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2人で1つ  作者: kuroyumi
5/6

「おはよう」

「!・・・あ、ああ、おはよう」

「おはよーす」

美空は淡々とした挨拶を言うと、冬月と晃からやや離れたテーブルについた。

ゆうに20人は座れるであろう長方形の長テーブルの向かいに座っていた晃がにやりと笑う。

「進展ありか?A?B?C?」

「・・・-A」

「なんじゃそりゃ」

鮭の塩焼きにがっつき始めた晃を尻目に冬月はちらっと美空を横目で見た。

 一人でぽつんっと座っていた美空のもとに夏木と朝日の2人が駆け寄る。夏木が何か美空に話しかけ、朝日があさってのほうを向きながらも聞き耳を立てているのがわかった。

「ごっそさん。じゃ、行こか」

「朝からご飯3杯も食べるってどうなの?」

「腹が減っては戦できんのよ」

「食べ過ぎて寝ないようにね・・・もう遅いけど」

呆れ顔でツッコム冬月に晃は満足げな笑顔を向けた。


・・・#・・・


 教室は広々としているが、如何せん生徒が10人しかしないのだから寂しいものだ。

「冬月、俺が寝たら起こして」

「初日からその発言はマズくない?それに起こせって言っといてそうしたらキレるやつっているんだよね」

冬月は教科書を机の上に出し、晃と話していた。

「ペア。うるさい」

湖面のような静かな表情と口調。美空は教科書を開き、眉ねを寄せて熱心に読んでいた。

夏木は教科書を開いている朝日にちょっかいを出している。概ねの生徒は教科書を読んでいた。

ぐるっと周りを見回し、晃は苦笑いを浮かべて教科書を立てた。その裏に大人気漫画《龍球》があったのを冬月は見てみぬふりをすることに決めた。

 ・・・なぜ晃は神武ここに受かったのだろう?人のこと言える立場じゃないけど。

 授業は恐ろしく難しかった。昨夜、予習をしていなければとてもついていけなかったと冬月は感じた。

晃は最初から受ける気がなかったのでしょうがないとして、夏木は異次元の学問ねと呟き、朝日はなんとか付いていけました・・・と困ったような笑顔を浮かべ、美空は・・・相変わらずの無表情で読めない。

 4時間目。冬月は重い足取りで体育館に向かっていた。対照的にはしゃいでいるのは晃と夏木。互いの武勇伝を語り合っている。美空がその手の話を”見栄っ張りのカッコつけ”と称していることがどうにも気になり、冬月は美空をそろ~っと窺い見てみる。美空は珍しくぼけ~っとしていて別のことで頭を占領されているらしく終始無言の無表情だった。

 広々とした体育館に集められた生徒たちの前に色黒の大男が現われた。冬月と美空にとっては余りに衝撃的な人が。熊野ごうその人が・・・。

「露骨にいやそうな顔しやがってよおぅお前ら。特にFくん・・・。ま、いい。

授業はじめっぞっ。各自ボールを一個ずつ持ってこい。ダッシュ!」

講壇前のかごからバスケットボールを取り、生徒たちはばらばらと熊野の前に適当に整列する。

「よし。じゃあまずこのボールを浮かせてもらおうかな。で、その前に【浮遊】の理論答えてみ。さっき俺みていやそーな顔した冬月くん」

Fくんって名前伏せた意味ないですね。しかも10人しか容疑者いないんだから自然とわかるよね、と思いつつ冬月は口を開いた。

「重力を自分の望む範囲で【反転】させ、物体の上からかかる重力と【反転】の強さを等しくすれば【浮遊】させることが出来ます」

「よし、ごくろ。【浮遊】は冬月がいった通りの方法で出来る。じゃ、どぞ」

熊野は生徒から背を向け、ぼんぼんとドリブルをし始めて・・・シュート。自由だな。

 熊野の華麗なシュートをしばし見ていた生徒たちだがやがてばらばらと課題に取り掛かった。

冬月も集中してボールに意識を注ぐ。

体育館の中のDダークマターの流れを読み取る。【天駆あまがけの流脈】と【地走じばしりの流脈】が半々・・・。より複雑なことを行う際は【天駆】のほうがDの質が良いというが、【浮遊】なら【地走】で十分。あとはDの流れを操作すれば・・・。

「ゼン。どしたの?調子でも悪い?」

夏木がひょいと肩越しに冬月のボールを覗き込む。朝日も心配そうに窺い見る。

野次馬根性を全開にして他の生徒たちも冬月を遠巻きに見やる。

冬月にはあまりにも見慣れた好奇の目。

「なんでもないよ・・・」全員に聞こえる程度に声を張る。

冬月はひょいと顔をあげてひきつった笑顔を夏木に向けた。夏木の後ろで美空がただ一人、いつもと変わらぬ冷静な目をしているのが見えた。

 

