仲間
巨大な鉄門が、重苦しい音を立てて開く。
アルバスはその隙間へと、迷いなく吸い込まれていった。一秒、また一秒。彼の歩幅は乱れず、呼吸さえも戦闘に最適化されたリズムを刻んでいる。
「待って……アル!!」
リリーが叫び、開いたばかりの門を潜り抜ける。背後ではグレンが、放心状態のセレスを支えながら必死についてきていた。
魔王城の回廊は、冷たい静寂と、侵入者の神経を逆撫でするような魔力の波動に満ちている。
「アル、お願い……一度だけでいいから、こっちを向いてよ。セレスがあんなに苦しんでるんだよ? 私、怖いよ……こんなの、全然『勝利』なんかじゃない!」
リリーがアルバスの背中にしがみつこうとした、その一秒。
アルバスは、振り返りもせず、その震える手を無機質に振り払った。以前のような、彼女を傷つけないための加減すらない。
「リリー。君が恐怖を感じる一秒の間に、魔王は守りを固めている。……非効率だ」
「……っ、そんな……」
リリーの指先が、冷たく拒絶された。
アルバスの瞳は、もはや恋人の涙を映してはいなかった。彼にとってのリリーは、今や「魔王を討つための補助戦力」というラベルの貼られた、動く物体に過ぎない。
回廊の奥から、魔王の親衛隊である黒騎士たちが、黒い霧のように溢れ出した。
その数は数十。一つ一つが、一国の軍隊に匹敵する力を持っている。
「グレン、右翼の三体を抑えろ。セレス、広域障壁を展開。リリー、中央の隙間を射抜け」
アルバスの指示は、一分の隙もないほど完璧だった。
だが、その言葉には「仲間を信じる」という熱量も、「死なせない」という執念もこもっていない。ただ、駒を動かす指先のような、乾いた響き。
「てめぇ……! 指図すんな!!」
グレンが吠えながらも、襲い来る黒騎士を大剣で弾き飛ばす。
戦闘は熾烈を極めた。アルバスは、自分に振り下ろされる刃さえも「致命傷でなければ避けない」という冷徹な計算で、肉体を削りながら敵を斬り伏せていく。
一秒。アルバスの脇腹を刃がかすめる。
二秒。彼はその痛みを利用して、最短距離で敵の喉元を突き刺した。
「くくく……。素晴らしいね。人間をやめる一秒一秒が、君を神に近づけているよ」
影の中から悪魔が囁く。
「でも、足りないな。この奥にいる魔王は、今の君たち三人を一瞬で消し去るほどの力を溜めている。……どうする? 城の結界を無効化する力が欲しいかい?」
アルバスは、肩で息をしながら、リリーを見つめた。
リリーは必死に杖を構え、涙で滲む視界を拭いながら戦っている。
「……対価を言え」
「そうだね。……君がリリーと、初めて星空の下で交わした『愛してる』という、あの最初の一秒。その響きを貰おうかな。……それを失えば、君を縛る最後の『未練』が消え、絶対的な魔力を手にできる」
「アル、ダメ!! やめて!!」
リリーが叫ぶ。彼女はその一秒を、人生のすべての瞬間の中で最も大切に、何度も何度も心の中で反芻して生きてきた。
アルバスの脳裏に、夜の草原の匂いと、リリーの潤んだ瞳が浮かび上がる。
――一秒。
「……あぁ。言葉など、ただの音だ。……持っていけ」
パチン、と。
アルバスの魂の深層で、リリーという存在を「特別」として繋ぎ止めていた、最後の糸が切れた。
「『虚空の断罪』」
アルバスの手から放たれた漆黒の波動が、城の内壁ごと黒騎士たちを消滅させた。
リリーは、そのあまりの冷たさに、弓を落として膝をつく。
「アル……今、言ったよね。……言葉なんて、ただの音だって……」
アルバスは、ゆっくりとリリーに向き直った。
その瞳には、もはや恋人に対する光も、親愛も、何も宿っていない。
「……そうだ。リリー。……俺は今、君を見ても何も感じない。……君が隣にいても、いなくても、俺の目的は変わらない」
「……うそ……」
「先を急ぐぞ。魔王を倒さなければ。……それまでに、俺の中に何が残っているかは、俺にもわからない」
アルバスは一度も振り返らず、玉座へと続く大階段を上り始めた。
彼が階段を一段上るたびに、リリーの知っている「アル」が、世界のどこからも消えていく。




