1,明治ロマンの異世界
※例によってこの物語はフィクションです。地元の人間に容易に連想されるイベントもすべて作者の想像のイメージであり、実際とは違います。わたしは決してそのようなイベントに参加したことはございません。
けったいな物を見た。
明治ロマンの白壁、赤じゅうたん、シャンデリアの館内で、青い髪の毛の制服少女やら赤い髪の毛の軍人やら鎖をじゃらじゃらぶら下げた貴族?やら中華街がスポンサーのピンクのプロレスラー?やら露出狂の黒いチャイナドレスの悪魔?やら……これは知ってるぞセーラームーンだ、と。他にも紫の髪のへそ出しマリンルックの白黒ニーハイソックスがいたりして、
異世界の正体はコスプレ大会なんだが、会場がちょっと特別だ。うちの市は有名漫画家を数多く(?)輩出しているということで市を挙げて「マンガ王国」として売り出したいようで、その関連イベントで普段は産業センターでやっているコスプレ大会を特別に国の重要文化財である明治の旧県議会議事堂で行っているのだ。撮影セットは本物なわけで、あちこちでポーズを取るコスプレイヤーたち(女)に高そうなカメラを構えたカメラ小僧たち(オタク及びオッサン)が群がっている。……ちくしょう、入場料なんて取られるんだぜ?1000円。
「おい、こら」
オレは嬉々としてカメラ小僧のグループに参加している(元)友人を呼びつけた。こんな恥ずかしいヤツさっそく縁切りしてやる。
「分からんぞ、こういう世界は」
(仕方ないので暫定)友人の石田は「なんだよお〜」とうるさそうに言いながらデレデレした恥ずかしい顔を向けた。ここが一般人の通行する町中だったら呼びかけられたって絶対無関係を装ってやる。
「ほれ、俺のニコンを貸してやるから君も参加したまえよー? 撮影するときはコスプレイヤーさんにちゃあんと許可をもらうんだぞ〜?」
オレはカメラ小僧相手にポーズを決めている魔法戦士?の女の子と目が合い、ニコッと笑い掛けられ、思わず頬を染めてしまった。写真を撮られ慣れている。断じて言うがオレが頬を染めたのは女の子に惚れたからではなく恥ずかしさからだ。こんな連中と仲間になってたまるか。
暫定友人石田のヤツは、
「ほらほら、最近のコスプレイヤーはかわいい子が多いだろう?」
と馴れ馴れしく肘でつついてきた。
「おまえさー、けっこうイケメンだから女の子も喜ぶぜ? 保護者の俺もいっしょにポーズもらえて嬉しいからさー、積極的に参加しろよ〜?」
「なにが保護者だ。オレを誘ったのはそれが目的か?」
石田は悪びれもせずでへへ〜と笑っている。まったく冗談じゃない、こんな所を知り合いに目撃されたらどうしてくれるんだ? ……この場で目撃されるとしたらそいつもこいつらの仲間で、きっとオレも仲間に引き入れられるだろう。冗談じゃない。
オレ、長瀬敏樹は地元の、普通の、国立4年制大学の1年生だ。
こいつ、石田(下の名前なんか思い出してやらん)は、このイベントを共催している地元の、マンガの、専門学校生だ。
昨日オレはこいつから『よお、久しぶり〜。元気〜? 明日ちょっと付き合えよお?面白いところ連れてってやるからさ〜』と電話を受けて、うっかり乗ってしまったのが失敗だった。オレはふつうに「DEATH NOTE」や「ONEPIECE」が好きだっただけで、ミニスカートのどう見ても戦闘に不向きなコスチュームの魔法戦士が戦う女の子アニメなんかに興味はねえぞ。
「いいからさあー、ほら、女の子がまた見てるぞ? 撮ってやれよ? ほれ。すみませーん、ポーズいただけますかあ?」
魔法戦士の女の子はニコッと笑ってバトンを振り上げる決めポーズ?を取ってくれて、他のカメラ小僧どもはうらやましそうな顔でこっちを睨んだ。そうなると気分が良くなってその気になってしまう。
「よろしく」
オレも借りたニコンでパチリと一枚撮ってやった。
「ありがとう」
ニコッと白い歯を見せてやると写真を撮られ慣れている彼女がポッと素で赤くなった。フフン、気分がいいぞ。
「よし、石田。全館の女の子を制覇するぞ」
「付いていきますです、お坊ちゃま〜。いやあ、やっぱり君を誘って正解だったなあ〜」
オレは颯爽と従者を引き連れコスプレ女子どもをコレクションしに出発した。フン、愚か者め、後で1枚500円で全部売りつけてやる。
それから1時間掛けて全館の女子たちをコンプリートした。中にはツンデレ?とかいうやっかいなキャラもいたが、オレ様にかかれば造作もない、見かけ倒しでかえって積極的にかわいいポーズをしてくれた。どうもそういう「お約束」らしいのだが、やっぱりよう分からん。
