死神さんは、今日も大変です。
また勢いで書いてしまいました。
深く考えずにお読みください。
私は人の死期が見える。
正確に言うと、死期が近づくとその人の傍らに現れる死神を見ることができた。
最初に彼らを見たのは、祖父の背後であった。幼い私は、祖父に向かって後ろに羽が生えた人がいると無邪気に告げた。祖父は一度背後を見ると、静かに微笑み、私の頭を撫でた。
「そうだなあ、死神様が迎えに来たのかもなあ」
その3日後、祖父は眠るようにポックリと亡くなった。
それから10年以上経っているが、その間に何度も死神を見ることとなる。彼らは時に事故を起こして魂を奪い、また時には病院で黙って遺言を聞いて成仏させていた。
あっ死神だ。
交差点で信号待ちをしていた私の前の通りを1人の女の子が横切っていく。彼女の後ろには1人の死神が翼をはためかせて寄り添っていた。
女の子は女子高生のようで、スカートを翻して何故かスキップしていた。いいことがあったのかもしれない。しかし、彼女の死期はもうそこに迫っている。
「あんなに若いのに……」
彼女の人生はすぐに終わってしまうのだ。
信号機が青に変わり、先ほど彼女が通っていた道の方へ道路を渡る。
と、その時。目の前を自動車と同じくらいのスピードで何かが横切った。私は驚いてよろめいてしまうが、一緒に横断歩道を渡っていた人達は何事もなかったかのように足を進めている。
「え……」
横切った何かに目をむけると、そこにいたのは先程の彼女を必死に追いかける大勢の死神達だった。
「みんな、隊長に続けー!」
「「「おー!」」」
何故か掛け声を上げながら死神達が走り去っていくのを私は茫然と見送った。
「なんなの……」
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「いいか、今日こそ必ずあの娘の魂を回収するんだ!」
「「「おう!!」」」
先日、1人の死神が泣きついてきた。
話を聞いてみると、どうやっても回収出来ない魂がある。彼女の死期は3日前に予定されていたのに、このままではまだ子供も小さいのに左遷されてしまう。ということらしいのだ。
なるほど、魂が回収出来ないという死神はたまにいる。しかしそれはまだ子供なのに殺すなんて、という心情的なものが大半である。泣きついてきた彼は勤労10年のベテランで今までそのようなことは一切なかった。
詳細に尋ねてみると、様々な手を講じてその娘を殺そうとしたのだが、彼女はその全てで生き残ってしまったのだという。
「事情は分かった。何人か手の空いている者に手伝わせよう」
「ありがとうございます!」
本当に切羽詰っていたのだろう、何度も何度も頭を下げてくる。
他の部下のスケジュールを確認する。……何人か休日出勤になるな。ここ最近は激務が続き、休みが取れない死神も多いので、ストライキなど起きなければいいのだが。
そして数日後、まだ娘の魂は回収出来ていなかった。
どういうことかと、担当の死神を呼び出したのだが、彼は数日で見事にやつれており、思わず怒鳴ろうとした口を閉じた。
「それが……数人がかりでも次々と突破されてしまい」
「なんなんだその娘は。改造手術でもしているのか」
「いえ、ごくごく普通の娘です」
「ならば何故回収できんのだ……仕方がない、私が行くことにしよう。準備をしておけ」
「はっ!」
ちょうど上司からも苦言を呈されていた所だったので、隊長である私も共に件の魂の回収に向かった。
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「マンホール、準備完了しました!」
「娘の誘導も成功しております」
「うむ、ご苦労」
後から考えると、この時の私は娘を侮っていたとしか言いようがない。
道のど真ん中にあるマンホールの蓋を開けておく。勿論他の人間が間違ってここを通らないように、娘が通る以外の時には工事中の看板も準備済みである。
しばし待っていると、ターゲットである少女が見えてきた。なるほど、報告通り見た目はどこにでもいるような高校生だ。
何かいいことがあったのか鼻歌を歌いながらスキップをしており、足元には全く注意を払う様子もない。
いける、と思った。
しかしその考えは一瞬で覆された。
彼女はマンホールに一直線に進み、そしてあろうことかスキップで何事もなかったかのようにマンホールの穴を飛び越えのだ。
「嘘だろ!」
「スキップで飛び越えるなんてあり得るのか!?」
「どれだけ勢いよくスキップしてるんだ!」
「偶然か!? これが偶然でいいのか!?」
部下達がスキップスキップと連呼しながら騒ぎ出す。
確かにこれには驚いた。彼女はマンホールの端ぎりぎりで跳躍したかと思うと、また反対側の端ぎりぎりに着地したのだ。再度繰り返すが、全く足元を見た様子はなかった。
「見くびっていたか……」
部下が数人がかりでもあれだけ手を焼いている人物なのだ。
一方大騒ぎしている部下達に全く気付くことなく(見えないので当たり前だが)娘は颯爽と去っていった。スキップしながら。
魂の納期は過ぎている。このままだと上司はおろか、転生協会から苦情が来てしまう!
