死闘!
ご無沙汰しておりました。
何とかして正也出演編にけりをつけるべく、更新再開しました。
笑っていただけたらありがたいです。
正也がどんなに悪い予感に襲われようが、やる気スイッチが行方不明になろうが、撮影準備は進められる。正也は悪の組織の怪人役と言うことなので、何か着ぐるみを着せられるのだろうと本人は期待していた。美奈穂に立ち向かうことを考えると、少しでも体をカバーできるクッションが欲しいのだ。ところが。
着るように指示されたのは、ほぼ全身タイツに近い衣装。暗く濃い色のタイツに腰と肩回りにウレタンフォームがほんの少し、装飾的に張り付いている代物だった。着替えても肝心の保護してほしい手足とボディ部分は薄いタイツだけの状態だ。
「あ、あのう。こんな薄着なんですか? 俺」
正也は思わず衣装を渡してきたスタッフに尋ねるが、
「ああ、君は素人さんでしょ? いきなり着ぐるみ着たって動けないでしょ。あれは動きにくいうえに中が暑いからね。ライトの熱もあるし、着ても熱中症で倒れるのがオチだから」
うーん、それも嫌だ。
「じゃ、チャッチャとメイク、済ませよう」
「メイク? 怪人役なら、マスクかなんか被るんじゃ?」
「ああ、監督が君の場合は素顔を生かしたほうが……いや、ゴホン。今のメイクはリアルな怪人顔にできるから」
……聞かなきゃよかった。どうせ俺は怪人並みの不細工ですよっ!
メイクを済ませて(思ったより薄い気が……)スタジオ入りすると、あの監督は正也を見て実に満足そうな顔をした。正也はますますヘコむが、撮影は待ってくれない。さっそくリハーサルが行われる。役者が定位置に配置され、カチンコが鳴ると悪の幹部が、
「まんまと罠にはまったな! さあ、怪人マッサーヤ! こいつらを始末するのだ!」
と、正也のやる気をそぐことしか考えていないような、いい加減な名前で命令する。
どんだけ俺は正体バレバレで自分をさらさなくちゃいけないんだ!
と、心で叫びながら正也はほぼやけくそでセリフを言う。
「はあーっはっは。お、おれさま……の、ま、まえに、あ、あわられ、あれ? あ、あらられ、たのが、う、うんの……(しかも棒読み)」
「カ、カ~ット! 緊張しすぎだ。もっとリラックスしてくれ」
監督が慌てて正也に懇願するが、美奈穂は無情にも、
「無理です。正也は国語の朗読も、まともに出来たためしがないんですから」と告げた。
どれだけダメダメなんだ、正也。いいところがなさすぎる。
「そ、それを知ってるんなら、早く教えてくれっ!」と監督は叫ぶが、
「すいません。忘れてました」
と無責任な美奈穂はあっさり答える。これは素人を強引に使う方が悪い。
「仕方がない。今日の撮影は音を拾わずに、後でセリフをアフレコにしよう」
リハーサル再開。だが、素人の正也がいるせいで本格的なアクションは行わず、役者の動きとカメラワークの確認だけが行われた。正也も美奈穂も下着のスイッチを入れていないので、素人の正也の動きが極端にもたついている。
「素人さんに演技を求めても仕方がない。彼にはぶっつけ本番で、全力で襲い掛かってもらおう。カメラ、しっかりカバーしてくれ!」
監督の無茶ぶりにうんざり顔のカメラマンたちだが、すぐにスタッフと話し合って真剣な顔つきに戻る。そこはさすがにプロで、臨機応変な対応が出来るらしい。
いよいよ本番。セリフ部分がないので正也はいきなり登場する。役者の方は変身前なのでイケメンと美少女のままだ。正也はまず花蓮に襲い掛かり、それを止めに入る美奈穂と格闘することになっていた。
とにかく花蓮に向かっていく。すると花蓮が恐怖と嫌悪の表情で顔を引きつらせる。演技とわかっていても、美少女が自分に向かってそんな表情をされると悲しくなってくる。思わず泣きそうな顔になると、花蓮の表情が一層引きつり、悲鳴が上がった。
ちょっと待て。これ、本気の表情じゃないか?
正也はやる気どころかすぐにも帰りたい心境だ。そこに美奈穂が目の前に現れる。なんだか獲物を狙う猛獣のような目をしていて、正也は逃げ出したくなった。
こんなの、俺にいい事一つもないじゃないか。やってられるか!
ところがそこに、想定外のことが起こった。台本無視で宏治と美奈穂以外の戦隊メンバーが一斉に正也に襲い掛かってきたのだ。
げげっ。この顔全員本気じゃないか。多勢に無勢もいいところだろ。なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだ!
正也の思いに関係なく、三人の男たちが襲い掛かってくる。正也は無我夢中で体を動かそうとしたが……。
その時身体が勝手に身をかわし、わずかな瞬間に腕が童顔の男を突き飛ばし、足が勝手にチャラそうな男を蹴飛ばし、頭はガタイのいい男の腹に頭突きをくらわしていた。三人の男たちはあっけなく吹き飛ばされて倒れていく。観衆が「おおっ」とどよめいた。
どうやら強化下着のセンサーと、オート機能が働いたらしい。瞬時に最適な動きを下着が割り出して正也の体を勝手に動かしたのだ。
これが強化下着の威力か。こりゃすげーや! 悪役でも強いって気分がいい!