「おいおい、長瀬君、もっとゆっくりじっくり攻めようぜ? もったいない。ほらほら、もっと撮ってえって顔して見てるぞ?」
石田は相変わらずデレデレした顔で紫のツインテールの巫女さんに愛想を振りまいている。
「興味なし」
「冷たい奴だなあ」
石田は興ざめした顔をして、疑うように言った。
「おまえさあ、ホモって噂、本当なのか?」
「阿呆」
オレは石田のボサボサ頭に刈り上げチョップをお見舞いする真似をしてやった。
「オレはノーマルだ」
「本当かよう? だっておまえ、全然女の子に手え出さないじゃねえか、もててたのによお?」
「フン」
そう、オレはけっこうイケメンなのではない、か・な・り、イケメンなのだ。思い切りうらやましがるがいい、没個性なオタクどもめ。
「オレはふつうの女の子には興味はない。オレは理想の美女と結婚するのだ。その彼女と巡り会うまで現在過去未来浮気はせんのだ」
「おまえなー……、俺よりよっぽど考えがオタクなんじゃねえか?」
石田の分際でオレを哀れみの目で見やがる。
「やかましい。オレは高望みをしているんじゃない、自分にふさわしい理想を持っているだけだ」
「へいへい、左様でげすか。んで? 理想の女性ってどんな感じ?」
「そうだな」
オレはオレの素晴らしい理想の女性像を披露してやった。
「背はオレと同じくらい、つまり女性としてはかなり高い方だな。細身で、胸はほどほど、ミニスカートよりロングスカートが似合う感じだな。一見なよなよしている感じなんだが、バレーボールなんかやれば強烈な魔球のサーブを打ちそうで、新体操はリボンが得意そうだな。顔はもちろん超美形。あごが細くて鼻が高くて目が大きくてまつげが長くて、表情は優しくて、楽しいことがあっても決して大口を開けて笑わず、嬉しそうに微笑む感じだな。いかにも頭が良さそうで、実際頭が良くて、でも普段は出しゃばらず人の一生懸命やってるのを見守っていて、いざというときにはてきぱきと神業的に仕事をこなして、尊敬のまなざしにニコッと優しく微笑む、そんな貴女がきっとオレに巡り会えるのを世界のどこかで待っていてくれるはずだ」
オレはいささか詩的な気分に浸ってしまったが、どうだ?オレ様の高尚な理想に恐れ入っただろう? 石田はオレに圧倒された様子で言った。
「長瀬……。おまえ、俺よりオタクの素質があるわ」
「はあ? なにをたわごと言いやがる?」
「ようするに、あれだ、メーテルだ」
「…ああ、あの『銀河鉄道の夜』のパクリ漫画の? 趣味じゃなく読んだこともないけどな」
「おまえも松本先生とケンカしろ」
「なにを訳分からんことを」
オレは現実世界にありもしない「萌え」に汚染されて腐った脳味噌の石田に説教してやった。
「いいか?オレは理想の彼女と巡り会ったときに彼女に釣り合えるように自分のレベルを上げるべく日々勉学にいそしんでいるのだ。おまえもなあ、マンガ家なんぞという夢を見てないで、もっと現実的なキャリアを目指したらどうだ? まだ引き返せるぞ?」
「余計なお世話だ。例えばだなあ、俺がおまえの言うようなメーテルのような美女に巡り会って結婚できる可能性なんてなあ、漫画家になって一流雑誌に連載持ってヒット作でも生み出さない限りな、可能性なんて、ゼロ、だ。俺みたいな見た目がマイナス遺伝子だけが発現したような、勉強も苦手な平凡以下の男が、大好きなアニメ・マンガの準ヒロイン的実は人気ナンバー1女の子キャラみたいな可愛い女の子と結婚できる道と言ったらなあ、マンガしかねえんだよ。俺をそこらのコスプレギャルを撮って満足している志の低いオタクといっしょにするな! 俺のオタク道は、可愛いアニメ風美少女的女の子と結婚するという輝かしいゴールを目指しているのだ!」
その動機も十分不純な気もするが、生身の女子にリアルな欲望を持っているだけよしと、認めてやろうじゃないか。
「それなりに自分のことが分かってるんだな、見直したぞ、石田。写真は1枚300円に負けてやろう」
「はあ?」
「ほれ」
オレは石田にニコンを返した。
「オレ、帰るわ。腹へった」
「おい、待てよお、午後から屋台巡りしようぜ? オコノミミ、食べようぜえ? メイド喫茶の出店もあるぞお?」
「…石田よ。オレは自分の人生に汚点を残す気はない。一人でネコミミでもなんでも食うがいい。おまえも自分んところの展示とかイベントとかあるんだろう? どうせならなんでそっちに誘わないんだよ?」
すぐ近くの文化会館で「マンガ」専門学校の展示会が行われている。
