ニューヒーロー誕生?
美奈穂に殺意が芽生えかける中、源三と正也はきっちり動揺していた。美奈穂の思うつぼである。
「げげげげ源じい、美奈穂が、美奈穂があああ!」
うろたえる正也は、ただ源三にすがりつくだけ。
「美奈穂ー! 今、助けにいくぞー!」
源三はそう叫ぶと、すがる正也をドンっと前に突き出した。よろける正也。
「へ? 俺? 源じいじゃなくて?」
「お前以外に誰がいるんじゃ! 何のためにそのジャージを渡しておる!」
「ああ、そうか。ジャージなら返しますよ。心おきなく逝って下さい」
正也はそう言ってさっさとジャージを脱ぎかけるが、
「こら! お前今わざと誤字でしゃべったじゃろう? 老いたわしの身体では、ジャージの反動に筋肉が耐えられんわ。お前ならただの筋肉痛で済む」
「これ、ただのってレベルじゃないし! 何で改良しなかったんですか?」
「面倒だったからじゃ」
「……やっぱり、源じいが着て下さい」
「ここでお前が美奈穂を助ければ、お前と美奈穂は急接近出来るかもしれん。少なくとも今までよりお前の株は上がると思うのじゃが?」
「う、うーん……」
便利な道具があって、惚れた女を助けるチャンスなのだ。男だったらここは颯爽と(道具頼りだが)助けに行くべきなのだが、性根に問題がある正也は自分の筋肉痛と美奈穂の命を天秤にかけた。こんなやつに惚れられた美奈穂も災難だ。殺意が湧くのもうなずける。
正也は迷った挙句、
「仕方がない。行って来ます」
と、ようやくロケバスに向かって行った。その後を記者高木がカメラ抱えてついて行く。
「よーし。しっかり頼んだからのう~」
源三はまったく動かずハンカチを振っている。調子のいい言葉だけが正也の後を追った。
バスの前まで来て正也はまだ性懲りも無く躊躇する。
「だってなあ。相手は刃物持ってんだよな。いくらこのジャージでも切りかかられたら怖いし」
道具に頼ってもだいぶ情けない。鋼鉄の鎧に機関銃を持たせたとしても、こいつはためらうに違いない。
「無理に、犯人に直接対決すること、ないよな」
あー、また三日三晩寝込むのか。学校休めるのは悪くないが、ゲームも出来ないほど痛いのは勘弁してほしい。でも、ほっといて美奈穂に万が一の事があったら。
「あいつ、絶対俺達に祟るよな。美奈穂なら幽霊になっても、なぐり殺しに来そうな気がする」
正也はようやくあきらめがついてジャージの裏にあるスイッチを入れると、まるでバスが発泡スチロールで出来ているかのように、ひょいと持ち上げた。唖然とする警官と野次馬達。
窓からそれを確認した美奈穂は、急いで窓枠にしがみつく。
「美奈穂ー! つかまってろよー!」
そう言うとそのままバスを右へ左へと振り回した。とっさの考え難い現象に呆然としていた犯人は、バスが振られるたびに全身を叩きつけられる。幾度かバスがシェイクされて、ドスンと下ろされた時には犯人はすでに気を失っていた。美奈穂はその上を若干の恨みを込めて踏みつけながらバスを降りる。
あまりの事態に誰もがあっけにとられる中、美奈穂は正也のもとに近寄った。
「おー! 美奈穂。無事でよかった」スイッチを切りながら正也は言うが、
「良くないわよっ。あたしまで振り回す気だったの?」と、美奈穂はふくれっ面。
「美奈穂ならそんな鈍い事は無いと思ったし。第一、刃物持った相手に立ち向かうなんて、怖い……てってててて」
「あたしはその相手に、ずーっと刃物突き付けられてたんだけど? って、正也、何やってんの?」
正也はその場にひっくり返って顔をしかめている。
「何って……。源じいのジャージの反動、美奈穂も知ってんだろ? 全身メチャ痛なんだよ」
「情けない。地が貧弱だからよ」
そんな冷たい視線の美奈穂の前に撮影監督がものすごい勢いで駆けつけて来る。
「あ、監督。御心配かけてすいませ……」
美奈穂は慌てて笑顔を作るが、監督はそんな美奈穂をスルーすると、
「君! 私の番組の、ヒーローやらないかっ?」といきなり正也に問いかけた。
「はあ? 僕が?」正也も美奈穂も目を丸める。
「私はヒーローやヒロインがノンスタントで演じる特撮を撮るのが長年の夢だったんだ! 君がいればその夢がかなう! ぜひ、出演してくれ!」
監督は正也の襟首つかんで正也に顔を近づかる。痛みで動けない正也は首の座らない赤ん坊のようになすがまま。自分の撮影している番組のヒロインが、ようやく解放されたことなどお構いなしになっている。
「ちょ、ちょっとー! それじゃ、宏治さんとの共演はどうなるんです?」
