贖罪
キャラクター名は示しておりません。表現方法の一つとしてご了承下さい
不夜城のネオンに照らされたリビングーーー採光面積が広い南向きのウインドからの多種な光は、少女の細い背中に注がれており、男には逆光になる為か少女の表情は見えなかった
「ーーーどうし、た・・・?」
思わず声が上ずる。その儚い声は今まで聞いたことも無いほど艶を含んでいたのだから
「・・・ひとりに、しないで・・・よ・・・」
もう一度、男にとっては魅惑的な誘い(イザナイ)としか思えない声が耳に届く
「−−−やっぱ・・怖かったんだろ?待ってろ、ミルクでも温めて来てやっから」
男はもう一度歩み出そうとするが、強い視線を感じて止まった
行かないで欲しい
傍にいて欲しい
ーーー欲しい
そう、訴えていると強烈に五感に感じるーーーそれは錯覚なのだ
「・・・しょうがねえな、ホラーーー」
男は形容しがたい混乱のままーーーそれでも声は常の優しい「兄」だーーー理性を強く意識しながらソファに戻り、少女を抱き締めた
「全く・・・お前昔からそうだよな。あの施設でも「怖い夢を見て眠れない」とか言って、いっつも俺のベッドに潜り込んで来たよなあ・・・夜中俺がトイレに行こうとするだけでもしがみついて来たもんなあ・・・」
努めて明るく、自らの首に縋りついて来る少女の頭を撫でる、髪を梳くーーー理性
だめだ
分かっている
それをしてはいけない
それをした瞬間、やっと手に入れた存在は俺から離れていく
お前が傷ついた原因は 男 だ
男の汚ねェ欲望で傷ついた お前
それにまた晒されたら お前は 今度こそ お前は
お前がもう一度離れていったら 今度こそ 俺は
壊れちまう 何もかも
「−−−うん・・・あのね、謝りたいことがあるんだ・・・」
少女は胸に顔を埋めながら呟くーーーなんだ?と男は視線を小さな頭に向ける
「−−−さっき・・・私、嫉妬ーーーしてたんだ」
ーーー?さっき?何のことだ?
「あのクラブで・・・龍先生のテーブルでーーー私分かっていたんだ。龍先生ーーー貴子さんが貴方のことがとっても好きだってこと。分かっていたんだーーーだから・・・話したんだ、私の・・・こと」
貴子が自分と少女の関係を尋ねて来た。自分には貴子の好意は分かっていた。だがそれを受け止めることは不可能だったのだ。ただ遊びで抱くならばいい、処理の為に抱くならばいい。そんな女は過去幾らでもいたし現在でもいるーーーだが貴子は違う。真剣に真摯に自分を愛してくれた本当にイイ女だった。だからこそ受け止めることは出来なかったのだ。自分には本能から求めてしまう存在がいたからだーーー如何に理性で隠そうと忘れようと捨てようと思っても、どうしてもどうしても消し去ることの出来ない存在がいたから
「だから・・・貴方が旨く話を終わらせてくれようとしていたのに・・・私昔のことを話した。私は酷い目にあったんだよ、ってーーーこの人はそんな私を救ってくれたから傍にいてくれるんだ、私が傍にいて欲しいって思うのは当たり前でしょ?許されることでしょうってーーー私、最低だ・・・」
胸に温かいものを感じたーーー少女は泣いているのだろうか。自らの醜い感情の計算を、哀れんでいるのだろうか
「ーーー私、は・・・「妹」なの?」
腕の中の少女が顔を上げたーーー涙に潤む蒼い瞳が自分を真っ直ぐに見詰めてきた。その瞳に浮かぶ感情は
「私にとっては・・・貴方は、「兄」なんかじゃない。ずっと、ずっと昔からーーー「兄」なんかじゃない」
分かっている
お前が、嘘のつけないお前の綺麗な蒼い瞳が、いつの頃からかどういう風に俺を見ていたかってこと位は
分かっていた だが
だめだ
「−−−俺はずっと後悔していた。今も」
男が不意に口を開くーーーどこからか車のクラクションだろうか、遠くから高い音が耳に届きそれが頭の中を反響するように鳴らされているーーー常に理性を保っていた男の脳内は混乱し、言葉は彼の意志とは無関係に次々と発せられた
「お前に養子縁組の話が来た時ーーーお前は貴子に言わなかったが一番賛成したのは俺だ。渋るお前を、施設を出たら・・・出来れば俺の元に来たいと言ったお前を説得したのは俺なんだーーー俺の元に来ることは駄目だと、お前の将来の為にならねえと思ったんだ。歳も離れているし、お前は光があたる所で、普通の女みてえに同年代の男と普通の恋愛をして・・・そうすべきだとーーー俺とお前は全く正反対の人種だ。いや、俺の汚ェ感情をぶつけてしまうことになるとーーー俺は逃げたんだ。お前の綺麗な瞳から逃げた。俺は弱い」
やめろ 言うべきじゃねえだろ?
