第八話 歓迎という名の保護
休むと言った翌朝、宿の扉はノックされなかった。
代わりに、開いていた。
「失礼する」
黒衣の男が、扉の前に立っている。
昨日と同じ声、同じ距離感。
彼はベッドから起き上がり、何も言わずに頷いた。
「迎えに来た」
「……拒否は?」
「ない」
やはり、そうだった。
通されたのは、ギルドでも神殿でもない建物だった。
外観は地味で、目立たない。
だが中は、過剰なほど整っている。
机、椅子、書類棚。
すべてが、規定通りに配置されている。
「ここは?」
「保護区画だ。君の安全を守る」
彼は、椅子に座る前に言った。
「監視の間違いじゃないですか」
黒衣の男は否定しなかった。
「違いは、ほとんどない」
正直な答えだった。
机の上に、数枚の書類が置かれる。
古いものだ。
紙の色が、揃っていない。
「過去にも、君と同じ職業が確認されている」
「……+e?」
「ああ」
男は一枚を指で押さえた。
「全員、召喚できたのは一体だけ。
そして、全員がスライムだった」
胸の奥が、少しだけ冷える。
「その後は?」
「途中までは、似た経過を辿っている」
彼は、続きを待った。
「——途中で、消えた」
「死んだ?」
「記録上は、存在しなくなった」
男は淡々と続ける。
「死亡記録も、失踪記録もない。
冒険者証だけが残る」
「……残る?」
「名前の欄が、最初から空白の状態でな」
彼は、無意識に自分の証に触れた。
「君は、まだ消えていない」
それが、慰めなのか警告なのか分からない。
「ここにいれば、安全だ」
「ダンジョンには?」
「原則、不可」
沈黙。
彼は、ゆっくりと息を吐いた。
「……外に出たら」
「保護は外れる」
言い換えれば、自由。
彼は立ち上がった。
「じゃあ、出ます」
即答だった。
黒衣の男は、初めて迷ったような表情を見せた。
「後悔する可能性が高い」
「それでも」
男は、数秒考え、道を開けた。
「……止めはしない」
建物を出る。
街の音が、少しだけ大きく感じられた。
足元で、スライムが現れる。
今日は、いつもより揺れが小さい。
「守られてる、って言われた」
独り言。
スライムは、動かない。
「でも、違う気がした」
その言葉に反応したのか、
スライムが、ほんのわずかに揺れた。
彼は歩き出す。
その背後で、建物の窓が静かに閉じられた。