思わず美奈穂がかみつくが、
「交代だ、交代。俺の夢が目前にぶら下がってるんだ! これを逃してなるものか!」
「やだーっ! やだやだやだ! 大体こんな間抜け顔のヒーローって、ありえないからっ!」
「顔? そんな物、髪形工夫して今時のメイク技術を駆使すれば……」
と、言いつつも監督が正也の顔を観察すると、
「……ちと、難しいか」
おい、良く本人の前で二人ともそこまで言えるな。普通もう少しデリカシーってもんがあるだろ! と、正也は嘆きたいが、そろそろ本格的に全身に痛みが回ってそんな気力も無い。
「そう言えば、宏治さんは?」美奈穂には苦悶する正也より憧れの宏治の方が気になる。
「あ、宏治は今ちょっと、取り込み中で……」
宏治のマネージャーの男性が、慌てたように立ち上がろうとするが、足元にうずくまった誰かにしがみつかれ、転びかける。しかもそれは……。
「はっ、離れないで! こっ、怖い。こわいよ~」
うずくまり涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらマネージャーにすがりついているのは、まぎれも無く宏治だった。
「あ、こら! 声を出すんじゃないっ。バレただろうがっ!」
「うええええーん。だって、だあってえー。こわい~」
マネージャーの奮闘空しく脅えて泣きぐずる宏治の姿はまるで大きな幼児だ。
「すいません。こいつ、子供の頃誘拐されかけたトラウマがあって、ひどく臆病なんです。これまでなんとかごまかしてきたんですが」
この姿を見られた事に観念したのか、マネージャーはがっくりと肩を落とした。美奈穂は目を丸めたまま、声が出た。
「こっ、こっ、宏治さんがこんなに……」
「すいません。こんな無様なやつで」頭を下げるマネージャー。
「こんなに、可愛いなんて!」
「は?」
「かっわゆ~い! きゃあ。脅えた瞳なんて、まるで子犬みたいじゃない! あ~ん、守ってあげたーい!」
さすがは源三の孫。趣味が普通じゃなかった。まあ、イケメン限定ではあるだろうが。
だがこれに反応したのは高木だった。おおっ! これは美少女をめぐる恋の三角関係なのか?
しかしカメラを構えてもシャッターを切る気になれない。美少女をめぐる恋敵同士が、一人は間の抜けた顔で寝っ転がって悶絶し、もう一人はガクガクふるえてマネージャーの足にすがって泣いている。こんな絵にならないもの、何が悲しくて我が愛機に納めにゃならんのだ。
「最近の女の子の趣味は、理解できないなあ」俺も歳を取ったと高木までもがうなだれる。
「そうだ! ヒーローでなくてもいい。君、敵の悪役で出演してくれ! それなら顔は間抜けでもいい」監督はまだ、正也の起用を諦めきれないらしい。
二言目には顔、顔って! これでもデリケートな思春期なんだぞ! と言う正也の心の声は届かない。
「悪役がヒーローより強くてどうするんですか? お話にならないじゃない」
流石に美奈穂もあきれるが、
「そうか……いや! 美奈穂ちゃんが立ち向かえばいいんだ! 美青年に襲いかかる凶悪な魔の手から守る、スーパー美少女。いける、いけるぞおー!」
「そっかあ。宏治さんをあたしが守って、ラブラブモード。それも悪くないか」
美奈穂は美奈穂で、かなり自分に都合よく解釈して乗り気になっている。
「おーい! 俺の意思はどうなってるんだ?」ようやく正也が抗議の声をあげたが、
「いやいや。ここは引き受けるべきじゃ、正也」いつの間にか源三が湧いて出てきた。
「何で俺が……」
「もちろん、美奈穂の見張り役じゃ。お前が共演すれば、美奈穂に変な虫がつくのを防げるじゃろうが」
「でも俺、演技なんてド素人ですよ?」
「心配ない! 君は美少女を本気で襲ってくれればいいんだ。美奈穂ちゃんなら、本気で撃退できる。ノンスタントの、真剣勝負だー!」
この監督もいい加減いっちゃってる。世の中どうなってるのか。
「もちろん、お前にも美奈穂と同様の下着を作ってやる。力加減も美奈穂なみになれる。それで美奈穂と共演じゃ。悪い話でもなかろうが」源三は正也に耳打ちした。
「それならまあ……待てよ? 確か美奈穂は下着の効果に慣れて、普通より強くなってるんだよな? 俺がいきなり下着をつけても」
「まあ、お前もそれなりに鍛えないと、美奈穂にボコボコにされそうじゃの」
「や、やっぱりやだ! 断るー!」
正也は痛みも忘れて一人そう叫んだが、誰もその声に耳を傾ける者はいなかった。