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白紙の叙事詩  作者: ムラサメ
本編
13/16

仲間

巨大な鉄門が、重苦しい音を立てて開く。

アルバスはその隙間へと、迷いなく吸い込まれていった。一秒、また一秒。彼の歩幅は乱れず、呼吸さえも戦闘に最適化されたリズムを刻んでいる。


「待って……アル!!」


リリーが叫び、開いたばかりの門を潜り抜ける。背後ではグレンが、放心状態のセレスを支えながら必死についてきていた。

魔王城の回廊は、冷たい静寂と、侵入者の神経を逆撫でするような魔力の波動に満ちている。


「アル、お願い……一度だけでいいから、こっちを向いてよ。セレスがあんなに苦しんでるんだよ? 私、怖いよ……こんなの、全然『勝利』なんかじゃない!」


リリーがアルバスの背中にしがみつこうとした、その一秒。

アルバスは、振り返りもせず、その震える手を無機質に振り払った。以前のような、彼女を傷つけないための加減すらない。


「リリー。君が恐怖を感じる一秒の間に、魔王は守りを固めている。……非効率だ」


「……っ、そんな……」


リリーの指先が、冷たく拒絶された。

アルバスの瞳は、もはや恋人の涙を映してはいなかった。彼にとってのリリーは、今や「魔王を討つための補助戦力」というラベルの貼られた、動く物体に過ぎない。

回廊の奥から、魔王の親衛隊である黒騎士たちが、黒い霧のように溢れ出した。

その数は数十。一つ一つが、一国の軍隊に匹敵する力を持っている。


「グレン、右翼の三体を抑えろ。セレス、広域障壁を展開。リリー、中央の隙間を射抜け」


アルバスの指示は、一分の隙もないほど完璧だった。

だが、その言葉には「仲間を信じる」という熱量も、「死なせない」という執念もこもっていない。ただ、駒を動かす指先のような、乾いた響き。


「てめぇ……! 指図すんな!!」


グレンが吠えながらも、襲い来る黒騎士を大剣で弾き飛ばす。

戦闘は熾烈を極めた。アルバスは、自分に振り下ろされる刃さえも「致命傷でなければ避けない」という冷徹な計算で、肉体を削りながら敵を斬り伏せていく。


一秒。アルバスの脇腹を刃がかすめる。


二秒。彼はその痛みを利用して、最短距離で敵の喉元を突き刺した。


「くくく……。素晴らしいね。人間をやめる一秒一秒が、君を神に近づけているよ」


影の中から悪魔が囁く。


「でも、足りないな。この奥にいる魔王は、今の君たち三人を一瞬で消し去るほどの力を溜めている。……どうする? 城の結界を無効化する力が欲しいかい?」


アルバスは、肩で息をしながら、リリーを見つめた。

リリーは必死に杖を構え、涙で滲む視界を拭いながら戦っている。


「……対価を言え」


「そうだね。……君がリリーと、初めて星空の下で交わした『愛してる』という、あの最初の一秒。その響きを貰おうかな。……それを失えば、君を縛る最後の『未練』が消え、絶対的な魔力を手にできる」


「アル、ダメ!! やめて!!」


リリーが叫ぶ。彼女はその一秒を、人生のすべての瞬間の中で最も大切に、何度も何度も心の中で反芻して生きてきた。

アルバスの脳裏に、夜の草原の匂いと、リリーの潤んだ瞳が浮かび上がる。

――一秒。


「……あぁ。言葉など、ただの音だ。……持っていけ」


パチン、と。

アルバスの魂の深層で、リリーという存在を「特別」として繋ぎ止めていた、最後の糸が切れた。


「『虚空の断罪ボイド・ジャッジメント』」


アルバスの手から放たれた漆黒の波動が、城の内壁ごと黒騎士たちを消滅させた。

リリーは、そのあまりの冷たさに、弓を落として膝をつく。


「アル……今、言ったよね。……言葉なんて、ただの音だって……」


アルバスは、ゆっくりとリリーに向き直った。

その瞳には、もはや恋人に対する光も、親愛も、何も宿っていない。


「……そうだ。リリー。……俺は今、君を見ても何も感じない。……君が隣にいても、いなくても、俺の目的は変わらない」


「……うそ……」


「先を急ぐぞ。魔王を倒さなければ。……それまでに、俺の中に何が残っているかは、俺にもわからない」


アルバスは一度も振り返らず、玉座へと続く大階段を上り始めた。


彼が階段を一段上るたびに、リリーの知っている「アル」が、世界のどこからも消えていく。

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