下さったからーーーその方の養子になりました。ずっと自分には手に入れられないと思っていた・・・<家族>が出来るなんて夢にも思ってなかったから・・・とても、とっても嬉しかったんですーーーでも」

対面の男が口を開こうとするのを、穏やかな瞳で制して話を続ける

「・・・ある夜、眠っていたら・・・お養父さんが私のベッドの中にいました」

貴子は酒を呑む手を止めた

「・・・そ、れでーーー」

「もういいわ」

タン!とグラスが鋭い音を起てて置かれた

「ーーー最後まで話そうか貴子?俺はその最低なクソヤローをブチのめして、俺の家にこいつを連れてった。そん時位かなお前がヒット作出して売れ始めたのはーーー暫く一緒に住んでた。少しでも、ほんの少しだけでも・・・癒してやりたかったーーーその内ヤローが癌か何かで死んだ。ろくでもねえ借金残してなーーー勿論子供に親の借金払う義務はねえ・・・だがなあのヤロー、巧妙にあの施設を担保に入れてやがった。その辺悪党は悪党なりに悪知恵は働いたんだな。勿論俺はそれを全部支払ったさ。その程度の金俺には何でもねえ」

低く乾いたーーー冷たい声が貴子の耳に届く。その耳に手を沿え、一つ溜息をつく

「私ーーー申し訳なかったんです。私達が育ったあの施設をーーー例え戸籍上だけであっても・・・私のお養父さんが卑怯な事をして滅茶苦茶にしようとした・・・それを全部払ってくれたーーー少しずつでもそれを返したかったんです。お金だけじゃない、私を癒してくれた、ずっとずっと守ってくれたこの人にーーー」

だから彼と同じ業界に入った。彼への負債だけでは無く、その強い心に少しでも近づけるように、少しでも彼のように強くなれるようにーーー自分自身が強くなる為に

「そんなモンいいって、気にすんなって何度も言ってんだがコイツ妙な所で頑固だからよ、全く困ったモンだ」

その場の重い雰囲気を振り払うかのように明るい声が響いたーーーもう、この話は止めようと、もういいだろう、と

「そんな言い方しないでよ!そ、それはまだまだ助けて貰わないと私一人前じゃないこと位分かっているよ!でも一生懸命やってるんだからさ!」

桜色の明るい声が、それに呼応するかのように響くーーーそうだ、今もう私は立ち直って明るく元気に生きているのだから、と

「貴方は立派なNO.1よ。自信をお持ちなさい」

貴子も精一杯の明るい声を出すーーーその言葉に精一杯の謝罪の気持ちを込めて。詰まらない嫉妬心から貴方の過去を曝け出し傷つけてしまったーーー最大限の謝罪を込めて

「ずっと・・・助けて貰いなさいーーー守って貰いなさい。それで貴方達二人とも・・・きっと旨く行くわ」

貴子はサングラスの男の、見える筈の無い瞳を見詰めた。彼の瞳が見える筈が無いことは、自分の瞳を受け止めてくれないことは分かっているーーー無駄とは分かっているけれど


彼が自分からは絶対にサングラスを外さないこと、はーーーずっとずっと前から分かっていた筈だもの



「・・・敵わないわね」

クスリと唇の端を上げて笑いーーー貴子は呟いた

「そろそろお暇するわーーー明日朝イチで担当に送信してあげれそう・・・いいものが書けるわきっと。貴方達のお陰よありがとう。出来上がったら一番にお見せするわ。私の代表作にするように頑張るからーーーまた来るわね・・・その時はまた楽しくお話しましょうーーー三人で」

突然のその言葉に二人は驚いたように貴子を見るが、微笑みは瞬時に消え常の無表情で優雅に貴子は席を立った。見送ろうと連いて来ようとする二人を柔らかに制止して、ボーイに勘定とタクシーの手配をさせた


私が今まで納得のいくものがどうしても書けなかったジャンルーーー恋愛

それはそうよね。状況のみに関心を示して、その状況の根本である人間の心理に無関心を決め込んでいたからだわ

自分が傷つきたくないから

敢えてそれを誤魔化して

ーーー逃げていた

書ける訳無いわよね。本当に愛している男に自分の感情すら伝えようとしていなかった女に

本当に意気地無しな女には



(ーーータイトルはどうしようかしら・・・まだ決まってないのよね)

ネオンが次々と移り変わっていくタクシーのウインドを見詰めながら貴子は考えるーーー何故だろうか、ネオンが揺れている。視界の両端から歪んでいくように、何かが瞳に滲んでいる



「失恋」っていうのはどうかしら


・・・少しチープね







   

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