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2人で1つ  作者: kuroyumi
2/6

 桜の木が桃色の祝福の雨を降らし、空は曇り一つ無い笑顔で微笑み掛ける。

 冬月は叫びたい気分を抑えるのに一杯一杯だった。

「大槻先生、本当にありがとうございました」

「あ、うん。そうだな」

「条件付きの超超補欠合格でしょうけど・・・もうめっちゃ最高です!」

4月に合った表情の冬月。対し、大槻は一足先に梅雨を迎えたような気分だった。

本当に良かったのだろうか・・・?

「先生のことは絶対に忘れません」

「別の意味でそうなるかもな・・・」

「え?」

「いや、なんでもない。受かったんだから良しだ。終わりよければ全て良し」

大槻はぽんぽんと冬月の真新しい制服を叩いた。

「受かったからにはお前は神武高校の生徒だ。誰が何と言おうとな。それは忘れるなよ」

「はい」

「よしっ!じゃあ行ってこい!」

とん・・・と押された背。初めは支えてくれた。そして今は未来へ押し出してくれている。

晴れやかな気分にちくっと針で刺したような痛みが走る。

冬月は振り返り、無言で恩師に頭を下げ、始業式のある体育館へ向かって走り出した。

 大槻はその背をしばらく見ていた。

 ポケットから紙を取り出す。

【氏名 冬月 氷善ひょうぜん

結果 実技点0点】

「大変なのはこっからだな・・・」大槻は一人、呟いた。


・・・#・・・


私立神武高校。Dark Matter発見時からその研究に力を注ぎ、いち早くDMダークマスター制度を確立した超難関高校。

有名なDM、巨大企業の社長、現政権の大臣、総理さえも神武高校の出身という話だ。

いわばエリート輩出機関。

 体育館は広々としていて、野球でも出来るんじゃないかとさえ思えた。

が、中には人影がない。【第~回神武高校入学式】みたいな垂れ幕も、頭の寂しい来賓祝辞のおじ様方もいない。壇上からちょうどすぐ見下ろされる位置にパイプイスが適当に並べているだけ。

 5席づつ2列に並べられてはいるが、そういえばパンフを貰ってない。取り敢えず前の席に腰をおろす。

 10人しか入学生がいないことはこの高校に限っていえば珍しいことではない。

水準に達しない者を取る必要はない、と言って0人だったこともあったらしい。確か2年前だった。

今年はむしろ多いほうだろう。

「よっ!元気!?」

不意に声をかけられ、冬月が振り向くと、にかっと白い歯をみせて笑う男子がいた。

第一ボタンをあけ、すでに制服を着崩していた。胸に柄に十字架の掛けられた剣のロゴ、襟元には鷹をあしらった組章。【1-A】と書かれている。間違いなく神武高校魔法科の生徒だ。

