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4,『もしもし。今2階に』

 作者の狙いは分かった。やはりこれはサイコスリラーなのだ。

 何も知らない妹を間に挟んで、包丁を隠し持った狂気のゴスロリ少女がいつ危険な変貌を遂げるか?既に侵入を許してしまったマンションのこの狭い部屋の中で、胃の痛くなるギリギリの心理戦が展開されるのだ!!


「いやあ、びっくりしちゃった、マンションの入り口にこーんな、キラキラな人が立ってるんだもん。わざわざ兄ちゃんに会いに来たんだってえー。いよっ、憎いよ、この、女殺し」

 なんにも知らない妹が、邪気のない笑顔で面白がりやがって。兄ちゃんはなあ、兄ちゃんはなあ、今おまえをどうやってこの修羅場から安全に逃がしてやろうか必死に考えているんだぞお?

「でもメリーちゃん、よくここまで来られたわねえ?」

「はい。母に電話で聞きました」

「あ、そっか。お母さんはお元気?」

「はい。変わりなく元気にしております」

 にこやかに会話する健康スポーツ美少女と毒々しい室内栽培のオタク美少女。

 オレは、何か、ものすごーーく、違和感を覚えた。

「ちょっと待て。おまえたち、知り合いか?」

 妹ははあ?と呆れたような顔をし、ゴスロリメリーの方は電話口で感じた悲壮な表情をして、二人ともなじるような目でオレを見た。

「な、なんだ? どうしてオレが責められる?」

「ご、ご主人様、本当にわたしのこと、覚えていらっしゃらないんですか?」

 うっ、なんだそのひどいショックに打ちのめされたような涙目は? お、覚えてない、と言うか、知らんぞ、おまえのような種類の少女は?

「ひっどいなー、兄ちゃん、メリーちゃんだよ? ほんっとに、覚えてないの?」

 我が妹までオレを最低のろくでなしのようにさげすんだ目で見やがる。ううむ、なんだか本当にすごおく悪いことをしている気になってきてしまったぞ……………。

「すみません。降参です。あのおーー……、どちらのお嬢様でしたっけ?」

 ひどいひどいと涙ぐんでいたメリーちゃんが、仕方ないですわね、とため息をついて、穏やかにキラキラ輝く夕日の川面のような目でオレを見つめて言った。

「覚えていませんか? わたし、佐々木です。この通りの、借家に住んでいた」

 オレはポカーンと口を開けてしまった。

「佐々木さん………、ああ、ああ……、美人の奥さんの!?」

 思い出した!……美人の奥さんの方は。

「それって……、確かオレが小学校の4年生くらいの時だよなあ?」

 色のくすんだカラー写真のように当時の様子が思い浮かべられる。

 そうだ、小学4年生のオレは、学校からの帰り、いつも通りに立って近所の奥さん(こっちは全然顔を思い出せない)と話している佐々木さんに

「こんにちは」

 と、品行方正に挨拶していたのだ。それというのが、

「お帰りなさい」

 とにこやかに挨拶を返してくれる佐々木さんが、すっごい美人だったからだ。背が高くて……今思えば自分の母親より少し高い程度だったと思うが、オレは高校に入ってからぐんぐん背が伸び始めて、それまではクラスでもかなりちびの方だったから、背が高く感じたのだろう、何しろ周りのエキストラなんかまったく眼中になかったから。細くて、目がぱっちり大きくて、鼻が高くて、お上品な唇をしていて、あごが細く…………。ううむ、そうだったか、オレの理想の女性像はこの人だった。

 そうそう、そういえば、なんでその時間にいっつも道路で近所のおばさんと立ち話していたかと言えば、小さい娘がいたのだ。その子を遊ばせるためにいっつも家の前に出ていたのだ。すると………、そのチビッコが、現在のこのゴスロリ美少女?

「メリーちゃん……って名前だったっけ? あの当時って、何歳くらい?」

「4歳です」

「あっそう……」

 オレは妹を睨んだ。10年近く前の4歳児を覚えてるわけねーだろ? 妹のヤツめ、視線を逸らして笑いをこらえてやがる。くっそー、からかいやがって、確信犯め。

「ご主人様は、一人で遊んでいるわたしにいつも爽やかに微笑んで挨拶してくださいました」

 メリーちゃんは懐かしそうにうっとりした口調で言い、オレはこっそり『えーと……、そうだったっけ???』と、記憶をたぐり寄せた………。分かった。綺麗なお母さん目当てのマセガキのオレは、奥さんの気を引きたくてちょろちょろおままごとだかなんだかして遊んでいるチビッコにもせいぜい優しいお兄さんを演じて「こんにちは」と挨拶してやっていたのだ。