・・・#・・・


「ペア。顔かして」

「ああ・・・うん」

美空の華奢な身体いっぱいに覆いつくす菓子パンを横目で見ながら、冬月は頷いた。

 魔法科の校舎の屋上は閑散として寂しいものだった。人の1人や2人飛び降りていたとしても不思議じゃないなと思いつつ冬月は適当に腰をおろした。

美空も隣にすとんと座る。

「・・・菓子パン、好きなの?」

「好き。特に・・・これ」

「”メロン味のメロンパン”?あ~・・・なんかありそうであんま見たことないなこういの」

美空は菓子パンの山をどさっと脇に置き、冬月の方に向き直った。

与太話をしに呼び出したのではないことぐらい冬月にもよ~くわかっていた。

 普段はキツく、人を威圧する美空の目だが今は冬の満月のような明瞭としない温かみのある光を放っていた。

「・・・そういうわけなんだよ」

そういえば美空さんは俺の成績を聞く前に指導室を飛び出してったけな。美空の目を見ずにぼそりと呟いた。

「ペアは・・・本当に魔法使いなの・・・?」

冬月は、ははっと口元だけで笑った。

「それ死語。今はSシーカーDMダークマスターのどっちかだよ」

幼稚園に入園できるほどの歳になると国の研究所に連れて行かれ、そこでDを”視る”ことが出来るかを審査される。そこで認定されれば将来Sとして魔法科に進学する権利を得られる。

そしてさらに研鑽を積み、そして国の試験を通過できればDMとなることが出来る。

「中学生のときに担任だった大槻って先生に研究所に連れて行ってもらってもう一度検査してもらったんだけど・・・間違いなくSだってさ。僕がDを操れないはずがないってね、言われた・・・。

Dが視えるなら、扱えないはずがないんだって・・・僕はそれが出来ないから困ってんのにさ・・・。

はじめの頃はその研究員の言葉を丸呑みして、そうか、僕が悪いのかって思ってさ・・・死ぬほど理論を勉強したよ。おかげで知識ばっかり増えた。頭でっかちで自分じゃなにも出来ない出来損ないの誕生ってわけさ」

「・・・」

美空はなにも言わず、ただ自分のひざを抱き寄せ、その上にあごをとんっとのせた。

 その真珠のような目は何をとらえているのだろう。

「・・・わたしは・・・Sじゃない」

不意に美空が口を開いた。誰かに語るというよりも独り言に近いものだった。

「・・・小、中は普通科の生徒だった。

・・・中学生のとき魔法科のいや~なやつがね絡んできたのよ。前から普通科のわたしたちを馬鹿にしてるのは知ってたけど・・・あんなこと・・・・・」

SやDMのなかにはDを扱えない人を見下す人もいると聞いたことはあるがこうして直接聞くのは初めてだ。冬月は眉をひそめた。

「・・・その時にね自分が念動力者サイキックだってわかった。・・・結果・・・ちょっとやり過ぎて・・・うん」

美空の”やり過ぎ”がどれほどなのか、冬月は知りたい気持ちに必死に押さえつけた。

「停学あけで学校行ってみたらなぜか魔法科に編入されててね・・・。親と教師が手組んだみたい。

それでもわたしは普通科の勉強を続けてた。でも、最後は結局また親と教師に・・・ハメられた」

「ごめん」

冬月の言葉に美空がきょとんとした。睫毛がぱちぱちと弾かれる。

「いや・・・なんか、ほら、僕が無理矢理引きとめたみたいで・・・」

部屋に踏み込んだときの美空の心中の叫びを思い出し、冬月は萎縮した。

「ペアが誤ることじゃない。わたしはわたしの意志でここにいる」

なぜここで頬を染める。冬月はそっと美空から顔を背けた。

「・・・もしペアが困ってるなら・・・わたしが・・・その・・・手伝って、あげよう・・・か?」

「え?」

冬月は美空に顔を向けた。淡い桜色に染めた頬に思わず後ずさる。

「ペアって2つで1つなんだよ・・・?片方が困ってるなら、それを補うのがかたわれの役目だし・・・。言った、でしょ?わたし、普通科でずっと勉強してきたって。だからDの理論とか全然わかんないんだ・・・」

「僕が美空さんに理屈を教えて、」

「わたしがペアに実技を教える」

相互補完。冬月の脳裏にぴたりとこの単語がはまった。

ふっと美空に微笑みかける。

「基礎の基礎からお願いしますね。美空さん」

「・・・てるでいい」

「そう?じゃあ・・・よろしくね、照」

「こちらこそ・・・」

お互いの手を握る。照の手は冷たかったが、夏の猛暑に吹いた一風の風のような心地よい涼しさだった。

 初日の昼休み。屋上にて冬月は将来に微かな光をみたような気がした。









 



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