初めての家族会議
私は、小さな谷あいの町にある中学校の3年生。その日は珍しく、お父さんが早く帰ってきて、一緒に夕食を食べていた。にぎやかな虫の声が、秋の到来を告げている。
食事を終えると、お父さんは「今夜は8時に居間に集まってくれ」とだけ言い残し、席を立った。いつもと様子が違うとは思ったが、私は言われた通り8時に居間へ向かった。
居間にはすでに家族全員がそろっていて、私が来るのを待っていた。
私の家族は、私と両親、小六の弟、そして75歳のおばあちゃんの5人家族だ。
私が席に着くと、お父さんはすぐに話し始めた。
•来年3月いっぱいで、会社の統廃合によりお父さんの勤める支社が廃止になる。
•お父さんは会社を辞めて別の仕事を探すか、少し離れたA市にある支社へ異動するかの選択を迫られている。
• 来年は私(M代)は高校進学、弟は中学進学という節目であり、家の老朽化も考えると、家族全員でA市に引っ越すのが最良だと判断した。
• 新しい家はA市の中古一戸建てを購入予定。お母さんの新しい職場もその近くで見つかりそうだ。
• 半年以内に準備を終えること。
突然の発表に、私は頭が真っ白になった。両親はすでに話し合い、結論を出しているようだった。
弟を見ると、事情はよく分かっていないものの、「都会へ引っ越す」という部分だけは理解したのか、少し嬉しそうに見える。
「発表は以上。じゃあ解散していいよ」
そう言われ、立ち上がろうとしたその時だった。
「私は行かないよ」
おばあちゃんの一言に、時間が止まったように感じた。
「私はまだ元気だし、この家だってボロだけど、私が死ぬまでは何とか使えるよ。若い人たちだけで行っておくれ」
「それなら、私もおばあちゃんと残る」
思わず口にした自分の言葉に、私自身が驚いた。
空気を読まない二人の発言に、お父さんは当惑し、怒っているようにも見えた。
少し間を置いて、お父さんは言った。
「おばあちゃんだってもう75歳だ。いつ介護が必要になるか分からない。そうなってからA市から通うのは大変だし、このタイミングで一緒に来てほしい。M代だって、お前の身の回りの世話でおばあちゃんの負担を増やすだけだし、もし介護が必要になったら何もできないだろう」
「家が住めなくなったら、社会福祉協議会のグループホームに入れてもらうよ。要介護になったら介護施設に入れておくれ。お前たちの厄介にはならないよ」
おばあちゃんの反論は続いた。
その後1時間ほど、居間では議論が続いた。
と言っても、ほとんどは「お父さんとおばあちゃんの言い合いを、私たちが聞いていた」という方が正しい。
夜9時を知らせる広報無線の音楽が流れた頃、議論はまとまらないまま、
「おばあちゃんだけ残り、残りの4人でA市に引っ越す」
という形で、ひとまず決着した。
私は、地元の高校に進学し、地元で就職し、地元で結婚する──そんな将来をぼんやり思い描いていたが、どうやらそうはいかなくなった。
クラスのみんなには、いつ言おうか。
半年後の高校進学はどうなるのか。
引っ越し先のイメージも湧かないまま、私は不安の中で眠りについた。
数日後、お母さんが話してくれた。
「お父さんが単身赴任する方法も考えた。でも、将来の就職のことを考えると、やっぱりこのタイミングでA市に引っ越すのが一番だってことになったの。高校もA市にはたくさんあるし、今から公立の準備は大変だから、私立の女子高校に進学してもらう方向で考えている。最初は苦労すると思うけど、きっとすぐ慣れるから心配しないで」
おしゃべりな弟が学校で言いふらしたせいで、私が半年後に引っ越すことは全校に知れ渡っていた。
とはいえ、地味で目立たない私がいなくなることは、大多数にとって何の影響もないのだろう。
むしろ、気にされない方が楽でありがたい。
それでも、4月から始まる新しい生活を何一つ想像できない私は、いつも以上にぼんやりする時間が増えた。
吹き始めた冷たい秋風が、心の中にも吹き込んでくるように感じた。




