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6,『もしもし。今、あなたの』

 また電話が掛かってきた。

「もしもし」

 オレが出るとほっとしたような意気揚々とした声でマリーが言った。

『もしもし。分かっていると思うけど、わたしマリーさん。』

「うん。もう分かってるからいいよ」

『お黙り! ……うふふ、今、10階にいるの、うふふふふ。もうすぐ行くわ』

 ブツッ。

「……今、10階だそうだ」

「12階にもう一軒長瀬さんがいるよねー、どんな人か知らないけど」

「うち、下のポストにも表札出してないからな。12階の長瀬さんは、出てるよな?」

「そうね」

 オレたちは思わず揃って天井を見上げ、その後手持ちぶさたにマリーからの電話を待った。12階の長瀬さんが留守であることを祈ろう。どんな方かは存じませんが、うちの、馬鹿、マリーがご迷惑おかけします。


「プルルルルルル」


「来た」

 オレは電話を取り、思いついて玄関に向かい、ドアを開け、一歩廊下へ出た。上から「ぎゃああああああーーーっ!!!!」なんていう悲鳴が降ってこないことを祈りながら。あ、もちろん受話器はコードレスだ。けっこう離れても通じるみたいだ。追いかけてきたメリーちゃんと妹が顔を寄せてきて、オレはようやく

「もしもし」

 と呼びかけた。


『もしもし。わたしマリーさん。今、あなた の・・・・・・・・・』

「………………………」

 みなぎる緊張感。

「おーーい。もしもーーし」

 ツーーーーーー、と、電話は切れている。

 上から悲鳴が降ってくることもなく、

「どうやら間違いに気づいたらしい」

 オレたちはほっとして、よかったよかったと、にこやかに部屋に戻った。

「あっ、そういえば。お客様にぜんぜんお茶もお出ししませんで」

「いえ、いえ、ご主人様、メリーはお客なんかじゃございませんわ! あ、あ、あ、あ、あなた様の、つ、つ、つ、つつつつつつつ、……………つ・ま……………でございますわ! きゃあ〜〜〜っ、言っちゃった、言っちゃいましたわああ!!!」

 ぶるんぶるんとブロンドを振り回して頬を押さえるメリーちゃんは、かわいいんだけどねえ……、うう〜〜ん、ほんと、どうしよう?

 のほほんとラブコメを演じていたら電話が鳴った。

「もしもし?」

『……………………もしもし……。わたしマリーさん。今、10階に…』

「今10階に降りてきたってさー」

『…………………く……』

 (くやしい〜〜〜)と言う言葉を飲み込んでマリーさんは電話を切った。

「どうしようかねえ?」

 オレは受話器を指さしてメリーちゃんに訊いた。なんだかすっかり緊張感がそがれてしまったが、屈辱に震えるマリーさんがこの失態を封印すべくマジでオレたちを消しに掛かってこないとも限らない。笑いながら惨殺されているオレたちなんて、シャレにならんわな。どんなスラップスティック・ホラーだっつーの。

「ねえメリーちゃん、マリーを退治する方法って、なんかないの?」

「分かりません。何度ひどい目に遭わせてもしつこく仕返しに戻ってくる懲りない子ですから」

 ・・・・・・・・。

 今、さらっとオレたちの視点を反転させることを言わなかったか?

「……マリーを、撃退できるの?」

「あ、わたしは平気です。あの子、わたしは襲ってきませんから。いつまでもいじいじと、『遊ぼ?』なんてモーション掛けてきて、鬱陶しいったらありませんわ」

 オレは妹と顔を見合わせた。オレはメリーちゃんに訊いてみる。

「あのー、じゃあメリーちゃんがマリーさんと遊んであげればいいんじゃない?」

 メリーちゃんがご主人様のオレにまでツーンとした顔を隠そうともせずそっぽを向いて言い放った。

「嫌ですわ、あんなダっサイ子。わたしの美学に合いませんわ」

 まあ考えてみれば自分で動き回っておしゃべりする人形と仲良く遊べと言うのも不気味で無理な注文ではあろうが、メリーちゃんの言いぐさはそういうのとはちょっとニュアンスが違う気がする。

「マリーさんって、いったいどんな……」

 人形なのか?、訊こうとしたら、電話が鳴った。

「もしもし」

『もしもし。わたしマリーさん。




  今、 あなたの後ろにいるわ  』




 あなたの後ろ、とは、つまりオレの後ろか?

 オレにぴったり顔を寄せていた美少女二人が少し顔を離してオレの後ろを見た。オレもおそるおそる振り返る。

 ・・・・・・・・・・・・

 いねえじゃん?

