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2人で1つ  作者: kuroyumi
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入学式で演説したのとは別の教員が新入生一同を案内したのは魔法科の校舎から歩いて5分もない所にに併設された寄宿舎だった。

 神武高校に限らず他の高校でも魔法科と普通科はきっぱりと分けられていることが多い。

なぜか喧嘩が絶えないのだ。一時期、魔法科と普通科の生徒間の対立がニュースの話題を掻っ攫ったことがある。

神武高校では分離化が徹底されており、魔法科と普通科では校舎も別々、寄宿舎も各校舎のすぐそばに建てられており、互いの距離はだいぶ開いていた。

「お~よく来たな~!・・・あん?なんかみんな顔が固いね・・・あっ!そっか、熊ちゃんの激を聞いちゃったんだ。あ~あ~なるほどね~」

とうとうと流すようにしゃべくる女性。一人で納得されても誰も付いて行けない。

「・・・あとはお願いしますね」

「おっけ。任せて」

案内役の教師がいなくなると、女性は腰に両手をあてぐっと胸を反らした。

ひゅう、と晃が小さく口笛を吹いたのを冬月は聞き逃さなかった。

「おっほん!え~、わたくしが今日から君たちの親代わりになってお世話させていただく、篠崎里枝といいます。よろしくね。あ、それと間違ってもお母さんなどと呼ばないように。そんな歳じゃありません。1回目は許しますが、2回目からはしばきます。肝に銘じておくように」

天使のような笑顔の奥に邪悪な何かを見て取った生徒たちは苦笑いを浮かべつつも素直に頷いた。

「よろしい。じゃ、次は何を説明しよっかな。・・・・・思い浮かばないな。何か聞きたいことあるかい、そこのツンツンヘアーの少年」

「篠崎さんの好みタイプをお願いします」もちろんこれは晃。

「はっは。寮よかあたしに興味がありますってか?いいね、そういうストレートなとこ。

でも、ま、こういうプライベートな質問は後であたしの部屋に個人的に尋ねてくれば懇切丁寧に教えちゃいますので今はちょいとお預けね」

篠崎さんの小悪魔的な笑みに晃は、はーい、と愛想よく応じた。

「あ、そうそうあたしの部屋は玄関入ってすぐのとこにあるんで気軽に来てね。

あと、こっから大事よ。君たち1年ズは3階に各部屋があるんだけど3階以外をうろうろしないこと。1,2階は先輩たちの聖域サンクチュアリだから、無断で入ったら命の保証はできないよ」

だれかががふんと鼻で笑った。篠崎さんの目がぎらりと光る。

「なんなら今夜行ってみるといいよ。病室の予約ぐらいはしといてあげるからさ」

茶化した口調に皮肉めいた言葉。篠崎さんの笑顔の背後に広がる黒い何かを引き立てている。

 先輩と篠崎さんに逆らってはいけない。冬月のこの直感は新入生たちに共通した思いだろう。

「・・・ま、皆さんの荷物はもう各部屋に送ってますから自分の部屋を間違えないようにね。それと朝と夜は一階の食堂で寮生全員でお食事することになってます・・・もうないか、うん。今の所はこんくらい知っといてくれれば十分だね。あとは時期と状況によって追加で教えていきまーす。

