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紫陽花(あじさい)

作者: シバザキアツシ
掲載日:2026/03/14

2026年、3月。

この時期になると、毎年思い出す。

滲み出す記憶は止められない。

心温まるような、少し怖いような、そんな出会いがあった。


2022年、3月初旬。

来年から大学生活が始まる私は、手頃な足を探していた。


一目惚れしてしまった。

あの白い肌。

白い小さめのバイクが裏路地に停めてあった。

「可愛い…コレ欲しいなぁ」

「え?」

ヤバい思ったより近寄っていたらしい、聞かれたかな、聞かれたよね。

「このバイク、可愛いですか?」

バイクの側にいたお兄さんが立ち上がる。

スラッとした長身、白い肌、色素の薄い髪の色。

正直、このお兄さんにも一目惚れしそうなくらいだ。

「はい!この子、とっても可愛いです」

「この子…か、そう、コレはスーパーカブって言ってね、世界中で人気なんだよ」

何故か少し淋しい表情をした後、打って変わって笑顔でそう言った。

「でも、想像してたスーパーカブとは違うような?」

「そうなんだよ、レッグシールドを外して身軽にしてあるんだ」

「へぇ、それだけで随分印象が変わりますね」

「このバイク…君に貰って欲しい」

「え?あっ猫だ」

お兄さんの後ろを、錆色の猫が通り過ぎていった。

「あっ、すみません…えと?」

「今の話聞いてた?」

後ろの塀に、スズメが3羽降りてきた。

「おっスズメが丸い、可愛いなぁ、まだ寒いからかなぁ…あっ!」

お兄さんが声を出して笑い出した。

「久しぶりに本気で笑ったよ、君は紫陽花みたいな人だね」

「え?は?ありがとうございます」

この時、私は意味が分からず、取り敢えず褒められたのだと思いお礼を言った。

「その…このバイク、ホントにくれるんですか?」

「良かった、聞いてたみたいだね」

お兄さんは満面の笑みを浮かべた。

「免許は持ってる?」

「はい!普通自動二輪車の免許を持ってます」

「良かった、色々やらなきゃいけない事があるから、3日後にまたここに来てくれるかな?」

お兄さんは再び腰を下ろした。

「はい、楽しみにしてます」

私は、90度に腰を曲げ頭を下げた。

何故、私はこんなにも素直に受け取ってしまったのか、自分でも分からなかった。



3数日後。

裏路地の白いバイクの傍らには、老年の女性が立っていた。

「あなたなのね?このバイクの新しい主人は」

「あの…?何が何だか…?」

「そうよね、分からないわよね」

上品なこの女性は、3日前に会ったお兄さんの、お母様だそうだ。

そして、色々話した最後の台詞に私は驚愕した。

「私の息子は、去年の3月に亡くなったの」

「嘘…だって、私…3日前に…」

「少し…お話いいですか?時間が大丈夫なら」

「はい…」

私は混乱していた。

「丁度、おいしい和菓子が届いたの、一緒にお茶でもどう?」


「あの子はバイクが好きでね、いつもいじってたの」

丸テーブルを挟んで、向かいに腰を下ろす。

「元より身体が弱くてね、憧れては居たけど、大きなバイクに乗る体力も腕力もなくてね」

緑茶の湯気が揺蕩う。

「相棒に選んだのが、あのスーパーカブだったの」

和菓子には手が伸びない。

「そして、病にかかってからは、あの子を…スーパーカブの方ね」

くすりと笑うお母様。

「誰かに譲りたいとずっと思ってたわ、そして、バイクを残してあの子は逝ってしまったの」

「………」

「ずっとずっと待ってて、やっとあなたが現れたの」

「?」

「本当にこの子に惚れた人に譲りたいって、ずっと、亡くなった後もバイクの側にいてね…」

目を伏せるお母様。

「私には、その価値があるんですかね?」

「息子がそう思ったのなら、そう信じたいと、私は思う、だからきっと成仏できたのよ」

「もう、お兄さんには、会えないんですね…」

寂しい気持ちがじわじわと膨らんできた。

あの、人懐っこい笑顔が忘れられない。

「そうね、でも心残りが無くなって、あの子も喜んでると思うわ、ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとうございます…大切に、ずっと大切にします!」

「それと、息子から伝言があります」

「はい」

「余り、初対面の人に、名前やら住所やら教えないほうがいいって、個人情報は大事にしないとね」

そのおかげで、諸々の手続きはスムーズにいったみたいだけど。

「あっ…」

私は赤面して小さくなった。



現在。

そう言えばあの時、お兄さんなんて言ってたっけ。

そうだ、その言葉を思い出し、私はスマホを叩き検索する。

「うは!」

変な声が出た、結構デカい声が、周りを見回す、誰にも聞かれていないようで胸をなで下ろした。


初対面の幽霊にこんな事思われてたのかと、私は自分の耳が熱くなるのを感じた。

軽くため息を吐き、見上げると、まだ高くなりきってない青空に、気持ちよさそうに一つ雲が浮かんでいた。

「ヤバっ!講義講義!遅刻はマズイ!また後でね!」

律儀に、白いスーパーカブに挨拶をして走り出す。

そんな締まらない私の、不思議な出会いの物語でした。

春の前になるといつも思い出す、私の大事な記憶です。

紫陽花の花言葉∶移り気。

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