①
「いいか?この世の中はなDark Masterになるだけが全てじゃないんだ。
お前の成績なら推薦で普通科の進学校に余裕で行ける。余裕でだ。受かったら遊び呆けられるぞ」
大槻は手元の資料を冬月に見せた。県下、県外の名だたる進学校がずらっと並び、その判定は全てA。
だが、冬月は一瞥しただけで視線をすぐに大槻に戻した。
「大槻先生、教師としてその発言はまずいですよ」
「その冷静な突っ込みをかます前にもう一度よく考え・・・」
「考えました。考えて僕は魔法科に進学することに決めたんです」
押せば倒れそうな見た目に反して意志は固い。大槻は必死に集めた資料が紙くずになるのが分かった。
大槻もできるだけ生徒が望む高校に進学させたできた。教師の独りよがりにならないよう生徒の意思を汲んできた。だが、今回は・・・。
しかし、大槻にはどうにもならない。冬月には魔法科を受ける権利がある。魔法科に進学したいと本人が決心しているのならば大槻には止めることは出来ない。
「先生、僕だって国から認可されたSeekerです」
Dark Matterの流れを感じ取り、そして操ることの出来るDM。一方、まだ実力が伴っていないものをS(追い求めるもの)と呼ぶ。学生のうちは大抵Sの称号しか得られない。
「それは分かってる。
けどな・・・先生はお前が魔法科に受かるとは思えない。どんなにレベルを下げてもだ。
それなのにお前が受けようとしてるのは県、いや、日本で5指に入る超ハイレベル難関校だぞ」
「高校の共通試験日まであと2ヶ月あります。先生っ!僕、死ぬ気で頑張ります!だからっ・・・!」
夕日の差し込む職員室に沈黙がおりる。
何も言うことのできない大槻に冬月が意を決したように口を開く。
「分かってるんです。僕じゃ無理かもってことは・・・。
先生、僕、今回の受験に失敗したらSの資格は返上して普通科に進みます。
これが最初で最後の挑戦なんです。だから半端なとこには行きたくないんです」
退路を断ってのラストチャンス。
冬月は中学入学当初、いやおそらくそれ以前から多くの人に言われてきたはずだ。
「DMはあきらめろ。一般人として十分やっていけるから」と。
だが、冬月はそれらを受け入れなかった。そして中学生となり、ますます強くなる風当たりの中、冬月を支えたのは他ならぬ大槻だった。
「せっかくSの資格を与えられたのだから頑張ってみよう」。そう大槻が言った時の冬月のあの表情。
初めて自分の背を押してくれる人に会えたことへの驚き。それが冬月の精神的支柱になっていたのは間違いない。
大槻はそっと息を吐いた。
「・・・やれるだけやろう。意志あるところに道は開ける、だからな」
この挑戦が蛮勇となるか否か、大槻には何とも判断しかねた。