男と女
この創作は実際の土地や人物の名称とは全く関係がありません
クールな金髪のアフロヘアー、2メートルはあるであろうその背丈。深い蒼の生地に控えめな柄の入ったスーツにその精悍な筋肉が張り出している。小さなサングラス、高い鼻と厚い唇。無精髭の下のその厚い唇はある種の女性に倒錯的な想像を施すだろうーーー非常にNO.4の黒男と酷似している外見ではあるのは、彼等が双子であるからだった。しかし彼ーーー暴はNO.2をこの一年間明け渡したことは無い。黒男と同じむせ返るような男性的な外見や雰囲気であるが、暴の客層は所謂マッチョを好む層ではなかった。何故なら彼は外見からは想像も付かないほどのインテリであり、アカデミックな仕事や嗜好を持つ女性のトークに難なく連いてくるのだ。時には暇と金を持て余しているハイソサエティなセレブ達よりもその知識は深くーーー無論客を不機嫌にさせる出しゃばった知識披露などは決してしないがーーーネオ銀座等の社交達のように広く浅い知識のレベルではない。オーナーなどは来日する海外セレブの席には必ず彼をつける程であったーーー幾つかの言語を難なくこなし、深い知識を持ち、更に男性的で思慮深い。この高級クラブのトップ10に居続ける彼の順位は決して揺らぐものではないだろう
「ラフィットの年代物が手配出来たからよーーー今日はもういいんだろ?」
騒々しさを好まない女性客をステージから最も離れた落ち着いた席に促し、暴はボーイが恭しく差し出すラフィット・ロートシルト(高級ワイン。相場は約200万)のラベルを女性客に向けた
「ええ・・・今日はもうムリ。ネオ・プリンスからの夜景が汚らしくてプロットがまとまらないわ」
女性客ーーー劉丁一。この名称は男性的であるがれっきとした女性で、この名はPNだ。彼女はここ10年大ベストセラーを連発しているハードボイルド作家であり、恐らくその作風から男性的なPNを使用していると思われる。彼女の執筆する小説は殆どが映画化され、昨年の納税額はニュースで明らかにされる程。昨年彼女の原作で海外のアーティストを主演にした「不夜城の挽歌」はこの映画不況時代下で過去最高の興行収入を得た。また彼女自身が全くマスコミ等に露出しないことも一種神秘的なイメージを世間に与えているのかもしれない。実際は非常にクールで知的な雰囲気を持つ、魅力的な女性であるのだが
「んー・・オイ、グラス変えてくれ。埃っぽくて使えたモンじゃねえや」
暴はワインを開け、テイスティングに口をつけたが、そのグラスを後方に控えているボーイの盆に置いた
「もっ・・・!申し訳ありません!ただ今!」
非常に慌て、奥に下がっていくボーイーーー勿論騒々しいヘルプなどは不要だ。クラブの喧騒から離れた一角のテーブルに二人は無言で座っていた。微かな音楽が二人の間に流れるーーー
「今度の作品は・・・新境地よ。最初から映画化も決まっているし、夏に合わせての出版社のキャンペーン企画にも食い込む・・・今まで通りのハードボイルドじゃないーーー恋愛もの、よ」
不意にベージュの唇を開き、珍しい海外の煙草をケースから取り出し、劉は火をつけ吸った。暴は火などつけない。そのようなくだらない馴れ合いなどは長い付き合いである二人の間には全く必要の無いことだった
「今まではわざとクールに一切の感情を書き込まず、綿密な取材を元に裏社会の実像を描いていたわーーーただ今回は逆よ。あくまでも人間同士の感情をウエットに、叙情的表現を組み込んで、且つ分かりやすくーーー全く、嫌な企画に乗っちゃったわ」
「ーーーで?俺にオトコとオンナの綿密な取材しに来たのか?貴子」
ずい、と身を乗り出し、暴は劉ーーー本名は貴子ーーに顔を近づけた
「・・・サングラス、外しなさい」
表情を変えず貴子はその大きな顔にあるサングラスに指を掛けーーー外した
「綺麗なーーー瞳ね。本当にイイオトコだわ」
貴子は暴の鋭く深い蒼い瞳をじっと覗き込んだ
「アンタもイイオンナになっちまったなあ・・・出会った頃はホンの小娘だったが・・・イイオンナになった」
唇が触れ合うかのような距離ーーーただ無言で見詰め合う
「アンタみてーな頭のいい女を滅茶苦茶にしてやりてえなあーーー今夜」