頭突きの影響で少し頭はくらくらするが、かえって正也のテンションが一気に上がった。しかもその目の端にあの、にっくきイケメン恋敵の宏治が見えた。これはボコるっきゃないだろう! と正也は宏治に突進する。すると、
「ギャーッ! 不細工が宏治君を襲う~っ!」
「ブ男のくせに、私の宏治君になにすんのよー!」
あのオバハン連中が一斉にブーイングを始めた。マイクが入っていないのが幸いだ。
うるせー! なんで俺がこんなズタボロに言われなきゃならないんだ! こうなったら美奈穂に向かうより、こいつらイケメンをボコボコにしてやるーっ!
正也が悪役にドンピシャリな発想にいたり、今まさに宏治にこぶしを振り上げようとしたとき、またもや下着が勝手に動き、正也は反対方向に身をそらした(そらされた?)。
間一髪。すれすれで飛び蹴りした美奈穂の体が目の前を通過する。周りは歓声に包まれた。
おいっ! 飛び蹴りって! 美奈穂のやつ、ぜんぜん手加減してねーだろ!
それだけでも恐怖なのだが、着地して振り返った美奈穂の目が据わっていた。
「……宏治さんに、な・ん・て・こ・と・すんのよ。あんたはっ!」
……やばい。本気で美奈穂に殺されそうだ。まてよ? これだけ台本無視してるんだから、監督がそろそろ撮影を止めるんじゃ……?
正也は期待を込めて監督の様子をうかがったが、監督は
「いいぞ、いいぞ。カメラ、どんどん回せ~! こんなシーンは二度と撮れるもんじゃないぞ~」と、大興奮。
……あの人に期待した俺が馬鹿だった。こんな監督使ってる番組を提供するって、一体どこのスポンサーだ? よく会社が倒産しないな。
正也がスポンサーの心配をしている間にも、本気モードの美奈穂が正也に猛然と襲い掛かる。美少女に襲われるとは、人によってはうらやましいかもしれないが、残念ながら正也にそっちの趣味はない。それに何よりも命が惜しい。
「はあああああああーっ!」
勇ましい掛け声とともに、えらい勢いで美奈穂からパンチとキックの連打が飛んでくる。それを下着のセンサーがかろうじてかわしていく。身を守る物もない全身タイツ姿でヒットしたらただでは済まなそうだが、このままではヘタレの正也は体力が先に尽きる。我が身が絶望的だと気づいた正也は、とろい頭で必死に考えた。
とにかくお守りを奪って、スイッチを切らなくては。助かるにはそれしか手段がない!
死にもの狂いとは強いもので、鈍い正也が下着の力を借りながらも、お守りスイッチが入っている美奈穂のスカートのポケットに手を伸ばす。さすがに数回阻止されたが正也の命がけの賭けが功を奏したのか、ついにポケットの中に手を突っ込むことに成功した。
やった! これで命が助かる!
そう思うと同時に正也は違和感を持った。ポケットの中をどんなにまさぐっても、手に何も触れるものがない。……お守りスイッチがない? これは何の間違いだ?
すると美奈穂の攻撃がやみ、正也に向かって悠然と悪魔の微笑みを浮かべて見せた。
間違いじゃない! 美奈穂のやつ、いつものポケットにお守りを入れてないんだ!
正也は目の前が真っ暗になった。
そんな……最後の希望まで断たれるなんて。ああ、オバハン連中が俺に罵声を浴びせている。まだ宏治をぶん殴るどころか、かすりさえしていないのに。花蓮ちゃんは本気で俺におびえているし、監督はハイテンションだし、俺に伸された連中は起き上がりもしない。
源じいは……。一番あてにできない。誰も俺を助けてくれる人はいないんだ。
駄目だ。俺のひ弱な体力は、もう限界だ。お父さん、お母さん。今までお世話になりました。先立つ不孝をお許しください。……ちっとも、先立ちたくなんかねーのにっ!
美奈穂の容赦ない攻撃が再開された。正也は下着の力と残りカスのような体力で第一波をかわした。だが次をかわす力はもう残っていないと正也は諦めた(早い)。
……今ちょっとだけ俺、カメラの前で敗れ去るヒーローっぽい気分だ。悪役なんだけどな。それに惚れた女の子が恋敵を守るために、俺に逆上して殺されるなんて、最後まで悲惨な人生だ。次に生まれ変わるなら、せめてイケメンに生まれたい。
美奈穂が一撃をくらわせようと腕を振りかぶる。諦めモードの正也は目もつむらない。
ああ、振りかぶっても胸のふくらみが良く分かる。いい感じに育ってたんだなー。どうせなら美奈穂のおっぱいを見ながら逝こうか。
正也がそんなスケベ心丸出しで覚悟した時、奇跡が起こったのだ!




