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2,『もしもし、わたし』

 自転車を20分ほどこいで自宅マンションに着いた。『リオパレス12』というちょっと恥ずかしい名称だが、ちゃんとした鉄筋コンクリート12階建ての高層マンションだ。

 日曜日であるが両親は母の姉のおばちゃんたちと誘い合わせて日帰り温泉旅行に出かけている。

 昼食はマックでお手軽にとってきた。品行方正なオレは大学前の書店でアルバイトをしているが、平日だけだ。高校時代のアホな友人なんかに付き合ってオレも少しアホになってしまった気がするので苦手なドイツ語の課題をこなして元のレベルに引き上げよう。……ドイツ語なんて単純で簡単だなんて言ったのはどこの自慢こき教師だ?てんでめんどくせえじゃねえか?オレの頭脳は理数系なんだよ!

 優雅にレモンティーを飲みながら机に向かっていると……、帰宅から20分ほどか、家の電話が鳴った。

 めんどくせえなあと思って出なかったら、15秒ほどで切れた。よしよしと思って勉強に集中しようとしたら、

「プルルルルルルルル」

 と、また鳴りだしやがった。居留守を決め込もうとしたが、今度は30秒経っても止まらない。こういう電話を掛けてくるのは両親である場合が多いので仕方なく出てやった。

 ガチャッ。

「もしもし」

『あっ、もしもし。わたし、メリーです』

 ああ……。石田のヤツに聞いたんだな、困ったものだ。携帯は大学に入ってから電話会社を乗り換えて、ろくでもない過去の因縁を絶つために(例えばこいつ、石田)番号も変えて、ヤツには教えてやっていないのだ。しかし困ったもんだ。

『あ、あの、ご主人様?』

「いや、オレ、君のご主人様じゃないから」

『わたし、家事全般、掃除洗濯食事の支度に後かたづけ、今はまだ上手くできないけれど、一生懸命勉強しますから。お願いします、お家に通わせてください!』

「困る。オレ、一人暮らしじゃないから。家族と一緒だから」

 石田に聞かなかったのだろうか? きっと面白がって教えてないんだろう。

『お父様お母様にも誠心誠意仕えさせていただきます。ですから、ご主人様!』

 この部屋に上がり込んで掃除洗濯してくれるゴスロリメイドさんに目を点にする親どもの姿が目に浮かぶぜ。

「けっこうだ。言ったようにうちのような庶民の家庭にメイドなんぞ不釣り合いだ。他を当たってくれ」

『そっ、そんな、ご主人様、わ、わたしをそんな目で見ていらっしゃったんですか?』

 人買いにでも売り飛ばされるみたいな悲壮な声で言うが、他にどういう目で見ろと言うんだ? かわいかったけれど、女子高生?のコスプレごっこに付き合うのも大学生の感性にはいい加減苦痛だ。

「とにかくオレは君のご主人様になるつもりはない。あきらめてくれ。それじゃあ」

 『あ…』と何か言いかけたようだが、オレは非情に受話器を置いた。

 ふう、とため息をつき、そうだよなあ、やっぱ大学生になって家族と一緒のマンション暮らしは息苦しいよなあと思った。しかし、理想のマイスイートハニーとの速攻同棲事実婚のため、可能な限り貯金をためておきたい。オレは別に禁欲的な男子ではないのだ。大いなる喜びのために些末な小事は切り捨てているだけなのだ。理想の彼女と巡り会えた暁には、二人で「どこがいい?」と新居を選んで、二人で朝昼晩と愛の巣にこもって×××…………やめよう、レイティングを上げなくてはならなくなる。ふっふーん、いいんだよー、オレはもう19歳なんだから。理想の彼女さえいればさっさと学生結婚して喜んで20歳で父親になってやる。最初の子どもはやっぱり娘がいいなあ……と。

 ああ、いかんいかん、端正なマスクが思わずゆるんでしまった。

 さあてそのためにも今は自分磨きの勉強勉強、あー、べー、つぇー、でー、と。

 部屋に戻り掛けたオレは、ふと、立ち止まり、なんとなくティーセットの食器棚の上の電話を振り返った。

 実際のところ、あの手の少女というのは、どういう性格をしているのだろう?

 道ばたでたまたま出会った超かっこいい美青年に一目惚れしたのは仕方ないとして、いきなり「ご主人様になってください!」と来たもんだ。友人(←暫定)に電話番号まで聞きだしてかけてくる。「お父様お母様にも」と我が家に入り込んでくる気満々だし。断られても断られてもしつこく食い下がってくる保険のセールスレディーみたいだ。石田と別れてから……1時間半くらいか、多分電話はさっきのが最初ではあるまい、俺が帰宅するまでにも1、2度は掛けているだろう。まだかなあ…というところにオレが出て、ぱあっと舞い上がって、あっさり拒絶されて、きっとオレと話す前からいろいろ妄想してドキドキ盛り上がっていたことだろう、それが一気に奈落の底に突き落とされて…………


 ゴスロリとストーカーに共通項はあるのだろうか?…………


 ブルーとゴールドの瞳がキラリと輝いて、BGMに「サイコ」のキインキインキインキインというヒステリックな音楽が鳴り響き、エプロンの裾から包丁を取り出した少女の姿をイメージしてしまった。


「プルルルルルルル」


 オレは内心のギクリという動揺を抑えながら電話を睨んだ。

 歩いていって、手を伸ばし、受話器を取り上げる。

「……………もしもし……」

『もしもし。わたしマリーさん。今、市民病院行きのバス停にいるの』

 それだけ言うと、

 ブチッ、

 と電話は切れた。

「?」

 オレは首を傾げた。

「今、マリーさんって言ったっけ???」

 確かゴスロリ少女は「メリーです」と名乗ってなかったか?

 オレは今の電話の声を思い出した。彼女からだとばかり思っていて、よく似ていたと思うが、断言は出来ない。しかし、口調がどこかおかしかった。言うなれば、あれだ、えーと…、そう!、「初音ミク」だ! ゴスロリ少女メリーの声をサンプリングしてコンピューターで合成したセリフみたいだ! よくできているけれど…、本人のしゃべりと比べるとどこかまだちぐはぐな感じがする、そんな人工臭い口調だった。

 これは……、なんだろうな?

 オレは背筋がぞわりと寒くなる思いがした。

 「マリーさん」と名乗る「メリー」の声をした「作り物の」声。


 二重人格……


 人格崩壊………


 安っぽいネット小説なんかにありそうなネタを思い浮かべてオレはまさかなと思いながら、相手は「そういう」世界にはまった、かなり普通とは際だった、


  オッドアイのゴシックロリータメイド


 なのだ。

 しかも『市民病院行き』って、合っている。石田にオレの住所を聞いたんだろうが、あいつの家はこことは全然別方面だからバス路線なんて知ってるだろうか? まあ、子どもじゃないんだから調べれば分かるだろうし、携帯電話でネットにアクセスすれば路線を調べる便利なサービスなんてすぐ見つかるだろう。


「プルルルルルルルル、プルルルルルルルル、」


 オレは、汗ばむ手で受話器を取った。

「もしもし…………」

『もしもし。わたしマリーさん。今バスに乗っているの。次は北高校前〜、北高校前〜。うふふ・』

 ブチイ。

 含み笑いの語尾がノイズとなって電話は切れた。

 バスに乗って、こっちに向かっている!?

 や、やばいんじゃないか?

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