おもいで
「……何よ、それ」
リリーの声が、凍りついた空気の中で震えた。
一秒。彼女が踏み出そうとした足が、地面に根を張ったように動かなくなる。
「 私たちが、あなたの足手まといだって言うの? アル、私たちが一緒に過ごしてきた時間は、そんな言葉で片付けられるものだったの!?」
リリーが叫び、詰め寄ろうとする。だが、アルバスの視線は彼女を通り越し、ただ「戦果」と「次の目標」だけを計算していた。
かつての彼なら、彼女が声を荒らげる前に、その不安を察して肩を抱き寄せていただろう。その「気遣い」こそが、二人の愛の形だった。
「感情論は不要だ。……セレス、君もだ。なぜここにいる。負傷している村の人たちを看病することが最善だったはずだ」
アルバスの冷徹な問いが、セレスを射抜く。
「……あなたが、心配だからよ。アルバス、あなたの魂はもう、薄氷のように透き通って、今にも消えてしまいそうなの」
「魂の摩耗は、戦闘継続に支障はない。……むしろ、希望という不確定要素を排除したことで、魔力出力は安定している」
アルバスは淡々と、自分の「性能」を報告するように言った。
一秒、一秒。彼が言葉を発するたびに、セレスが知っている「優しすぎるアルバス」が死んでいく。
「ふざけんなッ!!」
グレンが耐えきれず、アルバスの胸ぐらを掴んだ。
かつての親友の拳。その熱。だが、アルバスの瞳には、かつてグレンと肩を組んで「魔王を倒したら銅像を建てよう」と笑い合った記憶の色彩さえも、もう残っていない。
「お前、俺らとのあの約束まで捨てたのかよ! 魔王を倒したらあれをしようこれをしようって、語り合ったじゃねぇか!」
グレンの怒声が響く。一秒。アルバスは、グレンの手を静かに、しかし抗いようのない力で引き剥がした。
「……事象としては記憶している。だが、その時の『感情』が、どうしても想起できない。……今の俺にとって、それは『過去に存在した精神的契約』に過ぎないんだ、グレン」
その言葉は、どんな魔王の呪いよりも残酷に、仲間の心を切り裂いた。
アルバスは、泣き崩れるセレスや、絶望に顔を歪めるグレンを冷たく見下ろし、ただ魔王城の方向へと向き直った。
「魔王城は目の前だ。……俺は、この世界を救う。そのためなら、君たちが俺を恨もうと、俺が俺でなくなろうと、構わない」
アルバスは、一歩を踏み出した。
その歩幅、その速度、その呼吸。すべてが勝利のために計算された、完璧な「勇者」の動作。
彼は、そのまま立ち止まることなく魔王城へと向かう。
リリーは、追いかけようとした手を空中で止めたまま、崩れ落ちた。