 オレが受話器を当て直し「おい」と言いかけたときだ、




「 うっそぴょ〜〜〜〜ん! 」




 オレたちはギョッと声のした方を見た。

 ガラッと窓が開き、ふわっとスカートを翻し、女が、オレの想像通りの四角い野菜切り包丁を振りかざして飛び込んできた。オレの想像では野菜包丁と出刃包丁とどっちかなあと思っていたのだが、ナタのイメージで四角い方かな〜なんて思っていたのだが、そんなことはともかく、嬉々としたまがまがしい笑いを浮かべて飛び込んできた女に、オレと妹は兄妹仲良く同じ目をして言った。


「「 誰? 」」


 スコーン!、と、女の額のど真ん中に細身の…ダガーナイフ?が突き刺さり、女はガックンと首を後ろに反らせ、背をのけぞらせ、スカートを丸く開いて大股開きで、ズッテーンとひっくり返った。

 オレと妹がびっくりしてメリーちゃんを見ると、黒いスカートをたくし上げ、下のペチコートにぐるりとダガーナイフ……ならぬペーパーナイフ?が装着されていた。

 オレたちの視線を受けてメリーちゃんはこともなげに

「メイドのたしなみですわ」

 と言ってのけ、サッサッと黒いスカートを整えた。……やっぱりメイドなんだ。どこの世界のメイドがペーパーナイフを武器として自在に扱うのがたしなみなのか分からないが。

 メリーちゃんはオレたちににっこり笑い掛け、

「ご主人様と妹君はわたしがお守りいたしますわ」

 とありがたいことを言ってくれたが、その笑顔に薄ら寒いものを感じたのは妹も同様のようだった。

 ひっくり返って脚をバタバタやっていた女が、脚を振ってお尻を支点にひょっこり上半身を起きあがらせた。

「いったあ〜〜〜いっ! メリーちゃん、ひどお〜〜〜い!!!!」

 女は額に突き刺さったゴールドのペーパーナイフをスポッと引き抜いた。額に空いた穴の感じからして過去何度も同じ目に遭わされている感じが見て取れた。それにしても…………

「これがマリー?」

 オレは、女、を指さし、メリーちゃんに訊いた。妹もオレと同じ棒に点の目をしている。

 メリーちゃんは居丈高にフン!とふんぞり返り、上から目線で言い放った。


「なにが『マリー』なもんですか。この子の正体は、


   ジュディーちゃん


 ですわ」


 ……ジュディーちゃん…………。う〜〜む、訳分からん。

 『メリーさんの電話』の怪談のならいからしてオレは『マリーさん』をフランス人形だとばっかり思っていた。メリーちゃんがフランス人形風のゴスロリファッションであるから当然そうだと思いこんでいた。

 しかし、今目の前の床に脚を投げ出してペタンと座り込んでいるこれは、

 ツルンとしたプラスチックの顔に白と青の星の散った巨大な目をした、等身大○カちゃん人形で、着ている服も赤とピンクの安っぽい半袖ミニスカートで、きっとメリーちゃんのゴージャス衣装の100分の1以下の値段で1時間で作れてしまうだろう。しかも顔やにょっきり伸びた腕や脚に、一生懸命拭いて薄れてはいるが、マジックでいろいろ……とても可哀想で(恥ずかしくて)具体的な描写のはばかられるイタズラ書きがいっぱいされていた。

 オレと妹はそのあまりに哀れな様子に思わず涙ぐんでしまった。

 しかしゴスの本性をあらわにしたメリーちゃんは非情だ。「ジュディーちゃん」と正体?をばらされてガーーン……とショックにうち沈んでいるマリーを痛烈に批評した。

「この子はそう、丁度こちらの借家に住んでいた頃お祖母ちゃんがわたしにプレゼントしてくださった着せ替え人形ですわ。その頃わたしはこれを『リ○ちゃん』だとばっかり思いこんで喜んで遊んでいましたわ。けど、ごまかされるのはせいぜい幼稚園にも通わない一人遊びの内だけですわ。お引っ越しして幼稚園に通うようになったわたしは、お友だちの家に遊びに行って、彼女たちの『本物』の『○カちゃん』を見て、自分の持っているのが偽物だと気づき、ひどく恥ずかしい思いをいたしましたわ。こいつは、どこかの三流町工場がリ○ちゃんをパクッて作った○カちゃんやジェ○ーちゃんの偽物のお友だち、  ジュディーちゃん  なのですわ! この、安っぽい、偽物!偽物!偽物! よくもわたくしに恥をかかせてくれたわね? この、偽物の、出来損ないっ!!!!」

 鞭のようにビシリ!ビシリ!ときつい言葉を叩きつけた。

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