奇跡?
美奈穂が振りかぶり、正也が美奈穂の胸に釘付けになっていると、一瞬だが美奈穂のブラウスの胸の隙間から、何か見覚えのあるものが見えた。あれは……?
ハッとして正也は美奈穂の攻撃をかわした。
あれは……あれはお守りスイッチだ!
美奈穂もそれに気づいたらしく、胸元に手をやりお守りを胸に押し込んだ。
くっそお。美奈穂のやつあんなところに隠し持っていたのか。あれを手に入れれば俺の命は助かる!
そう考えるのとほぼ同時に、中二まっただ中の正也に妄想が浮かんだ。あの美奈穂の柔らかそうないい感じに育った胸に手を伸ばし、胸元のお守りを奪い取る己の姿をはっきりと思い浮かべたのだ。これは命を懸けるに値する、美味しい展開じゃないか!
「うおおおおおおー! このまま殺られてたまるかあー!」
やる気スイッチはすぐになくすが、スケベスイッチならすぐオンになる。しかもパワーはこの年頃なら無尽蔵。正也の体力はスケベパワーによりマックスまで復活を果たした。……と言うより、若いのだから最初から気力の問題だ。
「くっそおおお~! 殺られるくらいなら、ヤッてやるー! 俺があの胸を、揉みしごいてやるー!」
それは完全に方向が間違っているが、とにかく正也は果敢に美奈穂に向かっていった。勇気リンリン。ついでに一部もビンビン(こらーっ)だろう。
スケベパワーでよみがえった正也は、美奈穂の胸元だけを目標にガンガン攻める。……いや、もちろん攻撃を繰り出すという意味で。
美奈穂もひるむことなく応戦する。こっちはこっちで正也の異様な気配を察して、乙女の防衛本能が働いている。早い話が「キモイ」のだ。
考えるよりも先に手が出る足が出る。もともと情け容赦なかったが、今はさらに嫌悪感までついてきた。おかげで互いにキックとパンチを繰り出し、それをよけ合うという激しい攻防戦となった。
いかにも気の強い美奈穂らしく、攻撃は最大の防御と言わんばかりに猛然と殴り掛かる。さらには正也の顔を狙って蹴りを繰り出すが、妄想とスケベ心が全開の正也は、防御の仕方も逃げる一方から痛みをこらえて美奈穂のこぶしを腕で遮るようになった。
強烈な蹴りをよけながらもこんな時だけ積極的に手を胸元に伸ばし、美奈穂の足元をけって転ばせようとする。ついには間一髪正也の手がかすり、美奈穂のブラウスの胸のボタンがはじけ飛ぶ。しかし美奈穂もそれ以降は器用に正也の手をよけながら攻撃を繰り返した。
傍観するだけの回りの人間はやんやの喝さい。二人は完全に見世物になった(まあ番組は見世物だが)。しかし番組プロデューサーは監督に、
「ちょ、監督。あの子、美奈穂ちゃんの胸ばっかり狙って手を伸ばしてるじゃないですか。問題ありますよ、これ。一応は朝の子供向け番組なんですよ」
と苦言を呈したが、あのイッちゃってる監督は、
「なーにが問題だ。そもそもこの番組は朝っぱらから子供に暴力表現見せまくってるだろうが。今更気にするな」
と、めちゃくちゃな持論で意に介さない。二人の戦闘はますます白熱する。
息詰まるような攻防だが、それでも美奈穂は正也だけに集中していたわけではなかった。むろんスケベパワーを得た正也は意外なほどに攻めてきたが、それでも美奈穂は一定の方向から体制を変えずに戦っていた。なぜなら美奈穂はしっかり自分の視野に宏治の姿を入れたまま戦っていたのだ。どんな時でも憧れの人の安全と、まなざしを見つめていたい。恋する乙女の根性である。
だが、すべての人が美奈穂と正也の攻防に注目している……と、思われたが、美奈穂の目には許せない光景が飛び込んできた。
花蓮が宏治のもとに、ちゃっかり寄り添おうとしたのである。
「こらあっ! 花蓮! 勝手に宏治さんに近寄るなあー!」
美奈穂も完全に本番中であることを忘れている。しかも乙女の嫉妬パワーは、正也のスケベパワーを完全に上回った。信じがたいスピードで殴り掛かり、正也が必死にそれを受け止めると、そこにさらに美奈穂はタックルのごとく身体ごと体当たりをした。むろん、胸元のお守りはブラウスの上からしっかり握ったままである。 正也は見事に飛ばされ、ひっくり返った。正也に起こった奇跡はあっけなく終了した。
「ちょっと、花蓮。なにやってんのよっ! 私が一生懸命にあいつから宏治さんを守ってるのに!」
美奈穂がそういいながら宏治と花蓮の間に割り込んでいく。例のごとくヘタレの宏治は身を縮めて震えるばかりだ。
「あんたこそ、その馬鹿力で割り込んでこないでよっ! 宏治さんが怪我したらどうするの!」
「わたしが宏治さんに怪我させるわけないでしょっ! あんたみたいなトロイぶりっ子のほうが宏治さんの邪魔よっ!」
「なんですってえ~?」
撮影無視して揉めはじめた女子二人にさすがに監督が、
「カット! カアーット! そこの二人、撮影中に喧嘩するんじゃない!」
と叫ぶ声を聞き、二人はようやく我に返った。その隙におびえた宏治が、
「ふえええ~ん。マネージャー。怖いよお~」
と、べそをかきながらマネージャーのもとへ駆け寄ると、それを見たオバハン軍団が、例のごとくギャアギャアと歓声を上げた。美奈穂と花蓮が思わずマネージャーに氷のような視線を投げかける。
「いや、違う。これは違うぞ! 私はノーマルです! こいつとは仕事上の関係だけです!」
美少女二人からあらぬ疑いの視線を浴びせられるマネージャーも、涙目になっている。
そんなごたごたの中、ようやくほかの戦隊メンバーの男三人が起き上がった。正也は運悪く、彼らが伸びているところにひっくり返ったので、その物音で気が付いたらしい。
「あ、気が付きましたか? なんか今撮影中断して……」
正也が彼らに説明しようとするが、三人は正也を見ると、
「おのれ、怪人! 俺たちはこの程度ではくじけないぞ!」
と、叫ぶなり三人がかりで正也につかみかかった。
「わっ! ちょっと待ってください。今カメラまわってませんってば!」
「じゃーかーしい! こちとら、存在価値のピンチなんだよっ!」
とてもイケメンが使う言葉とは思えないセリフを吐きつつ、正也の動きを封じようと衣装のタイツにしがみついてくる。
「そんなに引っ張らないでください! 衣装が伸びる」
正也は思わず強化下着のスイッチが入っていることも忘れて、思いっきり体をよじってしまう。伸びたタイツはその負担に耐えられずに、
ビリビリビリビリ……
衣装の破ける派手な音がスタジオ中に響き渡る。皆が思わず注目した先には、怪人のメイクが施された顔に、締まりのない体つきの少年が昭和な老人の作ったジジイ色プンプンな下着を身に着けた姿が……。
スタジオ中に微妙な空気が流れ、正也に冷たい視線が集中する。花蓮が思い出したように「きゃあ、やだあ」と声を上げた。
「うっ……、うわああああああああ~!」
正也は脱兎のごとく、今度こそ本当にスタジオから逃げ出した。
「二度と、二度とテレビになんか映るもんかー! ばっかやろー!」




