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悪夢と温もり。



暗く狭い箱の中でじっと息を潜める。

早く逃げなければ。ここから離れなければ。


がたがたと激しく振動して、怪我をしてる身体に衝撃が走る。

歯を食いしばって呻きを堪らえれば、血の味が口内に広がった。


どれくらいの時間そうしていたのか。

振動が止まって飛び出すように、すぐさまそこから抜け出した。

辺りは薄暗く、走ってるうちに森の中を彷徨っていた。

身体中が軋んで痛みに喘いで、瞼は重く血が目に滲みて、それでも重い足を前に進める。


何処でもいいから遠くに行かなければ。

あいつに見つからない場所へ。あいつの手の届かない所へ。

恐怖に追い立てられるように必死に身体を動かす。

けれど、徐々に意識が混濁して身体から力が抜けていき、暗く深い闇に堕ちていった。



*******



「おい! ミリア!」


叫ぶように私を呼ぶ声に意識が急浮上する。

未だ暗闇の中で、息が出来ず苦しくて喉を押さえた。

すると、横向きになってる私の背に手を当てて摩られる。


「落ち着け。ミリア、ゆっくり息をしろ」


低く馴染みのある声の言う通りにすれば、空気が肺に届いて息が出来るようになった。荒い呼吸の音が部屋に響く。


「……ガウェイン?」


掠れた声で呟くように名前を呼べば、ガウェインの声が耳に届いた。


「ああ、そうだ。大丈夫か」


未だ夢と現実が曖昧で、激しい動悸に呼吸は乱れて。恐怖に襲われ身体は小刻みに震えていた。

ここが現実なんだと信じられるように、ガウェインにずっと喋っていて欲しい。傍に居て欲しい。


「……ガウェイン……傍に居て、お願い」


ガウェインの服の裾を握りしめて縋るように言えば、ガウェインは布団を捲って私の隣に滑り込んできた。

横たわる私を、ガウェインの腕の中に優しく包み込んでくれる。

私は、引き締まった筋肉質な胸に額を擦り付けて、腕を背中に回してしがみついた。この温もりは本物だから。


「ミリア。どんな夢を見てたんだ。凄い魘されてたぞ」


縋りつく私の背を優しく摩りながら、静かな声で問い掛けられて、私は首を横に振った。


「……わからない……ただ、逃げなきゃって」


夢を思い出そうとしても、どんな内容だったのか覚えてない。ただ、逃げなきゃ。それだけしかわからなくて。


「恐くて……恐くて、苦しくて……でも、わからない……思い出せない」


必死に言い募る私を、ガウェインは宥めるように抱き締めた。


「もういい。わかったから……傍に居るから安心しろ」


「……本当?」


ガウェインに強くしがみついて不安気な声を出せば、ガウェインもきつく抱き締めてくれた。


「ああ、一人にはしない」


その言葉に安堵して、それでも腕は緩めなかった。

背筋に忍び寄る冷たいものを振り払うように、朝までガウェインに縋りついていた。




朝日が昇り、私達はベッドから降りた。

ガウェインの温もりが急に離れて、寒気を感じた私の身体は震えた。

その事に気付いたガウェインは、温かい服を私に着せた。そして私の手を握って歩き出す。


「……ガウェイン。迷惑かけて、ごめんなさい」


私は申し訳なくて、自分の行動が子供じみていて恥ずかしくなった。


「謝るな。迷惑だなんて思ってない」


どうして、この人はこんなに私に優しくしてくれるんだろう。

私は、ただ面倒をかけるだけの存在なのに。


少しでも役に立てれば、申し訳ない気持ちはなくなりはしなくても、マシになるのだろうか。

そう思って私は、ガウェインの手を引いた。


「ガウェイン、包帯を取って欲しいの」


「ああ、今替えてやる」


毎朝包帯を替えて貰ってたので、今日もそう言ってると思ったのだろう。でも、そうじゃない。


「そうじゃなくて、包帯はもう要らないの。傷も痛くないし、もう大丈夫だから」


もう痛みはない。

視覚を奪う包帯はもう要らない。


「……わかった。座れ」


