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最強下着 男性版

「どうしても、着ないといかんかの?」


「着て下さい。じゃなきゃ俺、絶対に出演しませんから」


 正也の真剣な言葉に美奈穂は源三を睨みつける。


「なあに? そんなに着るのが嫌なほど怪しい代物なの? それ」


 美奈穂は源三の持つティーシャツとブリーフを指差し、疑わしげに聞く。若い娘が男性用下着をじろじろ見ながら指差すなど結構問題ある行為だが、正也はそんな事を気にする余裕など無く、


「そ、そおいうこと、言わないでくれよ。めちゃ、不安になる」と愚痴る。


「そうじゃ! これはわしの作った発明じゃ。出来が良いに決まっておる!」


 源三は不満を漏らすが正也は、


「その言葉が信用できないから着て下さいって言ってるんだよな」


 そう言ってため息をつく。源三が手にしているのは美奈穂が着ている強化下着の男性用バージョン。正也はこれを着て美奈穂と共にヒーローもののテレビ番組に悪役として出演することを強要された。そこで正也はせめて源三が自分の作った強化下着の試着をすることを求めたのだ。


「しかし……流石にうら若い孫娘の前で裸になるのは恥ずかしくてのう……」


 そう言って頬を染めてはじらっているのは枯れ木のような七十代のじじいである。こんな姿誰も見たいわけじゃない。


「別室で着替えちゃいかんか?」


 見たくもない老人の下着姿なので美奈穂は思わず頷きかけたが、それを察した正也が全力で、


「ダメ! 俺たちの目の前で着替えて下さい! 源じい、俺達に隠れて下着をすりかえるかもしれないから!」


 と叫んで阻止する。


「……だって。しょーがないよ。おじいちゃん、信用ないんだから。それにおじいちゃんの体格なら服の上からでもその下着なら入るでしょ」


「妙な格好になるのお」


 源三は文句を言いながらようやく下着を着はじめる。ごまかされないように見張る正也の視線は必死である。本当は源三が試着しても安心はできないと正也は思っている。美奈穂が身につけるなら何が何でも安全性に配慮するだろうが、自分が試着する程度ではそこまで気は使わないかもしれない。正也は源三の性格をよく心得ていた。


「俺だって美奈穂の下着の試着は服の上からでした。それよりマシです」


 少なくとも男性用である。変態度は下がる。


「ちょっと! ホントに服の上でしょうね?」


 美奈穂の目がつり上がり、声のトーンがはね上がった。


「本当、本当! 美奈穂のために安全性を確かめただけ! 俺達そこまで命知らずじゃない!」


 正也の懸命の主張に美奈穂の疑わしそうな視線も緩む。


「一応信じてあげるわ。私だっておじいちゃんの作ったものを、試着無しでなんて身につけられないし」


 少なくとも源じいよりは信用がある。正也はそう思って一瞬喜んだが、よく考えれば実験体として利用されただけだった。胸中は複雑だ。


「じゃ、スイッチ入れますよ」


 そう言って正也は源三を睨むかのように擬視しながらスイッチを入れた。だが、源三の身体に変化は見られない。

 正也は少し拍子抜けした。もちろんあとで自分が着ることを考えれば何ごとも無いのが一番だが、もし美奈穂の下着のように故障して重力がかかりでもした時には、しばらくスイッチ切らずに日頃の怨みを晴らそうと言う気があったのだ。


「ふむ。やはり体が軽く感じるな」そう言って源三は腕を振ると、


「美奈穂。お前も腕を動かしてくれ」


 と言いながらパソコンの画面を見る。美奈穂は腕を動かしながら、正也も源三と共に画面に目を向けた。二つの表に数字がびっしり書かれているが、美奈穂と源三が腕を動かすとその度に数字が変わっている。しかし両方の表の数字は殆んど大差が無かった。


「正常なようじゃの。どちらも同じ性能を維持しとる。男性用じゃから布の面積がある分、美奈穂の下着の時より楽じゃったしな」


 それなら本当に安全性はありそうだ。もし美奈穂と同じサイズだったら、きっと何かムラがあったり、手抜きが発覚したに違いないが。正也はようやく安心して、


「分かりました。安全が保障されたから、それを身につけて出演します。ただ、俺は演技はど素人だし、美奈穂ほど下着に慣れていないから、美奈穂もそれなりに気を使ってくれよ」


「正也が早く慣れればいいんだけどね。まあ、一応手加減するわ。間違っても宏治さんに怪我なんかさせないでよ」


「美奈穂がヘタレ好みとはね……」正也がぼそりとつぶやくと美奈穂がぎろりと睨み、


「なんか言った?」と叫ぶ。


「べーつーにー」


「そう? じゃ、正也、そっちの下着のスイッチ切って」


「美奈穂は切らないのか?」

 

 そう聞き返す正也の声はどことなく空々しい。しかし美奈穂は、


「すぐには切らないわ。そっちの下着のスイッチを切らないうちは、こっちもスイッチ切らないことにしたの」


 とにっこりと笑う。その顔はやや意地悪気だ。


「ふっふーん。あんた達の魂胆なんて見えてるわ。あたしがスイッチ切ればスイッチが入ってるそっちの方が有利だもんね。あたしそこまで間抜けじゃないの」


「源じい! バレバレじゃないか! 美奈穂がスイッチ切れば隙が出来るって言った癖に! だから俺、その下着身につけること承諾したんだぞ!」


 正也がやけくそ気味に源三に叫ぶが、源三は、


「し、知らん! わしゃ、そんな話、初耳じゃー!」


 と叫び返すが、はっきり顔に動揺が現れていた。


「ほんっとうに、二人とも油断ならないわね。いーい? あたしはこれからずっと、この下着も御守りも手放さないからね。あたしに変なマネしようとしたら、即座に殺人ビンタよ。分かった?」


 美奈穂はそう宣言すると正也がスイッチを切ったことを確認し、その場を離れようとした。その背中を見ながら源三が、


「……なあに。また入浴中と言う手がある」と正也に耳打ち。


「そっか。その手があった」正也も声も出さずに返事をしたが、不意に美奈穂が振り返り、


「そうそう。お風呂の時も防水袋に入れて持ってることにしたから。どんなに汗をかいても大丈夫だって言ったのは、おじいちゃんだからね。それにお風呂を覗いたりしたら、お母さんにいいつけちゃうから」


 これを聞いて源三は青くなった。源三の一番苦手で怖くて頭の上がらない相手は、美奈穂の母親なのだ。


「そ、それだけは! 佳奈代さんだけは巻きこまんでくれー!」


「だったら馬鹿な考えはやめてね。正也、あんたは他人だから覗きなんかしたら遠慮なく通報するわよ。その上撮影中に思いっきりぶっ飛ばしてあげるから」


 今度は正也が青くなる。今でも凶暴な美奈穂がこれ以上キレたら、どんな目に遭うんだ?


「源じい……」


「正也……」


「俺達って、なんてかわいそうなんだー!」


 別段可哀想には見えない二人は、美奈穂に脅えて互いにしがみつき、おいおいと嘆き続けていた。それを横目に美奈穂は、


「明日は撮影♪ 楽しい撮影♪ 宏治さんとラブラブ撮影♪」


 と、一人鼻歌を歌いながら浮かれていた。



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