武骨な手が滑らかな頬に添えられ、貴子の眼鏡が外される
「オンナの・・・普段と全く違う顔を見てえっつーのは・・・オトコ本来の欲望てヤツだぜ?」
クックッ・・・と下卑た微笑を浮かべ
「ベッドの上ーーーいや、今ここでもいいぜ?」
「お待たせ致しまーーー!」
幾重にも重ねられたカーテンの陰からボーイが新しいグラスを持ち現れると、二人はゆっくりと身を離した
「ありがとな。ん、これならいい。劉先生はフードは要らねえからもう下がんな」
暴は硬直しているボーイからグラスを取り、貴子の前にワインを注ぐ
「なかなかの味ね。去年のは呑めたものじゃなかったわ」
全く動じず、静かにワインを空ける二人に気後れするようにボーイは下がっていった
「−−−成程ね・・・何となく分かったわ。恋愛感情の表現の仕方が」
暫くの沈黙の後ーーー貴子が先程と同じく会話を始める。この二人は非常に長い付き合いであり、公表してはいないが貴子がまだ駆け出しの頃からーーー裏社会などに取材に赴く時は必ず彼を伴っていたのだった。暴の過去はオーナーしか知らない。しかし彼はとある場所ではその筋の幹部連中も道を空け、通常では取材など不可能な人物にもツテがあるのか、取材は驚くほど容易に進んだ。つまり彼は貴子の作品の重要な協力者でもあったのだった。そして彼女自身の才能と努力の結果であろうが、ネオ芥川賞・ネオ直木賞など華々しい経歴は彼の尽力無しには成し得なかったであろうーーー現在では貴子=劉丁一の名は売れ、取材なども出版社が全て責任を持って手配する為、暴が彼女の取材に同行するような事は無くなったがーーー過去印税などの交渉を貴子は持ちかけたが、暴は「店にたまに来て、元気な顔を俺に見せてくれりゃいいさ」と明るく言うだけだった
「−−−そっか。良かったな劉先生」
「・・・先生はやめて・・・」
「ーーー貴子。ガンバレや」
サングラスを掛け直し、満面の笑顔の暴言葉に、ゆっくりとーーー貴子の今まで無表情に近かったクールな美貌が
柔らかく女性的な笑顔になった
「そういえば、あの子見ないわね?同伴にしてはもうこんな時間じゃない・・・週末に公休?」
貴子がワイングラスを空けながら店内を軽く見回した
「まっさか。ウチの真面目なNO.1が休む訳ねえだろ。同伴だよ。一番の太客だ。もうそろそろ来るとは思うがな・・・挨拶させるさ。ってかあの子もアンタの大ファンでなあ・・・この間の3部作の「胡蝶蘭」なんざロッカールームでも読んでやがるから、注意したくれえだよ。来店したらサインが欲しいってうるせえし。ま軽く話してやってくれねえか?」
先程までの暴の落ち着いた雰囲気が少々変化している。貴子は微笑を向けた
「ふふ・・・全く貴方あの子には適わないみたいね。あの子が入店する前はずっとNO,1を明け渡さなかった貴方があっさりあの子に譲って、しかも取り戻そうとしないでNO,2に甘んじているのは意外だけどねーーーまあ大体分かるけど」
困ったような暴の表情。ワインをぐっとあけた。常に余裕の体を崩さない彼の困った表情を見ることは貴子にとって楽しみの一つであったーーーこの話題は、完璧な男の心の隙間を覗き込む事が出来る
「何度も私の席に連れてきたしーーー他の客も旨く定着させてあげてたんでしょ?お節介も余り過ぎるとオーナーに怒られるわよ」
クスクスと指をグラスの淵に当てながら貴子は楽しそうに笑う
「まあ・・・いいじゃねえか。いい子なんだよ素直で努力家でさ・・・知ってるだろ?俺がNO,1よりあの子がトップのがこの店にとってもイイってことはオーナーも了承済みだ」
「不思議ね・・・他のホストなんかーーーどんな太客にも全く興味の無かった貴方がどうしてあの可愛い子一人にそんなに執着してるのかしら?」
「お前は別だって、貴子。もう勘弁してくれや」
和やかなテーブルの雰囲気を払うようなボーイ達の歓迎の声が入口付近から聞こえてきた
「Yamato-nadeshiko」の押しも押されぬトップホストーーーNO,1光が、その一番の太客・ネオ池袋最高の高級会員制クラブ総支配人ーーーキャンサー・Gと共に同伴出勤して来たーーー