手を引くガウェインに連れられ、ソファに座らされた。ガウェインはそのまま隣に座り、手を私の頭に近付けた。


「眩しいから、ゆっくり目を開けろよ」


そう私に注意しながら、包帯をゆっくりと取っていく。

久しぶりに暗闇から解放される事にも、初めてガウェインの顔を見る事にも、心が躍った。


瞼を閉じていても明るさを感じて、包帯が全て取れたのがわかった。

ゆっくりと瞼を持ち上げれば、眩い太陽の光が窓から射し込んでるのが見えた。


そして、隣にいるガウェインに視線を向ければ。


そこには、男らしい精悍な顔立ちをした男性がいた。

朝焼けのような色の髪は短く、彫りの深い顔立ちに、三白眼の琥珀色の瞳は眦が上がっていて、鋭い眼差しで私の瞳を捉えている。

真っ直ぐ通った鼻と、厚めの唇をしたガウェインは、とてもハンサムだった。


ガウェインが怖がらないでと言ってた意味が全くわからず、私は首を傾げた。


「ねえ、ガウェイン。どうして前に、顔を見ても怖がらないでなんて言ったの?」


「……怖くないのか」


困惑したように問い掛けるガウェインは珍しい。

眉間に皺を寄せて、眦の上がった目つきは鋭いが、どこが怖いというのだろうか。酷い傷がある訳でもないし、醜い訳でもない。もしそうだったとしても、怖がる筈はないけど。


「どこが?」


心底不思議に思って真っ直ぐガウェインを見れば、少し目を見開いてから苦笑した。


「……いや、そうか。ならいい」


笑った顔を初めて見れて、嬉しくなって私の唇も自然と綻んだ。ガウェインは太陽の光が眩しいのか目を細めている。


「傷はまだ残ってるが、少しずつ薄くなっていくから心配するな」


そういえばそうだった。

瞼を指先で触れれば、細い線が浮き上がっていた。多分、完全には消えないだろう。


「うん。ありがとう」


でも、これくらいの傷なんて気にしない。

ガウェインが私を見つけてくれなければ、私はそのまま森で朽ちていた筈だから。

それに比べれば大した事じゃない。


「ガウェイン。今日から私が食事を作ってもいい?」


これからは食事も作れるし、自分で食べられるから、ガウェインの手を煩わせる事もない。

手を繋いで歩く必要がなくなったのは残念だけど。


「好きにしていい」


了承の言葉に笑顔で頷いて、何を作ろうか考えながらキッチンへ向かった。




*******




キッチンへと向かうミリアの後ろ姿を見つめて、俺はほっと息を吐いた。



昨夜はミリアの魘される声に起きて見に行けば、ミリアは苦しそうにして冷や汗をかいていた。

そのままにする訳にもいかず、無理矢理起こせばミリアは俺に縋ってきた。

普段は絶対にそんな行動をしないミリアがだ。

俺は驚きながらもミリアの隣に横になり、華奢な身体を腕の中に優しく閉じ込めた。


どんな夢を見たのか。何から、誰から逃げているのか。

もしかしたら、それがミリアが怪我をして記憶を失った原因だろうか。

恐怖に震える身体を宥めながら、一睡もせず朝を迎えた。


ベッドから出て、いつも通り包帯を替えようかと考えてると、ミリアが包帯を取りたいと言ってきた。

ついに来たかと期待と不安が交錯する。


だが、そんなのは無意味だった。

俺の顔を見てもミリアは全く怖がる素振りもない。

肩透かしを食らったような、安堵したような。

ミリアの瞳には何がどう映ってるんだろうか。


ミリアの瞳を初めて見たが綺麗な青だった。空よりも濃く透き通った蒼色。

俺は人の美醜を気にした事はないが、ミリアはとても美しいと思った。瞼の傷なんて気にならない程に。


ミリアの笑顔は明るく眩しくて、つい目を眇めた。

今までは包帯をしてたから。口元だけでも笑ってるとわかったけど。

でも、こんな綺麗な笑い方をするんだと初めて知った。


ミリアは今、食事を作っている。もう俺が食べさせる必要はないし、手を引いて歩く必要もない。

そうやって自分の力で立って、いつかここから出て行くんだろうか。


出来ればその日は遠ければいい。






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