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夕焼け空と湖。



「ミリア。今回の分持ってきたぞ」


外から帰ってきたガウェインが、テーブルの上に数冊の分厚い本を置いた。


旅に出る為の旅費と、一人暮らしが出来るだけのお金を貯める為に、最近は写本の仕事をしている。

最初は少なかったが、仕事が速く丁寧だと好評で、多めに仕事が来るようになった。

そのお蔭で賃金も増えて有り難い。

まだまだ足りないけど。


私はまだ町には出られないので、ガウェインが仕事を持ってきてくれる。

でも、ここ数日は私を捜してる人達を見掛けないようで。もしかしたら、違う場所に移動したのかもしれない。

それなら、私もそろそろ町に出られるかな?


「おかえりなさい。いつもありがとう、ガウェイン」


私はガウェインに笑顔を向けた。

ガウェインは、ソファに座る私の隣に腰を下ろした。


「……疲れた顔してるな」


ガウェインが眉を寄せて、私の顔をじっと見つめる。

疲れた顔をしてると言われ、私は頬に手を当てた。それでわかる訳じゃないけど、特に疲れは感じてない。


「そうかな?」


「そんなに無理しなくても、此処に居ていいって言ってるだろ」


少し怒った口調だ。機嫌が悪いんだろうかと不思議に思ったが、それには触れず口を開く。


「いつまでも甘えてちゃ駄目だから。でも、ありがとう」


やっぱりガウェインなら、此処に居ていいって言うと思ってた。

つい、それに甘えたくなるけど。

今でも十分お世話になってしまってるし、お金が貯まるまで、と私の中で期限を決めている。

そうしないと、ズルズルと引き延ばしちゃうから。


そうなったら、もっとガウェインに依存してしまって、もう此処から出て行く勇気がなくなってしまう。

それだけは絶対に駄目だから。これ以上迷惑をかけて、負担にはなりたくない。


「……ミリアがそうしたいならいいが」


ガウェインが心配してくれてるのはわかってる。

まだ記憶を思い出していないし、誰から逃げてるのかもわかっていない。


毎夜、悪夢に魘されないよう一緒に眠ってる事もあって、余計に心配なんだろうと思う。

情けないけど私が頼りないせいだ。本当の事だから反論は出来ないけど。


「心配かけてごめんね。気分転換に散歩に付き合ってくれる?」


ガウェインも私も気分転換が必要だ。

夕飯の下拵えは終わってるから、後は火にかけるだけだし。

少しくらい散歩してもいいよね。


ガウェインが無言で手を差し出してきた。

私はそれに笑って、手を乗せる。

大きくて戦う人の武骨な手。その手をきゅっと握って、二人で歩き出す。


何故か包帯を取ってからも、散歩の時は手を引いてくれる。

それが嬉しくて、よく散歩に付き合って貰ってる。


外に出れば、温い風が吹いて髪を乱した。

夏の虫の鳴き声と、木々の葉の囁きが耳に心地良い。

昼間は日が照ってとても暑いけど、夕方になれば少しだけ涼しくなる。


「湖の方に行きたいな」


私は笑顔でガウェインを見上げた。

ガウェインはずっと私を見ていたようだ。そんなに心配かけてるのかと申し訳なくなる。


「わかった」


ガウェインが歩き出し、私も歩を進める。

手を繋いで、私の歩幅に合わせて歩いてくれるガウェインに笑顔が零れる。


湖はここから歩いて十分くらいで着く。


ガウェインの家は森の中にあって、町まで一時間はかかるらしい。

どうして町に住まないのかはわからないけど、この森は凄く気に入ってる。

人も来ないし、花も沢山咲いているから。


周りの景色を楽しんでると、いつの間にか湖に着いた。


「……綺麗」


広い湖は夕焼けの色を反射して、キラキラと輝きながら綺麗な茜色に染まっていた。

空は茜色と青のグラデーションになっていて、美しさに息を呑む。

神秘的で、でも何処か懐かしさを感じて心が震える。


この時間に散歩に出て、この美しい景色が見れて良かった。

私はガウェインの手を握り締めながら、この光景を目に焼き付けるように見つめていた。