 冬月が口を開く前に彼がおお、と歓声をあげた。

「お前も【1-A】か。同じクラスだな、てか10人しかいねぇんだし、当然か」

からからと笑い、冬月の隣にどんっと腰をおろした。

イケてるバスケ部みたいだな・・・。直感的に冬月は思った。

「あれ?なんかちょっと俺引かれてる?もしかして馴れ馴れしいんだよボケ、みたいな?」

「いやいや、人がいなさすぎたから、日にち間違えたのかと思ってて。合ってたみたい。よかった、よかった」

「お前もそう思う?俺も俺も。お前いなかったら帰ろうかと思ってたし。

しっかしまー派手すぎんのもどうかと思うけど、こうあっさりしてんのもなー・・・」

彼はぐるっと体育館を見渡し、苦笑いを浮かべた。

「確かに。入学式というより体育教師に怒られに集められてるって言ったほうがしっくりくる、かな?」

「同感。おっ、他のいたずらっ子が来た。見ろよ。皆辛気クセー顔」

憚りもせずにでかい声を出す彼。

間違いなく他の生徒にも聞こえただろうが皆一様に無視して席につく。離れた席から埋っていった。

「俺ってこう見えてナイーブだから、こんな風に避けられたら傷つく」こそっと彼が耳打ちしてきた。

「ほんとにナイーブな人はひとのこと辛気くさいなんて言わないと思うよ」

「ま、ね」

不意に彼の目が冬月の後ろに注がれた。彼がひゅうと小さく口笛を吹いた。

冬月が視線を辿り、振り向くと今度は女子がいつの間にか冬月の隣に座っていた。

 さらりと伸びた髪にやけに整った顔の中のややきついともいえる鋭い目つきが印象的なだった。

 ただ、両端の席が開いてるのになぜ?ここで少しでも期待しない男子はいない。

「こんちは!あ、俺、あきら。よろしく」

まさか男子ぼくに名乗る前に・・・。呆れたというか何というか。割り込む勇気はないので傍観の立場にまわることにした。晃は身を乗り出してにこっと女の子に笑いかけた。

 女の子はちらっと晃を一瞥し、軽く頭を下げた。

晃はそれを手ごたえありと感じたらしく、にやりと冬月に邪悪な笑みを向け再び女の子に向き直った。

・・・軽いだけでなく手も早いのか。

「出身どこ?」

「・・・常盤」

必要最低限の短い単語に投げ捨てるような口調。無愛想そのものなのになぜか相手を不快にさせない耳に心地いい響きがあった。

 晃もそう思ったのかは定かではないが、うんうんと大袈裟な相槌を打っていた。

「あーあー常盤ね、うん、いいとこじゃん」

「知ってるの?」こそっと冬月は尋ねてみた。

「しらね」

回答は実にあっさりしたものだった。

「名前は?」

「・・・美空てる

「美空さんね。俺は晃、で、こっちが・・・友だち1号?」

「冬月氷善ひょうぜん。よろしくね美空さん」

晃に任せていたら空気くんになってしまいかねない。冬月は傍観の立場をあっさり捨てて軽く頭を下げた。美空も冬月に続く。

 会話の切れ目を狙ったのか、晃がぱちっと指を鳴らした。指先から小さな炎が現われる。

晃はその炎をコインのようにぴんっと弾き、落ちてきたそれをぐっと握りこんで消した。

 単純なパフォーマンスに見えるが、熱を奪い弾性を与えるという、物質の【本質転化】・【付与】は高校生が出来る技ではない。端から見ていた冬月は内心素直に感心した。

「もっと派手にやってもいいけど初っ端から目立ちすぎんのもね」にかっと笑う。

「高校生で【本質転化】と【付与】が出来るって・・・ただの軽いやつじゃなかったんだ」とこれは冬月。

「どーいう意味だよそれ?てかDダークマターの”流れ”が分かってりゃ誰でも出来るだろ」と晃。

「【天駆あまがけの流脈】のこと?」と冬月。

「いや、俺は【地走りの流脈】使ってる。【天駆】ってDの量が多すぎて、逆に扱いずれぇからさ」

「でもやっぱり・・・」

「ねぇ」

無言を貫いていた美空が不意に口を開いた。

「2人とも・・・うるさい」

「「あ・・・はい。スミマセンデシタ」」

美空は能面の無表情のまま前を向いた。若干不機嫌そうに見えなくもない。

「頭いいアピールは失敗か・・・」

晃は大して気にしたふうもなく冬月に向かってワザとらしく肩をすくめて見せた。

 ごたごたのうちに席は埋まり、今年の入学生10人がそろった。

「揃ったか?」

不意に壇上からマイク越しの声が降って来た。新入生たちの視線が注がれる。

年は30の後半くらいだろうか。日に焼けた肌とがっしりした体躯からするともっと若いのかもしれない。機械おんちらしくマイク相手にガチャガチャやっていた。

「まぁいいか・・・。

え~、ただ今、お前らの先輩はフツーに授業中で、校長は出張で不在だ。これがどういうことか分かるか?」

マイクを脇に押しのけ、男は低い地の声で話し始めた。これから何を話すつもりかは分からないが、少なくとも歓迎や祝辞を述べる口調ではないのは明らかだった。

冬月たちの表情が一様に曇る。

「お前らはまだ”その程度”の存在でしかないってことだ。まさかと思うが神武高校ここに受かったからって安心しきってる間抜けはいねぇだろうな?」

校門での浮かれた気分が思い出され、冬月は思わず顔がこわばった。

「はっきり言って勉強なんざどこでだって出来るんだ。そこらの底辺の高校の魔法科でだってなヤル気さえありゃ”一流”にはなれるぜ。が、お前らはご苦労さんにもいわゆる難関の神武に来た。なんでだ?・・・決まってんだろ。”超一流”になるためだよ。

ヤル気と努力だけじゃ越えられねぇ壁は俺ら神武の教師が越えさせてやる。壁にぶち当たるまでは自分の足で突っ走れ。以上。解散。・・・ほらっ、散れ、散れ」

教師の男はさっさと幕の奥に引き下がった。

「行こうぜ、冬月」

晃の声に呪縛を解かれ、はっとして冬月は立ち上がった。晃は相変わらずのすました笑みを浮かべている。

「俺らはまだ神武の生徒じゃないわけね」

さらりと晃が言ったこの言葉が的を射ていると冬月には感じられた。

 変わらずに照り続ける太陽の光は先ほどまでとは何かが違って見えた。




 

 








 

 



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