 ……いやあー、正直メリーちゃんの方はあんまし覚えてないなあー……。だって小4だぞ? そろそろ大人のエッチにムズムズと興味を抱き始めた年頃で、超美人の若奥さんに『ああ、自分も将来こんな綺麗な人と結婚したいなあ……』と憧れ、しかしその幼い娘に同様の興味は持たないだろう? 小4、10歳で4歳の幼女にエッチな欲望を持ったら、そりゃあ間違いなく変態だ。

 ごめんなさい。お兄さんはエッチな汚い心のお兄さんでした。君には美人のママのついでに、ママに気に入ってもらいたくって、優しいお兄さんのふりをして挨拶していただけでした。君のことはよく覚えてません。

 しかしその女の子は違ったわけだなあ。自分も早熟なエロガキだったが、女の子の方が生まれながらにして恋に恋いこがれるお姫様だったんだなあ。

「わたし、あの頃からずっと微笑みの王子様に憧れていたんです! 将来きっと、わたしのご主人様になっていただこうと、心に誓っていたんです!」

 早熟ぶりも熱意も彼女には負ける。オレはずっと理想の女性として彼女のお母さんに憧れていたが、当のモデルが誰だったか、いつしか忘れてしまっていた。彼女はオレを、ずーっと覚えていたのか?

 でも。

「えーと、あの後、お互いここを離れたんだよねえ?」

 ここは元もともっと小さなアパートだった。それをマンションに建て替えて、アパートの住人には優先的に入居権が与えられ、ただ建て替え工事の間、半年ほど別のアパ−トに引っ越ししなければならなかった。そしてその半年の間に、佐々木さんの住んでいた借家群も取り壊され、こぎれいなアパートと駐車場となり、佐々木さん一家はどこかに引っ越してしまっていた。

「はい。お兄さまに会えなくなって、とっても悲しかったです。元もと父の仕事の都合で一時的にこちらに住んでいただけなんです。あの後県外に引っ越して、今年になってまたこちらに戻ってきたんです! でも住んでいるところが別の地域で、わたしは懐かしさを感じながらも、もうお兄さまとも会えないのかしらと悲しく思っておりました。ところが!、今日!、ああ!これぞ神のお導きですわ! 会いたい会いたいと念じておりましたお兄さまと、あんなところでばったり再会できるなんて!! ああ、夢かと信じられない思いでしたわ!」

「あんなところって、どんなところ?」

 妹のニヤニヤした茶々を手で振り払い、オレは聞いた。

「10年ぶりに会って、オレって分かった?」

「もちろんですわ! でも、こんなに素敵になられていて………」

 ポッと頬を染めるのがゴスロリメイクながらかわいいじゃないか。

「石田にオレんちの電話番号や住所を聞いたの?」

「はい、電話番号は石田様から。住所は、うろ覚えの記憶を電話で母に確認しました」

「ああ、そうか。そっかあー…、あのときのおチビちゃんがねえー………」

 オレは改めてしみじみとゴスロリに武装したメリーちゃんを眺めた。なんというか………、どうしてこうなっちゃったんだろう?と笑えてくるが、年齢設定は狂ってしまったが、確かに、理想の美女だ。

 思わず微笑むオレに、メリーちゃんは、

「改めまして、ご主人様。わたしのご主人様になってください!」

 目をキラキラさせて、今度は手を握り合わせてまっすぐオレに期待をぶつけてくる。

「まいったなーー」

 オレは照れて頭をかいた。

「メリーちゃん、今は……中学生?」

「中学1年生です!」

 元気に答える姿がいきなり幼く見えた。思ったよりてんで若いじゃないか。中1なんてまだ子どもだぞ? それにしてもものすごい中学1年生だが。それでも、

 中学1年生の女の子の「ご主人様」なんかになってしまったら警察に逮捕されるぞ?

 オレはメリーちゃんのかわいさは認めつつ、どうご主人様になるのをお断りしようか困ってしまった。

 そうだ、断ると言えば…………

 電話の「マリーさん」をすっかり忘れていた。

 今はかわいらしくニコニコ笑っているメリーちゃんには「マリーさん」という裏の顔があるのだ。妹はその側面ならぬ裏面を知らない。

 ……ここで下手な断り方をしたらまた「マリーさん」が表に現れないとも知れない。

 うーーん、困った、困った……。



「プルルルルルル プルルルルルル」



「あ、電話。ちょっと待ってね」

 オレは取りあえず時間稼ぎが出来たとほっとしながら受話器を取った。

「はい、もしもし」



  『もしもし。わたしマリーさん。今マンションの2階にいるの』



 オレは思わず受話器を耳から離して妹と一緒にいるメリーちゃんを見た。

 慌てて受話器を耳に当て直したが、電話は切れていた。


 いったいどういうことだ?

 マリーさんは、メリーちゃんとは別人物だったのか?

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