「……ミリア。そろそろ帰るぞ」


どのくらいの時間が経ったのか。

その声にハッとして、隣に居るガウェインを見上げた。


「あ、うん。ごめんね」


夕陽が沈んで、少しずつ辺りが薄暗くなってきてるのに、やっと気付いた。

ぼんやりとし過ぎだったみたい。


「いや……泣いてるのか」


ガウェインは私の頬に手を添えて、親指で目元を優しく撫でた。心配そうな表情だ。

いつの間にか涙が出てたようで、自分でも吃驚した。


「綺麗で。感動したの」


悲しい涙じゃない。だから心配しないで。

私は涙を拭い、安心させるように微笑んだ。


「……そうか。行くぞ」


ガウェインは私をじっと見つめてから、手を離してゆっくりと歩き出す。


「ガウェイン。また見たいな」


またこの光景が見たい。そうお願いすれば、ガウェインは苦笑した。


「それはいいが、一人では行くなよ」


ガウェインはいつも、一人で外に出るなと言う。森の中には魔獣も居るからと。

今の所、この森で魔獣を見た事はない。多分、ガウェインが殆ど狩ってるんだと思う。

クロードもガウェインは強いと言っていたし。それくらいガウェインには簡単なんだろう。凄いな。


「うん。ガウェインと一緒に見たい」


一人で見ても多分寂しいから。ガウェインと一緒に見れば美しい光景も、一人で見れば寂しい光景になってしまいそう。


私の言葉に、ガウェインがほんの少し微笑んだ気がした。



家に戻って、すぐに夕飯を作って二人で食べた。

それから風呂に入り、今日ガウェインが持ってきてくれた写本を少しだけやっておく。


「ミリア。寝ないのか」


「今行く」


ガウェインに声を掛けられ、私は片付けてから寝室へ向かった。

一緒に眠るのが当たり前になっているのは、普通に考えればおかしいんだろうけど。

ここには気にする人は居ないから。


寝室では既にガウェインが横になっていた。

隣に滑り込めば、ゆっくりと長い腕が私を抱き締める。片腕は私の頭の下に、もう片方は腰に。

いつも通りガウェインの温もりに包まれて、心が落ち着く。


「お休みなさい。ガウェイン」


私も腕をガウェインの背中に回して、目を閉じる。


「お休み」


低音の耳に馴染む優しい声に、身体に入っていた力が自然と抜ける。


聴こえるのは静かな息遣いと、ガウェインの心音だけ。

微睡みを誘う静けさに、意識が眠りの淵にとけてゆっくりと消えていく。




*******




静かな寝息に、ミリアが完全に眠りについたのがわかった。

俺の腕の中で安心して眠るミリアの、さらさらした長い黒髪を優しく撫でた。



最近のミリアは働き過ぎだ。

ここから出て行く為のお金を稼ぐのは、仕方ないのかもしれないが。

そんなに焦る必要なんかない。

ゆっくりでいい。

どうせなら此処にずっと居てもいい。


それが俺の身勝手な考えなのは自覚してる。

だが、ミリアが俺の目の前から居なくなるのは、どうしてか嫌なんだ。


嬉しくて自然と綻んだ笑顔や、楽しそうに鼻歌交じりに食事を作る姿。

美味しく作れたか心配して、俺が食べるのをじっと見つめる表情。

真剣な顔で仕事をする姿。


今日のように綺麗な光景を見て、感動の涙を流す美しいミリア。


それら全て、これからも見ていたい。

そう思う俺はどこかおかしいんだろうか。


まだ記憶も戻ってないし、ミリアを探してる危険な奴も居る。

ここ数日は捜索してる私兵を見ていない。そのせいで、危険を排除出来てない。


だからまだ此処に居ればいい。

そうすれば俺が守れるから。絶対に守るから。

今も悪夢からだって守ってるだろ。


だから、そんなに急いで遠くへ行こうなんて思うな。

俺から離れて行くな。


そんな考えに呆れて、零れそうになった溜め息を押し殺す。


花の香りがする華奢な身体を抱き締めて、静かに目を瞑った。







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