第六話 +eスライム
地上に戻った時、空はすでに夕暮れ色だった。
初心者ダンジョンの入口には、人が増えている。
見慣れた装備、見慣れた顔。
いつも通りの光景のはずなのに、どこか遠い。
彼は列に並ばず、脇を抜けた。
冒険者証を見せると、警備兵は一瞬だけ視線を走らせ、何も言わずに通した。
「……?」
気に留めるほどのことでもない。
そう思おうとしたが、胸の奥に引っかかりが残る。
ギルドに入ると、空気が違った。
ざわめきが、静かすぎる。
視線が、散発的に向けられる。
受付の女性が、彼を見るなり立ち上がった。
「少し……こちらへ」
昨日と同じ、奥の小部屋。
だが、今日は机の向こうに、もう一人座っていた。
黒衣の男。
年齢は分からない。
視線だけが、異様に鋭い。
「召喚師+e」
名を呼ばず、職業だけを口にする。
「昨日、初心者ダンジョンの深層で、記録にない魔力反応が出た」
彼は黙って頷いた。
否定もしない。
「通常、あそこにはEランク以下しか存在しない。
だが、反応はS相当だった」
男の指が、机を軽く叩く。
「説明できるか?」
「……落ちただけです」
短い答え。
黒衣の男は、しばらく彼を見つめた。
怒りも、疑念もない。
ただ、測っている。
「君が召喚したのは、スライムだな」
「はい」
「一体だけ」
「はい」
「それで、S相当を処理した」
彼は、首を横に振った。
「……処理したのは、俺じゃない」
男の眉が、わずかに動く。
「ほう」
「俺は、命令していない」
それ以上は、何も言わなかった。
沈黙。
黒衣の男が、書類に何かを書き込む。
「記録上は、事故とする」
顔を上げる。
「だが、君と君の召喚体は、今後“観測対象”だ」
脅しでも、忠告でもない。
事実を述べているだけの声だった。
「質問はあるか?」
彼は、少し考えてから言った。
「……+eって、何ですか」
男は、初めて言葉に詰まった。
「分からない」
即答だった。
「少なくとも、既存の分類には存在しない。
君の職業は、記録上は“誤差”だ」
その言葉が、胸に残る。
部屋を出ると、外はもう夜だった。
街灯が、一定間隔で灯っている。
彼は路地を抜け、人気のない場所で足を止めた。
「……出てきて」
足元に、いつもの影。
スライムが現れる。
だが、今日の揺れは違った。
小さく、しかし途切れない。
「さっきの人……危なそうだったな」
独り言。
スライムは、何も答えない。
ただ、揺れが一瞬だけ大きくなる。
彼は、膝をついた。
「……あの時、助けてくれたのか?」
問いかけは、宙に落ちる。
それでも、スライムは彼の前に留まり続ける。
離れない。
冒険者証を取り出す。
職業欄の文字の横に、確かにある。
――+e
それは、装飾ではない。
そう、今は分かる。
彼は立ち上がった。
「明日も、潜る」
スライムが、静かに揺れた。
それは了承にも、警告にも見えた。