「作戦B、準備しろ!」
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次の作戦では、工事現場の巨大な鉄骨を落とす。
そもそも先ほどの作戦はすぐに終わると楽観視しすぎていたのだ。彼女じゃなくても、暗闇でもなければマンホールの蓋が空いていたら気づいて避けるくらいするだろう。まあ彼女は気づかなかったわけだが。
しかし今回の作戦なら、こちらのタイミングさえ合わせることができれば、たとえ彼女が歩いていようが走っていようがスキップしていようが大丈夫だ。
「そんなに上手くいきますかねえ」
私はそう思うのだが、私よりも数日長くこの任務に当たっている部下は不安げだ。
なんにせよ、実行あるのみである。
来た。今度は普通に歩いているようだった。
ビルの上から娘が歩くスピードと落下速度を計算しながら、無線で鉄骨を落とす役目の部下と連絡を取る。
「カウント開始。……3、2、1、いけ!」
「はい!」
鉄骨を繋いでいた縄が切られる。
タイミングは完璧だった。しかし頭の中で先ほどの部下の不安そうな声が反響する。
嫌な予感がした。
と、その時だった。問題なく進んでいた娘が、立ち止まったのだ。
「止まった!?」
「は、は、ぶぇっくしょんっ! ちくしょう!」
最期のはなんだ。
実に男らしいくしゃみと同時に、轟音を立てて彼女の目の前に鉄骨が落ちた。
「またかよ!」
「そんな気がした……」
部下達は既に諦めモードに突入している。
一方娘はというと、目の前に突然がしゃーんと落ちてきた鉄骨に、耳を塞ぎながら目を丸くしていた。
「えー、私のくしゃみの所為で落ちてきた!?」
そんなわけあるか!
「作戦C、取り掛かれ!」
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「もうここまで来ると、学会発表ものですよ。死期についての論文が見直されるんじゃないですか?」
「馬鹿なことを言っている暇があるということは、準備はもう整っているのか」
「はい、自動車もスタンバイ完了です」
これで成功しなければ、今日はもう人間界にいることは出来ない。
死神が魂を回収する時において、あまりに人間界に干渉すると各所から苦情がくるのだ。そこで死神は1日に人間界に降りていられる時間が法律で決まっている。
最後は交通事故である。人通りの少ない狭い道ならば逃げ場はない……はずだ。
「きたぞ」
娘がのこのこと歩いてくる。
後はタイミングを合わせて車を彼女にぶつけるだけである。部下にはアクセル全開でやれ、としっかりと伝えてある。下手なスピードでぶつかれば、無傷の可能性が否めない。
「っ今だ!」
合図と同時に彼女の歩いている路地にエンジン音を唸らせる車が突入する。
娘との距離はもう数メートルだ。今から逃げても逃げ切れないだろう。彼女の死は確定した。
「……来世では、幸せに」
彼女の魂に冥福を捧げる為に目を閉じた。
「危ない!」
次の瞬間、ドンッという大きな音が鼓膜を叩き、タイヤの焼ける臭いがした。
危ない……? 誰が言ったんだ?
目を開くと、そこには困惑した部下達と共に、座り込んだ彼女の傍らに先ほどは居なかった若い男がいた。
「危なかったね、大丈夫だった?」
「はい、あなたが助けてくれたんですね……」
どうやら、轢かれそうになった所をあの男が突き飛ばしたらしい。そして道の端で車をぎりぎり避けることが出来たのだろう。
男は所謂イケメンというやつで、周りにきらきらとしたオーラを放っている。彼を見て数人の女性死神がぽーっと見とれていた。
「どこか怪我はない?」
「だいじょ……」
大丈夫と言いかけた娘は言葉を止めて、擦り傷ひとつない足を擦った。
「あっちょっと足を挫いたみたいです」
絶対に嘘だ!
「よかったら、家まで送るよ」
「はい是非!」
男に手を貸されて立ち上がった娘は、故意か事故かよろけて男の腕にしがみつく。
「こっちは忙しくて恋人も作れないのに!」
部下の嫉妬の込められた声が響く。
「隊長……どうしましょう?」
今もう一度娘を轢こうとすれば、確実にあの男も巻き込まれる。
「おい、あの男の死期は!?」
「今確認取ってます……駄目です! 百歳まで生きて大往生の予定です!」
「なんだと!?」
死期が来ていない人間を殺すのは規定違反に該当する。もし発覚すれば重罪だ。
私達はそのまま寄り添った二人を見送ることしかできなかった。
「くそ、明日こそ! 明日こそ必ず回収してやるからな!!」
その後、死神界に帰った彼らを待っていたのは、「ごめーん死亡者リスト間違えてたわ」という上司の軽い謝罪とそれに伴う事後処理であった。
死神さんは、今日も大変でした。