第七話 監査
翌日、彼はいつもより早く目を覚ました。
窓の外はまだ薄暗く、街の音も少ない。
装備を整え、宿を出る。
足取りは変わらない。
だが、周囲を見る目だけが、少し違っていた。
ギルドへ向かう途中、背後に気配を感じる。
振り返っても、誰もいない。
それでも、視線だけが残っているような感覚が消えなかった。
ダンジョン入口に着くと、見慣れない者たちが立っていた。
冒険者でも、兵士でもない。
揃いの黒衣。
胸元に、小さな紋章。
彼が近づくと、そのうちの一人が一歩前に出る。
「召喚師+e」
また、名ではなく職業。
「本日より、あなたの行動は監査対象となります」
「……拒否権は」
「ありません」
淡々とした返答。
感情は、ない。
彼は小さく息を吐いた。
「潜るのも?」
「許可されます。ただし、同行します」
拒む理由はなかった。
むしろ、拒めない。
彼はダンジョンへ足を踏み入れる。
背後で、複数の足音が重なった。
通路は、昨日までと同じ。
魔石の光も、変わらない。
「……出てきて」
スライムが現れる。
だが、今日は揺れが少し遅い。
監査官の一人が、眉をひそめた。
「召喚体の反応に、遅延がある」
「……そうですか」
彼は歩き出す。
魔物が現れる。
ゴブリン。
数は三。
彼が何も言う前に、スライムが動いた。
広がり、床に張り付く。
三体とも、同時に足を取られる。
「命令前行動を確認」
背後で、低い声。
彼は振り返らない。
石を拾い、戦闘を終わらせる。
進むたび、監査官たちは何かを書き留めている。
距離、反応速度、魔力の残滓。
だが、次第に書く手が止まり始めた。
奥へ進むほど、スライムの動きは静かになる。
揺れが小さく、規則的になる。
「……安定している?」
誰かが、疑問形で呟く。
彼は足を止めた。
「今日は、ここまでにします」
監査官が顔を上げる。
「理由は?」
「……違う気がする」
それだけだった。
監査官たちは視線を交わす。
拒否はされなかった。
地上へ戻る途中、背後で一人が遅れた。
黒衣の男——昨日、部屋にいた人物だ。
「無理をするな」
不意に、そう言われる。
「例外は、長くは保たない」
彼は歩みを止めずに答えた。
「……分かってます」
「分かっていて、続けるのか」
「続けてるわけじゃない。ただ……」
言葉を探す。
「選んでるだけです」
黒衣の男は、それ以上何も言わなかった。
地上に出る。
日差しが、少し眩しい。
監査官たちは散っていく。
最後に残った黒衣の男が、冒険者証を一瞥した。
「記録が、また一つ消えた」
それが、何を意味するのか。
彼は聞かなかった。
足元で、スライムが静かに揺れる。
いつもより、少しだけ近い。
「……今日は、休もう」
スライムは、揺れを止めなかった。
それが、休まないという意味なのか、
それとも、ただの癖なのか。
彼には、まだ判断できなかった。