「ああ、いいのいいの、素人の描いた漫画なんてつまんねーから。プロのおじさん先生よかコスプレの女の子の方が断然いいから。だいたいさー、うちの市が『アニメ・マンガ王国』なんて、どこがだよ? テレビ東京系とか深夜アニメとかいわゆるジャパニメーション系のアニメなんて全然入んねえじゃん? 個人技のプロ漫画家にあやかって市を売り込もうって魂胆がこそくだよなあ? もっと美少女アニメが見たいぞお! なあ?」
「オレを仲間に入れようとするな。不真面目なマンガ学生だなあ」
ま、確かに住人として『アニメ・マンガ王国』なんて、これっぽっちも思わないが。オレは玄関向かって歩き出し、石田が追いすがった。
「なあ長瀬え、屋台で物足りなきゃ店に連れてってやるぞお? メイドさんにラブ注入してもらったレトルトカレー食べようぜえ?」
「石田。おまえ、ふとショウウインドウに映った自分の姿にむなしさを感じたりしないか?」
「長瀬くふう〜ん、そうやって肩肘ばっか張ってないで、もっと自分に正直になって人生楽しもうよお〜?」
「おまえこそ人生捨ててるだろう? アニメ美少女と結婚する野望、あれはそんないい加減なものなのか?」
「いやあ、たまには息抜きも必要だぞお? 楽しいぞお?メイドじゃんけん」
「ぜってーやるか!」
こいつは常連客に違いない。やっぱりただのオタク野郎だ。絶交だ絶交。こんな奴と友だちだなどと、それだけで汚点だ。この、墨汁のシミ野郎。
「あばよ」
「おおーい、長瀬え〜」
オレは友人の制止を振り切り赤煉瓦の門の外に出た……と、振り向いて見てみりゃあオレの撮ったニコンの画像をチェックしてニヤニヤしてやがる。やっぱり後で撮影代請求してやる。
オレは自転車を駐輪してある県民会館向かって歩き出し、
はたと立ち止まった。
異世界が浸食していた。
ブルーとゴールドのオッドアイがオレを見つめていた。
しかもグリグリ巻きの入ったプラチナブロンドヘアーが腰まで伸びた、ものすごい…………ゴスロリメイドだ。
オレは思わず口があんぐり開く思いがしたが、4メートル前方に立ち尽くしじいっとオレを見つめる金と黒とブラウンの異世界メイドは、見てみれば目のぱっちり大きい、まつげの長い(←これはマスカラごて塗りの可能性高し)かなりの美形で、オレは不覚にも、
かわいい・・・・
と、萌えてしまった。
いいや、いかんいかん、と頭を振る。
いくら美少女でもこれはあの連中の同類だ。自ら石田と同じレベルの人間に堕してなるものか。
しかし、立ち尽くしてじいっと見つめられ、……フッ、惚れさせちまったぜ、と思いつつ歩き出し、すれ違いざま「君がもう3年早く生まれて、放課後の図書館ででも会いたかったよ」とささやいてやろうかと思ったら、あっちの方が先に行動を起こした。
ゴージャスなブロンドヘアーをふわりふわりとなびかせる無駄に大きな動作でオレに駆け寄ると、たった3メートルほどのゆるいダッシュではあはあ息を弾ませ、下からまっすぐオレを見上げると、
「わ、わたし、メリーです。わ…、わたしの!……、ご…、ご主人様になってください!!」
と、アキバアイドル声でいっぱいいっぱいの調子で言って、『お願いします』と勢いよくお辞儀した。オレの目の前で夏祭りの花火のようにグリグリの金髪が花開いた。オレは子どもの頃遊んだ「ピロピロ」を思い出した。
あ…、シャンプーのいい匂い……、と思わず恍惚となってしまいそうなのをぐっとこらえ、
「ごめん。うち、メイドを雇うようなたいそうな家じゃないから」
と、スッと手を「バイチャ」と挙げ、無情に彼女を避けて歩き去った。
「あ、あの……」
後ろからか細い声が追いすがる。オレは『罪な男だ』とオレのイケメンぶりを呪った。
「あっ、あなた、駄目ですよ、コスプレのまま会場の外に出ちゃ」
無粋な男の声に振り返ると、ゴスロリメイド美少女が腕章をつけた実行委員の男に門の中へ拉致されようとしていた。
「え? いえ、わたし……」
「ルールはちゃんと守ってくださいねえー。外に出るときは一般の私服に着替えて、再入場の際にはリストバンドを提示してくださいねー」
ゴスロリ少女は鉄柵の内側へ連れ去られ、男の腕にあらがいながら悲しげにオレに助けを求める視線を送ってきた。オレは、
『違うんじゃないかなあ?』
と思ったが、さっそく石田のヤツが「あっ、萌え〜〜!!!」と、カメラを構えて近寄ってきたから、ま、間違いならすぐに分かって異世界から解放されるだろう。あっちの方が彼女のふるさとって気もするが。
いやあしかしびっくりしたなあ、池袋サンシャイン60界隈なんかじゃどうか知らんが、こんな田舎の地方都市にまでああいうのが出没するようになったか。女子って勇気あるなあ、尊敬するぞ、遠くからひっそりな。
ところで作者。
この話ってジャンル=ホラーでいいのか?
(※はい、「コメディー」にしました。)