それでは今日はこれまで!あとは校内徘徊するなり部屋に閉じこもるなりお好きにどうぞ!明日からの授業と学園生活にそなえて英気を養って下さいっ!」

 荷物整理のためにぽつぽつと宿舎に向かう新入生たち。冬月と晃も続く。

「あ、待った待った。言い忘れてたよ~。男子諸君っ!あたしを勝手に夜のネタにしちゃだめよぅ」

足が止まる。隣で歩を進めていた晃もさすがに苦笑いを浮かべていた。

男子たちは決まり悪そうに、背を丸めて足早に宿舎の中に駆けていった。

「さてここで問題です」

階段を上がり、長い廊下を歩きながら急に晃が口を開いた。

「篠崎さんは変人と変態のどちらでしょう?」

「両方・・・かな」

「正解。あとでエロ本持ってってやるよ、じゃな」

ひらっと手を振って晃は部屋の中に消えていった。冬月の隣だった。


・・・#・・・


 冬月が荷物の整理をしていると単調なノックの音が聞こえてきた。

ひょいひょいと机の上に教科書をばら撒き、ドアノブに手を掛ける。

「エロ本なら一人で楽しんでよ」

「・・・エロ本?」

美空てる。相変わらずの平静で淡々とした声。

美空は不潔なモノでも見るような目つきで半歩引いた。

「ち、違っ」

「何が違うのかしらないけど・・・寄らないで」

「僕が持ってたりするわけじゃないから」

「うん。分かってる・・・だから寄らないで」

「全然わかってないじゃん」

一歩一歩着実に下がっていく美空。壁際まで下がってようやく足を止めた。

「職員室の指導教室まで2人で来いって先生が。・・・先に行って、1メートルくらい後ろからついて行くから」

1メートル。この単語でここまで傷ついたのは冬月にとって初めての経験だった。

 指導教室ここはいつきても落ち着かないな・・・。冬月は決まり悪く足を踏み変えた。

美空は宣言どおり冬月から1メートル離れて歩き、そして今も距離を保っている。

無表情な仮面の下で何を思っているのか、冬月にはどうにも気がかりでならなかった。

「おいおいなんだその距離は。お前ら2人とも人見知りか」

始業式の辛口演説者、篠崎さん曰く”熊ちゃん”先生が笑いながら後ろでにドアを閉めた。

近くで見ると、その色黒の肌にがっちりした体格がますます大きく見える。ただ顔に浮かべた笑顔は以外にも人懐っこいものだった。

「まぁいい座れ。・・・で、俺は熊野ごうな。寮母のしのちゃ・・・篠崎先生から聞いてるだろ?」

「ええ、はい」

熊野先生のどこに”ちゃん”の要素があるのだろう?そして今一瞬言いかけた”しのちゃ(ん)”という言葉。もしかしたら篠崎さんと熊野先生は仲がいいのかもしれない。

 熊野はどかっとイスに座り、冬月と美空をしげしげと交互に見た。

「しっかしまぁー俺も教師10年やっててお前らみたいなのは初めてだ。聖徳太子とバカボンが同居してるみたいなもんだぞお前らは。大変だよなぁ。

けどな、2人でやりゃあなんとかなるわな。頑張れよ、おい」

「はぁ・・・・・え?”2人で”?」

「どういう意味ですか、熊野先生」

美空が始めて口を開いた。よほど聞き捨てならない台詞だったのだろう。

熊野はぐっとイスにもたれかかった。

「だからよ。お前ら2人はこれからペアになって行動しろってことだよ。

お前らこれから脳みそと身体みたくべったり常に一緒になるんだからさ、仲良くしろよ」

思考が止まる。冬月は熊野、美空を交互に落ち着きなく見やった。


・・・#・・・


「納得できません。拒否します」

止まった時の流れを美空がずばっと切って捨てる。音をたて、イスを蹴倒す勢いで立ち上がると、何の躊躇もなく部屋を出て行ってしまった。

残された冬月が熊野をみる。熊野は、はっはっは、と笑っていた。そんな場合と違うでしょ。

「冬月。お前の試験結果は600満点中300点。余裕で不合格」

「・・・」

ぽかんと口を開けてまぬけづらをさらす冬月に熊野がさらに続ける。

「冬月、お前実技300満点中0点だったんだぞ」

冬月の脳裏に数ヶ月前の試験日のことがよぎった。手の裏にじわりと汗がにじむ。

「ま、当然だわなぁ・・・わかってんだろ?自分で」

「いや・・・その・・・・・はい・・・・・」

 前に座る試験官の指示してることは理解できた。どうすればいいかも分かってた。でも、結果はすべて不発だった。蝋燭に火は点かず、風はおきなかった。ただ汗だけがだらだら流れていた。

「もう結構です。お疲れ様でした」

女性試験官の優しげな言葉が死刑宣告に聞こえた。逃げるように部屋をあとにしたのを今でも覚えている。

「でもよく考えてみ。実技が0で結果が300ってことはお前筆記が満点ってことだぞ。

・・・誰にも言うなよ。神武の試験ってのはな、絶対に解けない問題ってのが混じってんだよ。そういう問題やつにどんだけ食いつけるかってのを採点官はみるわけだし、それに、解けない問題を捨てて他の解ける問題を確実にとれますか?って話なんだよ。普通はな。

なのにお前は全部完璧に解きやがった。問題作った先生が腰抜かしてたぜ。《化けモンが混じってる》ってな」

「化け物・・・ひどい言い様ですね」

熊野がくっくとのどを鳴らす。冬月は眉をひそめて続きを待った。

「さてここで置いてけぼりの美空の登場だ。あいつぁお前と対照的に実技が満点で筆記が0だった」

「筆記が0?それは・・・・・試験中に倒れでもしたんですか?」

実技は筆記、つまりDダークマターの理解の上に成り立つ。現象に至る過程と契機、そして知識なくして魔法を行使ことはできない。雲を説明するのは空気中を漂う水蒸気が冷やされて凝固すること、なにより水を知らなくてはならないように。

 熊野は軽く首を振った。

「あいつぁ念動力者サイキックだ。DMダークマスターSシーカーが理詰めのがり勉なら念動力者は天然の天才だ。俺らDMは蝋燭一本に火ぃ点けんのにも死ぬほど勉強しなけりゃできねぇけど、念動力者は《蝋燭に火を点けたい》って思うだけでいい。ずりぃよなぁ」

「やっかみが入ってますよ先生・・・」

「まぁそれはともかくとして・・・冬月、こんなとこで油売ってていいのか?」

「どういうことですか?」

「美空のあの様子じゃマジで学校止めるかもな。神武うちはもう入学金貰ってるから別にいいんだけな、はっはっは!」

「ちょ!」

「さっき言ったろ?脳みそと身体みたくべったりって。お前らが神武に入学できたのは天才の脳みそと運動神経抜群の身体を組み合わせたらすごいことになるんじゃないかっていう校長の暴走的な意見があったからさ。・・・・・脳みそだけあってもなぁ・・・使い道ねぇなぁ・・・」

「な、なんてことを!」

冬月はばっと立ち上がった。熊野は腕組みをして深く腰掛けたまま動く気配がない。

「失礼します!」

冬月は職員室を抜け出し、寮へ脱兎の如く駆けた。最も逃げるのではなく追いかけるためではあるが・・・。
















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