止まれ 俺のこの汚ェ感情に晒しちまってるじゃねえか
だめだ 壊れちまう。折角手に入れたんだろ?
俺は今 満たされているんだろ?
「弱ェ俺があんなことを言わなければーーーお前はあんな酷い目に合わなかったのに・・・許してくれーーー」
そうだ 謝罪し 赦しを請えーーー贖罪
お前がいつか他の男の元へ行くことになっても
それまでは 俺が もう絶対に一ミリの傷もつけさせねえから
その時は 笑って 見送ってやるから
今度こそ 幸せになれ
俺はいい ここで 夜の世界で
この世界は丁度いいんだ 俺の真闇な精神を
薄汚ェネオンで 照らしてくれるから
「もう金はいい。充分だーーーもうあの店辞めろ・・・お前はもう元の世界へ還れ」
彼女を光り輝く世界へ還せ
「−−−!」
不意にーーー柔らかい濡れた感触を自らの唇に感じた
「・・・・いて・・・」
幻聴?
「・・・私をーーー・・・」
どうしようもない衝動が、腕の中の華奢な体をソファに押し付けた
縋り付いて来る体を強く抱き締め、小さな頭を包み、細い髪に指を絡めーーー唇を深く重ねる
頭の中には耳障りな程の高音が反響し響き渡っている
ーーー熱い、感触
「−−−やっ・・・!」
ビクン!と華奢な体が跳ね、否定の声が耳に届き意識が覚醒したーーー震えている
「・・・・」
荒い呼吸、聞こえるか俺の心臓の鼓動が?どれだけ俺が堪えていたのかお前に分かるのかーーーいや、今の彼女には過去の忌まわしい記憶が蘇っているのだろう。その心を破壊されたおぞましい男の欲望の行為がーーー俺は繰り返すつもりなのか?欲望に傷つき、連れて帰った俺の元でどれだけお前が壊れかかっていたか、その人形のように動かなくなったお前の様を俺は覚えている。忘れることなど出来ないーーーいつの頃からかのお前の真っ直ぐな感情を厚いレンズで遮断し、気付かないフリをし優しい「兄」を演じ続けーーーどれだけ少女を傷つければ気が済む?
「−−−す、まねえ・・・」
離せーーーこの壊れてしまいそうな柔らかい体を離せーーー何度も理性が命令を下すのに、本能はそれに強く抗う。男は強く瞳を瞑り渾身の力を込めて少女から身を離そうとしたーーー
「ち、がう・・・の!違うーーーそうじゃないよ・・・ただいきなりだったから・・・ちょっと怖かっただけだよーーー大丈夫だから、貴方が怖い訳じゃないから・・・止めないで・・・離さないで・・・一緒にいたい、よーーー」
少女の高い、必死に恐怖を堪えている為か震え、途切れ途切れに発せられる言葉
「−−−だめ、だ・・・出来ねえ・・・出来ねえよーーー」
理性。それ以上に少女を怯えさせたくない、傷つけたくないーーーただそれだけの一つの強い感情
「・・・抱いて・・・」
男の強い感情すらも突き破る、真っ直ぐな瞳ーーー<安定>した、やっと手に入れた信頼という世界を壊したくないという脆弱で臆病な理性の鎧は崩壊する。<刺激>を受け入れろ、そして<発展>を生み出せーーー<本能>
「・・・貴方がーーー好き・・・」
真っ直ぐな感情がーーー鎧を剥がされた男の裸の心、<本能>に届いた
もう一度の接吻が男の唇に届きーーーその身は重なっていった
次のページからは少々の男女間性的描写が入りますが年齢制限描写は入りません。女性向けのソフトなものですが、そのような表現自体が苦手な方などはどうぞご自身のご判断でのご閲覧の是非をお願い致します。