表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白紙の叙事詩  作者: ムラサメ
本編
8/16

村の広場では、魔王軍を撃退した勇者を称える宴の準備が進んでいた。

リリーの両親も、涙を流してアルバスの手を握り、何度も何度も感謝の言葉を口にしている。


「本当にありがとう、アルバス様。あなたがいなければ、この村は今頃……」


アルバスは、その手を丁寧に握り返した。


「いえ。皆さんが無事で、本当によかった」


その返答は、勇者として百点満点のものだった。だが、リリーの父は、握られたアルバスの手が驚くほど強張っており、その瞳が自分の背後にある「壊れた家屋」という損害状況を無機質にカウントしていることに、言いようのない寒気を覚えた。

宴が始まり、グレンが酒樽を担いでやってくる。


「おい、アルバス! 見ろよ、村長がとっておきの酒を出してくれたんだ。お前、ここの酒が一番好きだって言ってただろ? 飲もうぜ!」


グレンは強引にアルバスの手に杯を握らせた。かつて二人で、将来の夢を語り合いながらバカ笑いしたあの夜のように。

だが、アルバスは杯の中の琥珀色の液体をじっと見つめ、静かにそれを置いた。


「……悪い、グレン。今はまだ、次の進軍に向けた装備の点検をしなければならないんだ」


「はあ? 堅いこと言うなよ。今日くらいはいいじゃねぇか。お前と銅像を建てる話の続きを……」


「銅像?」


アルバスは心底不思議そうに首を傾げた。


「それよりも、村の防衛線を再構築する方が優先度は高いはずだ」


グレンの笑顔が、凍りついたように固まった。


「……お前、本気で言ってんのか? あの時、あんなに盛り上がったじゃねぇか……。冗談だろ?」


「……冗談? すまない、理解できない」


アルバスの言葉には、一ミリの悪意もなかった。ただ、グレンと「バカな夢」を共有した幸福な記憶が消えたため、かつての親友の言葉が、単なる「非効率な提案」にしか聞こえないのだ。


「……アルバス、少し休んだ方がいいですよ」


セレスが心配そうに割って入る。


「あなたの言葉、なんだか……自分を追い詰めているように聞こえます」


「追い詰めてはいない。俺は、俺に期待されている『勇者』という役割を、最も正しく遂行しようとしているだけだ。セレス、君も僧侶なら、酒を飲むより負傷者の治療に専念すべきではないか?」


「アル、それは……!」


リリーが叫ぶように名前を呼んだ。彼女の手は、アルバスの袖を掴んでいたが、アルバスはその手をそっと、だが確実に解いた。


「………これ以上の感情的な衝突は、パーティーの連携を乱す。俺は、少し頭を冷やしてくるよ」


アルバスは背を向け、賑やかな喧騒から離れて村の外れへと歩き出した。

独りになった闇の中で、彼は自分の胸に手を当てる。


(……おかしい。俺は、正しいことを言っている。みんなを救うために、最善を尽くしている。なのに、どうして……)


どうして、グレンの目はあんなに傷ついていたのか。

どうして、リリーはあんなに絶望した顔をしていたのか。

自分の中の「正解」と、仲間たちが求めている「アルバス」が、決定的に食い違っていく。


「……くそっ」


その背後に、影が揺れる。


「……かわいそうに。君は、誰よりも『勇者』であろうとしているだけなのにね」


悪魔の嘲笑が、夜の風に混じって聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